第85話:嘘と真の境界線

「マズい……マズいぞ……このままでは……」


 レミィたちと同じ次元の同じ大陸……とある場所、とある屋敷……その、とある一室。

 ローブ姿の男が、手にした書簡を握りしめ、独り言を呟く。


「おそらく、あの小娘が関わっていることは間違いない……」


 頭を掻きむしり、散らかった机の上を拳で叩きつけるその様子からは苛立ちが伺えた。


「だが、なぜだ……なぜ歴史書の記述が悉く覆される? 本来であれば……ルゼリア王は処断され、アルバーナでは魔導王が独立を宣言……そしてエル・アスールとヴェルディアネスの間では戦争が起きていたはずなのだ!」


 まるで“そうあるべきだった”と言わんばかりに、不吉な言葉を口にした。

 そのまま周りの物に当たり散らしながら、頭を抱え、机の上に塞ぎ込む。


「……歴史書に、あの小娘のことは何も書かれていなかった……これでは、手の打ちようがない……どうすれば!? どうすれば!? どうすれば!?」


 狂気に駆り立てられるかのように、同じ言葉を連呼し始める。

 その目は、すでに焦点が定まっていない……。


「いや、そうだ……まだ断章がある……これで直接対処すれば……」


 ふと思い立ったように、ローブ姿の男は、机の上に置かれた一冊の本を手に取った。

 先ほどまでの粗暴な行動からは想像もつかないほど、丁寧にその本を開く。

 と、何も書かれていない白紙のページを、1枚だけゆっくりと切り出した。

 慎重に、本が傷まぬように、破れてしまわぬように……。

 そして、その四角い紙片を手にすると、満足げに笑みを浮かべた。


「よし、これで……真実うそは、真実まこととして歴史に記される!」





「嘘はよくないと思うのじゃ……」

「いやいや! 本当ですって、殿下……信じてくださいよ……」


 新生皇女専用馬車改の客車キャリッジ内にて、レミィはエトスにジト目を向ける。

 何気に、ここ最近当たり前のように皇女殿下の傍に居る、騎士団からの選抜者。

 専属侍女メイドのフェリシアと専属騎士のラーズは別扱い。

 一人しかいない皇女宮付き宮廷魔導師のアズリーも納得の人選だろう。

 だが、エトスは選抜の結果ここに居るという体裁になっている。


「まぁ、選抜の試験を勝ち抜いたという話は信じておるのじゃが……くじ引きでも百発百中で引き当てたと言われるとのう……」

「そりゃ騎士サマ、不正を疑われちゃうよね?」

「そう言われましても……毎回引き当ててるんですよ……実際……」


 レミィに続いて、疑いの眼差しを向けるアイディスが追い打ちをかける。

 そこに、救いの手を差し伸べたのは意外な人物だった。


「いや……こいつが不正なんて、姫さんの顔に泥塗るような真似するこたぁ絶対ぜってぇ無ぇだろよ」

「ラーズ……おまえいい奴だったんだなぁ……脳筋だけど……」

「一応、助け舟出したつもりだったんだがよぉ……いらねぇ世話だったかい?」


 余計なひと言を付け足すエトスに、ラーズは口角を上げたまま応える。

 なんだかんだで、この二人にも信頼関係はできているようだ。


「まぁ、不正とは言わんのじゃ……ただ偶然にしては、出来過ぎじゃからのう……」

「何か、騎士サマに秘密があるようには思っちゃうよね、うん」


 依然としてエトスの疑惑は晴れない。

 そこに、ふとブルードが何かを差し出す。


「小僧、この中から一つ選べ」

「へ? ブルードさん、これは?」


 その無骨な職人の手には、何本かの細い金属棒が束ねられていた。

 肉を焼く時の串程度の太さと長さ……材質は、どうもただの鉄ではないようだ。


「いいから選べ、どれだ?」

「じゃぁ……これかな」


 そう言って、エトスは金属棒を引き抜いた。

 だが、特に変わったことは何も起きない……。


「ふん……なるほどな……」

「え? これで何かわかるんですか?」


 いまいち状況の掴めないエトスは、怪訝そうな顔で問いかける。

 と、ブルードは黙ってその金属棒を指差した。

 その指が示す先に記されていたのは……文字だろうか?


 ──祝──


「えーっと……なんだこれ? 祝福の刻印ルーンかな?」

「小僧……おまえさん、相当ツイてるみたいだな」


 そういって、ブルードは残りの金属棒に記されたルーンを皆に披露する。


「エトス様、お見事です♪」

「えっ!? 騎士サマすごい!」

「マジかよ……」

「なになに? エトさんになにかあったの?」


 金属棒は全部で13本……1本引いて残された12本全てに記されていたものは……。


 ──呪──


 呪詛の刻印ルーンであった。


「はやぁ……唯一の“当たり”を引き当てるとはのう……」

「大したものだ……小僧は幸運の女神に愛されているのかもしれんな」


 ブルードは、その立派な髭の下でニヤリと笑みを浮かべる。


「まぁ、ただの遊びとはいえ、此奴の運は相当のものじゃのう……」


 腕組みをしつつ、レミィも一頻り感心する。

 ただ、そこに続いたブルードの言葉は、皆を驚かせた。


「遊びではないぞ。歴とした魔導具マジックアイテムだからな」

「はや? それは、どういう意味じゃ?」


 レミィは、その遊びではないという言葉の真意を確認するように問いかける。

 そこに悪びれもせず、ブルードは衝撃の事実を口にした。


「どうもこうもない。呪詛の刻印ルーンを引いていれば、小僧は呪われていたところだ」

「……ブルードさん……マジ勘弁してください……」





 技術大国ワルトヘイム、北の辺境、プレイトノーデン。

 そのさらに北側に、オークたちがブルトガルドと称するの地はあった。


「大隊長、帝都からようやく伝令が戻ってきたようです」

「そうか! で……なんと?」


 雪を纏う針葉樹林の傍、少し小高い丘の上に築かれた陣地。

 その中央にある少し大きなテントの中には、二人の人影……。


「それが……どうもこちらに、皇女殿下率いる騎士団一行が援軍として向かっているとのことで……」

「なんだと!?」


 大隊長と呼ばれた30代半ばの男性は、部下からの報告に対し不快感を露わにする。

 ここは、便宜上ブルトガルドとワルトヘイムを分かつ境界……紛争の最前線だ。


「我々を馬鹿にしているのか!? 戦場は遊び場じゃないんだぞ!」

「仰るとおりです……が、相手は皇女殿下……無碍にもできません……」


 その神々しいまでに恵まれた容姿と、ここ数ヶ月で見せた優れた先見の明。

 今や帝国中央はもちろん、諸国の臣民にも絶大な人気を誇る皇女レミィエール。

 そんなレミィの訪問に対し、強い反発を見せる大隊長。

 そこには、明確な理由があった。


「我々がどれだけ、この僻地で神経をすり減らしながら戦っていると思っているんだ……今更、皇族の子守りや人気取りに付き合わされてたまるか!」

「心中……お察しします……ですが……」


 ブルトガルドに派兵された帝国兵士たちは、一年以上この最前線に身を置いていた。

 故郷に家族を残し、ずっと陸の孤島に隔離されたも同然の状態なのである。


「わかっている……しかし、ここ数ヶ月全く音沙汰のなかった帝都からの応えが、よりにもよってこんな報告とは……」


 皇女レミィが視察と称して旅を始めたのは、ここ数ヶ月前の出来事……。

 どうやら、この地にはまだ“今の”レミィたちの情報は届いていないらしい。


「まぁ、お飾りの皇女騎士団が、この極地での戦闘に耐えられるはずもないだろう……」「はい……足手纏いにさえ、ならないでいただければよいのですが……」

「あぁっ! どうして、こうも面倒なことばかり……」


 大隊長は、その苛立ちを机の上に叩きつける。

 皇族が、いったい何のために、わざわざこんな辺境にまで顔を出すのか。

 その意味も、理由も、メリットも、何ひとつ見えてこない。


 ──貴族という者は、いつも自分たちのことしか考えていない……。


「そもそも、あの無能な貴族連中が余計なことさえしなければ……」


 思わず口にした本音の一言。

 苛立ちの原因は、レミィたちだけが理由ではないようだ。


「そうですね……いくさの原因は、こちら側にあるようなものですから……」

「まったくだ。どう揉み消すつもりなのか……皇女様の、ありがたいお言葉でもいただくことにするかな」


 大隊長とその部下は、皮肉たっぷりにそういいながら、呆れまじりのため息をついた。





「うわ、外もう真っ白じゃん!」

「壮観だね……これが自然の……雪?」


 外気との温度差で曇る窓を擦っては覗き込み、物珍しそうにはしゃぐエルフたち。

 アイディスとアズリーは、一面の銀世界を目の当たりにして、テンションを上げる。


「そうか……二人は、ワルトヘイム初めてだったよな?」


 新鮮な反応を見せる二人に対し、なぜかエトスは自慢げに語り出す。

 何気に、先輩風を吹かしたいのかもしれない。


「まぁ、目で見る分には綺麗かもしれないけど……ここの寒さは本当厳しいから、気をつけるんだぞ」

「はーい」

「うん、ありがとうエトさん」


 そんなエトスの言葉にも、アイディスとアズリーは素直に従った。


 ──まぁ、二人とも年齢的には……エトスの5倍くらい上なんじゃがのう……。


 思わず、レミィは心の中で年齢差にツッコんだ。

 と、その時、しばらく動きのなかった予言書が、久しぶりに光を放つ。


 ──ぬ? 到着前にも……選択せねばならんことがあるのかえ?


 そっとポーチから取り出して、中身を確認すると……。



 ■127、厳しい戦況の中、最前線に駐屯する騎士たちに対して君は……

 A:休息を言い渡し、指揮権を譲り受けた。 →19へ行け

 B:皇女騎士団を組み入れ、指揮を任せた。 →93へ行け



 難しいことが書かれている。


 ──いや、ここで指揮と言われてものう……。


 個人の能力、一対一の戦いに関しては、レミィにもそこそこ自信はあった。

 それこそ相手がラーズでもない限り、そうそう遅れをとることはないだろう。

 だが、これが一軍を率いての戦いともなれば話は別だ。

 少なくとも、今までいくさの指揮をとった経験などない。

 だが、ここに選択肢がある以上、どちらかを選ばなければならない。


 ──ここは、予言書さまさまといったところかのう……。


 いつものように、分岐前のページに指を挟む。

 そして未来の記述に目を通したレミィは、その選ぶ余地のない二択に思わず絶句する。


「ぐぬぬ……任せた結果が絶望的すぎるのじゃ……」

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