第6章

第83話:改竄と北方の紛争

 すでに見慣れてしまった空間……木製の調度品で揃えられた、埃っぽい書斎。

 コデックスとの邂逅は、多くの本に囲まれたこの部屋で果たされる。


「お久しぶりです、皇女殿下」

「うむ、元気かえ? ……といって、本が病気になったという話は、わらわも聞いたことがないのじゃが……」


 本の山の中から、豪華な装丁が施された一冊が浮かび上がってきた。

 レミィは至極当然と言った様子で、その本に話しかける。


「私の体調を気にかけていただけるとは、嬉しい限りですね。私は健康そのものですよ。この顔色をご覧ください」

「いや、どこが顔なのじゃ?」


 ふわふわと表紙のあしらいをアピールするコデックスへ、素朴な疑問を投げかける。

 そもそもコデックスは……この本が本体なのだろうか?


「冗談はさておき、いろいろとお疲れ様でした。今回も、冒険書籍が貴女を未知の世界に導いてくれたのでは?」


 無意味な疑問が深まる中、コデックスは何事もなかったかのように話を切り替えた。

 自分で振っておきながら……とは思いながらも、レミィは話の流れに身を任せる。


「まぁ、確かに直近の未来を知ることができるという意味では……未知の世界に導いてくれているのは確かなのじゃ」


 ──もし予言書が無ければ……あの時、どういった決断を下しておったかのう……。


 予言書に、全幅の信頼を置いているわけではない。

 とはいえ、この予言書が無ければ、乗り越えられなかった局面もあるだろう。

 直近にあった、様々な運命の分岐点を思い返しながら、レミィは少し思いを巡らせる。


「繰り返しになりますが、冒険書籍に未来は記されていませんよ?」

「うむ、未来が“記されて”いるのと、未来を“示して”いるのでは、大きく違う……だったかえ?」

「ええ、ご理解いただけているようで、なによりです」


 念押ししたコデックスは、その返答に対して満足げに応える。

 と、そこに少しの間を挟んで、レミィが一言だけ呟いた。


「……古徒イニシエート……」


 相手の顔色を見て反応を窺う、交渉のやり方としては一つの手かもしれない。

 ただ、どこが顔だかわからないような相手に使うものではないだろう……。


「それは、今回現れた相手のことですか?」


 案の定、コデックスにこれといった動揺は見られなかった。

 表情はもちろん、この抑揚のない口調からは、感情を読み取ることが難しい。

 だが、そこに構わず、レミィはそのまま話を続けた。


「彼奴が何者なのか……は、自分から名乗りおったのじゃ。堕徒ダートと同様に邪竜神ニルカーラを信仰する邪教徒……その幹部クラスといったところかのう」

「はい、そうだとは思いますが、それが何か?」


 コデックスは、話の意図が理解できないと言った様子で聞き返す。

 しばしの沈黙。

 静寂を破り、先に口を開いたのはレミィだった。


「回りくどいやり方は、わらわも好かんでのう……単刀直入に聞かせてもらうのじゃ」


 改めてコデックスの方へと向き直ると、人差し指を突き立て強い口調で問いかける。


「歴史を改竄しようとしておるのは……わらわたちの方ではないのかえ?」

「なぜ、そう思ったのですか?」


 如何な問いかけにも淡々と答えを返していたコデックスが、珍しく質問に質問を返す。

 その無機質な言葉の内にあった圧をも跳ね除け、レミィは続けた。


「ここまでの、重要な歴史の分岐点ターニングポイントとやら……そのほとんどは、邪教徒に関わるものだったのじゃ……が、どの堕徒ダートも口を揃えてこう言いよるのじゃ……『まさか、こんなところで偽竜の娘に会えるとは』とな……」


 答えを待たず、レミィは、そのまま矢継ぎ早に言葉を重ねる。


わらわが初めてこの部屋に招かれた時、貴様はこう言ったのう? 『歴史の改竄を未然に防ぎ、あるべき未来へと導くのが私たちの役目』と……歴史を改竄しようとしておる相手なら、改竄する前……その本来の歴史のことは知っておるはずじゃ……それならば、なぜ……わらわが、その場に現れることを知らんのじゃ?」


 捲し立てるように詰め寄るレミィは、口を挟む隙も与えない。


「枝葉の構成員であれば、計画の全容を把握しておらん者もるじゃろうて……しかしのう、堕徒ダートどころか、あの古徒イニシエートすらわらわることを最初から知っていたようには思えんのじゃ……」


 一気に話し切ったレミィは、ここでようやく一呼吸を置く。


「なるほど、だとすれば?」


 その僅かな隙間に、コデックスは続きを促すかのような返答を挟んだ。


わらわたちこそが、その本来あるべき未来……歴史を改竄しようとする者であるか……あるいは……」

「あるいは?」


 煽るようなコデックスの問いかけに、レミィは少し間を空けてから答えた。


「……歴史を改竄しようとしておる者は、邪教徒ではない……別の誰かなのではないかえ?」





「レミィ様、どうかなさいましたか?」

「はや? いや……ちと考え事をしておったのじゃ」


 レミィは、皇女宮の庭でフェリシアの淹れてくれた紅茶を楽しんでいた。

 だが、心ここに在らずといった様子。


 ──コデックスの奴……肝心なところをはぐらかしおって……。


 先のレミィの疑問に対するコデックスの返答は、なんとも不透明なものだった。


 ──合っているとも、違っているとも言えますが、敢えて沈黙としましょう。


 沈黙は肯定と捉えるべきなのか……あるいは、答えられる範疇を超えているのか……。


 ──直接影響を与える様な行動や助言は禁じられている、とか言っておったからのう。


 いずれにせよ、レミィの疑問が解消されることはなかった。


「ぬー、回りくどいのじゃ」

「回りくどいと言えば……あの宣誓石から、よくヴィクトルさんの言いたいことが導き出せましたね、殿下」


 レミィの独り言を拾ったエトスが、盾で木剣を捌きながら話しかける。

 今、この庭では、アイディスの訓練が実施されていた。

 普段ラーズとの組み手を繰り返しているエトスには、片手間といったところだろうか。


「ぬ? まぁ、三つのうち二つは偽物じゃったからのう。三合会のうち二つのギルドは偽りの忠誠……というメッセージかとは思ったのじゃが……」


 ──あれも、回りくどかったのじゃ……。


「え? あれ会頭サマ、そういう意味で渡してたんですか!?」

「いや、潜入してたお前さんが気づいてなかったのかよ……逆にすげぇな、おい」


 傍で訓練を見守っていたラーズから呆れたような声が上がる。


「だって、あの石を準備したのは、会頭サマ本人ですし……って、痛ぁ!」

「ほら、よそ見してんなって……」


 ラーズの言葉に気を取られたアイディスは、盾で頭を小突かれる。

 そこまで強く叩きつけてはいないが、少女はそのまま尻餅をついてしまった。


「騎士サマ、ボクに厳しくない? 皇女サマには無茶苦茶甘々なのにぃ!」

「いや! おま……殿下と比べるとか!」


 痛いところを突かれたエトスは、わかりやすく動揺する。


「アイさん! その訓練が終わったら、ダークエルフの秘術……また研究させてね」

「装備も揃える。全部終わったらワシのとこに来い、娘っ子」


 そんなしてやったりのアイディスに、あちらこちらから声がかけられる。


「あ、はい! すぐ行きます魔導士サマ、技士サマ」

「こら! まだ訓練終わってないぞ!」


 賑やかな午後……穏やかな時間……望む平和がここにある。

 だが、レミィは知っていた。

 あと数刻で、この平和を打ち砕く悲報が告げられることを……。





 ■56、北の最前線、ブルトガルドでの紛争を知った君は……

 A:皇女騎士団を派兵した。 →14へ行け

 B:自ら最前線に赴いた。  →127へ行け



 前回の顛末、その先に記されていた選択肢である。

 北方ワルトヘイムのさらに北部……そこは今、紛争地帯となっていた。

 大陸の北端、ドワーフの王国があるブロウデンとの国境付近にある山間の地。

 そこで、とあるオークの一族が独立を宣言し、ワルトヘイム領の一部を占領した。

 その地にオークたちが建国したと主張する国の名がブルトガルドである。

 年中雪に閉ざされた地域であったため、もとよりそこに住まう者は多くなかった。

 故に、今まで大きな争いにまでは発展しなかったのだが……。


「ご報告です! レミィエール皇女殿下! 北方ワルトヘイムにてオーク軍が挙兵! 領内に進軍しているとのことです」


 伝令の声は、皆の耳にも届いたことだろう。


 ──相変わらず、予言書の内容にブレはないのじゃ……。


 オーク族とは、エルフ族の不倶戴天の敵とされる、亜人の一種である。

 極めて好戦的で残忍、知恵よりも力で物事を解決しようとする傾向が強い種族だ。

 エルフ、ドワーフ、小人種リーテル、ノーム、そして人間……。

 いわゆる“ヒト”と括られる種族から見れば、敵対者としての側面が強い。

 だが、決して文化がないわけではなく、話が全く通じない相手というわけでもない。

 ちなみに有角種ホーンドの扱いも、オークに比べれば街に入れるだけマシな方である。


 ──さて……わらわも支度をするかのう……。


 選択肢から……どちらを選ぶべきかは、もう決まっている。


「うむ……皇帝陛下ちちうえから、許可はもらっておる……わらわたちも急ぎ向かうのじゃ」


 レミィは事前に父である皇帝陛下に根回しをしていた。

 先の視察でオーク族の動きを察知したというていで、現地の調査を申し出ていたのだ。

 昨今のレミィたちの活躍を知る皇帝陛下は、二つ返事でそれを了承する。

 最強の剣、最強の盾、最高の魔法に最高の技士……。

 そこに、影を行く最高の忍を加えた一行は、諜報活動でも最前線で活躍できるだろう。


「ええ! いきなり実戦投入ですかぁ? 皇女サマぁ……」

「大丈夫ですよ、アイディス様……私たちにはレミィ様がついていますから♪」

「うむ、何も不安なことはないのじゃ」


 そう、快適な旅を約束してくれる、最高の侍女メイドも一緒なのだ。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る