第80話:聖光と闇邪の属性

「はや? こっちまで来んかったのう」

「アズリーの奴が、なんかの魔法で遮断したってぇとこですかねぇ?」


 ラーズの言うとおり、魔法の障壁に阻まれた毒霧はレミィたちの元には届かなかった。

 その遥か手前、目に見えない壁の向こうに漂っている。

 拡散するはずだった霧は押し留められ、障壁の内側は若干見通しにくい。

 だが、散布量自体は少なかったのか、視界が晴れるまでにそう時間はかからなかった。


「レミィ様……、向こうの様子が……」

「ぬ? 彼奴は……何をしようとしておるのじゃ?」


 フェリシアに促され、アズリー方を見たレミィは、少し驚いたような声を上げた。


「あの魔導士サマが、何か?」

「……動けぬ相手の首を掴んで、締め上げとるのじゃ……」

「マジかよ……」


 思わずラーズも絶句するほどの光景。

 それは、アズリーの性格から考えれば、想像し難い行動だった。


「はぁ……はぁ、追いついた……って!? アズリー!?」


 遅れてきたエトスも、ちょうどその状況を目の当たりにする。


「おう、遅かったじゃあねぇか……」

「なんてこった……あいつ……目開いたらイケメンじゃないか……くそっ……」

「いや、そこかよ……」


 ラーズの言葉を聞き流し、エトスが最初に口にしたのはアズリーへのやっかみ……。

 目の付け所が大きくズレているのは、ある意味、大物なのかもしれない。


「虹色の瞳……不思議な輝きですね、レミィ様……」

「……彼奴の目は、わらわと同じ……竜のそれに近いのかもしれんのう」


 竜の真眼にも近しい目……。

 フェリシアの言葉に応えるように、レミィはアズリーの瞳について、そう評する。

 何が見えているのか?

 どう映っているのか?

 それは、当のアズリーにしか知り得ないこと……。

 だが、その目は確かに、フィオリエータの中にいる“何か”を見つめていた。





 魔法で切断されたフィオリエータの腕からは、一切血が出ていなかった。

 先ほど、火傷を負った箇所も、酸で溶かされた箇所も……傷は乾ききっている。

 明らかな違和感を漂わせるその肉体……。

 余程の再生能力でもない限り、即座に出血がおさまることなどありえない。

 それこそエルフの……広義にヒトと分類される種族の所業ではないだろう。

 相当高位の治癒魔法を行使できる者か……あるいは……。


「君はもう、死んでいるんだね……」


 アズリーは、すこし悲しそうな表情で、そう呟いた。


「キャヒ! 何言ってるなの! フィオはまだ……」

「君には言ってないよ……その肉体の持ち主に言ったんだ」


 拘束され、首を掴まれたフィオリエータは、この状況でもなお喰ってかかる。

 だが、アズリーはその言葉を遮るようにして、珍しく声を荒げる


「今、ばい菌を追い出すからね……──Lux solis──」


 呪文を詠唱……いやただ一言、言葉を紡ぐと、その右手が強い光を放つ。

 先ほど屍人ゾンビたちを一掃した、あの太陽の光……。

 その光は熱を持って、フィオリエータの全身を焼き尽くさんとしていた。


「キャヒィヤァアァァァ!」


 周囲には、掴まれた首を中心に淡く輝いた程度にしか見えていない。

 だがフィオリエータは嘲笑とも悲鳴ともつかない、けたたましい奇声をあげる。

 と、口から何やら紫色の液体のような物体が、吐き出されるようにして姿を見せた。


「はやぁ!? なんじゃあのドロドロは……」

「ス……スライム……ですかね?」


 粘性をもった液体の“それ”は、アズリーから距離を取るように、跳ねて後ずさる。

 その動きは、明らかに意思を持った生物の動きだ。


「いや……それにしちゃあ、随分と禍々しいオーラを纏ってやがるな……」

「あれが堕徒ダートの本体でしょうか?」


 怪しい紫色の不気味な粘体は、蛇が鎌首をもたげるように、そこに立ち上がる。

 その様子は、少し離れた位置に居るレミィたちからも見てとれた。


「この……クソエルフが……フィオのお気に入りの擬骸ぎがいになんてことしてくれるナノ!」

「おつかれさま、ゆっくり眠ってね……汚物は消毒しておくから……」


 辛うじて人のような形を取ったその粘体は、おそらくフィオリエータなのだろう。

 目も口も何も無い……およそ発声器官らしきものは見当たらない……。

 だが、先ほどと変わらぬ口調で罵声をあげている。

 アズリーは、それを全く相手にせず、エルフの遺体を優しくその場に横たえた。


「無視してんじゃないナノ! こうなったら直接侵蝕してやるナノ!」


 今までの堕徒ダートにあって、フィオリエータに無かったもの……。

 おそらく、擬骸ぎがいの中にあって見えなかったのだろう。

 粘体人形の胸元にあたる位置で、不気味な紋様が、紫色の光りを放つ。


「無視なんてしない……いや、してあげないよ……同胞が味わった苦しみを、君にも味わってもらわないとね」


 アズリーは、ここにきて初めて笑顔を見せた。

 それは、今までの無機質な微笑みではない……。

 そこにあるのは違和感……あまりにもこの場に不相応な、喜びに満ちた笑みだった。





「あの魔導士サマ……キレちゃったらあんな感じなの?」

「いや、わらわたちも、そこまで付き合いが永いわけでは無いからのう……」

「いや、マジで怒らせんのやめよう……」


 アイディスとエトスは、若干引き気味にアズリーの様子を見ていた。

 一方で、ラーズとフェリシアは、なんとも呑気な様子である。


「相当怒っておられますねぇ……」

「こいつぁ、一度手合わせしてみてぇとこだな……」

「貴様らが手合わせしたら、森が消し飛んでしまいかねんのじゃ……」


 冗談では無いといった様子で、レミィは言葉を重ねる。

 と、そこで予言書の入ったポーチから、光が放たれた。


 ──今かえ? 今なのかえ!?


 予期しないタイミングで動きを見せた予言書に、心の中で疑問をぶつける。

 そこに記されていた選択肢は……。



 ■106、大きすぎる力に不安を抱いた君は……

 A:力を以て力を制すると判断した。   →17へ行け

 B:力には技で対抗すると判断した。   →55へ行け



 スグにはピンとこない内容である。

 だが、視線の先にある“それ”を目にした時点で、レミィは何かを察したようだ。


 ──あの樽は……もしかすると樹液かえ?


 フィオリエータの周囲には、屍人ゾンビたちが放置した黒い樽が散らばっていた。

 ざっと見ただけでも、10樽ほどはあるだろうか。

 もし、あの全てに月光樹の樹液が満たされているとしたら……。


 ──魔法の範囲に入った時点で……おしまいなのじゃ!


 反・属性……一度ひとたび属性効果を受ければ、その反対属性を還すという得意な性質。

 しかも……それを何倍にも増幅して……。

 おそらく、先ほどからアズリーが使用しているのは光の魔法だろう。

 光属性は、闇の者やよこしまなる者を討つ上で、聖属性に次ぐ適性をもつ。

 アズリーの扱う魔術に聖属性が存在しない以上、それが最適解となるのは必然だろう。

 今……あの樽に影響を与える可能性がある魔法は光属性……。

 すなわち、樹液はその性質で、闇属性を還してくるということになる。


 ──あの魔力量が何倍にもなって還ってくるなど……考えたくないのう……。


「レミィ様……如何なさいました?」


 いつの間にやら、ついつい考え込んでしまっていたようだ。

 フェリシアから声をかけられなければ、ずっと沈黙していたかもしれない。


「いや……ちと、月光樹の樹液について気になることがあってのう……」


 レミィはいつもの如く指を挟み、選択の先にある少し未来の出来事を確認する。


 ──そもそも、力はさておき、技の対象者がわからんのじゃ。


 選択肢に記された力と技という言葉。

 各々が指し示す者が誰のことなのか……レミィには、あまり目星がついていなかった。


 ──あのアズリーの力にぶつけられる力というからには、おそらく……。


 心の中でそう呟きながら、見つめた先のラーズと目が合う。


「どしたい、姫さん……俺の顔になんかついてんのかい?」


 レミィ自身も言っていたが、その二人をぶつけて無事に終わるとは到底思えない。

 案の定、予言書の方にもロクな結果は記されていなかった。


 ──しかし技……とな? フェリシアが一番近い気はするのじゃが……。


「ぐぬぬ……あの、堕徒ダートの傍にある樽をどうにかする手はないのかえ?」


 Bの選択肢を選ぶことはすでに決めていた。

 だが、具体的に誰に何を指示すべきかまでは決めることができずにいた。

 レミィは思わず、心の声をそのまま口にしてしまう。


「今、あの堕徒ダートの近くまで行って作業するのは、厳しいかと思いますよ、殿下」

「アズリー様の邪魔になってしまう可能性もありますね……」

「そもそも、魔法の障壁を抜けて向こうに行けるのかってぇ話もあるしなぁ……」


 エトス、フェリシア、ラーズたち3人の意見は、実行は難しいという見解で一致する。

 と、その時、思いもよらない人物から立候補の声が上がった。


「えっと、皇女サマ? ボクなら、あの状況でも樽だけなんとかできる……かも」

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