第74話:偽りと裏切りの閃光
「はやぁ……同じ街でも、随分と雰囲気が違うのじゃ」
華々しい中央の市場とは、違った空気の漂う南地区の大通り。
レミィたち一行は、アズリーの案内で、職人街の倉庫へと向かっていた。
「いきなり南地区に向かうって……アズリー、そこに何があるんだ?」
突然、行き先を指定したアズリーに向かって、エトスは怪訝そうな表情で声をかける。
ヴィクトルやアイディスから連絡があったわけではないのだが……。
「あの子が頑張って追いかけてくれたからね……僕もちゃんとそれに応えないと」
アズリーは鼻息荒く拳を握り、全く凛々しくない眉を上げて、決意を示す。
「アズリー様、やる気に満ち溢れた目ですね♪」
「わかっちゃいましたか、フェリさん」
「わかんないよ……」
フェリシアとアズリーのやり取りに、エトスはツッコまずにはいられなかった。
「アズリーよ、本当にこの先の倉庫に行けば、全て解決するのかえ?」
「うん、あの鍛冶職人の工房を右に曲がって、まっすぐ突き当たりの大きな倉庫だよ、
物珍しさから、はしゃいでいたレミィだったが、本来の目的を思い出し確認する。
アズリーは大きく頷くと、手にした杖で道を示した。
曰く、ずっとアイディスの状況を……どこかから視ていたらしい。
「じゃ……あとは現場に着いたら、殿下の威光で万事解決ってとこですね」
「まぁ、そう簡単にいくかどうか、わからんがのう……」
エトスの言葉をきっかけに、レミィたちは倉庫の方へと歩を進めた。
だがアズリーだけは、その場に足を止める。
「アズリー様? どうなさいました?」
その様子に気づいたフェリシアが、振り返って声をかけた。
「おいおい、さっきのやる気はどうなったんだよ?」
先を行っていたエトスも足を止め、アズリーの方へ向き直る。
アズリーは、何やら申し訳なさそうな口ぶりで、皆に応えた。
「ごめんよ……ここからはお任せしちゃってもいいかな?」
「ぬ? アズリー……どうかしたのかえ?」
突然のお任せ発言に、レミィはその意図を問う。
いつになく、真面目な表情のアズリーは、
「僕には、他に行かなきゃいけないところがあるんだ……」
「遊びに付き合えってもねぇ……俺様は暇じゃないんでねぇ!」
「まぁ、そうつれねぇこと言うなよ……ちったぁ楽しめるように、おもてなしさせてもらうからよぉ」
二つの剣を構えた軽装の剣士ディエゴ、そこに対峙するラーズは武器を帯びていない。
だが、そんなことは全く気にした様子もなく、闘士はそのまま拳を握り、構える。
「アイディスくん! 今のうちに!」
「え? あ、はいっ!」
せっかく訪れた退避の機会を逃すわけにはいかない。
ヴィクトルは、アイディスの手を引いて、近くの資材の影に身を隠す。
「だ、旦那サマ……あの大きな人……誰でしょう?」
「さぁ? わかりません……ただ幸いにして、私たちの敵ではなさそうですね……」
2頭の猛獣が牽制し合う中、二人は身を低くして、その様子を見守った。
「チッ、仕方ないねぇ……が、俺様の双剣……“閃偽”と! “光裏”相手に! 素手でいいのかねぇ?」
「問題ねぇよ……使いこなせてねぇ武器なんざぁ、素手と同じだろうが」
ディエゴは大袈裟に二つの剣を振り回し、巧みな演舞を披露した。
だが、ラーズは興味なさげに、突き出した片手で手招きし、挑発する。
「馬鹿だねぇ……盗賊ギルドNo.2、閃光のディエゴ・ブリージョ……俺様のこと、知らないのかねぇ……」
「神聖帝こ……いや、今日は100代目:
真っ向から対峙する剣士と闘士。
ディエゴは薄ら笑いを浮かべながら、意気込みに欠ける名乗りをあげた。
だが、ラーズの名乗り……その称号を耳にしたところで、目の色が変わる。
「へぇ……あのルゼリアの
やや狂気に満ちたその顔は、次第に恍惚とした表情へと移ろう。
突然、
「なんでぇ……
軽口を叩きながら、ラーズはその剣を紙一重で躱わした。
「そりゃそうだねぇ! あの伝説の
興奮気味に吠えるディエゴは返す刀も振り下ろし、同時に逆手の剣を突き立てる。
「斬り刻みてぇんなら……しっかり当てねぇとな……」
──
連撃を危なげなく回避したラーズは、軽い牽制を挟んだ。
一方ディエゴも素早い身のこなしで、その高速のジャブから逃れる。
ここまでわずか瞬刻……。
資材の陰にいる傍観者たちには、何が起きたのか全くわからない刹那の攻防だった。
「旦那サマ、逃げましょう、あれは……人間じゃない人たちです」
「それには同意しますが……この状況では……」
逃亡を計ろうにも、縦横無尽に暴れ回る2頭の猛獣に退路は封鎖されている。
無理に駆け抜けようとしたところで、巻き込まれるのは間違い無いだろう。
「いいねぇ! この俺様の速度について来れるんだねぇ!」
「んな大した速さでも、ねぇだろうよ」
左右あらゆる角度から襲いかかる二つの刃。
その速度も相まって、常人に避けることは不可能といっても過言ではないだろう。
だがラーズは、その猛攻を弾き、逸らし、躱し、難なく対応する。
「どしたよ? 閃光ってぇのはこの程度かい?」
「……流石だねぇ、じゃぁ……これは“見える”かねぇ?」
「ああ?」
不適な笑みを浮かべるディエゴは、飛び退くようにして間合いを取る。
と、戦いの最中、突然目を瞑り、右手の剣を天に向け高々と掲げた。
その瞬間、掲げられた剣……“閃偽”から強烈な光が放たれる。
「うわっ、眩しい! だ、旦那サマ!?」
「これは……目眩しですか!?」
突如放たれたその眩いばかりの光は、周囲を白一色に染め上げる。
「へっへっへ……“見よう”としたよねぇ? じゃぁ今、見えないんじゃないかねぇ?」
その光の中、ディエゴは左手の剣で標的を穿つ。
「手応えアリだねぇ!」
ザクリ……と硬い肉に刃物が突き立てられた時の、嫌な音が聞こえた。
「んー、目が……旦那サマ、どこです?」
「こ……これは……」
目が慣れてきたアイディスとヴィクトルの目に映ったものは、大きな血溜まり……。
そして腹部を刺し貫かれた大男の姿だった。
「とりあえず裏切り者の始末は、あの男に任せるであるか、同士F」
「そうです、な……同士C」
倉庫に残されたフォレスターファミリーとカーペンターグループの代表。
二人は大量に運び込んだ月光樹の前で、今後の取引について考えていた。
生産ギルドと製造ギルドのトップは自分たちが担っている。
これで三合会の議決権は過半数を押さえることができていた。
あとは実際の売買や流通に関わる協力者が必要だった。
そこで昨今、最も勢いのあるミュラー商会を引き入れようと画策したのだが……。
「まさか、あの同士Mが裏切るとは、な」
「あれだけの野心家が、帝国に従順だったというのは、想定外であるな」
二人は腕組みしたまま、この予想外の出来事に対する感想を口にする。
ヴィクトルの商売に対する姿勢そのものを見誤っていたようだ。
「まぁ、商人ギルドの中には、欲の皮の突っ張った連中がまだまだいるから、な」
「うむ、新たな同士を募れば良いだけであるな」
欲の皮が突っ張ったなどと、どの口が言うのか……。
何れにせよ、己が利益のため、欲望のため、人を貶めた者が使う言葉ではない。
そう、そんな輩には、必ず正義の鉄槌が下されるのだ。
「貴様らより欲深い連中が
突然、倉庫の中に響き渡る少女の声。
「この声、どこか、ら!?」
「どこだ! 何者であるか!?」
下卑た笑みを浮かべていた二人の商人は、急に聞こえたその声に
「上なのじゃ」
その声に促され見上げた先。
積み上げられた月光樹の丸太の上には、見目麗しい少女の人形が鎮座していた。
「これは美しい……人形? 何と精巧、な……」
「こんなところに……
いや、もちろん本物の人形ではない……。
「……面と向かって言われたのは初めてじゃのう……」
人形のような少女は、年齢に不相応な艶かしい動きで足を組み替えた。
生足が見えているわけではないのだが、その容貌は見る者の目を狂わせる。
そこに在ったのは、周囲を圧倒する存在感。
外套には皇族の徽章……純白に金色の刺繍があしらわれた軍服を身に纏った少女。
神聖帝国が皇女、レミィエール・フィーダ・アズ・グリスガルド、その人である。
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