第71話:潜入と誓いの石

「ボク商人になりたいんです! ここの……ヴィクトル様の下で勉強させてください!」


 街の中央部、メインストリートの一角にある、ミュラー商会の本店。

 そこに突然押しかけてきたのは、ダークエルフの少年だった。


「いや、急に何を言ってるんだ君は。 会頭はお忙しい……そんな冗談に付き合ってる暇はないよ」

「そこをなんとか! 病気の兄妹のためにも、ボクがちゃんと稼がないと……もう30年くらい職を探し続けてるんです……」


 その割に身なりは整っているようにも見えるが……。


「永いな……いやエルフだから、それが永いのか短いのかわからないけど……」

「お願いします! 1200歳のお爺ちゃんもいるんです……ちゃんと長生きしてもらうためにも生活費が……お金が必要なんです!」

「もう充分長生きしただろ……それは……」


 商会の番頭らしき男性に食い下がるダークエルフの少年。

 時間感覚の食い違いからか、はたまたその突拍子も無い話の内容に呆れてか……。

 会話は噛み合わず、番頭はどうも調子を狂わされる。


「とにかく、会頭にそんなお時間はない。露天商の者にでも丁稚として雇ってもらうことだ……ほら、話は終わり……帰りなさい」

「いえ、ここエル・アスールで……いや大陸全土で最高の商人が集まるのは、このミュラー商会です! 僕は最高の商人を目指したいんです!」


 面倒になってきた番頭は、手で追い払うような身振りで適当にあしらう。

 だが、頑として少年は引かず、その熱い思いを語る。

 どこまでが本心なのかは全くわからないが……。


「最高の商人……まぁ、それには同意するが……でも、いくら熱意があってもな……」


 その少年の言葉には、番頭も満更でもないといった様子。

 最高の商人……その言葉は商会の者が皆、意識していることなのだろう。


「なるほど……では、最高の商人とはどう言ったものか……君の考えは?」


 そこへ突然、どこからともなく現れた男性が、少年に向かって問いかける。

 その姿に、番頭は文字どおり飛び上がって驚いた。


「ヴィ……ヴィクトル様!」


 現れたのは商会の会頭……ヴィクトルであった。


 ──こいつが会頭かぁ……よぉし、がっつり情報仕入れちゃうぞ!


「こ……こんにちはハジメマシテ! ボ、ボクはアイディス……ギルドの情ほ……いや、商会の……じゃない商人の秘密を知るために、貴方の下で働かせてください!」


 誰がどう見てもグダグダな自己紹介である。

 情報屋として致命的な言葉すら口走ったような気がしないでもない。


「はじめまして、アイディスくん……それで? 君の考えは?」


 だが、そこには触れず、ヴィクトルはアイディスに再び問いかけた。

 ここで相手にされなければ、作戦終了である。

 他に伝手のないアイディスが、商会内部の情報を調べることなどできるはずもない。


「はい……えっと……最高の商人? ですよね……それは、その……欲しい人のところにちゃんと商品を届けられる……とか……」


 それは、アイディス自身が貧民街で思っていたこと……本心から出た言葉だった。


「いやいや、何を言ってるんだ……それは当たり前……」

「すばらしい……うん。よし採用だ、君を私の側仕えとして雇い入れよう」


 その当たり前の一言に、番頭は横から口を挟もうとした。

 だがヴィクトルは、その言葉に感銘を受けたのか、番頭の言葉を遮って話を進める。

 あまつさえ、その場で即時側仕えとして採用すると断言してしまった。


「えぇ!? まさか……ヴィクトル様!?」

「え、ホントですか!? ありがとうございます会頭サマ!」


 アイディス自身も驚いてはいたが、何より驚いたのは番頭である。

 こんな形で採用された者は、今の商会には一人もいない。


「では、アイディスくん……よろしく頼みますよ? 早速ですが、ついてきてください」

「はい! よろしくお願いします!」


 唖然とする番頭を残し、ヴィクトルとアイディスは奥の執務室へと姿を消した。

 実に、アズリーから調査の依頼を受けて……わずか数刻後の出来事である。





「彼奴は、大丈夫なのかえ?」


 レミィはゆっくりと振り向き、肩をすくめながら臣下たちへと問いかける。

 もちろん話題としているのは、先のアイディスのことだ。


「まぁ、うまく受け入れてもらえたみたいだし……大丈夫なんじゃないかな」

「ヴィクトル様も、自然に接しておられるようにお見受けしました」


 アズリーとフェリシアからは、軽いノリの答えが返ってくる。

 二人とも、あまり危機感をもっている様子はない。


「ぬー……ミュラー商会にる間は……安全と思っていいのかのう……」

「それよりも……さっきの宝石が気になるんだけど、我が主人マイマスター


 アズリーは、アイディスのことよりも、先の献上品に興味がある様子。


「ふむ、アレじゃのう」


 レミィが目で合図をすると、フェリシアはテーブルの上に先の小箱を持ってきた。

 なんの変哲もない、ただの宝石……親指の爪程の大きさの柘榴石ガーネット

 あのミュラー商会が、献上品として納めるには、あまりに不相応な品にも思える。

 なにより、この三つの宝石は……。


「うち二つは、贋作イミテーションなのじゃ」

「そうなの? すごいね我が主人マイマスター、見ただけでわかるの?」

「うむ……竜に偽物の宝石を渡して、誤魔化そうなどということは……せん方が賢明じゃのう」


 レミィはそう言いながら、複雑にカットされた宝石のエッジを指でなぞる。

 あのミュラー商会の会頭ヴィクトルが、宝石の真贋を見誤るとは考えにくい。

 だが、わざわざ自分たちの看板に泥を塗るような真似をするはずもない。

 ではなぜ……こんな物を献上品として納めてきたのか……。


 ──この……一つだけ、本物なのはどういう意味なのじゃ……。


楽園エデンっ!」

「はやっ!?」


 珍しく難しいことを考えていたレミィを驚かせたのは、謎の叫び声。

 突然、部屋の隅で跳ね上がるように起き上がったエトスの奇声である。

 ようやく、煩悩の世界から還ってきたらしい。


「あ、エトさん、おかえり」

「お目覚めになりましたか?」

「え? あ……夢か……俺、寝てまひた?」

「それはもう安らかにのう……」


 笑顔で迎え入れるアズリーとフェリシア……対してレミィはジト目でエトスを見やる。

 どんな夢を見ていたのかまでは判別できないが、涎と顔の緩みがだらしない。


「うわぁ! ……と、ところで殿下たちは何をされてたんです? 宣誓石なんか見つめながら……」


 夢の余韻を断ち切って、エトスは口元の涎を拭いつつ、レミィたちの輪に加わる。

 と、そこで聞きなれない単語を口にした。


「宣誓石とな?」

「エトス様は、これが何かお分かりになるのですか?」

「なになに? 教えてエトさん」

「え? 急に何!? いや……違うかな? でも……その形はそうだと……思うんですけど……」


 失態を誤魔化すつもりで、軽く口にしたその一言に、皆が一斉に食いついてくる。

 若干気圧けおされながらも、エトスはその“宣誓石”なるものについて語り始めた。





「こんなものが、騎士たちの間で流行っておったのかえ?」

「ええ、まぁ一種のおまじないみたいなものなんですけど……とはいえ、ちゃんとした魔法の効果があるやつも売ってるんですよ」


 宣誓石……エトス曰く、騎士たちが身につける護符のようなもの、とのこと。

 誓いを立て、それを守り続けている限り、その宝石が身を守ってくれるという……。


「そんな効果があるんだ? すごいね我が主人マイマスター

「いや、その効果の程までは知らんがのう……」


 興味津々のアズリーとは対照的に、レミィは懐疑的な姿勢を崩さない。


「なにかしらの魔術……なのでしょうか?」

「いや、どっちかっていうと魔術じゃなくて神術ですね……神のご加護ってやつですよ」


 意外にも、エトスはフェリシアの問いかけにしっかりと明確な答えを返す。

 彼がここまで神術に詳しいとは、誰も思っていなかっただろう。

 実に意外な一面である。


「まぁ何にしても、この七角形の独特の形は……それで間違いないと思いますね」


 語っているうちに自信が出てきたのか、エトスはハッキリと確信を持って言い切った。


「ふむ……宝石の種類にも意味はあるのかえ?」


 そこに、レミィは重ねて問いかける。

 石は三つとも柘榴石ガーネットで、うち二つが贋作イミテーション……。

 わざわざ比較してくれと言わんばかりに、同じ宝石に揃える意味がわからない。

 そんな疑問を払拭するように、エトスは続けて知識を披露する。


「誓いの内容によって宝石が違うんです。柘榴石ガーネットは皇女騎士団でも人気の石でしたよ」

「ふむふむ……で? どういう誓いなのじゃ? なのじゃ?」


 レミィは、そわそわした様子でその先の言葉を促した。

 餌を乞う小動物のような主人あるじの動きを、エトスはしっかり目に焼き付ける。

 そして、キマりきらないキメ顔で、答えを告げた。


「ズバリ! 正義と秩序……転じて“忠誠”を誓う石です」

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