第70話:従者と三つの宝石

「どういうことなのじゃ?」

「どういうことって?」


 日も沈み、広場からは露天商も徐々に引き上げ始めた頃。

 ミュラー商会に手配してもらった、貴族御用達の宿……その一室。

 そこでレミィとアズリーは、なんとも噛み合わないやり取りを続けていた。


「先の、自称情報屋……アイディスに依頼した内容のことじゃ」

「うん、それがどうかしたの? 我が主人マイマスター


 白の塔で会った時からそうだったが、アズリーの思考や言動は周囲に理解され難い。

 エルフの叡智を受け継いでからは、さらに輪をかけて難解になったような気がする。

 そのことはレミィも同様に思っていたようで、何かと聞き返すことが多かった。

 だが、返ってくる反応もまた……要領を得ない。


「いや、今まさにわらわたちはミュラー商会に世話になっておる状況なのじゃが……あの会頭に、なにか怪しいところがあったのかえ?」

「なにもないよ?」


 まるで眠っているかのような、その細い目を見つめながらレミィが問いかける。

 と、アズリーは悪びれた様子もなく、あっさり答えた。


「では、何故あのような依頼をしたのじゃ?」

「うーん……それは、そうだね……なにもなさすぎるからかな?」


 何度やり取りしても、疑問に対して疑問形で答えが返ってくる……。

 ただ、今回の返事は、なんとなくレミィにも意図は汲み取れた。


「ふむ……この国のギルド……三合会そのものが怪しいと、そういうことかえ?」


 三合会の上層部が混乱しているにも関わらず、会頭の様子は落ち着いたものだった。

 何かを知っていて、隠している……というのも無い話ではないだろう。


「うん、それと……もし本当に何もなければ、あの子は安全に仕事をこなせるでしょ」


 そこに加え、アズリーはしっかりとアイディスの身の安全も意識していたようだ。

 もちろん、本当に何もなければだが……。


「いや、逆に何かあれば、危険極まりないと思うのじゃが……」

「うん、だから、少し様子は見ておくね」


 そう言って、アズリーはウインクをした……らしい。

 残念ながらレミィは、そのレアなアクションに全く気づかなかった。





「もたもたしてると殺すなの。キリキリ働きやがれなの」


 元より薄暗い森が、さらにその闇を深めていく夕刻……。

 惨劇を目にした木こりたちの作業は、遅々として進んでいなかった。

 ローブ姿の小柄な女性は、変わらず抑揚のない口調で木こりたちに告げる。

 おそらく冗談で言っているのではないだろう。

 エルフたちの遺体は、何も物言わぬまま雄弁とその事実を語っていた。


「親方……あの仲介人って……」

「知らねぇよう……オイラもギルドマスターに言われて、ここに来ただけなんだよう!」


 想定外の事態に、ただ狼狽うろたえる木こりの頭目。

 彼は、黙って木を伐る程度であれば、大したお咎めにはならないだろうと踏んでいた。

 例え月光樹であったとしても……だ。

 それをなんとかするのが、ギルドのお偉方の仕事だとでも思っているのだろう。

 だが今ここで起きている事態は、森の住人との全面戦争も免れないような出来事だ。

 ギルドの雇われ職人が、どうこうできるような状況ではない。


「オ、オイラたちは降りるぞう……こんな危険な橋渡るなんて聞いちゃいねぇよう!」

「そうだ親方、それが正解だぁ!」


 身の安全と保身を考えた頭目は、仲介人に対して仕事の放棄を申し出る。

 この状況に危機感を抱いていた周囲の木こりたちも、すぐさまそれに同調した。

 皆一様に自分のまさかりを肩に担ぎ直し、馬車へ戻ろうとする。

 そこへ仲介人は、ひらりと舞うように回り込むと、木こりたちの前に立ち塞がった。


「……おまえたちに拒否する権限は、無いなの」


 そのまま冷ややかな眼差しで木こりたちを一瞥し、ただ一言そう告げた。

 ローブの中までは窺い知れないが、どう見ても武装しているようには見えない。

 こんな小柄な女性が、どうやってあのエルフたちを殺害したのだろうか……。


 ──力づくで押し通ればよう……なんとか逃げ切れる……だろ……よう。


 相手は女性……体格的にも力負けする要素は見当たらない。

 ここで、頭目は判断を誤ってしまった……。


「悪いけどよう! ここは通らせてもらうぞう!」


 女性の身の丈ほどはあろうかというまさかりを振り翳し、襲いかかる。

 もちろん、本当に斬るつもりはなかった。

 少しでも驚いて、退いてくれればそれでよかったのだ。

 そう……ただ素直に……。


「素直に言うことを聞いていれば……おまえも死ななくて済んだなの」


 小さく呟いた仲介人の女性が、右手の掌を前に翳す。

 と、目の前まで迫っていた木こりの頭目は突然苦しみ出した。


「……お……おぉぉぉ! うげぁぁぁっ!!!」


 手にしていたまさかりを地面に落とし、呻き声をあげながら喉を掻きむしる。

 自らの爪を首に食い込ませ、そのまま口から泡を吹き出しながら……頭目は絶命した。

 彼女は、何も持っていない、何もしていない……ただ手を翳しただけである……。

 その一瞬の出来事に、周囲で見ていた者は何が起きたのか理解できなかった。


「……おまえたち……さっさと木を伐って運ぶなの」


 女性はローブのフードを目深に被り直し、改めて木こりたちにそう告げる。

 その言葉に逆らう者は、もう……この場には誰一人いなかった。




「レミィ様……本日のご予定は、如何なさいますか?」


 翌朝、御髪を整えながら、フェリシアはレミィに視察のスケジュールを確認する。

 と、まだ寝惚け眼のレミィは、欠伸混じりに答えた。


「ふあぁ、そうじゃのう……三合会のトップ3スリーには会っておきたいと思うのじゃが……」

「昨日のうちに、国防隊の兵士からも話は聞いたんですけど……行方不明の手がかりはなしですね」


 そこに、エトスは壁の方を向いたまま、報告を重ねる。

 騎士の立場から、薄衣一枚の皇女殿下を直視するわけにはいかない。


「うーん……でも、もう犯人の見当はついちゃってるよね……我が主人マイマスター


 アズリーは、いつもの軽い調子で、レミィに確認するかのような言葉をかける。

 その細い目で、何を見ているのかはよくわからないが……。


「アズリー……お前、まさか……見てるんじゃないか?」

「うん、もちろんだよ、エトさん」

「いやだめだろ! もちろんじゃないんだよ!」


 悪びれもせず、驚きの言葉を口にしたアズリーに対し、エトスは全力でツッコむ。


「え? どうして?」

「どうしてじゃないよ! 殿下がまだお召し物を身に付けてないだろ?」


 不思議そうに首を傾げる、糸目のエルフ。

 エトスは声を荒げながら、目線を壁からアズリーの方へと向けた。


「そもそも、お前は殿下に対する言葉使い……から……して……」


 振り返ったエトスの目に飛び込んできたのは、窓の外を見つめているアズリーの姿。

 そして、今まさに服を着るために全裸になったレミィの姿だった。


「エトス様……こっちを見ちゃダメって言いましたよ?」

「ん? エトさん、我が主人マイマスターの裸が見たかったの?」


 八の字眉の困った顔をしながら、フェリシアは優しい口調で注意する。

 そこにアズリーは、残酷な言葉のナイフでエトスを突き刺した。


「僕が見てるって言ったのは……ギルドの動き……だよ」

「ぬ? 貴様は、何と勘違いしておったのじゃ?」


 窓の外、遠くの空を見つめながら呟く、アズリーの言葉。

 そして、半裸のまま、振り向き様に投げかけたレミィの問いかけ。

 それらが、エトスの耳に届くことはなかった……。





「失礼します、皇女殿下……お客様がお見えです」

「ぬ……誰かのう?」


 意識を失った騎士を放置して、部屋でくつろぐレミィたちの元に届いた来客の知らせ。

 独り言のように呟いた言葉に合わせるように、宿の執事は相手の正体を告げる。


「ミュラー商会会頭……ヴィクトル様です」


 今日は、特に会う約束をしていたわけではない。

 この非常時……ましてや多忙極まる商会の会頭が、わざわざ会いに来た理由は何か。


「うむ、通してかまわんのじゃ」


 レミィはその答えを知るべく、ヴィクトルを招き入れた。


「失礼いたしますレミィエール皇女殿下。いや、本日もお美しい……まさに白金プラチナの妖精姫……」

「いや、そういうのはいらんのじゃ……要件はなにかのう?」


 恭しく挨拶をするヴィクトルに対し、レミィは早々に用件を告げるよう促す。

 情緒も儀礼もあったものではないが、回りくどいやり方はあまり好みではない。


「ははは、失礼いたしました……今日は、昨日お渡ししそびれていた献上品をお持ちさせていただきました」

「献上品とな?」


 今までも、宗主国に取り入ろうと無駄に高級な品を送りつけてきた貴族連中は居る。

 特に唯一の後継者であるレミィに対しては、頻繁に献上品が送られてきた。

 その度にレミィは受け取りを拒否し、再三そういった行為の禁止を通告してきた。

 無論、そのことはミュラー商会の一族にも伝わっているはずなのだが……。


「ヴィクトルよ……わらわがそういった物を受け取らんことは……」

「存じております……ですが、此度の逸品は是非とも……ご覧いただきたい」


 ジト目のまま、レミィは受け取り拒否の意思を伝えようとする……。

 だが、そこでヴィクトルは引かず、食い気味に真っ向から推し奨めてきた。

 その目には、なにやら決意にも似た、ただならぬ迫力がある。

 ──ぬー……何か理由があるのかえ?


「……相分かった、受け取るかどうかはさておき……とりあえず見せてもらうのじゃ」

「ありがとうございます……では……」


 何かを察したレミィは、一旦折れて、ヴィクトルの申し出を聞き入れることにした。

 安堵の表情を浮かべながら、ヴィクトルは従者に手で合図をする。


「かしこまりました旦那サマ! さぁ、皇女サマ……こちらを」


 後ろから現れた従者らしき少年が跪きながら、美しく装飾された小箱を差し出す。

 その横からヴィクトルが蓋を開くと、そこには三つの宝石が並んでいた。

 深い紅の美しい宝石……おそらくこれは……。


「ふむ……柘榴石ガーネットかえ?」


 決して安いものではないだろう。

 だが、特別な付加価値があるようには見えない、なんの変哲もない宝石が三つ。

 これを見たものがレミィでなければ……その違いには気づけなかったかもしれない。


 ──これは……今は黙っておいた方がいいかのう。


 いろいろと……実にいろいろと問い質したいことはあったが、グッと堪える。

 と、小箱を一瞥したレミィは目線で臣下に合図を送り、これを受け取るよう促した。

 無言で頷いたフェリシアが、丁寧にそれを預かる。


「うむ……これは、一旦預かっておくのじゃ……」

「はい。きっと皇女殿下であれば、お役に立てていただけるかと……それでは」


 なにやら含みのある言葉を言い残し、ヴィクトルは早々にこの場を後にする。

 従者らしき褐色肌の少年も、それに続いた。

 二人が部屋を去ったあと、閉ざされた扉の方を向いたまま、レミィはため息をつく。


「どうしたの? 我が主人マイマスター

「なにか問題がありましたか? レミィ様」


 アズリーとフェリシアが立て続けに声をかける。

 だが、おそらくこの二人も気づいていたはずだと……レミィは確信していた。


「どうしたもこうしたも……先ほどの従者じゃ……」

「ああ、あれはびっくりしたよね」

「随分と正面突破なやり方ですね♪」


 商会が正式に雇い入れたのか……誰かと成り変わったのかはわからない。

 だが、先ほどヴィクトルの横にいた従者は間違いなくアイディスだった。

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