第69話:伐採と予想外の言葉

「親方……本当に大丈夫なんですかい?」

「へっへっへ……心配すんな、きっちり話はついてんだよう……オイラたちは、仲介役から頼まれた木を伐って運び出すだけ……真っ当な商売じゃねぇかよう? ヒック」


 エル・アスールとヴェルディアネスの国境付近から森へと進む、馬車の一団。

 運搬用の馬車が3台……そこには、屈強な男たちが複数名搭乗していた。

 その丸太のような太い腕には、生産ギルドの紋が記された腕章が見てとれる。

 全員で15人程度だろうか?

 各々が手にしている大型のまさかりを見るに、どうやら彼らは木こりのようだ。


「でも、規定の数を超えた月光樹の伐採は……御法度ですぜ? 監察官にでも見つかっちまったら……」

「細けぇこと気にすんなよう! ハゲっちまうぞう? ほら、お前らも呑め呑め!」


 ──いえぇぇい! 親方サイコー!──

 ──月光樹に乾杯!──


 まだ陽の高いうちから、酒を片手にいいご身分である。


「っぷはぁ……しっかし、あの新しいギルドマスターはヤリ手だよう……就任してすぐに、こんな儲け話を見つけてきてくれるってんだからよう」

「いや……でも、違法行為は……」

「うるっせぇなぁ、さっきから御法度だの違法行為だのよう、ギルドマスター様がいいって言ってんだ……オイラたちみてぇな末端は黙って言うこと聞いてりゃいいんだよう」


 自分たちが、今から何をしようとしているのか……。

 この軽はずみな行動が、国家間の紛争を招く可能性も否定は出来ない。

 ことの重大さに気づいてしまった若者は、やや及び腰の様子だった。

 木こりの頭目らしき男は、そんな若者に檄を飛ばす。

 全く役に立たない、正当性も自主性もない、中身のない檄……。

 人の上に立つ者としては、あまり優れた人材ではないようだ。


「ヒック……月光樹が一本ありゃよう……1年は楽して生きていけんだ……うるせぇこと言ってっとその辺に置いてくぞう」

「そいつは困りますよ……親方……」


 国境付近……といっても、その実、明確に境界は定められていなかった。

 だが、一歩でも深き森に踏み込めば、そこはもうエルフたちの領域であり聖地である。

 脅威は、その守護者たる森の妖精だけではない……。

 森に棲む野獣や魔獣は、容赦無く侵入者に牙を剥き襲いかかってくるだろう。

 如何に屈強な木こりといえども、独りで生き延びることができるような場所ではない。

 若者は、しぶしぶ頭目に従い、おとなしく荷台の端に腰を落ち着けた。


「お、見えてきたぞう……もうすぐ月光樹の群生地だよう……」


 鬱蒼と木々の生い茂る薄暗い森の中、しばらく進んだところで頭目は皆に合図を送る。

 その少し先の開けた場所には、ローブ姿の小柄な人物が立っていた。

 おそらく仲介人と呼ばれる人物だろう。


「待たせちまったねぇ、仲介人さんよう……」

「酒臭いの……、いいからさっさと伐って運びやがれなの」


 ふらふらと足元のおぼつかない頭目を前にして辛辣な言い回し。

 その声を聞く限り、どうやら女性のようだ。


「さて、さっさと月光樹を……って、うわぁぁぁ!」

「おい、どうしたよう!?」


 馬車を降りてすぐ、作業に移ろうとした木こりたちから、次々と悲鳴が上がる。

 その声に振り返った頭目が目にしたのは、あまりに凄惨な光景だった……。


「こ……これは一体なんだよう……」


 そこには、口から泡を拭き、倒れ伏すエルフたちの遺体がいくつも転がっていた。

 見るも無惨なその状況に、木こりたちもすっかり怯えた様子で縮こまる。


「邪魔だったから……殺したなの」


 目深に被ったフードに隠され、表情は窺えない。

 だが、その女性は淡々と、目の前の惨状が自分の仕業であることを仄めかす。


「……いや、いくらなんでもエルフとの揉め事は……マズいと思うんだよう……」


 流石の頭目もこれには驚き、酔いも一気に覚めてしまったようだ。

 密輸については、各方面に話がついている……。

 だが、そこで人死にが出たとなれば話は別だ。

 相手は、聖地に住まうエルフ……追及されれば、言い逃れもできないだろう。

 ここは一旦、退いた方がいいだろうと判断した頭目は、じわじわと後ずさる。

 と、いつの間にか背後に立っていた仲介人は、抑揚のない口調で呟いた。


「おまえたちも邪魔だと思ったら、すぐ殺してあげるなの」





「いや、それは遠慮しておくのじゃ」

「そうだろ! ボクに任せ……って? いやいや、遠慮しておくってなんでだよ!?」


 情報屋として、雇って欲しい……。

 レミィはアイディスのその提案を、ノータイムフルスイングで打ち返した。

 周囲の反応が追いつかないほどの即答で、力強い拒否である。


「さっきは情報を買ってくれたじゃん! まだ、いっぱい知りたいことあるんでしょ? この街の隅々まで知り尽くしてるボクなら、絶対に役に立つよ!」


 納得がいかないといった様子で、アイディスはそこに食い下がった。

 目の前で、熱心に自分の有用性をアピールする少年……。

 その姿を見たレミィは、先のアズリーに言われた言葉を思い出す。


 ──あの子は、これで報酬を得るための“仕事”をしたことになっちゃったね。


 自らが知り得た情報を売り、お金にするということ……。

 他人から物を盗み糧にするよりは、随分と真っ当な仕事に見えるだろう。

 だが、情報屋としてやっていくためには、商品となる情報を仕入れなければならない。

 結局は、それを誰かから、何処かから……“盗まなければならない”のだ。

 対象が物か情報かという差異はあれど、他人から奪うという本質に違いはない。

 そこには、必ず危険が伴うということを、レミィは知っていた。


「お試しでもいいから、一回使ってみてよぉ……皇女サマの求める情報を、ばっちり探し出してくるからさぁ」


 その自信は、どこから出てくるのだろうか?

 得意満面のアイディスは、親指でもう一度自分自身を指差す。

 ダークエルフは長命種だ。

 永く生きている分、きっとこの街のいろいろなことを知っているのだろう。

 それこそ他の者では知り得ないような過去のことも、裏のことも……。

 だがそれでも、そんな危険な仕事を任せたくはない。


「おいおい、殿下は必要ないって言ったんだ。これ以上、しつこく付きまとうって言うんなら、護衛としての仕事をさせてもらうぜ?」


 レミィが少し考えていると、エトスが間に割り込んでくる。

 ちなみにフェリシアは、レミィの指示がなければ動くことも口を開くこともない。

 アズリーも同様で……今はただ、じっと空を眺めていた。


「ちょ、待ってよ騎士サマ、財布盗ったことは謝るからぁ……」

「だーめーだ、これ以上殿下の手を煩わせるんじゃない」


 ここまで来て、アイディスは尚も食い下がる。

 二人は互いに譲らず、組み合ったまま小競り合いが続いた。


「うん、いいね……我が主人マイマスター、一つお願いしてみようよ」

「はやぁ?」


 ここまで全く会話に参加する気配を見せなかったアズリーが、突然レミィに進言する。

 想像もしていなかったその言葉に、レミィは虚をつかれ、間の抜けた返事を返した。


「話がわかるね、お兄サン! ハイエルフは嫌いだけど、兄サンは特別だ!」

「アズリー! 勝手にそんなこと……おまえが決めることじゃないだろ」


 取っ組み合いを続けながら、二人はアズリーの言葉に反応する。

 そこには全く目もくれず、当のアズリーはレミィの方を向いて話を続けた。


「いろいろと問題があるのはわかるけど、本人はそれじゃ納得できないみたいだからね……そうでしょ、我が主人マイマスター?」


 レミィは、アズリーの視線から何事かを察する。

 一度、報酬を支払ってしまった以上……無碍にもできないと言ったところだろうか。


「ぐぬぬ……致し方なしかえ……ここはアズリーに任せるのじゃ……」


 痛いところをつかれたレミィは、そのままアズリーに采配を委ねた。


「じゃぁ、アイさん……でいいかな? 僕から情報屋さんへの依頼だよ」


 いつもの細い目でアイディスを見つめながら、恭しく手を差し出す。

 と、そこで告げられた言葉に、レミィたちは耳を疑った。


「……ミュラー商会を……調査してきてよ」





「おい、ブルードのおっさん……」


 中央都市ティエンドラの南地区、職人街にある鍛治職人の工房にて……。

 ブルードはじっと腕を組んだまま目を瞑り、金床に鎮座する刀と向き合っていた。


「ん……どうした?」

「いつまでそうしてんだぁ? さっきからずっと黙ったまま、見てるだけじゃあねぇか……」


 痺れを切らしたラーズの言葉に、眉の奥から片目だけを覗かせてブルードが応える。

 レミィに少しのいとまをもらい、二人は刀を打ち直すために動いていた。

 主戦力であるラーズが全力で戦うためにも、これは必要なことだ。


「いや、目を瞑っていたからな……見てもいない」

「余計におかしいだろうがよぉ!」


 工房の壁にもたれ掛かっていたラーズは、たまらずツッコむ。

 まだ思ったような結果には繋がっていないようだ。


「だいたい……間借りしたここの設備で、そいつの手入れなんざできんのかい? カタナってぇのは……」

「東の島国アイゼン……そこの鍛治職人が生み出した、刀剣の頂点とも言われる、恐るべき斬れ味の逸品よ……」


 やや不信感を募らせたラーズが愚痴ろうとするのを、食い気味にブルードが遮る。

 この寡黙なドワーフも、いつになく饒舌だ。


「そして……その製法は、アイゼンの中でも名工にのみ口伝で引き継がれる……」

「……打つ手がねぇじゃあねぇか」


 ラーズが呆れたような口調で、肩をすくめる。

 だが、そこでブルードは、髭の奥底で口角を上げた。


「言っただろう……“名工”にのみ口伝で引き継がれる……と」

「え? おっさん……?」


 ブルードは自分の頬を叩くと気合いを入れ直し、胸元から鉢巻を取り出した。

 そこには、見慣れない文字で何やら文言が記されている……。


 ──刀匠 武竜人──


「ワシが……その名工よ」

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