第68話:商会と最高の情報屋
「ようこそお越しくださいました、レミィエール皇女殿下……お会いできて光栄です」
「うむ、先日は世話になったのじゃ」
豪華な応接室で出迎えてくれたのは、肩まで伸びた濃い金髪に穏やかな笑顔の男性。
この物腰の柔らかな人物はミュラー商会の会頭……ヴィクトル・ミュラー。
まだ20代の若き
「従者の皆様も、どうぞこちらへ……」
「あ、はい……どうも」
「失礼いたします♪」
「僕も入っていいの?」
エトス、フェリシア、アズリーも続けて応接室へと招き入れられる。
「おお、これは……なんとも豪華ですね……」
「レミィ様のお部屋と……同じくらいでしょうか?」
「
室内の広さと美しさに、3人は驚きを露わにした。
高品質の調度品で埋め尽くされたその部屋は、貴族のものにも引けを取らない。
如何にこのミュラー商会が純粋な力……財力を持っているかが伺える。
「皇女殿下がご活躍されたというお話は私も聞き及んでおります。当商会の名も、共に英雄譚の一節に記されることでしょう」
「いや、アレが記されるとは思わんがのう……」
ソファに沈み込んだまま、レミィは白の塔で引き起こした騒動の状況を思い出す。
あの大惨事が何かに記されるとは考えたくない。
──ほぼ全裸で傍観しておった話しかないのじゃ。
「それで、今日はどういったご用向きで? 手前どものような一介の商人のもとへ、わざわざ皇女殿下自らお越しいただくなど……只事ではありますまい」
「そうじゃのう……まぁ、一つには礼を兼ねた挨拶もあるのじゃが、いろいろと聞きたいことが増えたのも事実よのう」
ヴィクトルの問いかけに、レミィはそのまま素直に質問を投げかける。
要人の行方不明について……そしてギルドのトップについて。
昨日アイディスから聞いた話も織り交ぜて、包み隠さず伝えることにした。
「……お耳が早い。確かに、三合会のトップの内二人は入れ替わったばかりですね」
「そんな大きな組織のトップが、同時に二人も行方不明になるとは……不自然だとは思わんかえ?」
もたれ掛かろうとしたところで軋むソファの音を聞き、レミィは慌てて姿勢を正す。
その様子に少し微笑みを返しつつ、ヴィクトルは皇女殿下の問いかけに答えた。
「……不自然どころか……明らかな組織的犯行でしょう」
「えらくハッキリ言いきるのう」
「ええ、この騒ぎに乗じてトップになった者は、以前から内部で“とある商材”の取り扱いについて強行姿勢を見せていた二人ですので……。」
「……とある商材……とな?」
少し前のめりに姿勢を変えたレミィは、その含みのある言葉に重ねて問い返す。
と、ヴィクトルは、準備でもしていたかのように地図を広げ、滔々と語り始めた。
エル・アスールの東には広大な森林地帯が広がっている。
グリスガルドの領土にも匹敵する面積を誇る樹海……通称“深き森”。
この森は、大陸全土のどの国にも属さない、エルフの領地である。
多くのエルフたちが住まうこの深き森……正式名称は、聖地ヴェルディアネスという。
200年ほど前、一人の商人が、その聖地に住まうエルフとの交渉に成功した。
そこから、ある素材を一定数に限り輸入する契約にまでこぎつける。
私財を擲ってまで商人が求めたその素材とは、この森にのみ生息する魔力を帯びた樹。
硬質で火に強く、香木としても珍重される最高級の樹木“月光樹”だった。
月光樹はエルフたちの信仰対象でもあり、代々護り続けてきた大切な御神木である。
その神聖な御神木を、商人は譲り受ける約束を取り付けたのだ。
「確か……一年に一度、一本のみ……だったかのう?」
「ええ、それでも、あのエルフの御神木を、こちらの市場で取り扱えるというのですから……充分すぎる取引といっていいでしょう」
当然その価値は驚くほど高く、材木でありながら宝石以上の価値とも言われている。
「で、その月光樹の取り扱いに際して、なにか三合会で争いがあった……といったところかえ?」
「お察しのとおり……エルフとの盟約を破って、大量に伐採しようとする輩が現れましてね……」
「それは……下手したらエルフと戦争になるんじゃ……?」
あまりのことの重大性に、ついエトスは思ったことを口に出してしまった。
「そうならないように、三合会では盟約を遵守すべきと……結論を出したのですよ」
諭すような口調で、すぐさまヴィクトルはその疑問に答えを返す。
「そして、議会がその結論を出したあと……」
「トップの二人が行方不明……と、なるわけじゃ」
ヴィクトルの言葉に合わせるように、レミィは結論を繋げた。
話を聞く限り、その新しい三合会のトップが盟約を遵守する気があるとは思えない。
おそらくその強権をもって、大切な異種族間の約束を反故にするつもりだろう。
我が物顔で月光樹を大量に伐採し、密輸する者が現れることは想像に難くない。
そうなれば、エトスのいうように、エルフたちとの全面戦争は避けられない……。
「柄の悪い連中を……盗賊ギルドにも招き入れておるようじゃからのう……」
「皇女殿下……今なんとおっしゃいましたか?」
ため息混じりに、レミィはアイディスとの会話を思い出し呟く。
と、何気ないその一言に、ヴィクトルが食いついてきた。
「はや? 三合会は盗賊ギルドも統べておるのではないのかえ?」
「……ええ、そのとおりです。殿下は、なんでもお見通しですね……」
当たり前のことを言ったつもりのレミィは、思ったままに問い返す。
対するヴィクトルの応えには、やや不自然な沈黙があったようにも感じられた。
「ともあれ……その新しい三合会トップの動きを注視しながら様子見するしかないのう」
「そうですね、私の方でも何かわかればご連絡させていただきます」
とりあえず目下の問題を把握できたと、レミィはここで話を締める。
そのまま軽く挨拶を済ませ、応接室を後にした。
「では、またのう」
「はい、くれぐれもお気をつけて……皇女殿下」
正門前にて、笑顔で見送るヴィクトルは、レミィたちに深々と礼をする。
そして、その姿が見えなくなると、後ろ手に組んだまま冷たい表情で空に目を向けた。
「……どこかで……ネズミが忍び込んだようですね……」
「どうして、すぐに三合会のトップのところへ、行かないんですか?」
ミュラー商会から宿へと戻る道中、エトスから問いかけがあった。
レミィは少し振り向いて、やや呆れたような口調で答えを返す。
「今の段階で行ったところで、シラを切られて終わるのが関の山なのじゃ……」
確かに、なにかしら三合会での揉め事が関わっていることは間違い無いのだろう。
反対勢力の者が二人も都合よく同時に行方不明になるというのは、あまりに不自然だ。
そのタイミングで新しく三合会のトップとなった者が疑われるのも頷ける。
だが、何も証拠はない……。
今の所、商会の会頭、そして市場で出会った少年の話から導き出しただけの仮説だ。
「まぁ、限りなく黒には近いと思うのじゃが……それでも現場を押さえねばのう……」
手っ取り早く竜の力で解決することのできない事件に、眉を顰める。
──こういうところで……情報収集に長けた者が居ればいいのじゃが……。
優秀な臣下たちも、そういった
フェリシアはなんでもできそうな気がしたが……危険な目には合わせたくない。
そもそも、自ら危険なところに身を置くことなど絶対にありえないが……。
──いや……アズリーなら、魔法で何か手はあるやもしれんのう。
ふと、新たに臣下として加わった“希望”の星に向けて、レミィは期待を寄せる。
当のアズリーはすぐ傍で、周囲の景色に目を輝かせながら、楽しそうに歩いていた。
その呑気なエルフに話しかけようと、レミィが振り返ったその時……。
「皇女サマ! なにかご用命はございませんか?」
突然、路地裏の方から聞き覚えのある声がレミィを呼び止める。
「あっ! お前、あの時の!?」
いち早くその存在に気付いたエトスが、すぐに構えて腰の剣へと手を伸ばす。
「はや? 貴様は……アイディスではないかえ」
「そうだよ、アイディスだよ!」
相手が見知った者であるとわかったレミィは、無言でエトスを制した。
その安全を確信していたのか、アイディスは両手を挙げつつも笑顔で応える。
「こんなところでまた会うとは、奇遇じゃのう」
「奇遇じゃないよ、わざわざ探して、ここまできたんだ」
「はや?」
レミィは偶然だと思っていたようだが、その邂逅はアイディスが意図したものだった。
「お前、またなんか盗もうと思って近づいてきたんじゃないだろうな?」
「まーさか! スリの腕で皇女サマには敵わないよ……」
アイディスは肩をすくめ、軽い口調でエトスに答える。
その何気ない一言は、レミィにとっては不名誉な賞賛の気もするが……。
「ねぇ、なにかこの街で調べてるんでしょ?」
唖然とする一行を他所に、アイディスは一人話を進める。
「ぬ? うむ……まぁ、視察に来ておるのは間違いないのじゃ」
レミィは当たり障りのない回答で様子を見る。
と、そこでアイディスは屈託のない笑みを浮かべつつ、親指で自分を指した。
「最高の情報屋を……雇ってみない?」
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