第67話:リスクと仕事の対価

 周囲にあった気配は、少女の……レミィの護衛たちではなかった。

 それどころか、現れたのはこの街の癌とも言える、ゴロツキ連中。

 殺しも厭わぬ最悪の集団だった。

 少年は、どうやってこの世間知らずの皇女サマを逃したものかと逡巡する。

 だが、そういった気遣いは、全くもって必要とされていなかったようだ……。

 一喝で男たちの心を挫き、一発でボスの鼻っ柱もへし折った。

 文字どおり、へし折ったのではないだろうか?


 ──あー……とんでもないのに絡んじゃったな……。


 ここへきて、ようやく少年は大きな勘違いをしていたことに気がついた。

 そもそも、この皇女サマには護衛など必要なかったのだ。


「まったく……面倒な連中なのじゃ、話が進まんではないかえ」


 盗賊どもを追い払ったレミィは、ハンカチで指先を拭きながら不満を口にした。

 そこで言うだけ言って気持ちを切り替えると、少年の方へと向き直る。


「アイディス……じゃったかのう?」

「は、はいっ! そうですっ!」


 アイディスは、伏せた状態から飛び跳ねるように起き上がり、敬礼する。

 普段の少年は、貴族になど決して従わない。

 だが、ここでは逆らうべきではないと、盗賊の勘がそう告げている。

 いや、そんな大袈裟な能力などなくても誰だってそう考えるだろう。

 なにせこの少女……レミィは指一本で、あのゴロツキ連中を排除したのだ……。


「先ほども聞いたかと思うのじゃが、貴様はなぜ、そのような粗悪品を集めておったのじゃ?」


 改めてレミィは、少年と会った時からずっと気になっていたことを本人に問いかける。

 先ほどは、ゴロツキ連中が居たせいで、すっかり聞き流されてしまったその言葉。

 アイディスが、総額で金貨1000枚を見込んでいたアクセサリに対する疑問……。


「これが粗悪品!? どういう意味だよ!? いや……どういう意味でしょうか……」


 虚をつかれ、思わず声を荒げてしまったアイディスは慌てて言い直す。


「言ったままの意味なのじゃ、二束三文の粗悪品……合わせてせいぜい金貨50枚と言ったところかのう?」

「そんなバカな……」


 聞き返したところで、レミィからの評価はこれと言って変わらず、酷いものだった。

 信じられないといった表情で、少年は鞄からアクセサリを取り出し、じっと見つめる。


 ──……うそだろ?


 レミィに言われ、改めて品定めをしたアイディスは思わず絶句した。

 宝石の角が、あちらこちら欠けている……。


「これ……全部……」

模造品イミテーションじゃのう」


 レミィの言うとおり、その手にあるものは、どれもこれもが模造品……。


「もしそれが盗品であるとすれば……リスクと成果が見合わんのではないかえ?」

「……ああ、そうだね……」


 その指摘に、アイディスは返す言葉もなかった。





「ギルドのトップが変わったとな?」


 路地裏の隅でしゃがみ込むようにして、地面に絵を描きながら話し込む二人。

 最初は緊張していたアイディスも慣れてきたのか、口調は元の調子に戻っていた。


「そうだよ……それも、三合会のトップスリー……三人の内の二人がね」

「はや? さんごーかい?」


 初めて耳にした言葉に、レミィは人差し指を口に当て、小首を傾げた。

 無駄にあざと可愛いその所作に、アイディスは少し頬を赤らめる。


「え、あぁ……生産ギルド、製造ギルド、商人ギルド……その三大ギルドの連合だよ」


 曰く、このエル・アスールの商売に関する全ギルドの頂点。

 事実上、王よりも大きな発言力を持つこの国の商人たちの議会……そこの代表たちだ。


「そこまで大きな権力を持った者が、入れ替わったというのかえ?」

「そう……二人とも、立て続けに姿を消しちゃったんでね」


 わけがわからないと言った様子で、アイディスは肩をすくめる。


 ──ぬー……思わぬところから本題に辿り着いてしまったのじゃ……。


 レミィは、アイディスからこの国の貧民街の状況を聞き出すつもりで後を追ってきた。

 リスクを冒してまで、旅人から金品を奪い取る貧民たち。

 その当事者の声を聞いておかなければ、対策も打つことができないだろうと……。

 だが、ここで聞けた話は、この国の要人が突然姿を消したという話。

 今回の視察における、主たる目的に直結するものだった。


 ──思っていたより重要なポストの者が、行方不明になっておるようじゃのう……。


「オマエの言う、こんな粗悪品が出回るようになってんのも……間違いなく、そのトップが変わったせいだ……さっきのゴロツキ連中をギルドに入れたり……」


 ふとした瞬間に、アイディスが妙なことを口にする。

 少し別のことを考えていたレミィだったが、その言葉は聞き逃さなかった。


「さっきのゴロツキとな……彼奴らが所属するのは盗賊ギルドではなかったのかえ?」


 その問いかけで、アイディスは自分が余計なことを口にしていたと気がついた。

 なんとか誤魔化そうと思案するが、泳いだ目でレミィを欺くことはできそうもない。

 観念した少年は仕方なく、ぽつりぽつりと語り出した。

 聞けば、盗賊ギルドなるものは、表向き存在していないことになっているらしい。

 その実、三合会が協同で腕利きの盗賊や暗殺者を雇用し、管理しているとのこと。

 どのギルドも、分け隔てなく守られ、分け隔てなく粛清される……。

 商業に関わるすべての者は、三合会に守られ支配されているという状況のようだ。


「今日、盗んだそれも……ギルドに正式登録してない、モグリの商人だったから……」

「ふむ……そこは正規の活動ということかえ。じゃが、旅人から財布を盗むのは……」

「いや、それはその……反省してます……」


 ジト目のレミィは揶揄からかうような視線を送る。

 途中まで弁明しようとしていたアイディスだったが、最後は素直に謝った。


 ──まぁ、この国の実権は商人が握っているという話じゃったからのう……。


 事前に調べたエル・アスールの文化や歴史と、大きく外れた話でもなかった。

 だが、実際にこうして聞くと、やや頼りない組織のイメージを受けざるを得ない。

 盗賊たちを束ねる頭目が、そう簡単に攫われているようでは話にならないだろう。


 ──ふむ……もう少し、調べてみるかのう。


「相分かった、いろいろと引き留めて悪かったのじゃ」

「え? ボクは……どうなるの?」


 まだ不明瞭な点もあるが、まずはこの情報を持って臣下たちと共有したい。

 そう考えたレミィは、ここでアイディスとの会話を終えて、去ろうとする。

 だが、アイディスは何かしらのお咎めがあるものだとばかり思っていたようだ。


「はや? どうにもならんじゃろ?」


 特に何かを考えていたわけでもないレミィは、間の抜けた返事を返す。

 と、そこで予言書の入ったポーチが光を放った。


「あ、いや、どうにかなるかもしれん……しばし待つのじゃ」

「ええ? いや、どういう感情で待てばいいの?」


 状況の飲み込めていないアイディスを他所に、レミィは予言書の内容を確認する。



 ■97、ギルドの状況を含め、いろいろと情報を得た君は……

 A:情報提供者に報酬を支払い、この場を去った。 →31へ行け

 B:情報提供者にお礼を言って、この場を去った。 →107へ行け



 そこには、微妙な差の選択肢が記されていた。


 ──どっちでも良いと思うのじゃが……。


 この選択が未来にどういった影響を与えるのか……この時点では判断できない。

 念の為に、指を挟んで一つ先の内容を確認する。

 だが、そこでも記載内容に大きな差は認められなかった。

 強いて言えば、Aの選択肢には調査途中で誰か女性を救出することが追記されている。


 ──救出とあるから……こっちでいいのかのう?


 軽く内容を確認して後、そのままAの選択肢を選ぶことを決意する。

 この時レミィは、選択肢に記された言葉の意味に気づいていなかった。


「うむ、いろいろ情報を聞けて助かったのじゃ、これは……その対価なのじゃ」

「えっ!? ええっ!?」


 レミィは胸元から大白金貨を一枚取り出して差し出す。

 価値にして、金貨100枚分……希少価値も考えれば、もっと上になるかもしれない。

 アイディスは、惚けた顔でそのコインを受け取った。


「あの、これ……」

「情報料……というやつじゃ」


 そう言うとレミィは外套を翻し、臣下たちの待つ市場の方へと踵を返した。

 一人路地裏に残されたアイディスは、手にした大白金貨を空に掲げて眺める。

 そこには、先ほどまで目の前にいた、少女の肖像が彫り込まれていた。


「へへ……なんだ……ボクだって仕事できるじゃん!」





我が主人マイマスター……お話は終わった?」


 臣下たちの所へ戻ろうとしていたレミィの傍に、突然姿を現したのはアズリーだった。


「おお、アズリーかえ。思いもよらぬところから、情報を得ることができたのじゃ」

「そう、それは良かった。」


 それに対しレミィは、これと言って驚いた様子もなく、自然といい笑顔で応える。

 その細い目をさらに細くして、アズリーも笑顔を返した。


 ──明日はミュラー紹介に挨拶がてら、ギルドの動向も確認してみるかのう。


 フェリシアとエトスが待つ宿へ案内される道すがら、レミィは今後の計画を思案する。

 と、そこにアズリーが唐突に声をかけた。


我が主人マイマスター……さっきの子に、報酬を支払ったんだね」

「ぬ? うむ……まぁ、一応の情報をもらったからのう」


 なぜ、そんなことを聞くのか……。

 レミィは、その様子を見られていたことには驚かず、ただ質問の意図を気に掛ける。


「なにか問題があったかのう?」


 今更、考えたところで答えが出るとも思えない。

 無駄に悩むくらいならばと、レミィは思ったままの疑問をアズリーにぶつける。


「……こっちに問題はないよ……でも我が主人マイマスター……あの子は、これで報酬を得るための“仕事”をしたことになっちゃったね」

「はやぁ? それは……そうじゃのう」


 アズリーは少し間を開けて、ただ淡々とその事実をレミィに告げた。

 この言葉の真意を、レミィが思い知るのは、まだもう少しだけ先の話だ……。

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