第65話:好奇心と鳥の視点

「はやぁ……しかし、ここは本当になんでもありそうじゃのう……」


 露店に並ぶ様々な珍品奇品に目を輝かせながら、レミィは市場を散策していた。


「海路を使って、東方の島国とも交易しているみたいですからね……珍しいものもいろいろありますよ」


 事前に下調べをしていたエトスは、ここぞとばかりに知識を披露する。


「ふむ……東方の島国というと、アイゼンの事かえ? 珍しいもの……例えば何があるのじゃ?」

「えっ? あー……それはですね……」

「アイゼンは良質な鉄の産地として有名みたいだね。あとは独自の文化が生み出した美しい織物や工芸品もあるよ。我が主人マイマスターが気にいるような逸品もきっとあるはずさ」


 エトスの付け焼き刃は、レミィの無垢な好奇心にへし折られる。

 と、そこにアズリーがお手本のような回答を返した。


「ちょ……アズリー! その役は……」

「エトさんが、出発前に読み込んでた文献に、そう書いてあったよ」

「バラすんじゃないよ!」


 さらには、悪びれもせず事前準備のネタバレまで口にしてしまう。

 長く閉じ込められていたからなのか、あるいは元からこういう性格なのか……。

 相手のことを察すると言う点において、アズリーはどうにもどこかズレているようだ。


「レミィ様のために、夜遅くまで頑張っておられましたよね?」

「そうなのかえ? それは嬉しいことよのう」

「えー……あー……いやその……ははは、この首飾り、いいね」


 フェリシアのフォローとレミィの言葉で、逆に気恥ずかしさが前面に押し出された。

 エトスは目線を逸らし、照れ隠しに露店の店主へと意味もなく話しかける。


「うわっ!」

「おっと! ごめんよ、お兄さん!」


 と、そこで小柄な少年が、レミィたちの間をすり抜けようとしてエトスにぶつかった。

 大陸最大規模の市場というだけあって、行き交う人の数はそれなりに多い。

 とはいえ、わざわざ間をすり抜けなければならないほどの人混みでもないのだが……。


「いや、こっちこそ……よそ見してて、悪かったな」


 実に素直に、エトスは走り去ろうとする少年に向かって微笑みながら謝罪する。

 一方の少年は離れたところで軽く会釈すると、そのまま市場の奥へと消えていった。


「元気だね……今の子、殿下と同い年くらいでしょうか?」

「下調べしておったというのなら、知っておるかと思うのじゃが……」


 呑気に手を振りながら少年を見送るエトスに対し、レミィは諭すように声をかける。


「はい、なんでしょう?」

「ここでは、他人の私財を共有財産だと思っておる輩もるようでのう」

「はぁ……」


 いまいち、話の見えていないエトスは生返事を返す。

 だが、レミィが外套の中から取り出したものを目にして、ようやく理解できた。

 その手にあったのは、白金の糸で装飾された革製の小さな巾着袋……。


「え!? それ、俺の財布……」

「先ほど、盗られたようじゃったからのう……取り返したのじゃ」


 レミィは事も無げに、驚くような内容を口にする。


「盗られたって……まさか!? さっきの少年ですか!?」

「ぬ? うむ……だが、ちょっと悪いことをしたかもしれんのう……」

「悪いこと? 我が主人マイマスター、なにかやっちゃったの?」


 そこそこ金貨の詰まった財布をエトスに返しつつ、レミィは眉を顰める。

 その様子を見て、アズリーは不思議そうに問いかけた。


「いや……うむ……勢いで、持っておったもの全部取ってしまったのじゃ」


 そう言って翻した外套の中から、大量のアクセサリーや宝石類を地面に放り出す。

 レミィが、いつの間に、どうやって抜き取ったのかは定かではない……。

 だが、あの少年は、おそらく今日の稼ぎを全てここで失ったに違いない。


「うわ……これ、殿下が……どうやって?」

「まぁ、竜の目の前で財宝を奪うなど……無謀だとは思わんかえ?」


 至極当たり前と言わんばかりに、レミィはドヤ顔で問い返す。

 動体視力、身体能力、どこをとっても人間とは一線を画しているらしい。


「そういえばフェリシアは……特に何も盗られておらんかったのう」


 そのレミィの言葉に、フェリシアは力強く答える。


「はい♪ 何一つ持ってきていませんから!」





「へへーん! 馬っ鹿だなぁあの騎士、呑気に手なんか振ってやんの」


 露天商の立ち並ぶ広場を抜けて、大通りから建物の裏路地に逃げ込んだ少年。

 濃い褐色の肌に白い髪……目深に被った帽子を脱ぐと、そこから長い耳が現れた。

 見目麗しいこの少年は、おそらくダークエルフだろう。

 もしかすると、見た目よりもずっと年齢も上なのかも知れない。


「結構いい鎧着てたしな……あのチビッコもやたら豪華な外套だったし……どっかの貴族の嬢ちゃんが、観光にでも来てたのかね……まぁ、勉強代と思って……」


 独り言を呟きつつ、今日の稼ぎを確認しようと懐に手を入れたところで寒気が走る。


「あれ!? 嘘!? え!?」


 掠め取ったはずの、財布がない。

 そればかりか、腰の鞄に入れていた、他の金品もごっそりなくなっていた。


「なんでよ!? え!? いつ、どこで!?」


 一仕事終えて、ご機嫌だったテンションは瞬く間に急降下していく。

 少なくとも、今日だけで金貨1000枚程度の稼ぎを見込んでいた。

 ちょっとした裕福な家庭の、ひと月分の収入といったところだろうか。

 それを、しっかりと脳内で何に使うか皮算用していた結果が、この有様である。


 ──誰か……同業者にスられた? このボクが……そんなヘマしたの?


 心当たりはないが、そうとしか考えられない。

 悔しさと情けなさで、少年は文句を言いながら壁に八つ当たりする。


「くそっ! どこのドロボーだよ!」

「盗人にそう言われるとは思わんかったのう……」

「ひぃっ! 誰っ!?」


 突然、耳元に声をかけられ、少年は勢いよくその場から飛び退く。

 何かが近づいてきたような気配は全く感じなかった。

 だが、いつの間にか幼い少女がすぐ傍に立っていたのだ。


 ──え? コイツさっきのチビッコ……。


 そう、もちろんその幼い少女とは……レミィである。


「誰? とな?」


 警戒しつつ、距離をとる少年に向かって、レミィは淡々と自分の名を告げた。


わらわは、神聖帝国グリスガルドが皇女、レミィエール・フィーダ・アズ・グリスガルドなのじゃ」





「ハァハァ……だめだ……追いつかない……」


 市場の中を全身鎧フルプレートで走り回ったエトスは、肩で息をしながらへたり込む。


 ──あの盗人に、話を聞いてみたいのう。


 と、飛び出したレミィを急ぎ追いかけたのだが……追いつくはずもなく……。

 この場に、身体能力魔獣フィジカルモンスターラーズのいなかったことが悔やまれる。


「エトさん……大丈夫?」

「レミィ様は、見つかりませんでしたか?」


 そこから少し遅れて、アズリーとフェリシアが姿を見せる。

 心配そうなフェリシアに比べ、アズリーの態度はまるで他人事のようだった。

 その様子を見たエトスは、呼吸を整えながら問いかけてみる。


「いや、おまえさ……殿下のこと……心配とか……ないの?」

「心配? 僕が? 我が主人マイマスターのことを?」

「そうだよ。いきなり駆け出していっちまったんだぞ!?」


 不思議そうに問い返すアズリーに、エトスは少し強めの口調で答える。


「ああ、とても楽しそうだったね」


 だが、全く意に介した様子もなく、笑顔で返された。


「あのなぁ……殿下にもしものことがあったらどうするんだ? どこ行ったかも分からないこの状況で!」

「え? 我が主人マイマスターに、もしものことなんてあるの?」


 アズリーは、真顔で答える。

 割と、そう言われると返す言葉もない。


「それは……ほら……その……」


 まともにレミィの相手ができる者など、そうそう居るはずもない。

 そのことはエトスにもよくわかっていた。

 だが、だからと言って、放っておくわけにもいかない。

 レミィの身を護ることこそが騎士の務めであると、改めて自分に言い聞かせる。

 そんなエトスの想いを知ってか知らずか、アズリーはとんでもないことを口にした。


「それに……我が主人マイマスターの位置なら、最初からずっとわかってるよ?」

「……え!? ほんとか!?」

「うん、僕は今……この街全体を見ているからね」


 そう言って、アズリーは人差し指を上に向けて空を指した。

 そこには、光輝く小さな鳥が何羽も旋回している。


「魔法……か……」


 エトスは、驚きと納得と安心が入り混じったような複雑な表情で応える。

 と、同時に、もう一つの感情が一気に湧き出てきた。


「……じゃぁ俺が走り回る必要なかったじゃん!」

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