第62話:種族と身分の差
「殿下……あれでよかったんですか?」
表向きの訪問理由である、アルバーナ第二王女ターニャの生誕祭に向かう道中……。
馬車の中、エトスは向かい側でくつろぐレミィに問いかけた。
「はや? なんのことかえ?」
すっかり他のことを考えていたレミィは間の抜けた返事を返す。
「モーリス卿の処分ことですよ! あんなに軽いものでよかったんですか?」
「ぬー……まぁ、本人に謀反の意思が全く無かったとは言い切れんがのう……操られておった者を、あれ以上断罪するのは難しいのじゃ」
「とはいえ革命の首謀者が、事実上のお咎めなしですよ?」
「言いたいことはわかる……じゃがのう、なにも罰するばかりが公正な裁きとは限らんのじゃ……赦され……償い続けることの方が価値ある生き方とは思わんかえ?」
「それは……まぁ、殿下が良いと仰るなら……それで良いんですが……」
清々しい表情で応えるレミィを見て、エトスはそこで引き下がる。
モーリスの行いを顧みれば、到底納得できるものではないのだが……。
「ま、姫さんの決定だ……俺らがとやかく言うことじゃあねぇよな、先輩」
エトスの隣に座るラーズも、そこに意見を重ねた。
かなり大型の馬車のはずなのだが、ラーズがいるとかなり狭く感じる。
「わかってますよ、ラーズ卿……ところでその、先輩ってのやめてくださいよ」
「じゃあ、そっちも卿ってつけんのはナシだ」
「いや、あんた自分の身分わかって言ってるんですか?」
「その身分の相手に、“あんた”ってぇ言えんだろ……今更かい?」
目の前でじゃれ合う騎士たちを前に、レミィにも自然と笑みが溢れる。
今回の騒動では、この臣下たちに助けてもらった部分が非常に大きい。
中でも、フェリシアには色々と驚かされた。
──想像以上に何でもできるのう……この専属
レミィは、隣で微笑むフェリシアの方へと、改めて目をやる。
「それはそうと思い出した! フェリシアさん、あの腕輪! あれ何です? 何で突然、俺はあの場に呼び出されたんですか?」
「はい♪ あれは、ブルード様より頂戴した招来の腕輪です。魔法的にリンクしている対象を、
突然エトスから振られた質問にも、フェリシアは澱みなく答える。
レミィも知らなかった事実が、ここで明かされることになった。
「はやぁ!? そんな
「いつの間に俺……そんな物にリンクさせられてたんです?」
「あ、それはですね、その鎧の方がリンクされていたようです♪」
「……マジですか……」
ブルードは、
確かに、それならば製作者の自由に設定もできるだろう……。
だが、そうなると一つ、ある疑問が浮かび上がってくる。
「ぬ? ではラーズにはどうやって、あの場所を伝えたのじゃ?」
そう、ラーズはブルードから、なにも
白の塔に向かったことは知っていても、地下の存在は明かされていなかったのだ。
その状態で、なぜあそこまで迅速に場所を探し出すことができたのか……。
「確かに……これと言って合図も決めてませんでしたし……」
「私も、ラーズ様には何も伝えていませんね……」
皆の視線がラーズの方へと一斉に集中する。
と、勿体ぶるでもなく、すぐさま答えが返ってきた。
「いや何も不思議なこたぁありゃしませんよ。音と振動で場所なんざすぐに把握できるじゃあねぇですか……」
「いや……音と振動って……地下ですよ……? あんた本当に人間か?」
至極当たり前とばかりに言ってのけるラーズに対し、エトスは思わず聞き返した。
おそらく、レミィもフェリシアも同意見だろうと見込んでいたのだが……。
「なるほど……納得なのじゃ」
「そう言うことでしたか……さすがラーズ様です♪」
二人の反応は、予想していたものではなかった。
その価値観のズレに、エトスは不満を口にする。
「なんで俺の方がおかしいみたいな流れになってんですか!」
──アルバーナ万歳! ターニャ王女万歳!
──ターニャ王女! おめでとうございます!
いよいよ今年から社交界にデビューすることとなったアルバーナの第二王女ターニャ。
その生誕祭は、国をあげて大々的に執り行われる。
ここから数日間、王都ではお祭り騒ぎが続くことになるだろう。
もしモーリスの計画が進行していれば、ここで革命が起きていたかもしれないのだ。
伝承管理機構が告げた帝国の滅亡……その要因としては充分な出来事である。
だが、レミィたちの活躍もあり、最悪の事態は回避することができた。
予言書の選択は、今のところ間違っていないと……思って良いのかもしれない。
「ん? 姫さん、どうしたってぇんです?」
アルバーナ王の居城、アルベラ城内の大広間……王侯貴族が参列する宴の席。
難しい顔で会場を見やるレミィの姿に、ラーズは思わず声をかけた。
「ぬ? いや、この会場……亜人種の姿が見当たらんと思うてのう……」
「そりゃまぁ……この場に居るってぇんなら貴族だけでしょうからねぇ……」
このアルバーナ領内に、爵位を持った亜人種は存在しない。
いや、おそらく帝国の四大国……全てを合わせたところで5人も居ないだろう。
「モーリスが亜人種に対する対抗意識を持っておったのは間違いないのじゃが……今この場に亜人種が居らん理由は……それとは全く関係ないからのう」
「……そいつぁ……どういう意味で?」
普段、あまり見せることのない皇女としての真面目な側面……。
冷やかし半分のつもりだったラーズは、レミィの思わぬ返答に重ねて聞き返す。
「亜人種への差別……いや偏見と言うべきかのう? それは今に始まったものではないということじゃ。根本から解決せんことには、モーリスよりも更に過激な思想の者が現れんとも限らん……」
──その僅かな綻びを、
最後の言葉は声に出さず、その胸の内にだけ秘めておいた。
いずれにせよ、人種や身分の差別については、今後も考えていかなければならない。
それは、滅亡を回避するために重要な要素のひとつであると、レミィは考えていた。
「なるほど……まぁ、そういう話だってぇんなら……あそこのフェリシアさんはいい意味で、インパクトあったんじゃあねぇですか?」
ラーズは不敵な笑みを浮かべながら、会場を動き回るフェリシアの方に目をやる。
視線を追ったレミィも、その意見に同意した。
「ふむ……確かに、そうじゃのう」
……数刻前、アルバーナ王の居城、アルベラ城正門にて……。
「この者はフェリシア……
王城へ入城するにあたり、同行していたフェリシアは当然の如く周囲の目を引いた。
宗主国の皇女殿下……その専属
立場上、アルバーナの者は誰もその入城を拒むことはできない。
万人に忌み嫌われる
だが、話はそこにとどまらなかった。
「もちろん……
レミィは、自分の世話役としてフェリシアを指名する。
となれば当然のことながら、城内の施設を使う必要も出てくるわけで……。
──汚らわしい
「お……恐れながら、皇女殿下! このアルベラ城でのお世話にはつきましては、私共王城付きの
アルバーナ王室の
「ぬー……フェリシアよりも上手く紅茶が淹れられて、
「の……望むところですわ!」
フェリシア一人に対して3人の
「そんな……なんでこんなに美味しいのよ……」
「皇女殿下の髪が……ここまで硬いなんて……」
「……こんなはずでは……」
「ご満足、いただけましたかでしょうか♪」
……言うに及ばずである。
「話にならんのう……。予定どおり
といった一悶着を経て……フェリシアはその匠の技術を皆に披露することができた。
人柄も含め皆に認められた結果、レミィの世話だけにはとどまらず……。
「フェ……フェリシアさん! お菓子のご用意は……」
「はい♪ すでに完了しております。あと、ブランソウル伯がご到着されました。お迎えお願いいたします。」
「フェリシアさん、こちらの献上品は……」
「風の間にお願いいたします♪」
いまこの会場では、フェリシアが八面六臂の働きを見せていた。
もはや種族の差など誰も気にする者などいない、大活躍である。
「レミィエール皇女殿下……」
「おお、アルバーナ王かえ。息災で何よりじゃのう」
テラスで会場を見やるレミィに声をかけてきたのは、品の良さそうな壮年の人間男性。
痩身に長い金髪のこの男性は、魔導王国の頂点アルバーナの王だ。
その傍には……かなり上質のローブを身に纏った大臣らしき者を従えている。
「……此度は我が娘のために、わざわざご来訪いただき、感謝の念が尽きませぬ」
「名指しで呼び出しておいて、わざわざも無かろう」
「ははは、これは手厳しいですな……まぁ、それよりも何よりも……白の塔の方ですな……」
アルバーナ王は、社交辞令的な挨拶の後、目一杯の愛想笑いを浮かべる。
だが、白の塔の話になると、その表情は目に見えて曇っていた。
「その件は不問に伏すと言ったはずなのじゃ……」
「いやしかし……そもそも最近の国内は……」
「……王よ、そのお話は……今はまだ……」
傍の大臣らしき者に嗜められ、王は話を途中で口を噤んだ。
気にならないではないが、レミィもそこから追求するような真似はしない。
「ああ、そうか……しかし、これだけは言わせていただきたい」
「はや? 何ごとかえ?」
改めて姿勢を正すアルバーナ王に対し、レミィは緩い返事で応える。
「レミィエール皇女殿下、我が国を救っていただいてありがとうございます……心より感謝いたします」
「当たり前のことをしたまでじゃ……アルバーナの民もまた、
周囲の目も気にせず、アルバーナ王は頭を下げ、その場を去った。
──さぁ、今日は我が愛娘ターニャの生誕祭である! 皆、存分に楽しんでいってくれ!
今日は周辺の諸侯を招いた、貴族向けのパーティが執り行われることになっていた。
明日からは、貴族のみならず臣民たちにもお披露目となる。
レミィが参加するのは、今日だけの予定だ。
ひと段落の後、用意された葡萄酒を片手にくつろいでいるとポーチが光を放つ。
──まぁ、そろそろかとは思ったのじゃ。
いつもの如く、自動的に所定のページが開かれる。
そこにあるのは選択肢のない、次のページに進むだけの、まとめの記述。
『
──いつもながら……後半は何を言っとるのかよくわからんのじゃが……。
ただレミィも、今回記載されている“希望の恩寵”については心当たりがあった。
紛れもなく自分が名付けたものである……ここで偶然と考えるのは逆に不自然だろう。
「
「お呼びになりましたか?
何気なくつぶやいたところで、ちょうどアズリーが声をかけてきた。
「はやっ!? いや……そうじゃのう……」
予言書を慌てて閉じながら、レミィはアズリーに何事か言い繕おうと考える。
だが、そこで思い至った言葉は、言い訳ではなく、本心から出てきた言葉だった
ゆっくりとアズリーの方へと向き直り、葡萄酒の盃を掲げて宣った言葉……。
「貴様には
「はい! もちろんです
アズリーは、相変わらず眠ったようにも見える細い目で応える。
だが、その表情は今までとは違う……自信と希望に満ち溢れていた。
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