第58話:名乗りと水晶の花弁

「ちょいと邪魔するぜ」

「え!? いや、貴方は? ちょっと勝手に入られては……」


 魔導王国アルバーナの権威の象徴にして、帝国でも最大の魔法研究機関、白の塔。

 その正門を蹴破り、突然現れた大男は周囲の制止も聞かずに塔の中へと進入する。


「あー……この辺でいいか」


 そして、その剛腕を振り下ろし、床ごと地面を打ち砕いた。

 ズドンッと今まで聞いたことのないような爆音が、塔内に鳴り響く。

 敷き詰めてられていたしきがわらごと、地盤は悉く粉砕される。

 まるで隕石にでも穿たれたかのように抉られた地面。

 そこには大きな穴が空いていた。

 砕かれた床の粉塵が晴れた後で、学徒たちがその穴の中を覗き込む。

 と、そこには、あるはずのない地下の部屋が存在していた。


「これは……いったい?」

「この白の塔に地下なんて……あったのか?」

「モーリス様はそんなこと……」


 学徒たちは、目の前に現れた現実に驚きを隠せなかった。

 狼狽うろたえた様子で、各々が疑問と不安を口にする。

 その地下には、なんとも混沌とした世界が広がっていた。

 まず目に飛び込んできたのは、下半身が蛇のような大型の異形。

 そして、いつの間にか飛び降りていた、先ほどの大男。

 すぐ近くには項垂れたまま動かないエルフの青年。

 そこに豪華なローブ姿の人物が3人、青年を取り囲むように立っている。


「あれは!? 行方不明だった四賢者様!?」


 その声に気づいたドワーフの賢者が、天井付近から覗き込む学徒たちを一瞥する。

 目が合った学徒たちは、間違いなく四賢者だという確信をもった。

 学徒たちには、何が起きているのか全く理解が追いついていない。

 ただ、そこにいる異形の者が、敵対的な存在であるということだけは肌で感じていた。


「と……とりあえず、あの異形をなんとかして……」

「手を出すでない!」


 攻撃を仕掛けようとした学徒の動きを察し、ドワーフの賢者がそれを制止する。


「ヌシらの手に負える相手ではないわ……すぐに下がれ!」

「は、はいっ!」


 その剣幕に気押された学徒たちは、急ぎ穴の周辺から身を隠す。


「こっちも、そろそろ限界だネ、これ以上は維持できんヨ」


 有角種ホーンドの賢者がそう呟くと、炎の壁の勢いは弱まり、緩やかに鎮火していった。


「儂らも加勢を……と言いたいところだが……」

「魔力の枯渇したこの身では、足手纏いにしかなりますまい……」


 力無く呟く3人の賢者たち。

 そこに、白い軍服一式を手にしたフェリシアが声をかける。


「ラーズ様がお越しになりましたので、ご安心ください。それよりも、賢者様には……こちらのアズリー様を、お願いしますね」


 敵対勢力との交戦状態であることを忘れてしまいそうなほど、穏やかな口調。

 まるで目の前の状況が見えていないかのようなその振る舞いに、賢者たちは戸惑う。

 そして互いに顔を見合わせたあと、確認するかのようにフェリシアに問いかけた。


「……失礼だが、あの大男は何者かネ?」


 同胞ということもあってか、有角種ホーンドの賢者が一歩前に出る。

 フェリシアは、いつもの笑顔で澱みなく答えた。


「神聖帝国グリスガルドの皇女専属騎士……100代目煉闘士ヴァンデールラーズ・クリード様……です♪」





「とりあえず、儂らも彼処へ……」


 ラーズを除いたその場の全員が、レミィの居る方へと警戒しながら移動する。

 エトスはその間も盾を構えたまま、ゆっくりと一定の間合いを保つ。

 もちろんレミィの方は絶対に見ない……振り返らない、意識もしない、色即是空。


「レミィ様、大丈夫ですか?」

「はや? ぬー……まぁ、たいした怪我ではないのじゃ。ちょっと傷は深いがのう」


 心配そうに問いかけるフェリシアに、レミィは軽い調子で答える。

 一見して大丈夫そうには見えないのだが、痩せ我慢をしている様子はない。

 おそらく、基本的な肉体の構造が違うのだろう。

 常人であれば、出血多量で倒れていてもおかしくないような状態である。

 フェリシアは、レミィの肌をそっと拭きながら、傷の手当てを始める。

 と、そこで何かに気づいたように、手を止めて目を見開いた。

 そして、改めてレミィの全身をくまなく確認する。

 いくつもの痛々しい傷跡……。


「ひとつ、ふたつ、みっつ……なるほど……」

「ぬ? なにかあったのかえ?」


 突然、人形遊びのようにくるくると回されたレミィは、何事かと問う。


「……はい♪ 面白いことがわかりました」


 少し考えた後、改めてレミィに向き直り笑顔で答える。

 面白いことがわかった……そう告げたフェリシアは、そのままラーズに声をかけた。


「ラーズ様……レミィ様が負った傷は、7箇所だけです」





「ん? そうかい……まぁ、姫さんなら大丈夫だろうよ」


 先のフェリシアの進言に、ラーズはいまいち意図がつかめぬ様子で応えた。

 その緊張感のないやりとりに、ガルボが苛立ちを露わにする。


「調子に……乗ってんじゃねぇYO! このっ……bastard!」


 力尽くに腕を振り解き、捩じ伏せられていた状態から立ち上がろうとする。

 ラーズも、そこで少しだけ後ろに飛び退いて距離をとった。

 どちらかといえば、ラーズの方から離してやったような形だろう。


「さて、周りも落ち着いてきたところで……景気良くおっ始めようじゃあねぇか……なぁ?」

「you suck! 筋肉野郎が! 力だけで勝てると思うなよ!?」

「神聖帝国グリスガルド皇女……レミィエール・フィーダ・アズ・グリスガルドが専属騎士……ラーズ・クリードだ」


 ラーズは闘士の礼儀に則って、構えながら名乗りをあげる。

 だが、ガルボはそれに応えず、無作法にも斬り掛かろうとした。


「shut up! 悠長に自己紹介なんてidioオドォッ!?」


 刹那、その身は部屋の奥……壁にめり込むまで蹴り飛ばされる。


「……名乗れ……これから命かけて死合おうってんだ。相手に最低限の礼儀は果たせよ」

「ケッ……なんで、俺様がここで名乗りなんか……あげなきゃならねぇんだYO!」


 冷たい表情で戦いにおける礼儀を説くラーズに、ガルボは再び食って掛かる。

 蛇状の下半身をいっぱいに縮め、反動で跳ねるようにして一気に間合いを詰めてきた。

 だが、ラーズは踏み出すようにして前蹴りで顔面にカウンターを入れる。

 所謂、ケンカキック……その強烈な一撃で、異形の顔が歪む。


「ガッボッ……!」

「……名乗れ……テメェはどこの何モンだ? 何のために戦ってんだ?」


 その場に崩れ落ちるガルボを、ラーズは見下ろすようにして尚も問いかける。


「……き……きる……」

「あぁ? 聞こえねぇな?」

「KILL YOU!!!」


 奇声と共に、上半身をもたげたガルボが両手の爪を交差する。

 再び、部屋の温度が急激に低下すると、周囲に氷の花が姿を現した。


「そんなに知りたきゃ教えてやるよ! 俺様は“青の使徒”ガルボーイ。真なる竜神ニルカーラ様に仕える最も聡明なる堕徒ダート……氷雪の支配者様だYO!」


 半ばヤケクソ気味に叫びながら、ガルボ、改めガルボーイは名乗りをあげる。

 できるだけ体を大きく見せようとしているのだろうか?

 その蛇状の下半身をできるだけ伸ばして、今度は自分がラーズを見下ろそうとする。


「氷雪の支配者たぁ、大層な肩書きで……名前負けしてねぇことを願うぜ」

「shut up! お前も血塗れgo to hell! ──禍傷・氷華かしょう・ひょうか!──」


 先ほどと同様に、開花した氷の花から鋭利な花弁が飛散する。

 エトスは即座に周囲の者を守るよう、盾の力を展開した。

 だが、今居る位置からではラーズまで守ることはできそうにない……。


「ラーズ卿! すいません、そこまでは……!」

「ははっ! なるほど、フェリシアさん……そういうことかい」


 ラーズは、そのエトスの声には応えず、ただ不敵な笑みを浮かべる。

 そして、舞い散る花弁の嵐の中で、両手を広げるような……不思議な構えをとった。


「largeな的に当てるのはtoo easy! 冷たい刃に斬り刻まれてあの世逝きdeath!」


 挑発するガルボーイの声にも応えず、ラーズは微動だにしない。

 その美しい彫刻のような肉体に、細かい裂傷がいくつも刻まれていく。

 このまま無策に、冷気と花弁の斬撃を浴び続けるのかと思われた、次の瞬間!


「……ここかっ!」


 ラーズは、目に見えぬほどの素早い動きで、虚空を穿つように抜き手を繰り出す。

 と、その両手には、花弁を模した7枚の鋭利な刃物が掴まれていた。

 光の加減でなんとか視認できているが、その花弁は無色透明……水晶でできている。


「WHAAAAAT!?」

「テメェの攻撃……本命は、この7枚の飛刀だろ?」

「か、返せ! ニルカーラ様より授かった、俺様の“氷華”!」

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