第52話:挑発と自滅の言葉

「あぁー……殿下も、フェリシアさんも……大丈夫でしょうか……?」

「なぁにさっきから同じことばっか言ってんです? 先輩……」


 白の塔から少し離れた、富裕層の区画にある、大きめの倉庫。

 エトスとラーズは、そこを借り切って馬車ごと待機していた。


「心配なんですよ! 本来殿下を御守りすべき専属騎士が、こんなとこで呑気に横になってるんですから!」


 エトスは荷台で寝転がってくつろぐラーズに詰め寄る。


「だぁから……何かありゃあ、合図が来ますって……」


 そう、何か問題があれば、合図が送られてくる手筈にはなっている。

 だが、エトスの極めて短い不安ゲージは、すでに臨界点にまで達していた。


「その合図が来たときに! ここからだと、急いで行っても結構かかるじゃないですか!? それこそ間に合わなかったらと思うと……」

「そうですかい? 屋根の上つたって行きゃあ、どうってこたぁない距離だと思いますがねぇ」


 まったく会話が噛み合わない。

 フィジカルモンスターのラーズとでは前提が違いすぎるのだ。


「まぁ、あのブルードのおっさんが作った魔導具マジックアイテムも持ってんですから……そうそう窮地に陥るなんてこたぁねぇでしょうよ」

「いやまぁ……それは……そうかもしれませんけど……って、あのフェリシアさんの腕輪、どんな効果なんです?」

「さぁ? 効果までは、聞いちゃいませんよ……」





 ──なんでもありません……レミィ様……。


 そう言いつつも、フェリシアは何やら思い詰めたような顔をしていた。

 静かに目を瞑り、自分の腕に付けた装身具を抱き締めるようにして俯く。


 ──ふむ……やはり様子がおかしいのう。


 普段、あまり目にすることのない、フェリシアの表情……。

 レミィはなにやら、不穏な空気を感じ取っていた。


「それにしても、モーリス様はまだお越しにならないのでしょうか?」


 そこで、未だ現れぬ主人あるじのことを気にし始めたアズリーが、不安そうに呟く。

 すっかりフェリシアに意識がいっていたレミィは、その言葉で我に返った。


「うむ、そうじゃのう……少し時間はかかると言っておったのじゃ」


 ここでも狼狽うろたえることなくスラスラと出まかせを紡ぎだす。

 突然姿を消したレミィたちを、モーリスが捨て置くはずもない。

 今頃、塔内のあらゆる場所が捜索されていることだろう。

 そろそろ地下にいることを疑っても、おかしくはない頃合いだ。


 ──ぐぬぬ……邪教徒の連中と直接繋がりがあるようには見えんが……。


 なにかしら、モーリスという男に裏があるのは間違いないだろう。

 隠蔽された地下室、そこに閉じ込められている奴隷、行方不明の賢者たち……。

 そして、絶妙なタイミングで封じられることになった三匹の獣。

 だが、確証となる決定打がない……全て推測の域を出ないのだ。


 ──どうやって、このことを此奴らに説明するかじゃのう……。


 あまり時間はないが……モーリスが来る前に尻尾は掴んでおきたい。

 そんなレミィの想いに応えるように、ここでポーチから光が放たれる。

「おや? お客様、何やら光っているようですが……」

「おっと……次の予定を確認する時間が来たようじゃのう」

 それっぽい理由を呟きつつ、レミィは皆の前で予言書を確認する。



 ■135、これ以上時間をかけていられないと判断した君は……

 A:身分を明かし、封印を解くよう命じた。      →79へ行け

 B:身分も明かさず、ただ封印を解くようお願いした。 →108へ行け



 ──これまた微妙な差なのじゃ……。


 一方は、皇女の身分を明かし、命令するという正攻法の選択。

 もう一方は、その身分をまだ明かさず、お願いだけで押し切るという力技の選択。

 素直に考えれば、皇女であることを明かして正式に命じた方が早いだろう。

 だが……果たして此奴らに、権力などというお飾りが通用するだろうか?


「ガルボ様も、アズリー様と同じように……ずっとここで?」

 思い悩むレミィを横目に、フェリシアがガルボに唐突な質問を始めた。

「は?」

「ガルボは、僕よりも前からここに居たよ」


 すこし驚いたような表情で、ガルボはフェリシアの方へと向き直る。

 だが本人が語る前に、アズリーが横から答えを出してしまった。


「そうなのですね。では、やはり外に出たことは……」


 真顔で問いかけるフェリシアは、どこか……いつもと違う雰囲気を醸し出していた。


「あ……ええ……そうですね……」

「ガルボも外は知らないよね? ずっと僕と一緒だったんだし……」

「うん……私も地上に上がったことはないよ」


 この部屋から出たことがないという、エルフとハーフエルフの青年たち……。

 これはますます帝国の威光など通用するとは思えない。


 ──ぐぬぬ……先を確認しているうちに、彼奴が来よるかもしれんのじゃ。


 いよいよ時間の猶予もない。

 ここでレミィが選んだのは……。


「アズリー殿……モーリス卿はまだ来ておらんが、品定めをさせてもらっても良いかのう?」


 身分を明かさないという選択肢だった。


「はいぃ? 品定め……?」

「うむ。その三匹の獣とやら……なんか強そうなので、気に入ったのじゃ。今回の宝石の対価として、その三匹の獣をいただくことにしようと思ってのう」

「ええぇ? そう仰られましても……」


 フェリシアさえも目を見開くほど適当な理由が、当たり前のように並べ立てられる。

 なりふり構わず、レミィはなんとか封印を解かせる方向に話を持っていこうしていた。

 アズリーは半信半疑といった状態だが、そこまで警戒している様子もない。


「ええぇ……どうしたら……」

「それはできません! この三匹の獣は、危険な存在なのです!」


 だが、もう一人の……ガルボはそこに強い反発を見せた。


「ふむ……ガルボ殿は、その三匹の獣が何者なのか、知っておるのかえ?」

「いえ……それは……モーリス様が、そう仰っておられたので……」

「いくら危険と言っても、アズリー殿一人で抑えることができる程度の獣であろう? であれば心配ないのじゃ。わらわには、優秀な護衛もついておるからのう」


 内容はどうあれ、レミィの言葉には嘘とは思えぬほどの説得力があった。

 カリスマの暴力もここまで来れば芸術的である。


「確かに……僕一人でなんとかできる程度だから……大した物ではないのかも?」


 ネガティブの権化、アズリーからも思わぬ援護射撃が飛んでくる。


「いや、アズリーは特別で……」

「まぁモーリス卿には、後でわらわから謝罪の言葉を伝えておくからのう。アズリー殿にもガルボ殿にも迷惑はかけんのじゃ」


 何かを言いかけたガルボを遮って、レミィは自分の主張を押し通した。

 物を知らぬ、商会のお嬢様が、そのわがままで珍品奇品を買い取ろうとする……。

 筋書きとしては、充分にリアリティのある迫真の演技である。

 素のような気もするが……演技である……そう演技。


「レミィエール様……いくら貴女のお願いでも、こればかりはモーリス様に無断で……私たちだけで判断することはできないのです……どうか、ご理解を!」


 ここまで話してなお、ガルボは三匹の獣を解放することを良しとしなかった。

 その言葉を受け、フェリシアは何か神妙な顔で、一人頷いている……。

 そしてレミィもまた……先のガルボの言葉には少し違和感を抱いていた。


 ──今、なんと言いおった?





「下層、これと言った形跡はありません」

「中層、見当たりませんでした!」

「上層、全区域に異常なし!」


 レミィとフェリシアを見失ったモーリスは、学徒を総動員して捜索にあたっていた。

 白の塔は高さこそあるものの、その実、階層としてはそこまで細かく分かれていない。

 大きくは下層、中層、上層、それぞれに10から20程度の階位がある。

 その各階の学徒たちに、捜索を指示して後、半刻ほどの時間が経過した……。


「これでも見つからんとは……まさか転移に失敗して異次元へ?」


 モーリスは、魔法事故も考慮しながら、その行方を推測する。

 そして最終的に、あらゆる可能性の中でも、最悪の結論へと辿り着いた。


 ──まさか……地下……か!?


「モーリス様、あとは塔の外に投げ出された可能性も……」

「いや、もう良い……ワシが行く……」

「は……ですが……っ!?」


 意見しようとした白の塔の学徒は、そのモーリスの表情を目にした途端に絶句する。

 額に浮き上がる血管は激しく脈打ち、まるでそれ自体が別の生き物のようで……。

 大きなため息と共に、モーリスはゆっくりと転移の魔法陣へと歩を進める。

 その狂える魔導士を形容できる言葉を、学徒は一つしか知らなかった。


 ──もう、あれは悪魔じゃないか……。





 しばしの沈黙。

 進言を受け、レミィはガルボを真正面に見据えた。

 先ほど抱いた違和感……今回の旅路では、耳にするはずのない言葉……。

 何故、今ここでその言葉がでてきたのか……?


「どうか、今しばし……モーリス様をお待ちいただいて……」


 ガルボは、引き続きレミィを説得しようとする。

 と、その声に被せて、不気味な声が部屋の中に響き渡る。


「ワシが……どうかしたか?」


 地下室にある唯一の入口……そこには豪華なローブを纏う魔導士の姿があった。

 扉は音もなく自動で開け放たれ、主人あるじを中へと招き入れる。


「おお、モーリス卿。待っておったのじゃ。突然妙なところに飛ばされてのう……」

「……何を見た?」


 何事もなかったかのように振る舞うレミィに対し、威圧的な態度で問いかける。

 決して、外部に漏らしてはならぬもの……。

 知られてはならぬものを、レミィたちに見られたとモーリスは察したのだろう。

 作り笑いは形を顰め、その表情から明らかに不機嫌であることが見て取れた。


「ぬ? わらわには心当たりもないのじゃが……見られて困るような物でもあるのかえ?」


 その挑発的な物言いに、モーリスの短い堪忍袋の尾が切れる。


「ど田舎の商人風情が……天上人ハイウォーカーの末裔たるこのワシに……生意気な小娘よ!」


 もはや体裁を取り繕うような素振りも見せず、あからさまに威嚇する。


わらわはなにも見ておらんのじゃ。実は封印されている三匹の獣が、消えた四賢者だったなんぞ、全く知らんのじゃ……」


 レミィは、確証の得られなかった仮説をそのままに、モーリスを煽った。

 その言葉を耳にした途端、モーリスの顔がみるみる歪んでいく。


「何故それを!? おのれ、この劣等種の役立たずが! 余計なことを喋りおって!」

「えええぇ!? ぼ、僕は何も言っていませんよ?」


 頭に血の上ったモーリスは拳を握り締め、憤怒の表情でアズリーを睨みつける。

 身に覚えのない濡れ衣を着せられたアズリーは、大慌てでそれを否定した。


「阿呆が……そもそも、其奴は三匹の獣が何者なのか……知らなかったのではないのかえ?」

「はっ!?」


 レミィの言葉を受け、モーリスはようやく自分の失態に気がついた。


「何故それに気づいたか……もう言わんでもわかるかのう? 今、貴様が自白したようなものじゃ」

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