第50話:役割と三匹の獣

 魔法陣の上で光に包まれた対象は次元の橋を渡り、目的の場所へと転送される。

 転送陣トランスポート転移門ゲートのような装置を必要とせずに離れた空間を繋ぐ魔法……。

 正確に描かれた魔法陣と優秀な魔導士があって初めて行使できる、高位の魔法である。

 故に転移門ゲート同様、一般人が利用する機会など滅多にあるものでは無い。


 ──まぁ、下等種どもが、驚くのも無理はあるまい……。


 先の起動時の騒ぎも致し方なしと、モーリスは割り切ることにする。

 そして最上階……賢者の間に到着したところで、ゆっくりと両手を下ろした。


「この白の塔は……丘の上にある王城よりも遥かに高いのですよ。通常の建築物で換算すれば……100階以上の高さにはなるでしょう」


 前を向いたまま、モーリスは聞かれてもいない白の塔に関する蘊蓄うんちくを語り始める。


「まぁ、ワタクシもまだまだ若いつもりですが、さすがに歩いて登るのは避けたいですな……その日のうちに仕事を終えたいですから……ハッハッハ」


 場の雰囲気を和ませようと、小粋なトークを挟んだつもりだろうか。

 だが、後ろの二人からは、まったく何の反応もない。


 ──面白かったら笑え! まったく……下等種は冗談も理解できんのか……。


 気味が悪いほどの沈黙が続く……。

 ふと、先ほど静かにするよう声を荒げたことに、怯えているのかと思い至った。


「ああ……いや、先程は申し訳なかった……確かに何の説明もなく転送陣トランスポートに入れられても困惑するのは仕方……」


 いつもの作り笑いで振り返りながら弁明しようとしたのだが……。


「ない……な? 居ないぃ!?」


 そこに、二人の姿は……無かった。





 なんの前触れもなく、目に映る周囲の景色だけが切り替わる。


「はや? 彼奴はどこに行ったのじゃ?」

「四賢者様は、最上階に向かわれたかと思います」


 目の前からモーリスの姿が消え、レミィたちは、どこか薄暗い場所へと転送された。

 突然の出来事に、レミィは疑問をそのまま口にする。

 それに対し、フェリシアは落ち着いた様子で状況を説明した。


「はやぁ……で、ここはどこなのじゃ?」

「白の塔の地下……に当たる場所ですね。先程、四賢者様は地下などないと仰っておられましたが……」


 どうして、そこまでハッキリと言い切ることができるのかはわからない。

 だが、フェリシアが自分に対して嘘をつくことなど絶対にありえない。

 そう確信しているレミィは、そのままの言葉を受け取り、眉を顰めた。


「地下という言葉に、過剰に反応しておったからのう……まぁ、彼奴は嘘をついておったわけじゃ」


 足元の魔法陣が放つ淡い光に、周囲の壁が照らされる。

 どうやら一方向には、通路が続いているようだ。

 その幅は、大人の男性が両手を広げた程度……といったところだろうか。

 ほかに明かりはなく、薄暗いこの先を見通すのは難しい……。

 だがそれは、ここにいるのが一般的な人間であれば、の話だ。


「わざわざ隠蔽しようとしておった地下なのじゃ。あの扉の先に、なにかあるやもしれんのう?」


 まるで見えているかのように……いや事実見えているのだが、通路の先の扉を指差す。

 レミィは極論、目を瞑っていたとしても、周囲を完全に認識することができる。

 竜の真眼……如何なる闇も、まやかしも、全てを見通すという魔眼の一種である。

 もっとも、その真眼をもってしても、堕徒ダートの正体は見破ることができなかったが……。


「そうですね。行ってみましょうか」


 そして有角種ホーンドであるフェリシアにとっても、光がないことは問題にならない。

 その暗闇で妖しく輝く紅い瞳は、有角種ホーンドが悪魔の子と称される要因の一つだ。

 あまり目立たないよう、普段はこの力を抑えているが、今はそれどころではない。

 二人は、迷いのない足取りで扉の方へと歩を進めた。

 途中、フェリシアは壁に手を当て、何かを確認しているような素振りを見せる。


「はや? フェリシアにも……見えておるはずよのう?」

「はい、もちろん♪ でも、壁から矢弾や刃物が出てくるかもしれませんので……一応確認を……」


 レミィの疑問に、フェリシアは笑顔で物騒な答えを返す。

 幸いにして、そのような仕掛けは、壁にも床にも天井にも見当たらなかった。

 他にこれといった障害もなく、そのまま二人は扉の前に辿り着く。


「……中に何かるようじゃのう……相当の魔力を感じるのじゃ」

「はい……人型の生物……お一人ですね。少し離れたところにもう一人られるようですが……奥の部屋でしょうか?」


 扉に耳を当てるでもなく、その感覚だけでレミィは中の様子を言い当てる。

 と、さらにフェリシアが、具体的な状況まで補足した。


 ──そこまでわかるのかえ?


 有角種ホーンドが優秀なのか、フェリシアが特別なのか……。

 レミィは、若干の不思議を胸に仕舞いこみ、そのまま扉を開こうと試みる。

 ガッ……と何かが引っかかったような音が周囲に響いた。


「……鍵がかかっておるのじゃ」


 力一杯引けば開くかもしれない……とはいえ、さすがにそれは憚られた。


 ──ぬー……開こうと思えばブルードの魔導具マジックアイテムもあるのじゃが……。


 などと扉の前で思案していると、中から声が聞こえる。


「は、はいぃ……ただいま開錠いたしますので……しばしお待ちを……」


 思ってもいなかった部屋の中からの返事に、レミィとフェリシアは顔を見合わせた。





 ガチンと音を立て開錠された扉が、ゆっくりと開いていく。


「お疲れ様です、モーリス様……今日は、どういったご用……で……?」


 隙間から顔を見せたのは、特徴的な長い耳……エルフの青年だった。

 一般的なエルフの例に漏れず、整った顔立ちに美しい髪、気品を兼ね備えた美青年。

 だが、常に瞑っているかのような細い目からは、その瞳の色を窺えない。


 ──ぬ? 此奴は純血のエルフじゃのう……。


 予言書で目にしたのは、ハーフエルフの従者であって、純血のエルフではない。


「あの……あなた方は……?」


 気の弱そうなその青年は、怯えた様子でレミィとフェリシアに声をかける。


「あー……その、うむ……わらわは、そのモーリス卿の客人でのう、この部屋で待つように指示をされたのじゃ」


 部屋の方を指差し、レミィは、しれっと口から出まかせを言う。

 幼い頃から、イタズラがバレた時のために培ってきた、信頼と実績の技能である。

 いや、なんの自慢にもならないが……。


「なんと……モーリス様のお客様でしたか。どうぞ、お入りください」


 なんの疑いもなく、その話を信じたエルフの青年は、二人を部屋に招き入れる。

 強心臓のレミィは表情ひとつ変えず、至極当然のように頷いた。


「うむ、では失礼するのじゃ……」

「失礼いたします」

「はいぃ、どうぞこちらへ」


 青年に促され、レミィが入室すると、その後にフェリシアも続いた。

 フェリシアの角には気付いているはずなのだが……リアクションはない。

 他のどの種族よりも気位が高く、何より血統を重んじるエルフは有角種ホーンドを嫌う。

 その真偽はさておき、魔力を得るために闇の眷属と交わったとされる種族だ。

 自然と魔法を愛し、善なる精霊に愛されるエルフとは相容れない存在と言える

 その背景を考えれば、この青年の対応は違和感でしかない。

 顔色ひとつ変えず、フェリシアを部屋に招き入れたのだから……。


 ──妙なエルフじゃのう……。


 扉の傍に立つ青年を横目に、レミィは部屋の奥へと歩みを進める。

 中は思った以上に広く、本棚と積み上げられた魔導書が周囲を取り囲んでいた。

 床は石畳のままで、あまり生活感はないが、奥には簡易的なベッドが置かれている。

 そして最も目を引いたのは、中央に備え付けられた異常に大きな水晶球だ。

 何かの……魔導装置マジックデバイスだろうか?


「そう言えば、名を名乗っておらんかったのう。わらわはレミィ・ミュラー。エル・アスールの宝石商人なのじゃ」


 ひととおり室内を見たレミィは、振り返ると、軽く一礼をしつつ名を名乗る。

 今の所、まだ予言書に従って正体は明かしていない。


「そして、この者は従者のフェリンじゃ」


 フェリシアもまた、レミィからの紹介を受けて一礼する。

 その二人の様子を見た青年は少し戸惑いながら、慌てて自分も名を名乗った。


「ああぁ、僕は、モーリス様の奴隷、アズリーと申します。ご覧のとおり、何の取り柄もない劣等種のエルフです」


 アズリーと名乗る青年は、少し緊張したような声で、レミィにそう告げた。


 ──エルフが……劣等種……とな?


 冗談にしては笑えない、自虐にしても応えにくい……想像もしていなかった発言だ。

 少なくともレミィの知る限り、このようなことを口にする純血のエルフは居ない。

 己が血統を誇りとし、他種族を見下すような傾向すらある“あのエルフ”が……。

 自らのことを劣等種と宣うなど……考えられない。


「貴様……いや、アズリー殿は、ここで何を……」


 不審に思ったレミィが、アズリーに問いかけようとしたその時……。

 部屋の中央から、周囲を照らす強烈な光が放たれる。

 予言書から……では無い。

 どうやら光源は、備え付けられていた水晶球のようだ。

 歪みなき真球の中心には、煌々と輝く炎の如き揺らぎが浮かび上がっていた。

 驚くほどの膨大な魔力が、そこに集束する。

 充分に、この部屋……いや、白の塔全体を破壊できるほどの魔力……。


「はやぁっ!? なんなのじゃ!? これは、マズイのではないかえ?」

「ああぁ! ちょっとすいません……。うわぁ……ちゃんと、封じておかないと……」


 アズリーは、レミィとフェリシアの横をすり抜け、水晶球の方へ駆け寄っていった。

 先ほどまでの穏やかな雰囲気から一転し、険しい表情でそこに手を翳す。

 と、あまり聞き覚えのない、独特な言語で呪文を詠唱し始めた。


「──Evenire、Dele omnia、Magicae manus、Capere! Eradicare──」


 その魔法は、なにか派手な効果を及ぼすものではなかった。

 だが、水晶球の中で輝き揺らいでいた、膨大な魔力の奔流は瞬く間に掻き消された。

 どう見ても、一人の魔導士が対処できるような魔力量ではなかったのだが……。


「はぁぁ、すいません……。えーっと、なんのお話でしたか……」


 再び、糸目の気弱そうなエルフに戻ったアズリーが二人の方を振り返る。

 あまりの出来事に驚いたレミィは、目を見開いたまま、改めてアズリーに問いかけた。


「アズリー殿は……ここで何をさせられておるのかのう?」


 その質問に、アズリーは誇らしげな表情を浮かべつつ、こう答えた。


「……僕はこうして、ここの地下に眠る、三匹の獣を封じる役目を仰せつかっています」

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