第49話:交渉と虚飾の笑顔
アルバーナで迎えた2回目の朝。
いつものようにフェリシアに髪を
その点は、普段と何ら変わりない。
違いがあるとすれば、その服が軍服ではなく、ドレスであるという点だ。
瞬く間に、見事な手際で寝惚け娘が良家のお嬢様へと変化していく……。
「はい♪ 今日もお美しいですよ、レミィ様」
「やっぱりヒラヒラして動きにくいのう」
最初は、普段あまり身につけない衣装に物珍しさもあった。
だが、何をするにも動きにくい……。
皆からは称賛されたものの、当の本人はそろそろドレスに飽きてきたようだ。
「一応、いつものお召し物もご用意しておきますね」
「うむ、助かるのじゃ」
フェリシアの心遣いに感謝をしつつ、レミィは皆の待つ一階の酒場へと向かう。
「おはよう諸君。しっかり休めたかのう?」
と、テーブルを囲むエトスとラーズに、元気いっぱいで声をかける。
ブルードはまだ寝ているようだ。
「お嬢様! おはようございます」
「おう、姫さん。おはようございます」
皆の様子を見るに、調子は万全といったところだろう。
レミィは満足げに頷きながら、テーブルの空いた席に着いた。
そして、すっかりお気に入りの宿の朝食を平らげると、皆の方に向き直る。
「さて、いよいよ四賢者との対面なのじゃ……皆、気を引き締めてのう」
エトスとラーズが無言で頷く中、フェリシアは少し緊張気味に応えた。
「今日は私も同行ですね。頑張ります!」
これまでの露骨な亜人種差別を目にしてなお、敢えてフェリシアを同行させる。
そのレミィの采配は、
だが当のフェリシアは、そこに何の異論も挟まず、素直に従うという。
「うむ……難しい話はフェリシアに任せるのじゃ」
──この選択が吉と出るか凶と出るか……まだわからんがのう……。
レミィが専属
“ハーフエルフ”の従者……紛う事なき亜人種の混血がどうしてそこに居るのか?
そこに抱いた違和感を払拭するには、それを選択するしかなかったのだ。
予言書の内容を共有することができない以上、明かすこともできない、その理由。
──愚策と思われようと……致し方ないのじゃ……。
「さて、そろそろ出発するかのう」
レミィは、その想いを胸の内に留め、皆に出立を促した。
「よ……ようこ……そ、お越しく……くださいました」
白の塔……その南側、魔導門の前。
レミィとフェリシアは、大量の宝石を背負い、そこに立っていた。
そして、受けた洗礼は、あからさまに引き攣った笑みでのお出迎えである。
前回のように突然訪問したわけではない。
しっかりとアポを取って、確認した上でここにきているのだ。
何も、間違ったことはしていない。
だが、白の塔の魔導士たちは、皆渋い顔でフェリシアから目を逸らす。
そこに
「この者は、
フェリシアに対する反応を見て、レミィは少し強い口調で問いかけた。
「いえ……その……失礼ですが奴隷では……」
「奴隷ではないのじゃ」
控えめに確認をするフロア統括の青年に対し、レミィは食い気味にハッキリと答える。
「アルバーナで亜人種がどう扱われているのか、話には聞いておるのじゃ……だが、当商会の者を、それと同じように扱ってもらっては困るのう」
「いや、決してそのような……」
レミィは塔に入る前の段階から、強気の姿勢で話を推し進める。
前回の訪問で、希少な物質要素が不足しているということは把握できていた。
どうしてそこまで不足しているのか、理由まではよくわからない……。
だが宝石を見せてからの反応はすこぶる良く、そこからの話は早かった。
その手応えから、レミィは強気で交渉に臨むことに決めたようだ。
「やれやれ……魔導を極めるために集った叡智の集団……白の塔は、くだらない差別などとは無縁のところにあるものと思い、今回の商談に臨んだのじゃが……」
思わせぶりなセリフと共に、レミィは
「とんだ思い違いだったようじゃ。この話は無かったことにするかのう」
「ああぁ! そ、そんな、それでは我々が……」
「お待ちください!」
と、
明らかに位の高そうな、周囲の誰よりも豪華なローブを身に纏う者……。
白い肌にコントラストの強い口髭が目を引く、少し厳つい壮年男性が姿を見せる。
「モ、モーリス様!」
「学徒たちが、大変失礼をしてしまったようで……申し訳ありません」
その壮年男性の歩みに合わせ、周囲の魔導士たちは道を開けると、そのまま跪く。
──この男がモーリスかえ……。
「お嬢さんの仰るとおり……魔導を極めんとする我々にとって、人種の違いなど瑣末なこと……まだワタクシの教育が行き届いておりませんで……不愉快な想いをさせてしまいました」
豪華なローブの壮年男性……モーリスは柔らかい物腰でレミィたちに言葉をかける。
明らかな謝意を示してはいるが、その表情はどこか胡散臭い。
「申し遅れました……ワタクシは四賢者が一人……風のモーリスにございます」
「これはこれは……わざわざ四賢者様から直接お言葉をいただくとは……なんとも恐悦至極に存じますのじゃ」
レミィはここで強気の態度を改め、
「
フェリシア共々、完璧な所作の
相変わらず言葉遣いは相当怪しいが……そこは流されたようで何よりだ。
「話は伺っております……ぜひ……その見事な宝石の話を、ゆっくりお聞かせいただきたいのですが……」
取って引っ付けたような笑顔のまま、モーリスはレミィたちを塔の方へと促す。
「偉大なる四賢者様から、直々にそう仰っていただいたものを……無碍にお断りするわけにもいかんのじゃ」
再び荷物を背負い直すと、レミィは改めてモーリスの方へと向き直る。
その様子を見た魔道士たちは、文字どおり胸を撫でおろした。
モーリスから、どのように言付かっていたのかはわからない……。
だが、会話の行く末を見守っていた魔導士たちは、明らかに怯えていた。
──この男……いろいろと裏がありそうじゃのう
「ささ、どうぞこちらへ……お連れの方も……」
その如何にも腹に一物のある男……。
モーリスの後に続いて、レミィとフェリシアは塔の中へと入っていった。
扉をくぐり、レミィとフェリシアは、そのまま奥へと案内される。
そして階段ではなく、なにやら円形の魔法陣が敷かれた一画の方へと連れて行かれた。
「階段は使わんのかえ?」
「ええ。上層階まで、ご自身の足で登っていただくわけにもいきませんので……」
レミィは、いつも通りの独特な言葉遣いで問いかける。
そこに違和感を抱いた様子もなく、モーリスは微笑みながら丁重に答えを返した。
まったく情を感じない、張り付いたような笑顔。
その仮面はフェリシアの一言で、突然剥がされることになる。
「この塔の……地下にも広い空間があるのですね」
「……なんですと?」
先ほどまでとは全く違った、威圧するような強い口調。
“地下”という単語を耳にした途端に、モーリスの顔から笑みが消えた。
「如何されましたかのう? 四賢者様?」
「あ、いや……その、ここまで大きな建造物を見れば、地下もあるように思われるやもしれませんが……この白の塔に、地下施設はありません」
冷ややかなレミィの返しに、モーリスは慌てて取り繕う。
まるで、つい反射的に出てしまった、本来の姿を誤魔化すかのように……。
「そうでしたか。私の勝手な思い込みでした……申し訳ございません、四賢者様」
フェリシアは深追いせず、丁寧に謝罪の言葉を告げ、頭を下げた。
そこまでされて、これ以上この話を引きずる必要もない。
モーリスは、再び笑顔の仮面を張り付けると、二人を魔法陣の上へと促す。
そして、二人に背を向けるようにして天を仰ぎ、恭しく詠唱を始めた。
「──起動せよ、時空を渡る……」
「ここに立って
「……ええ、このままワタクシの私室……最上階にある賢者の間までお連れしますので……」
詠唱途中で声をかけられたモーリスは、聞こえないように小さなため息をつく。
と、その張り付いた笑顔のまま振り返り、レミィの疑問に務めて丁寧に答えた。
「ふむ、承知したのじゃ」
「では……──起動せよ、時空を……」
「これ荷物は下に置いたままでも大丈夫なのかえ?」
「……あー……ええ、魔法陣の中に入っている物は、すべて転送いたします」
二度目……その苛立ちを、なんとか顔に出さないようにモーリスは堪える。
そして、無理やり作り出したぎこちない笑みとともに、振り返って答えた。
「それは助かるのじゃ……このままでは重くてのう」
「たしかに……貴女のような可憐な少女が背負うには、些か大きすぎる荷物ですな……」
たいして重みも感じていないのだが、なんとなくそれっぽいことを言う。
そんなレミィに、モーリスはまだ紳士の対応を見せる。
「では……気をとり直して──起動せよ、時く……」
「魔法陣から……どこか一部出ておったら、そこだけ取り残されるのかのう?」
「それは怖いですね、レミィ様……」
「大丈夫です! なんとなく上にいたら大体転送されます! 細かいことは気になさらず! お静かに!」
三度目……は、さすがに耐えかねたモーリスが、真面目な顔で声を荒げた。
「これは申し訳なかったのじゃ……なにせ、このような魔法陣を目にするのは初めてだったからのう……少し興奮してしまったのじゃ」
「申し訳ございません、四賢者様」
特に悪びれた様子もなく、レミィは後ろ手に組んでいた右手を前にして相手を制する。
一方で、フェリシアは深々と頭を下げた。
「……ゴホン……では……」
──まったく……これだから下等種どもは……。
口には出さず、モーリスは心の中で悪態をつく。
と、改めて二人に背を向けると、両手を広げ、天を仰ぐようにして詠唱を始めた。
「──起動せよ、時空を渡る、魔法陣、繋げ!
その詠唱に応えるように、魔法陣が青白い光を放つ。
「──最上階へ!──」
最後にモーリスは、目的地を定める言葉で締める。
そこに、聞き取れないほどの小さな声で、フェリシアは重ねて呟いた。
「──
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