第48話:行方不明と騎士の鎧

 ──モーリス以外の四賢者は3ヶ月程前から行方不明である。

 ──このことは、アルバーナの一部貴族にしか伝えられていない。

 ──白の塔は事態を重く受け止め、早急に新たな四賢者を擁立することにした。

 ──つい先日、この第二王女の生誕祭に合わせて任命式が行われることが決まった。


 ラーズが男爵から聞き出した、“新たな四賢者”という発言に対する答え……。

 それは、にわかには信じられない、驚きの情報だった。


「このことは……衛兵も聞いておったのかえ?」

「いえ、席は外してもらいました」


 賢明な判断である。

 このことが公になれば、どれだけの騒ぎになるだろうか……。


「いや……それでも、あの男爵が四賢者に任命されることはないと思うがのう」

「誰が任命されるかってぇのは秘匿されてるらしいんで……まぁ内定してんのかもしれませんが……てぇか、そこじゃあねぇんですよ……」

「……どうして、行方不明の四賢者様を捜索しないのでしょう?」


 本題から逸れそうになったところを、フェリシアが的確な質問で差し返す。


「そう、それですよ!」


 と、安心したようにラーズは続けた。


「ここは大陸の叡智が集う魔導王国ですよ? その気になりゃぁ、行方不明の要人なんざ、すぐに魔法で探し当てられるでしょうよ。それでも捜索してねぇってぇことは……」

「捜索する気がないか……したところで見つからないとわかっている……といったところかのう?」


 ハッキリとは口にしない。

 だがそこには、すでに死亡しているかもしれないという意味も含まれていた。


「ぬー……皇帝の召喚に応じて帝都へ向かった……と言うのは表向き、そういう話にしとるのかのう」

「何れにせよ明日会う、そのモーリスってぇ奴が何か知ってるたぁ思いますがね」


 唯一の四賢者……モーリスとの交渉前に、思わぬ情報を得てしまった。


 ──呪印の話は後回しにした方が良いかもしれんのう……。


 どうも本筋とは全く違った方向に進んでいるようにも感じられる。

 だが、従属国の要人が行方不明という、この事態を無視するわけにもいかない。


「まぁ、明日……実際に会ってみて、どういう人物かをみてみるしかないのじゃ」


 と、話に飽きてきたレミィが伸びをしたところで、ポーチから光が放たれた。


 ──ぬ? そろそろ身分を明かすタイミングかのう?


 フェリシアたちが見守る中、レミィは堂々と預言書を取り出し確認する。

 そこに書かれていたのは、思っていたものとは少し方向性の違う選択肢だった。



 ■81、四賢者との対面に際して、君は……

 A:専属騎士を同行させた。 →115へ行け

 B:専属侍女を同行させた。 →135へ行け



 ──交渉の場に連れていく者を選べ……ということかえ?


 ここがもし、この国アルバーナでなければ、迷わず専属侍女フェリシアを選んだだろう。

 だが、ここは人間至上主義の亜人差別が横行する国、アルバーナである。

 有角種ホーンドのフェリシアを同行させて、交渉が成立するのだろうか?


 ──ぐぬぬ……難しいのじゃ……。


 例によって、指を挟んで一つ先の内容を確認する。

 専属騎士ラーズを同行させた方は驚くほどスムーズに話が終わり、商談が成立するようだ。

 だが、別に商談を成立させたいわけではない。

 そもそも本来の目的はそこではないのだ。

 そして、もう一方……専属侍女フェリシアを同行させた場合……。

 入り口からして苦難が続き、その後は塔の中で迷うような記述すらある。

 なにもメリットはあるように見えないのだが……一点、気になる言葉を見つけた。

 それは、もう一方の選択では出てこなかった言葉……。


 ──ハーフエルフの従者……じゃと?


 何事か思案するレミィのその様子を、ラーズもフェリシアも黙って見守る。

 そして少しの沈黙の後、レミィは予言書を閉じると意を決し、口を開いた。


「ふむ……明日の四賢者との交渉には……フェリシアも同行してもらえるかのう?」

「!?」

「姫さん!? 本気で言ってんのかい?」


 その発言には、当のフェリシアよりもラーズの方が驚き、声を上げた。


「もちろん、本気で言っておるのじゃ」


 レミィは真っ直ぐに、目の前の専属侍女メイドを見つめながらそう告げる。

 と、両手を胸の前で握りしめ、フェリシアは笑顔で応えた。


「はい! お任せください♪」





「なんだい、嬢ちゃんたち……早かったねぇ」


 その日の夕方、一行は今朝方チェックアウトしたばかりの下町の宿に戻っていた。

 差別の横行する、この王都の中心地で今更宿を取るのは難しいと考えての判断だ。


「あの広い部屋には別のお客さんが入っちまったけど……」

「部屋はどこでも構わんのじゃ。ここの料理はどれも美味しかったからのう」

「ふふふ、嬉しいこと言ってくれるねぇ。じゃぁ、今日も腕を振るっちゃおうかね」


 すっかりここの女性店主には気に入られているようで、レミィたちは歓待を受ける。

 一階の酒場には、昨日見かけた客も何人か居た。


「おやぁ? あんたら戻ってきたのかい! なら、一緒に飲もうや!」

「聞いた? あの男爵、衛兵に捕まったらしいわよ! ザマァ見ろよ!」


 そんな中に、明らかに見知った……いや、身内というべきだろうか?

 大きなジョッキを片手に、立派な灰色の髭を蓄えた仏頂面のドワーフが居た。


「ブルードさん!?」

「おっさん!?」

「ブルード様!?」

「……貴様なにしとるのじゃ?」


 突然のブルードとの邂逅に、皆が驚きを露わにする。

 それぞれの声が重なって、聞き取りづらい。


「ん? お嬢? どうしてこんなところに?」

「それは、こっちのセリフなのじゃ」

「いや……アレが仕上がったからな。持ってきた」


 ブルードは表情一つ変えず、親指で傍の木箱を指した。


「アレは……なんなのじゃ?」

「小僧、開けてみろ」


 相変わらず無愛想なまま、顎でエトスに指示をする。

 レミィにも目で促され、エトスは渋々その箱を開けた。


「これ……は!? え!?」


 そこには、純白の全身鎧フルプレートがきっちりと収められていた。

 ただの鎧ではない……神聖帝国グリスガルドの紋章が刻まれた聖騎士の鎧……。

 そして皇女直属の証である白金の竜が装飾された、皇女騎士団専用の鎧である。

 美しく輝く、真新しい鎧……だが、エトスはこの鎧に見覚えがあった。


「こ、こ、こ、お、お、こ、こ」

「鶏か、小僧」

「はやぁ? これは、頼んでおった鎧かえ? 普通なら1ヶ月はかかると言っておったのう?」


 興奮から、まともに言葉の出てこないエトスに代わって、レミィが問いかける。


「普通ならな。だが……小僧が自分の鎧を置いていっただろう?」


 手にしたジョッキを空けながら、ブルードは然も当然といった様子で続けた。


「元があるなら、1日で充分だ」





「こ、こんな感じです……い、如何でしょう?」


 酒場の大テーブルを囲むレミィたちの元に、エトスが部屋から戻ってきた。

 手と足を同時に出してギクシャク歩きながら、その新生鎧をお披露目する。


「おお、やはりその方が貴様らしいのう」

「はい、素敵ですね♪」

「先輩はやっぱ、それでなくっちゃあな」


 デザインこそ大幅には変わっていなかったが、明らかに表面の輝きが違う。

 そして全身金属製であるにも関わらず、その金属の擦れる音がほとんどしない。


「いや、これ……ヤバいですよ。軽い……全身鎧フルプレートなのに、さっきまで着てた半身鎧ハーフプレートより軽いんです!」

「当たり前だ、全身ミスリルだからな」


 興奮気味に飛び跳ねていたエトスは、その言葉を聞いて動きが止まる。


「え? 全身……ミスリル……?」

「それ一式で、帝都に貴族の邸宅が二軒建つ」


 手にしたパイプに火を入れながら、ブルードはしれっと怖いことを言い放った。


「……全然、元の鎧は活かしておらんように思うのじゃが……」


 レミィは、元となったはずの鎧の必要性をツッコんだが……そのまま流された。


「え……邸宅が二軒!? ちょ……いや、そんな高価な……」

「強度も確認したい。煉闘士ヴァンデール……“強めに”殴ってくれ」

「おうよ!」


 そのまま紫煙を燻らせながら、続けてとんでもないことを提案してきた。


「ちょっと待って待って待って! 待ってください! いきなりキズモノにするとか、ちょっと勘弁してくださいよ!」


 引き受けたとばかりに構えるラーズを前に、エトスはすっかり腰が引けている。


「なぁに言ってんだ? 鎧は傷付いてなんぼってぇモンよ」

「ちょ! 冗談は……ラーズきょぉぉぉ」


 酒場の中で、そこまで無茶はしないだろう……と考えたエトスが甘かった。

 目の前の戦闘狂バトルジャンキーは容赦無く、拳を撃ち込んできた。


「心配するな。修理はしてやる……」


 一仕事終えた……と、ブルードは満足げに立派な髭の隙間から紫煙を吐き出す。

 そして、その髭の奥で口角を上げながら呟いた。


「もし、傷が付いたら、な……」


 ラーズは、周囲に被害が及ばぬように……深く、下から突き上げる。

 地を這う拳に腹部を強打されたエトスの体は、くの字になり、そこに浮き上がった。

 その鈍く重い金属音が周囲に鳴り響くと、ざわついていた酒場が静寂に包まれる。

 注目を浴びる中、エトスは両腕で腹を抱えるように押さえつつ、その場に崩れ落ちた。

 だが、その鎧には……凹みどころか擦り傷ひとつ付いていない……。


「ぐはっ……ああ……あー……す……すげぇ……」

「おお! こいつぁすげぇや!」


 ダメージも相当軽減されているのは間違いないだろう。

 その体が浮き上がるほど鳩尾みぞおちを強打されても意識を失っていないのだ。


「まぁ、お前さんやお嬢が本気でやれば……何発まで耐えられるかは、わからんがな」

「ラーズやわらわと同程度の火力を複数回受けることは、そうそう無いかと思うのじゃ」

「一発耐えられりゃ、上等ってぇモンですよ」


 とんでもない相手を比較対象にされているような気がしないでも無い。

 とはいえ、少なくとも一撃は同程度の攻撃に耐えられる……ということ……。

 盾の効果と合わせれば、その防御力はもしかすると、この中で一番高いかもしれない。


「これで、避難する場所が増えました♪」


 あのフェリシアがそう言うのだから、間違いはないだろう。


「ブルードさん! そして殿下! こんな立派な鎧、ありがとうございます! 大事に使わせていただきます!」

「うむ、期待しておるのじゃ」

「ふん……まぁ、ワシは適当に、この宿で居る」

「ブルードもご苦労だったのう。全部片付いたら、また迎えに来るのじゃ」


 深々と頭を下げるエトスを横目に、ブルードは愛想もなしに自分の部屋へと戻る。

 レミィは満足げに頷きながら、その姿を見送った。

 すると、ひと段落したとばかりに、酒場は徐々に賑やかさを取り戻す。


「まったく……店ん中で無茶しないでおくれよ?」

「ははは、わりぃな姉さん。ちょっと興が乗っちまって……な」


 その様子を見ていた女性店主からは、軽く嗜められてしまった。

 悪びれもせず、ラーズは笑いながら弁明する。


「まぁ、あんたたちだから大丈夫だとは思うけどさ、ここで死人が出たら困るからね」


 と、女性店主も、冗談混じりの言葉を残して、そのまま仕事に戻っていった。


「さて、わらわたちも、今日は休むとするかのう」


 落ち着いたところで、レミィは皆に休息を取るよう促す。


「明日はいよいよ四賢者……モーリス氏とご対面ですからね」

「まぁ、油断ならねぇ相手でしょうから……」

「はい♪ しっかり、おやすみしましょう♪」


 実際、明日はどういった交渉になるのか、レミィにも全く先が見えていない。

 もともとは身分を隠し、邪教徒の目を欺きつつ呪印の話を聞きにきたはずだった。

 だが、今目下の問題は、行方不明となった四賢者の3人……。

 その者たちがどこにいるのか、どうして捜索しないのか?

 確かめなければならないことが、次々と湧き上がってきた。

 今のところ予言書には、それらに関わる情報が全く記されていない……。


 ──これ以上、考えたところで推測の域を出んのじゃ……。


 明日は暴力以外の解決法が求められることになるだろう。

 そう考えたレミィは、寝床に大量の金貨を敷いて、しっかりと眠ることにした。

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