第47話:火球と煉闘士の地位

 エトスは1週間ほど前の訓練を、頭の中で反芻していた。

 ラーズが繰り出すあの猛攻を、新しい装備でなんとか凌ぎ切った、あの時……。

 手加減してくれていることは、わかっていた。

 だが、それでも嬉しかった。

 自分の確かな成長を実感できるほど、充実していた。


 ──いつか、本気のラーズ卿を相手に、全て防ぎ切って見せる!


 それを目標に、エトスは訓練を続けていた。

 その気持ちが今……少し挫けそうになった……。


「ぎゃぁあああ!」

「ぐえぇっ!」


 阿鼻叫喚……目の前で繰り広げられる一方的な瞬殺劇……。

 テクニカルな関節技、スピーディな打撃技、パワフルな投げ技……。

 闘技場の観覧席からではない……特等席、最前列の砂被りで見る、その闘争。

 大勢の敵に囲まれる中、ラーズは嬉々として相手を無力化していく。

 飛び散る血飛沫、砕かれる骨……リアルな戦場の惨劇に、エトスの目は点になる。


 ──一応……トドメは刺してないみたい……だけど……。


 もしもの時に馬車を守るよう御者席に呼ばれたのだとエトスは認識していた。

 ただ、この状況を見る限り、万が一にもその必要は無さそうだ。

 とはいえ、決して気を緩めてはいない。


 ──完全に勝利するまで勝ちを意識するな。その慢心が敗北に繋がる。


 誰が言ったかは未だに知らないが、改めてこの言葉を胸にエトスは周囲に目を向ける。

 と、背後にいる男爵が見せた不敵な笑み……そして不審な動きが目に飛び込んできた。

 怪しげな指の運指で虚空に何かを描きながら、ぶつぶつと独り言を呟いている。

 おそらく男爵は……魔導士だ!


「ラーズ卿! 後ろ! 魔法が!」


 エトスがそのことをラーズに伝えようとした時、ラーズもまたエトスの方を見ていた。

 盾を構え、馬車の中にいるレミィたちを守る態勢になったエトスを見てラーズは頷く。


「──顕現せよ、燃え盛る炎、爆ぜよ……」


 その頭上に、大きな火球が形成され、具現化する。


「ククク、新たな四賢者となる私の、私の! 高貴なる炎で燃え尽きろ! ──火球ファイアボール──」

「!? ……っと、先輩! そっちゃ任せたぜぇ!?」

「わかってますよ! ──堅城鉄壁──」


 その刹那、ドンッと体の芯まで震わせるように響き渡る、激しい爆発音と衝撃。

 放たれた火球が馬車を中心に、ラーズだけでなくゴロツキ連中も巻き込んで炸裂する。


「お見事です! さすが男爵様!」


 直撃を目視した従者は、勝利を確信し、男爵を褒め称えた。


「当然、当然の結果です……ムフフフ……平民ゴロツキもたまには役に立ちますね」


 囮もろとも、相手を一掃できたと確信する男爵は、ほくそ笑む。

 だが彼らは、舞い上がった土煙が晴れると同時に、絶望を目の当たりにした。


「うわー……怖かったー怖かったー! ブルードさんありがとうございまーす!」

「はぁっ!? む、無傷ぅ!?」


 エトスの盾から展開された光の障壁……。

 馬車全体を覆うその障壁は、外部からの衝撃を全て遮断していた。

 爆風も、炎も、なにもかもである……。

 おかげで、馬車はもちろん、中にいるレミィたちには怪我ひとつない。

 おまけで、倒れていたゴロツキたちもその恩恵にあずかっていた。


「はやぁ!? どこの阿呆じゃ! 街中で魔法なんぞ使って来おったのは!?」


 その音と光で、何をされたか気付いたレミィは、馬車の中で憤慨する。

 そして……。


「おい、どうしたぃ? テメェの“高貴なる炎”ってなぁ……この程度のモンかよ?」


 当たり前のように、その男はそこに立っていた。

 装備や衣服の損傷を見る限り、おそらく直撃は受けている。

 前に突出していた分、光の障壁から恩恵を受けられなかったのだろう。

 だが、それでもラーズは不敵な笑みを浮かべ……腕を組んだまま、そこに立っていた。


「あわわわわ……へい……へい……み……」

「んだよ、いきなり……ラップでも始めんのか?」


 ──なんだなんだ!?──

 ──どこかで魔法を使ったバカがいるみたいだぞ!──


 どうやら騒ぎを聞きつけた、周辺住人が辺りに集まって来たようだ。

 いくら人通りの少ない場所といっても、あの爆発音に気付かぬ者は居ないだろう。


「男爵様! ここは……」


 呆然としていた男爵だったが、流石に不味いと悟ったのか、従者の声で我に返る。

 わずかな隙をついて、魔法での逃亡を試みようとするが……。


「──発現せよ、魔導おっ!……」

「……逃がすと思ったかい? そいつぁ……ちょいとあめぇんじゃあねぇか?」


 その詠唱よりも早く、ラーズは男爵の背後へと回り込む。

 左手を口に突っ込み、指先で舌を挟む。

 同時に右手では相手の指を取り、容赦なくへし折っていた。

 魔法に必要とされる音声要素、そして動作要素を瞬時に奪う、対魔導士の対処法……。

 舌をつままれたままで悲鳴を上げることもできず、男爵は身悶えする。


「お前たち! そこで何をしている!」


 とうとう、衛兵までもがこの場に駆けつけてきた。

 従者は、ここぞとばかりに自身の正当性を訴えようと必死に弁明を始めた。


「衛兵! そこの無礼者を捕えなさい! 平民風情が男爵様にこのような……」


 だがそこで、衛兵の口からは思いもよらない言葉が発せられた。


「こ……これは! 煉闘士ヴァンデール様!? 何事かありましたでしょうか!?」


 火球で弾け飛んだ、ラーズの軽装鎧……その左肩口には真紅の刺青が刻まれていた。


 ──100代目:煉闘士ヴァンデール:天狼──


「いやぁ、ちょいと礼儀のなってねぇ奴が居たもんでよぉ……」





煉闘士ヴァンデールって……どういう地位なんですか?」


 衛兵の庁舎で事情聴取を終えたあと、再び馬車に戻ったレミィたち一行。

 先の衛兵たちの態度を見て、エトスはラーズに対する接し方がわからなくなっていた。


「ああ? いや、地位なんざねぇよ。この国アルバーナの感覚で言やぁ、上位のお貴族様が護衛に雇う、傭兵のブランドみてぇなモンだ。でぇ、そこいらの貴族よりゃ発言力があったりすんだよ」

「上位のお貴族様って言うと……」

「まぁ、侯爵か辺境伯以上……ってぇとこだな」


 その実、ルゼリアの闘士というだけでも、護衛としては立派なブランドである。

 それが煉闘士ヴァンデールともなれば、貴族にとってこれ以上ないステータスとなる。

 それこそ、男爵や子爵が手を出せるようなものではない。


「なるほど……でも、雇われるってことは、下につくんですよね?」

「はははっ! 純粋な力じゃあ敵わねぇってわかってる相手に、横柄な態度で出てくるお貴族様ぁ見たことがねぇよ。ま、だいたいは、対等な関係だな」


 つまり侯爵や辺境伯以上と対等の会話をする者……。

 それが、この国アルバーナにおける煉闘士ヴァンデールの認識だ。


「あぁ……ちょっと……ラーズ卿との接し方を、改めます……」


 気さくに話すラーズに対し、エトスは一気に距離が遠のいたような気がした。


「しかし……衛兵が出て来おった時には、どうしたものかと焦ったのじゃ」


 二人の会話がひと段落するのを待って、レミィが声をかける。

 まだ予言書から次のタイミングが告げられていない現状で正体は明かせない。

 ラーズのおかげであまり詮索されることもなく、なんとか事なきを得たが……。


 ──危ないところだったのじゃ……。


「皆さん、ご無事で何よりです♪」


 ずっと馬車で待機していたフェリシアも、ほっと胸を撫で下ろす。


「……で、こっからが本題なんですが……」


 と、そこでラーズは、突然声のトーンを落として話し始めた。

 目での合図とハンドサインに従って、エトスは御者席に移り、馬車を走らせる。

 移動中の馬車であれば、誰かに会話を盗み聞きされることもない、ということだろう。

 もちろん、魔法で盗聴されていない限りは……だが……。


「姫さん、さっき妙なこと……ってぇ話をしてましたよね?」

「はや? 四賢者は不在……という話のことかえ?」

「ええ、それです。確か、不在の理由は……」

「皇帝陛下の召喚に応じて帝都へ向かった、という話になっていたかと思います」


 ラーズの確認に対して、フェリシアが即座にフォローする。


「うむ……で、この話のどこから本題に繋がるのじゃ?」

「いやぁ、もうすでに本題みてぇなもんで……あの小太り男爵、さっきこう言ってやがったんですよ……“新たな四賢者となる”ってね」


 ──ククク、新たな四賢者となる私の、私の! 高貴なる炎で燃え尽きろ!


「はやぁっ!? 新たなとは、どういう意味なのじゃ?」


 いきなりぶっ込まれた情報にレミィはすぐさま切り返す。

 だが、そこは想定済みとばかりに、ラーズは話を続けた。


「ええ。こいつぁ、さっきの事情聴取んときに、ついでで聞いたんですが……」

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