第46話:物質要素と愚者の待ち伏せ
「入って行っちゃいましたよ……大丈夫ですかね?」
「レミィ様なら、きっと大丈夫です♪」
「ってか、あんな扉の鍵も開けれんのかよ……すげぇな、ブルードのおっさんが作った
少し離れた馬車の中から、レミィの行動を見守っていた一行は、口々に感想を呟く。
──もしかすると、力尽くで……扉をぶち破ろうとするのでは?
そう思っていた一行の予想は、幸いにして大きくはずれる結果となった。
「殿下……いや、お嬢様、あの杖と宝石くらいしか持って行ってませんでしたけど……それで、どう交渉するつもりなんでしょう?」
「いや、俺らしか居ねぇんだから、言い直さねぇでもいいだろ……まぁ、どういう交渉になるかまでは想像もつかねぇよ」
「私も見当がつきません! 全面的にお任せです」
エトスは、初めてのおつかいを見守る親のような視点で、ソワソワしている。
一方でラーズとフェリシアは、なんとかできるだろうと楽観視している様子。
と、そこから半刻も経たずに、レミィは清々しい表情で堂々と塔から出てきた。
追い払われた……という感じではなさそうだ。
「あ! 出てきましたよ! 何か満足げですね! 大丈夫でしょうか!?」
「はははっ! ったく……さっきからうるせぇな! 見りゃわかるだろよ!」
ラーズは笑いを堪えらず、そのままエトスにツッコんだ。
あまりに過保護なエトスの反応が面白かったようだ。
「おかえりなさいませ、レミィ様♪」
フェリシアは逸早く馬車から降りて、レミィを迎え入れる。
「うむ、今戻ったのじゃ」
「で、どうでしたか? うまくいきましたか? 邪険にされませんでしたか?」
まだ保護者目線のままでいるエトスに、フェリシアからも笑みが溢れる。
「うむ、流石に今日すぐに……とはいかんかったが、明日の午前中に四賢者の一人……のモーリスだったかのう? という者と会うことになったのじゃ」
「へぇ……あの宝石と杖だけで、どうやって交渉をまとめたのか……俺にゃあまったく想像がつかねぇんですが……」
戻ってきたレミィに対し、ラーズはニヤリと笑いながらそう告げる。
と、レミィは少し考えた後、何かを察したようにドヤ顔で応えた。
「まぁ、誰しも得手不得手があるからのう。今回は
魔法を行使するためには、いくつかの前提条件が揃わなければならない。
まずは術者自身が、魔法の術式……魔術をしっかりと理解していること。
そして、その魔法を行使できるだけの魔力を有していること……これが大前提だ。
そこに、行使しようとする魔法によっては、さらに必要となるものがある。
それが詠唱などの音声要素、手印などの動作要素、そして触媒などの物質要素である。
このうち音声要素と動作要素は、事前に用意する必要はなく然程難しいものでもない。
問題は物質要素……これが多くの魔導士にとって意外な障壁となる。
「え? 物質要素っていうのは、そこまで用意するのが難しいものなんですか?」
「いや、ほとんどは木の枝や虫……何かの種や布切れといった、その辺で簡単に入手できるものばかりじゃのう」
エトスの疑問に、レミィは怪しいお
実際、物質要素のほとんどは簡単に入手可能で、ある程度はセットで販売されている。
「ただ、より高位の魔法を行使するためには……それなりに希少価値の高いものが求められるのじゃ」
「竜の鱗、鳳凰の尾羽、一角獣の角、天狼の牙……なんて物騒なモンを触媒に使う魔法も、あるみてぇですねぇ」
御者席で寝転がっていたラーズも、レミィの説明に補足する。
「うむ。 そして、そういった希少価値の高いものの中で、最もよく使われるのが……これなのじゃ!」
そう言って、レミィは再び先ほどの手のひら大の宝石を取り出した。
「宝石……ですか?」
一定以上の価値を持った宝石……高位の魔法で頻繁に要求される物質要素である。
これらの宝石は、杖などの焦点具とは違い、触媒として消費され失われるのだ。
そのたった一度の魔法の行使に、かかってくる費用たるや……如何ほどのものか……。
──一流の魔導士になるためには、大貴族や大商人のパトロンを見つけるのが近道だ。
などと揶揄されることも、少なくない……。
「まぁ、要するに、高価な宝石は高位の魔導士にとって、喉から手が出るほど欲しい逸品なのじゃ」
その手のひら大の高価そうな宝石を雑に放り投げながら、レミィは話を締める。
「確かに、このサイズの宝石なら……魔導士のお偉いさん方も、黙っちゃいねぇでしょうね」
「うむ、この程度の宝石なら部屋にごろごろ転がっとったんじゃがのう……」
レミィとラーズは、不敵な笑みを浮かべながら、互いに納得したように頷いていた。
二人が今話していたのは魔法学の基礎の話である。
それほど難しい内容ではない……とはいえ全くの無学で語れる内容でもない。
「あれ? お二人とも……魔法は不得手だったんじゃ……?」
あまりにも自然に魔法学の話をする二人を見て、エトスから無意識に声が漏れた。
その言葉に、レミィとラーズは目を見合わせる。
「ああ、不得手っつーか全く使えねぇよ。でもまぁ、ある程度のこたぁ知っとかねぇとな……」
「うむ、使えんのと知らんのとは別の話じゃからのう。
「いざってぇ時に対処できねぇってんじゃあ、話になんねぇだろ?」
「なのじゃ」
二人は、
そこには、エトスの思っていた“不得手”とは、大きなズレがあったようだ。
──あ、やっぱりこの二人は、こういうところからして超越してるんだな……。
呆然としながらも、エトスは何かに気がついたように目を輝かせる。
「どうされました? エトス様」
急に動きの止まったエトスを見て、フェリシアは心配そうに声をかける。
今回は気絶していたわけでもなく、少し複雑な表情と共にすぐに反応があった。
「あー、いえ……自分はなにが不得手だったかなぁと……色々ありすぎて」
ここに至ってエトスは、不得手な分野というものの認識を改める機会を得たようだ。
「そういえば、その白の四賢者の……モーリスって人でしたか? どんな人か、殿下はご存知で?」
「ぬ? いや、よく知らんのじゃ」
白の塔から、一旦市街地へ戻ろうとする馬車の中で、エトスが素朴な疑問を口にする。
「ですよね? 白の四賢者ともなれば……自分でも名前くらいは聞いたことあるはずなんですけど……」
「むー……モーリスという名は記憶にないのじゃ……」
この神聖帝国グリスガルドでは、従属国に多くの自治権を認めている。
最低限、邪神や悪神の類でなければ信仰も自由で、文化や生活様式にも制限はない。
実質、各々が独立国と言っても差し支えない状況だ。
もちろん各国の大臣や要職の人事に関しても、帝国からは一切口出しをしていない。
故に、まだ名も知れぬ者が要職についていたとしてもおかしな話ではないのだが……。
「ただ、妙なことを言っておったのう……」
レミィは何かを思い出すかの様に、少し上の虚空を見つめた。
「妙なこと、ですか?」
「うむ……そのモーリスを除く、他の四賢者は皆不在でのう。皇帝の召喚に応じて帝都へ向かったと言っておったのじゃ」
肩をすくめつつ、エトスに向かってそう告げる。
「え? いや……そんなこと、皇帝陛下は仰っておられましたか?」
「いや、全く聞いておらんのじゃ」
両手を広げたまま、レミィは呆れたような表情を浮かべる。
「それは……どういうことなのでしょうか?」
その妙なことが気になったのか、フェリシアも話に入ってくる。
ラーズは黙って、御者席から話だけを聞いているようだ。
「あの父上が、
「どっちにしても四賢者が3人も不在っていうのは……明らかに不自然ですよ」
「少し、気になりますね」
レミィは、エトスとフェリシアの意見に賛同するように頷く。
と、その直後、外から威圧するかのような怒鳴り声が聞こえてきた。
「止まれ! そこの馬車!」
人通りの少ない区画に入ってすぐのところで何者かに周囲を取り囲まれる。
「やれやれ……めんどくせぇのに絡まれちまったみてぇですねぇ」
ラーズは馬車の中にいるレミィたちに向かって、ため息混じりにそう告げた。
「ミュラー商会……間違いない! この馬車だ!」
「中に悪魔っ
慌ただしく指示を出しながら周囲を囲む、如何にも柄の悪そうな連中。
一見して、装備はバラバラで統率も取れていない……。
その辺のゴロツキといったところだろう。
だが、その一団の中央……少し後ろの方には見知った姿があった。
これ見よがしに着飾った、小太りの壮年男性。
そして、不必要なまでにオイルで固めた七三分けの男……あの変態男爵とその従者だ。
「……こいつぁ何の騒ぎです?」
殺気立ったゴロツキ連中には目もくれず、ラーズは男爵の方へと問いかける。
「何の、何の騒ぎですと? よくもまぁ……平民風情が、この私、この私に恥をかかせて、何のお咎めも無いと思いましたか!?」
男爵は苛立ちも露わに、罵声混じりの言葉で答える。
その甲高い叫び声は、馬車の中にまで響いてきた。
「ぬ? またあの男爵が来たのかえ? なら
そう言って矢面に立とうとするレミィを、ラーズは片手でそっと制止する。
──ぬ?
「お咎めってぇのは、こうしてゴロツキ連中集めて、白昼堂々街中で襲いかかることを言うんですかい?」
御者席からゆっくりと降りながら、ラーズは挑発するように言葉を投げつける。
途中チラリと馬車の中に目をやると、エトスに向かって目で合図を送った。
それに気づいたエトスは、スッと御者席の方へと移動する。
「黙れ! 貴様ら平民の意見など聞いていないと言ったはずだ!」
ラーズの言葉に、従者がわかりやすく反応してきた。
「ぐへへ、まぁ、俺たちも平民なんだが……雇われた以上、仕事はキッチリやらしてもらうぜい」
何とも定番のセリフを口にしながら、ゴロツキ連中はバキバキと指を鳴らす。
かなり鍛えてはいるようだが……ラーズと比べるとどうしても見劣りしてしまう。
「多少周囲に被害が出たところで問題はない! 全部、あの中にいる
従者は身勝手な持論で周囲を煽る。
「へへーっ! なんでも相当上玉の
そこで先走った一人が、闘士の作法も弁えず、馬車に詰め寄ってきた。
──
「……え?」
「な!?」
突然の惨劇に、周囲のゴロツキ連中はもちろん、男爵、そして従者も唖然とする。
ただ、一歩前に踏み出しただけ……その瞬間に、何をされたというのか?
振り翳したその腕は、見えない何かに打ち抜かれ、あらぬ方向へと折れ曲がっていた。
「う、うわぁぁぁ! 腕、腕、腕ぇぇぇ!」
「うるせぇな……腕の一本や二本折れたくれぇで、ガタガタ騒いでんじゃあねぇよ……」
いつになく、冷たい雰囲気のラーズが俯いたまま、静かに呟く……。
「き、貴様! 平民風情が……」
「るせぇつってんだろうが! 二言目にゃあ平民平民と……バカみてぇに
何かを言おうとした従者の声を遮ってラーズが咆吼する。
と、そのまま
「ウチの姫さんらに手ぇ出そうとしてんだ……テメェら、覚悟はできてんだよなぁ?」
その声に呼応するかのように、常人にすら視認できそうな荒々しい
周囲の誰もが、自分の背中に冷たいものが走る感覚を覚えた。
「じゃぁ……ちょいと、俺の怒りに付き合えよ!」
その迫力に、馬車の中ではレミィすらも、ちょっとびっくりしていた。
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