第45話:宝石といくつかの手段
「レミィ様、そろそろ見えてきました……」
レミィたちの会話に耳を傾けながら、しばらく沈黙していたフェリシアが声をあげる。
今朝方、宿を出てからずっと視界には捉えられていた白の塔。
いつまで経っても見えてこなかった、その地上部分がようやく姿を見せたようだ。
「おお、やっと辿り着いたのじゃ」
王都中央の高台の上にあるアルバーナの王城、その北側の麓に聳える白亜の巨塔。
あまりに巨大なその建造物は、見る者の距離感を狂わせた。
富裕層の区域を抜け、周囲からは建物の姿が消えていく。
そこからしばらく進むと、街中に突如現れる開けた場所……。
石畳で舗装されていない、土が剥き出しの円形の土地に、その塔は突き刺さっていた。
その高さに対して径の小さい塔だが、近くで見る分には充分横にも大きい。
ちょっとした商家の邸宅ほどの広さはあるだろう。
「これでよく倒れずに建ってるモンだぜ……」
「うわー……これが魔法の力……なんですかね?」
その異様な光景に、ラーズも、エトスも思わず感想を口にする。
よく見れば、わずかながら下の方が広がっているようで完全な円筒形ではないようだ。
「で? ここからどうやって塔の中に入るってぇんです?」
ラーズから、至極真っ当な質問が飛んでくる。
物々しい金属製の扉が塔の南側にある以外は、他に入口らしきものは見当たらない。
誰かに取り次いでもらおうにも、衛兵はおろか周囲に全く人の気配がないのだ。
「確かに……今は、旅の行商人ですからね……白の塔に入るのはもちろん、四賢者に会うこと自体が難しいんじゃ……?」
エトスは、ようやくそこに気づいたらしい。
だが、レミィも何の策もなく、ここを目指してきたわけではない。
「一応、いくつか手段は用意してあるのじゃ」
そう言ってレミィは荷台にある大箱に頭を突っ込み、ごそごそと何かを探し始めた。
皆が見守る中、逆さまになったレミィの上半身が大箱に吸い込まれていく。
そして腰まで飲み込まれたところで、出られなくなったのか足をジタバタし始めた。
「ぎにゃぁぁぁ!」
と、その時、予言書のポーチから光が放たれる。
──はやぁ!? なにもこのタイミングでなくても良いのではないかえ?
片手で逆立ちした状態のまま、レミィは器用に予言書を取り出し中身を確認する。
■101、白の塔へ、足を踏み入れようとする君は……
A:身分を明かし、押し通った。 →9へ行け
B:身分を隠し、忍び込んだ。 →81へ行け
──むー……この時点で正体を明かすのは、少し早い気がするのう……。
「姫さん、大丈夫ですかい?」
「はや?」
逆さまで思案していたレミィは、いつの間にかラーズに引き上げられていたらしい。
丁寧に全身を掬い上げてもらったので、全く気が付かなかったようだ。
緊急事態にも下着が露わにならないよう配慮ができるあたり、この男、紳士である。
──此奴は闘士でなかったら、スケコマ士になっておったかもしれんのう……。
「急いで助けたってぇのになんです? その目は……」
「いや……助かったのじゃ、うむ」
不満げなラーズの言葉に、レミィはジト目のまま一応の礼を告げた。
「で、用意してあったいくつかの手っていうのは?」
そのやりとりを遮るように、エトスは横からレミィに問いかける。
先の救出に一歩間に合わなかったことが余程悔しかったのか、唇を噛みしめていた。
「うむ、そうじゃったのう」
エトスの萎んだ表情を気にしつつも、レミィは気持ちを切り替えて話を進める。
もとよりレミィは、白の塔に立ち入る際、身分は隠したままで行くつもりだった。
皇女権限は後からでも効力を失うものではない。
身分を隠した状態で入れなかった時に、後出しで考えればいいのだ。
そう考えながら、レミィは予言書に指を挟み、各々の選択肢の一つ先を読み進める。
あたかも、作戦を記した書類を確認しているかのように……。
と、今回そこに記されていたその内容には、大きな差があった。
──これは……なんとも露骨じゃのう……。
そこには明らかに、身分を明かした方が事も容易に進むと書かれている。
一方で、身分を隠したままでは、相当手間がかかる内容になっていた。
他に不可解な記述も無く、ここは身分を明かした方が正解に見えるのだが……。
──わざわざ身分を隠して来たのが、あの下町の宿のためだけとも思えんのじゃ……。
どうしても、その点が引っ掛かっていた。
「レミィ様?」
本を手に、なかなか答えを口にしないレミィを、フェリシアが不思議そうに見つめる。
──ぐぬぬ……あまり時間をかけても不審がられるだけじゃのう。
自分の勘を信じ、レミィは身分を隠したままの道を選ぶ。
「ひとまず、これとこれで……いってみるのじゃ」
そう言いながら、鍵のような意匠の杖を手にしつつ、大きな宝石を鞄に詰め込む。
そして、いくつか用意がある……という、その手段を皆に披露することにした。
「アズリー! アズリー、どこにいる!」
魔導書が積み上げられた広い部屋の中、大声で誰かを呼びつける、髭の濃い壮年男性。
やや痩せ型で肌の色は白く、濃い茶色の体毛はコントラストが強い。
髪も髭も短く切り揃えられており、太い眉毛も相まって、その厳つさが際立っている。
明らかに上質の刺繍が施されたローブは、どこか威厳のある雰囲気を醸し出していた。
「は、はいぃ……アズリーはこちらに……」
壮年男性の怒鳴るような声に少し遅れて、本棚の影から弱々しい返事が返ってきた。
ボロのローブを纏い、肩まで伸びた金髪をまっすぐに切り揃えた、気の弱そうな青年。
整った顔立ちをしているのだが、閉じたような細い目で、瞳の色までは窺えない。
髪の横から突き出た、その特徴的な長い耳は、彼がエルフであることを物語っていた。
見た目こそ10代後半の青年だが、その実年齢はわからない。
「オマエは! また歩きながら寝ているのか! この役立たずの劣等種め!」
「いえ、寝ておりませんよモーリス様……私は元からこういう目でして……」
「言い訳をするな! オマエのような劣等種であるエルフをこうして従者として使ってやっているのだ! 少しはワシの役に立て!」
このモーリスという壮年男性と、アズリーというエルフの青年は主従関係にあるようだ
穏やかな口調で話すアズリーに対し、モーリスは捲し立てるように罵倒する。
その、のんびりとした言い回しが、かえって癇に障ったのだろうか?
「申し訳ありませんモーリス様……それで、ご用件は?」
「ええい! 言われねばわからんのか! このワシの服が汚れておるだろう? さっさと魔法で洗浄せんか! それから、王女の生誕祭に贈る専用の呪文書を1冊、すぐに書写しておけ! あと、いつもの魔法陣への魔力供給……それだけは絶対に忘れるな!」
「しょ、承知しました……ひとまずは……──
アズリーは、片手を前に翳し、一言だけ詠唱をする。
すると瞬く間に、薄汚れていた壮年男性の衣服が、真っ白な美しさを取り戻した。
「フンッ! オマエらエルフは、この程度の
「申し訳ありませんでした、モーリス様……」
「部屋の掃除もしておけよ! ワシは大事な会合があるからな……フンッ!」
言いたい放題罵声をぶつけた後、モーリスは嘲るように鼻を鳴らし部屋を出ていった。
残されたアズリーは、ただ呆然と立ち尽くす。
「あぁ……どうして僕は、エルフなんかに生まれてしまったんだろう……寿命が長いだけで、何の取り柄もない劣等種……」
そう呟きながら、アズリーは積み上げられた魔導書を片付け始める。
「アズリー……大丈夫かい? 私も手伝おうか?」
と、そこにもう一人……何者かが、そっと部屋に入ってきた。
ウェービーで蒼みがかった長髪に、少し垂れ目気味の穏やかな雰囲気を纏った青年だ。
「やぁ、ガルボ……ありがとう。じゃあ、そっちの方をお願いできるかな?」
ガルボと呼ばれたその青年……見た目はアズリーと同世代くらいだろうか。
その耳は少しだけ先が尖っていたが、エルフほどではない。
おそらく、彼はエルフと人の混血……ハーフエルフなのだろう。
「……今日も、モーリス様は機嫌が悪かったようだね……」
「あはは……仕方ないよ、僕がグズなのがいけないのさ」
そんなガルボの言葉に、アズリーは乾いた笑いで自嘲気味に応える。
「……私たちは、ずっとこのままだと思う?」
「そうだね……魔法も使えない僕たちみたいな亜人種に……希望は無さそうだよ」
すでに心が折れているのか、続く問いかけにも、諦めたような言葉を口にする。
ふと手にした本の文字を指でなぞりながら、アズリーは消え入りそうな声で呟いた。
「せめて、この古代文字を読むことができれば……僕にも……僕たちにもすごい魔法が使えるようになるのかな……」
アズリーが手にした、本……一冊の薄い魔導書……。
その指がなぞる書のタイトルには“共通語”でこう書かれていた。
『初心者必見!誰でも使える魔法の基礎 監修:白の四賢者』
「よし……やってみるかのう」
レミィは単身、白の塔の正面にある扉の前に立っていた。
そして、先ほど荷台から持ち出してきた鍵のような意匠の杖を軽く扉に当て、呟く。
「──門戸開放──」
すると、扉の鍵はガチャッとわかりやすい音をたて、あっさりと解錠された。
「うむ、失礼するのじゃ」
その物々しい金属製の扉を開き、真っ向から塔の中へと足を踏み入れる。
まさかの正面突破……手段もなにもあったものではない。
「え!? えええ!? ど、どなたです? 何者ですか? どうして扉が!?」
突然のアポなし来訪者に、中に居た者たちは皆、目に見えて
塔の正門、ミスリル銀製のその扉はしっかりと施錠されていたはずだ……。
それは物理的な施錠ではなく、鍵穴も何も無い……魔法的な施錠である。
そう簡単に、解錠できるようなものではないはずなのだが……。
「何事ですか? 騒々しい……」
その騒ぎを聞きつけ、奥の方から、頭を綺麗に剃った修行僧のような青年が現れた。
「貴女は!? いや、今日は認定者の受け入れはなかったはずですが……その扉を“開くことができた”ということは、ここ……白の塔に足を踏み入れるだけの力を持った者ということですね」
最初は驚いた様子の青年だったが、すぐに落ち着きを取り戻し、話しかけてきた。
周囲に居る者たちよりも少し豪華なローブを身に纏う彼は、このフロアの統括らしい。
このフロア、といっても天井は通常の建物の5〜6階程度の高さにある。
中で野鳥が飛び回れる程度には、空間が開けていた。
扉から入ってすぐの場所には、テーブルがあり、無造作に書類が積み上げられている。
中央は細かいブースに区切られていて、それぞれに一人ずつ担当者が配置されていた。
皆一様に、シンプルな純白のローブを身に纏っている。
また、塔の外壁に沿った壁には螺旋状に上層階へと続く階段がある。
その光景を目にしたレミィは、ワルトヘイムの大工房にも似た印象を受けた。
「腕に覚えのある魔導士が、こうして事前の連絡なしに訪れることもないわけではありません……もっとも、ほとんどの場合はその扉に阻まれ、敷居を跨ぐことすら許されないのですが……貴女の力は本物のようですね、可愛らしいお嬢さん」
「いや、そういうわけではないのじゃ。
「……行商人」
「うむ、行商人なのじゃ」
「……行商人?」
「だから、そう言っておるのじゃ」
話が噛み合わないといった様子で、青年は首を傾げたまま何度もレミィに問い返す。
「ははは、面白い冗談ですね。ただの行商人に、白の塔が誇る魔導門の扉が開けられるはずがありませんよ。高位の解錠と解呪の魔法が……使えない限り……」
統括の青年は、やや芝居がかった仕草でこめかみ付近に指を当て、首を振る。
そして愛想笑いを浮かべたまま、その扉の堅牢性を説き始めた。
それを受けてレミィは、説明の切り口を変える。
「ふむ……では、その魔導門の扉すら開くことができる
そう言ってレミィは、鞄から手のひら大の宝石を取り出し、目の前にチラつかせる。
光り輝くその宝石は、手の小ささも相まって際立って大きく見えた。
青年は、先程よりも明らかに前のめりの姿勢で、その手に乗せられた宝石を凝視する。
「……なるほど……冗談で、言っているわけではなさそうですね……」
すると、何かに納得したかのように頷き、レミィを奥の応接室へと促した。
「どうぞ、こちらへ……」
周囲の魔導士らしき者たちにも一礼しつつ、レミィは後を着いて行く。
──うむ……なんとか、交渉のテーブルには着けそうなのじゃ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます