第43話:裏方と先輩のイイトコ

「なぜ、その忌まわしいモノが、我々人間と同じ場所に居る!?」

「これはこれは……その無駄に、無駄に扇情的な肢体。まさに民を惑わす悪魔の、悪魔の所業ですね……ムフフフ」


 まるで汚いものを見るかのような、蔑んだ目を向ける従者。

 一方で男爵は、フェリシアの体を舐め回すように、じっくりと見つめ、値踏みする。


 ──ぬ……これは早々に、追い払った方が良いかもしれんのう……。


 有角種ホーンドは、奴隷として過酷な肉体労働を課されることが多い。

 丈夫なうえ、魔力も豊富なため、魔術研究の実験体としても最適らしい。

 そして……一部の下衆な連中には、歪んだ性の捌け口とされることも少なくない。

 “相手は人間ではない”故に“不貞ではなく浄化だ”という狂った言い訳を添えて……。

 見た目も美しく、なによりその豊満な肉体を持つフェリシアなど、格好の餌食である。


わらわの身内に……なにか問題でもあったかのう?」


 これ以上、勝手に話を進められては、たまったものではない。

 面倒なことになる前に……と、レミィは自ら立ち上がって声を上げる。


「んん!? なんだ! この……小さ……な……いや、貴様は……何者だ?」


 少しでも誰か口答えすれば威圧しようと身構えていた従者は、完全に虚をつかれた。

 想像もしていなかった可愛らしい発言者の登場に、うまく言葉が出てこない。


「これは、ご挨拶が遅れて申し訳なかったのじゃ。わらわはエル・アスールが商会の一つ、ミュラー商会より参った、レミィ・ミュラー……ここの貴賓室に宿をとっておる者じゃ」


 言葉遣いは怪しいが、レミィは身につけていた一応の礼儀作法に則って挨拶をする。

 異様なまでに整った容貌を持つ、白金髪プラチナブロンドの少女。

 その、優雅な立ち居振る舞いを目にした男爵たちは、一瞬固まってしまう。

 ダンスの時くらいにしか見せることのない、レミィの膝折礼カーテシー……。

 レアな景色を目の当たりにしたエトスは、虚空にサムズアップする。


「……はっ……貴女……ゲフン、いや、貴様が男爵様の部屋に割り込んだ下賤の商人か」


 その姿を目にした従者は魅入ってしまったのか、明らかに言葉を失っていた。

 咳払いを挟み、なんとか虚勢を張ろうとするが、そこに勢いはない。


「おお、なるほど……いや、これはなんとも、なんとも美しい……」


 男爵に至っては、その下心丸出しの視線を隠そうともしていなかった。

 この神聖帝国グリスガルドでは、人間の場合、大凡14歳で成人として扱われる。

 貴族間の政略結婚などでは、それより早く婚姻関係を結ぶことも珍しくはない。

 だが、流石に見た目10歳程度のレミィに対して向ける視線ではないだろう。


「あー、そこの有角種ホーンドは貴様の奴隷か? いや、どちらでもよい、その汚らしいモノを連れて、さっさとここから出ていけ」

「ちょいと! 大事なうちのお客様相手に、勝手なことを……」

「黙れ! 貴様ら平民の意見など聞いていない!」


 なんとか自我を取り戻した従者が、レミィたちを宿から追い出そうと息巻く。

 女性店主の言葉にも耳を貸さず、一方的な物言いで騒ぎ始めた。


「いや、いやいや……このお嬢さんには同室を、同室を許しましょう」


 そこに、従者の言葉を制しつつ、男爵が割って入る。


「しかし……男爵様……」

「あと、そこの有角種ホーンドも浄化して差し上げねば……これも貴族の、貴族の務め……」


 男爵は下卑た笑みを浮かべ、再びレミィとフェリシアに穢れた熱い視線を送る。

 その、あまりにもわかりやすい態度に、レミィは呆れて言葉も出なかった。

 と、その時、予言書のポーチから、久しぶりに光が放たれる。


 ──ぬ、これはなんとなく何が書いてあるかわかった気がするのじゃ……。


 茶番を続ける従者と男爵を横目に、レミィは予言書を確認する。



 ■16、貴族の身勝手な行動を目にした君は……

 A:大人しく引き下がった。 →83へ行け

 B:丁重にお帰りいただいた。→101へ行け



 ──うむ……先を確認する気も起きんのう。


 概ねレミィが予想したとおりの選択肢。

 一応は、ここで引き下がるという道も示されていたが、レミィに迷いはなかった。

 レミィ自身はもちろん、フェリシアをこんな悪質な貴族に差し出すわけにはいかない。

 当然の如く、丁重にお帰りいただく方を選ぶ。


 ──この先に何かあっても、今回の選択を悔いはせんのじゃ。


 レミィは、手早く予言書をポーチに仕舞い、男爵たちの方に向き直る。

 ちょうどそこに男爵が手を伸ばし、腕を掴もうとしていた。


「さぁ、朝までゆっくり、ゆっくり可愛がってあげますよ」


 レミィの身体能力であれば、これを払い除けるのは造作もないこと……。

 だが、レミィが行動するよりも早く、そこにはエトスが割り込んだ。


「で……お嬢様には、指一本触れさせないぞ!」





 どうみても、田舎から出てきた純朴そうな青年。

 少女の護衛として、雇われたばかりで経験も浅い、未熟な傭兵だろう。

 真新しい鎧と、傷ひとつついていない盾が、その経歴を物語っている。

 男爵を筆頭に、従者も、その護衛たちも、エトスのことをそう評していた。


「チッ……傭兵風情が私に、私に楯突くとは! お前たち少し、少し痛い目を見せておやりなさい」


 お楽しみの邪魔をされた男爵は舌打ちをしつつ、目に見えて不機嫌な顔で指示を出す。

 周囲で身構えていた4人の護衛たちが、エトスの前方を扇状に取り囲んだ。

 4人ともエトスより背丈は大きく、鍛えられた肉体は着衣の上からも見て取れる。

 護衛としては、それなりの腕をもっているのだろう。


「ガキが……大人しくしてりゃ、怪我せずに済んだのによぅ」

「ぼくちゃんは、女の子の前でいいカッコ見せたかったんでちゅかねぇ?」


 だが、あの男爵にして、この護衛あり。

 とても貴族に仕える者とは思えぬような物言いで、護衛たちはエトスを煽る。

 エトスは、誇り高き皇女騎士団の一員である。

 そのような安い挑発に乗ることはない。

 たとえ、女の子の前でいいカッコ見せたかったという事実を指摘されたとしても……。


「そのガキ相手に、4人一緒でなきゃ戦えないなんて……情けないね。その筋肉は飾りかよ」


 わずかとはいえ心を抉られたエトスは、仕返しとばかりに軽い挑発で煽り返す。


「あぁ!? 飾りかどうか、試してみるかぁ!?」


 と、あまりにもあっさり護衛たちは挑発に乗せられ、我先にと前に躍り出た。

 周囲の迷惑など顧みず、椅子を蹴り飛ばしながら剣を抜いてエトスに襲いかかる。

 だが、連携の取れていない護衛たちの攻撃は、その盾に捌かれ掠りもしない。


「あれれ? 4人がかりでこんなもんなの?」


 若干余裕を感じたエトスは、さらに挑発を重ねる。

 最初は少し心配していたレミィだったが、それは杞憂だったとすぐに認識を改めた。


「はやぁ……ここまで技術を身につけておったとはのう……」

「あれでまだ、魔導具の力ぁ使ってねぇんだ……てぇしたモンだぜ」


 レミィの言葉を受け、横に居たラーズもエトスの戦技を賞賛する。


「ずっと、ラーズ様と訓練なさってましたから♪」


 その間隙を縫って、フェリシアも安全なレミィとラーズの近くへと席を移動する。

 いつもながら抜け目が無い。


「このガキぃ! 避けるんじゃねぇ!」

「当てりゃいいじゃんかよ」


 もっともな話だが、そう簡単に当てることはできないだろう。

 先ほどフェリシアが言ったように、ここ最近エトスはラーズとの訓練を続けていた。

 エトスに合わせ、手加減こそしていたものの、相手はあのラーズである……。

 “それなりの腕”程度の者では、格が違いすぎる。

 その猛攻を見た後では、この護衛たちの攻撃など止まっているのと同義だろう。


「ひよっこがぁ! 生意気なぁ!」

「おっと、行儀悪いよ」


 相手がテーブルの上に登ろうとしたところで足を払い、その場に伏せさせる。

 器用にも、極力店に被害が出ないよう、エトスは丁寧に護衛たちを捌いていた。


 ──店も食べ物も大事! 良い心がけなのじゃ。


 ひっそりと、レミィの中でエトスの評価が上がる。

 店内の客たちも、エトスの八面六臂の活躍に、妙な盛り上がりを見せていた。

 その影で、足音を忍ばせながら行動する男爵の従者……。

 彼は、誰にも気づかれぬよう背後に回り込み、フェリシアを捕えようと目論んでいた。

 あくまで、交渉の材料……決して、人質などという卑怯な手段では無い。

 なにせ、相手は人では無いのだから……。

 下賤の商人が所有する奴隷を、貴族がどうしようと、なんの問題もない。

 仮に、死んでしまったところで、所詮は有角種ホーンドだ。

 誰に咎められるようなこともない……従者はそう考えていた。

 皆の目が乱闘に向く中、騒ぎに乗じてうまくことを運べたと思っていただろう。

 これでまた、男爵様からの評価があがる……そう思っていたことだろう。

 だがしかし、残念ながら……その妄想が実現することはなかった。


 ──よし、もらっ……


「ウゲァッ!?」


 後一歩で目標の背後に立てたというところで、何者かに腕を取られ、締め上げられる。

 およそ人のものとは思えぬ力で腕を捻られた従者は、声にならない悲鳴をあげた。


「まぁ……喧嘩なんざぁ、こんな下町じゃあ日常の出来事だろうしよぉ……傭兵同士でやりあうってぇんなら好きにすりゃあいい、たぁ思うんだがよぉ」


 そこに先回りしていたのは、銀髪褐色の獣……ラーズだった。

 乱闘騒ぎの中、ラーズは、目の前の従者にだけ聞こえる程度の小さな声で呟く。


「戦う意思もねぇ、無抵抗な相手に刃物向けるってぇんなら……俺ぁ容赦しねぇぜ」

「貴様! この蛮人が! 貴族である我々に逆らって……」

「貴族だのなんだの、知ったこっちゃねぇ……よっ!」


 この後に及んで妄言を吐くその口を塞ぐように、ラーズは逆手で従者の頭を掴む。

 そして、そのまま床に叩きつけるようにして捩じ伏せた。

 したたかに後頭部を打ちつけられた従者はその場で気絶する。

 誰にも気づかれず暗躍していた従者は、誰にも気づかれずに沈黙することになった。


「今ぁ先輩がイイトコ見せてるとこなんだよ……外野は大人しくしてねぇとな……」

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