第41話:誓いと記憶の彼方
「で……なんです? そのカッコは?」
いつもの軍服姿から一転して、レミィは艶やかなドレス姿を披露する。
あまり華美な装飾をせず、白を基調に金糸の刺繍があるだけのシンプルなドレス。
見慣れない、その清楚な装いにラーズは黙っていられなかった。
「何と言われてものう……今回はいろいろと下準備が必要なのじゃ」
綺麗に結われた髪に整った容貌も相まって、良家のお嬢様……と言った雰囲気である。
まぁ事実、皇女なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが……。
「下準備……ってぇと?」
「うむ、今回は身分を隠して、お忍びでアルバーナに向かうでのう。その為の変装なのじゃ」
「なんですって?」
突拍子もないレミィの言葉に、ラーズは開いた口が塞がらない。
「とはいえ、流石に平民を装うのは、貴様らを同行させる上でも無理があるでのう。故に、今回は護衛を連れた大きな商会の娘……という体裁で行くことにしたのじゃ」
そんなラーズを置き去りに、レミィは無い胸を張りながらドヤ顔で続けた。
「いや、姫さんの見た目だと、多少変装したところで一発でバレるたぁ思いますがねぇ……どうよ?」
呆れた様子のラーズは、そのまま話をエトスたちに振る。
「……」
と、エトスは石化したように固まったまま、レミィの方を見つめていた。
「おい? どうしたぁ、先輩よぉ……」
「す……素敵です素晴らしいです可憐です最高です殿下ぁぁぁ!」
ラーズの言葉を押し除け、エトスは興奮した様子で、早口に称賛の言葉を並べ立てる。
レミィが滅多に見せない、そのレアな装いは、エトスのハートをぶち抜いたようだ。
「とても似合っていますよ、レミィ様♪」
そこにフェリシアも、言葉を重ねる。
「ふふーん♪ そうじゃろう、そうじゃろう♪ しかし、“可憐”なのは見た目だけではないのじゃ」
しれっと自分で可憐と言い切った。
二人の反応に気を良くしたレミィは、すっかりご満悦の様子。
そこから、さらに何かを披露しようとしているのか、何やら不敵な笑みを浮かべる。
と、そのまま、先ほどから反応の薄いラーズの首元に抱きつくように飛び付いた。
「おぉっと! いきなり、姫さ……ん……んん?」
そんなレミィの強襲も、ラーズは持ち前の反射神経でしっかりと抱き止める。
なし崩し的に、向かい合わせで恋人同士が抱き合うかのような姿勢になった。
「なぁぁぁ!?」
エトスの悲痛な叫びを他所に、レミィを抱き抱えたラーズは、そこに違和感を抱く。
「どうじゃ? 重いかえ?」
「いや……羽毛みてぇなモンですね……」
あの大地を揺るがすほどのレミィの“重さ”が、全く感じられない……。
まさに見た目のまま、相応の少女の体重くらいだろうか。
余裕ができたラーズは、そのまま片手でレミィを支えるように姿勢を変える。
レミィの思い描いた理想は、姫君を抱き上げた英雄の姿だったかもしれない。
だがサイズ差も相まって、その姿は幼い妹をあやす兄にしか見えなかった。
あえて誰も口にはしないが……。
「それは、魔導具か何かの力ですか?」
フェリシアは驚いた表情でレミィに問いかける。
「うむ。実は、ブルードの作った、この指輪で重さを軽減しておるのじゃ」
ラーズの首に腕を巻きつけたまま、レミィは左手の指輪を見せつける。
それは、細かい術式が精巧に彫り込まれた金の指輪だった。
その効果もさることながら、装飾品としても相当の値打ちがあるように見える。
「なるほど、こいつぁ確かに見た目以外も、いつもたぁ一味違いますね」
「にひひ……もう、足元は卒業なのじゃ! これで、いつでもラーズの上で景色を満喫できるのじゃ♪」
「……俺ぁ、展望台じゃあねぇんですがね」
レミィは、先日雪山を滑走した際に、足元に割り当てられたのが不満だったらしい。
扱い自体に文句があると言うわけではなく、物理的にそれが叶わないこと……。
特等席がフェリシアに占有されてしまったことが、ちょっと悔しかったようだ。
「さて、落ち着いたところで、皆の“配役”を伝えるかのう」
レミィは、すっかりラーズの腕に収まった形で、そこに座ったまま話を進める。
「お話の途中で申し訳ありませんが、レミィ様……」
と、珍しくフェリシアが、レミィの言葉を遮った。
「はや? どうしたのじゃ?」
レミィが問い返すと、フェリシアは困ったような表情で視線を横に促す。
「先ほどから……エトス様が動いていません……」
そこには、先ほどの衝撃で心折られたエトスが白目を剥いて立っていた。
「お手数おかけして、申し訳ございませんでした!」
いつもの専用馬車ではなく、今回の遠征のために用意された商人仕様の馬車の中。
エトスはそのダークウッドの床に頭をぶつけんばかりの姿勢で平謝りする。
「急に気を失っておったからのう……驚いたのじゃ」
向かい側に座るレミィは、呆れた表情でその様子を見ていた。
「全くもって……面目ないです……」
「そこまで衝撃的な出来事だったのですか?」
横に座るフェリシアが、エトスに問いかける。
おそらくレミィがラーズに抱きついた瞬間……あれが原因だとは思われるが……。
「それが……自分にはよくわからないんですよ……なんで気を失っていたのか……」
「そう……なのですか?」
エトスは、気を失う前の出来事をハッキリとは覚えていないようだった。
「と、いうことは……さっきのレミィ様の行動も全部?」
「あー……変な夢は見た気がします……殿下とラーズ卿がお互いに抱き合って……こう、殿下が、持ち上げられるような形になってたんですが……いくらラーズ卿でも、殿下の体重を支えられるわけないですからね、いや本当に変な夢でした」
頭を掻きながら、エトスはその“夢”の内容を早口に吐き出した。
「はや? それは夢ではなく……」
「レミィ様! エトス様は今回の役割についても覚えておられないようですので、改めてご説明いただけますか?」
無慈悲に現実を突きつけようとしたレミィをフェリシアがフォローする。
また気を失われては、いつまでたっても話が進まない……。
「ぬ? うむ、わかったのじゃ」
若干の違和感を抱きつつも、レミィはフェリシアの意志を尊重して話を切り替える。
なんとかギリギリのラインで、エトスも話を聞ける環境が整った。
今回、表向きの目的はアルバーナ第二王女ターニャの生誕祭に出席すること。
そして真の目的は、呪印の謎を解き明かすため、白の塔の賢者に協力を仰ぐこと。
ただし、今回は予定よりも早く、身分を隠して入国することになる。
その理由としては、現在帝都で騒ぎになっている邪教徒問題が挙げられる。
“内通者の可能性も考慮しつつ、充分に警戒し、対象国の情勢を事前に視察する”ため。
既にフェリシアとラーズには、この大層な大義名分を掲げ、伝えていた。
だが、これは正直、後付けの理由に過ぎない。
実はレミィ自身も、どうして身分を偽る必要があるのかまではわかっていない。
ただ、予言書に書かれていたことを選択した以上、無視するわけにもいかず……。
──ともあれ、次の選択肢が現れるまでは、様子を見ながら動くとするのじゃ。
ひとまずレミィは、今回設定した仮の身分についての背景をひととおり説明する。
「はい……それで、自分は……」
「貴様はラーズと共に、この商会に雇われた護衛という役なのじゃ」
「なるほど、殿下のボディガードですね!」
その説明を受け、エトスは親指を立て、爽やかな笑顔で応える。
「そしてそれじゃ……今回は“殿下”呼びはナシなのじゃ」
「ええっ! じゃあ、自分は殿下のことをなんとお呼びすれば……」
今度は、突然告げられた殿下呼び禁止令に
他に呼び方など、いくらでもありそうなものだが……。
今日のエトスは、情緒が行方不明で、喜んだり落ち込んだりと忙しい。
「別に呼び捨てでも構わんのじゃが、そういうわけにもいかんじゃろうし……そうじゃのう……以前と同じように“お嬢様”で良いのではないかえ?」
以前と同じ……とは辺境ヴァイスレインでの出来事の話をしているのだろう。
あの時は、秒殺で“殿下”と口にしていたが……。
「よし……お嬢様ですね……レミィお嬢様……レミィお嬢様……」
「何度も呼ばれると、なんかくすぐったいのう」
咄嗟の時に間違えないようにと、エトスは何度も連呼して、意識を塗り重ねる。
「あ、でも、そのままの名前で大丈夫なんですか? 見た目を誤魔化せたとしても、名前まで皇女殿下と同じとなれば……流石にすぐにバレるのでは?」
「私も……同じことを思っていました……」
ふと思い立った疑問をレミィに投げかける。
そのエトスの言葉に、合わせるようにしてフェリシアも続いた。
「従属国の臣民が、宗主国の皇女の名前など覚えているはずもないのじゃ。ましてや、その姿など見たこともあるまい」
レミィは、あまり気にした様子もなく、問題はないと言い切った。
「いや、ですが……」
「それに、いざという時、偽名に対して反応が遅れた時の方が、よっぽど怪しまれるのじゃ」
やや楽観視しているようにも見えるレミィの答えに、エトスは少し不安を抱く。
だが、偽名を使うことによるデメリットにも、一応の納得はできた。
ここはレミィの意見を尊重する形で、とりあえずは決着する。
「ともあれ、これで配役は覚えたかえ?」
「はい。えーっと、
「そして、フェリシアは奴隷ではなく平民の店員……これは大事なポイントなのじゃ」
レミィはフェリシアの地位について、しっかりと念押しをする。
“あの”アルバーナの中央を訪れる上では、最も重要なことかもしれない。
「承知しました!
「本当に大丈夫かのう?」
「姫さん、そろそろ最寄りの
御者席に座っていたラーズから声がかかる。
そして、その翌日には目的地である王都マギアスに到着する。
貴族主義の選民思想が強く根付いた魔都……。
フェリシアは、そこで間違いなく被差別対象となるであろう。
心なしか、そのフェリシアも緊張しているように見受けられる。
──
今回は同行させない……という選択肢もあるにはあった。
予言書の選択ではない、自身の選択として……。
■アルバーナの民が持つ差別意識を鑑みて……
A:フェリシアを置いていくことにする。
B:それでもフェリシアを同行させる。
同行させることで、様々な苦難がフェリシアを襲うことになるかもしれない。
だが、自分にとって、フェリシアは自慢の専属
そこに何を恥じることがあるか……とレミィは同行させる道を選んだ。
──この選択が……間違いでなければ良いのじゃが……。
そんなレミィの心情を察したのか、フェリシアは小さな声で呟いた。
「レミィ様……私は、大丈夫ですから」
健気に微笑む
──
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