第40話:魔導具と自身の功績

 月明かりさす、とある場所、とある屋敷……その、とある一室。

 周囲に様々な書物が散乱する部屋の中央で、ローブ姿の男が膝をつき項垂れている。

 立派な調度品を見る限り、そこそこの地位にある者の部屋のようだ。

 男は、フードを目深に被ったまま頭を抱え、何かに怯えているようにも見える。

 そして、その目の前にはもう一人、より豪華なローブを身に纏う女性が立っていた。


「クラスニーに続いて、ジョルティ、ジリオンまでもが、彩枯サイコの泉へ回帰して参りました。新月の子の育成……ルゼリアの反乱……何れも成らず。貴方の思い描いていた未来とは、大幅に相違があるように見受けられるのですが?」


 女性は、諭すような口調でフードの男に言葉をかける。

 その表情は穏やかで、語気も柔らかい。

 だが、そこには、なんとも言えない威圧感が乗せられていた。


「なぜだ……私の……歴史書の記述に、抗える者など……」


 男は、相手の顔も見ないまま、うわ言のように呟いた。


「しかし事実です。確かに、まだ下塗り状態の子たちでしたが、あの使徒たちを退けるだけの強者が……何処かにいたようですね」

「歴史書は絶対だ! 未来は決まって……」

「お静かに……」


 弁明しようとする男の言葉を遮るように、女性は人差し指を男の唇に当てる。


「次は……魔導王国アルバーナの内部分裂でしたか? そちらは期待していますよ?」


 そして、依然として変わらぬ穏やかな笑顔のまま、男にそう言い放った。

 言い訳も、返事も、聞くつもりはないと言わんばかりの圧が男にのしかかる。


「貴方とは、良い協力関係でいたいと思っていますので……」


 耳元で、その言葉を囁くと、女性は男の横をすり抜けるようにして立ち去った。

 残されたローブ姿の男は再び頭を抱え、手にしていた一冊の書物を床に叩きつける。


「……くそ! 何がどうなっている!」


 その書籍の背表紙には、共通語でこう書かれていた。


『歴史書籍:神聖帝国グリスガルドの落日 監修:伝承管理機構』





「あ……殿下、フェリシアさん、今回もよろしくお願いいたします……」


 出発の朝、皇女宮の正門でレミィたちを待ち受けていたのは、見慣れた姿……。

 イケメン……とまではいかないが、茶髪に碧眼の優しい顔立ち。

 均整の取れた中肉中背の体型をした若き騎士……そう、エトスだ。


「はい、今回もよろしくお願いいたします、エトス様♪」


 笑顔で出迎えるフェリシア。


「おお……貴様、また抽選を勝ち抜いたのかえ? 本当に強運じゃのう」


 そして驚きの表情で出迎えるレミィ。


「いえ……今回は選抜のために、ちょっと模擬戦がありまして……」


 エトスは、いつもより少し低いテンションで、言い淀むように言葉を返す。


「はやぁ? わらわに同行するだけの選抜に模擬戦までやるのかえ?」


 想像すらしていなかったエトスのその言葉に、レミィは驚嘆の声をあげる。

 だが、今回の模擬戦が組まれたのは、決してその場の思いつきなどではない。

 ワルトヘイムの視察から、帝都の元老院に上げられた報告書。

 そこには当然、堕徒ダートに関する報告も記されていた。

 その内容から、今後、一定以上の能力がない者は同行不可と定められたのだ。

 あの時ジリオンが放った技と、その惨状を鑑みれば、妥当な判断と言えるだろう。


「しかし模擬戦ともなれば、そこには団長も出ているはずなのじゃ。まさか……貴様が勝利したというのかえ?」

「いえ……それはその……」

「直接対決じゃあなかったんですよ」

「おお! ラーズかえ」


 レミィがエトスのことを気にかけているうちに、いつの間にかラーズがそこに居た。

 宮殿に居る侍女メイドたちの目線が、一気にラーズへと集中する。

 やはり、その彫刻のような肉体美に端正な顔立ち、輝く長い銀髪は目を引くようだ。

 本人は、周囲に全く興味は無さそうだが……。


「ちょ、ラーズ卿! 横から勝手に……」


 ラーズの言葉を受け、エトスがわかりやすく動揺する。


「はや? 直接対決でないとは……どういうことじゃ?」


 イマイチ状況の掴めていないレミィは、そのまま素直に聞き返した。

 続きを言わせまいと絡むエトスを片手で押さえつけ、ラーズは笑いながら語る。


「いやぁ、一対多を想定して、複数名に囲まれた状態で、どれだけ対象を護り続けられるか……ってぇのを見る、採点形式の模擬戦だったんですが……」

「ああ! もう、自分で言いますから!」


 意を決したエトスは、ラーズの腕を掻い潜り、その言葉を遮った。


「あー……まぁ、その……もともと防御には自信があったんで、そのままでもワンチャンイケるかなーとは思うんですが……」

「勿体ぶるでない、はやく理由を教えるのじゃ!」

「いや……この……盾がですね……」


 予防線を張ろうとしたエトスの前置きを突っぱね、レミィは続きを急かす。

 押し切られたエトスは、渋々ながら、模擬戦で起きた出来事を語り出した。





 先日ブルードが手を加え、魔導具マジックアイテムとなった、エトスの新しい盾。

 それは、想像を遥かに超えた性能を持っていたようだ。

 魔力で形成された障壁が展開され、実際の防御範囲は見た目よりも遥かに広い。

 しかも、衝撃の大部分は吸収され、装備者への負担を極限まで軽減する。

 そればかりか、盾を用いた戦技の威力を上昇させる効果まで付加されていた。


「要するに、その盾のおかげで勝てたということかえ?」

「……そういうことに……なります……」


 全てのタネ明かしを終えたエトスは肩を落とし、沈んだ顔でレミィに応える。

 明らかに、装備の性能差で勝ち得た代表の座。

 レミィやフェリシアから軽蔑されるのも止む無しかと覚悟はしていた。


「ふむ! やはりブルードの魔導具マジックアイテムは優秀なのじゃ!」


 だが、レミィから返ってきた反応は、思っていたものとは少し違っていた。


「いや……あの殿下、それで……良いのでしょうか?」

「はや?」

「その……装備のおかげで選抜された自分なんかが……今回同行しても……」


 エトスは消え入りそうな声で、改めてレミィに問いかける。


「何を言っておるのじゃ? 貴様が勝ち取った権利ではないのかえ?」


 と、レミィは当然とばかりに、エトスの懸念を掻き消した。


「その盾を手にしたのも貴様の功績で、その性能を引き出したのも貴様の力……何を恥じることがあるのじゃ?」

「それは……はい、そう……ですね……」

「だから言ったろ? 姫さんが、んなつまんねぇ事気にする訳ゃねぇって」


 エトスは、レミィのその言葉に救われ、わずかに自信を取り戻す。

 と同時に、最初からレミィの考えを見抜いていたラーズに、少し嫉妬した。


 ──ラーズ卿もフェリシアさんも真っ直ぐでブレがない……本当にすごいな……。


 エトスは皇女騎士団の一員として、帝国……そしてレミィに忠誠を誓っている。

 新人とはいえ、専属となったばかりの二人よりも、レミィとの付き合いは永い。

 だが、最近ではこの二人に、いろいろと驚かされてばかりだった。

 どんな時にもレミィを信じ、どんな時でもその期待に応える……。

 まさに、エトスの目指す、理想の騎士像を二人は体現していたのだ。


 ──俺も……いつか殿下のお役に立てる日が……。


「エトスよ!」

「は、はぃい!?」


 そこに、突然レミィが名指しで声をかける。

 物思いに耽っていたエトスは間の抜けた返事で応えてしまった。


「今回も貴様の働き、期待しておるからのう」

「!?」


 モヤがかかっていたエトスの心は、その一言で一気に晴れていった。


「お、お任せください殿下!」

「うむ、頼りにしておるのじゃ」


 いつもの調子が戻ってきたエトスに、レミィは微笑み返す。

 後ろに控えるラーズとフェリシアは、穏やかな表情で、その様子を見守っていた。





「さて、今回のアルバーナへの旅路について、いろいろと話をしておかねばならんのう」

「でも、これだけ邪教徒の連中が表立って動いてるってぇのに、姫さんは自由にやってて、大丈夫なんですかい?」


 レミィが本題へと入る前に、ラーズはひとつ疑問を投げかけた。

 ここまで、大きな騒ぎとなっている邪教徒騒動。

 辺境ヴァイスレインに始まり、ルゼリア、ワルトヘイムと事件は頻発している。

 もちろん、帝国の中枢……元老院でも、このことは重視され始めていた。

 各地に騎士団や魔導士団を派遣し、不審者の早期発見に努めているところだ。

 また、相手は竜の皇女……レミィをそれと知って、確認の上で襲いかかってきた。


 ──……オレはツイてるな……。

 ──まさか、こんなところで偽竜の娘に出会えるとは!

 ──兄弟もろとも我があるじニルカーラ様への贄としてくれる!


 レミィ自身が、連中のターゲットである可能性も否定できない。

 であれば、その行動は制限されてもおかしくはないのだが……。


「母上の鶴の一声……いや、竜の一声かのう?」

「皇后陛下は、なんてぇ仰ってたんです?」

「守りに入ったところで、連中が行動を止めるわけでもない。であれば、相手の動きを直接確認できた方が対処も簡単よのう? ということで、わらわが最前線で調査を続けることになったのじゃ」


 しれっと事も無げに言っているが、その内容は驚くべきものだった。

 要するに、囮になれと言っているようなものだ。


「そんな! 殿下……危険ですよ!」

「はや? なにが危険なのじゃ?」


 調子を取り戻したエトスが、早速レミィ最優先の思考で異論を唱える。

 だが、当のレミィにはその認識が無いようだ。


「え? いや、邪教徒に狙われているかもしれないんですよ!? そんな状況で……」

「なぁに言ってんだ、“先・輩”! そのために俺たちが居るんじゃあねぇか」


 レミィが応えるよりも早く、そこにラーズが割って入った。

 その横では、両手を胸の前で握りしめ、フェリシアも力強く頷いている。

 いや、フェリシアはどちらかといえば守られる側なのだが……。


「まぁ、そういうことなのじゃ。それに……以前貴様に“だけ”は伝えておらんかったかえ?」


 先に言われてしまったレミィは、同意するようにそこに言葉を重ねる。

 そして悪戯な笑みを浮かべつつ、思わせぶりな言葉を口にした。


「えっ……なにを、でしょうか?」


 その表情に一瞬ドキッとしたエトスは、平静を装いつつ聞き返す。


「一番安全な場所は……わらわの傍なのじゃ」

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