第4章

第39話:恋文と魔導具の納期

「父上! 帝国から手紙が届いたと伺いました!」


 豪華な調度品が並ぶ王宮の一室に、勢いよく飛び込んできた、端正な顔立ちの少年。

 歳の頃は、13〜14歳と言ったところだろうか?

 白を基調に、背には不死鳥フェニックスの紋様が刺繍された武道着を身に纏っている。

 金髪に褐色の肌、そして背丈に見合わぬ発達した筋肉。

 その身体的特徴は、彼がルゼリア人ルゼリアンであることを物語っていた。


「レオン……いくら親子とは言え、国王の私室にノックもなしに飛び込んでくるものではないぞ……」


 そんな少年を嗜める壮年の男性……傭兵王国ルゼリアの国王ライオネル三世だ。


「申し訳ありません! ですが、あの皇女レミィエールから恋文が届いたとなると、居ても立っても居られず!」


 少年の名はレオン……このルゼリアの第一王子にして、煉闘士ヴァンデール

 ……を、目指す見習い闘士デールである。


「恋文?」

「ええ! 帝国から……皇女レミィエールから、手紙が届いたのでしょう?」

「ああ、それは確かに届いたが……」

「であれば! 俺宛の恋文に違いありません!」


 父王の話を遮るように、レオンは鼻息も荒く自信たっぷりに言い切った。

 実際には、新月の獣……例の魔獣の件について触れたものだったのだが……。


「どうしてそこまで自信たっぷりに……」

「俺のあの勇姿を見て! 心惹かれないわけがありません!」


 またしてもレオンは最後まで話を聞かず、食い気味に応える。

 闘神祭で見せた、あの惨憺たる結果の、どこに惹かれる要素があると思ったのか……。

 謎の自信に満ちた目で、レオンは父王を見つめる。


「いや……手紙は、ルゼリアの各地で出没している、魔獣に関する情報……その対策が記されたものだ」

「そう……なのですか? でもどこかに、俺に対する何か一言くらいは……」

「無かったな」


 今度は父王が、レオンの問いに食い気味で応える。

 息子のために、気を使ってやるべきかとも思ったが……嘘をつくわけにもいかない。

 少し凹むだろうが、これも本人のためだとルゼリア王ははっきりと突っぱねた。

 だが、レオンの反応は、父王が予想していたものとは全く違っていた。


「なんとも奥ゆかしい……恥ずかしくて、まだ俺に直接手紙を出すことができないので、まずはどうでもいい話で父上から籠絡しようという考えですね!」

「いや、息子よ……どうでもいい話って……」

「なんと聡明な! やはり美しさだけではなく叡智も兼ね備えていたか! ますます惚れなおしました!」


 その話を聞いてなお、凹むどころか独自の解釈で何もかも前向きポジティブに受け取ってしまう。

 どこかに強く頭をぶつけたわけではない。

 これが傭兵王国ルゼリアの第一王子レオンの通常運転なのだ。


「いや、まぁ……お前のその、何事にも前向きな姿勢は見習うべきなのかもしれんな……」


 闘士としては未熟者、王子としても半人前、だが人としてはとても好感が持てる人物。

 父親の贔屓目を抜きにしても、そこだけは自信を持って褒めることができる。

 レオンは、そういう人柄の持ち主であった。


「そう言えば……以前会った時に、レミィ嬢は『弱い男は好きではない』と言っておったような……」


 実際レミィは、口に出してはいないが、おそらくそう思っているだろう。

 嘘ではない……自分にそう言い聞かせて、ルゼリア王は息子を煽ってみる。


「なんと! では、さらに腕を磨かなければ!」


 思惑通り、レオンは、その言葉にうまく乗せられたようだ。

 気をよくしたルゼリア王は、久しぶりに息子に稽古をつけてやろうと立ち上がる。


「よし! なら今日はワシが相手をしてやる。指……3本でな」

「父上!」


 揶揄からかうかのように、そう言った父王の言葉に、レオンは少し声を荒げた。


「俺にはまだ、父上の指3本も相手にできるわけがないと、わかって言っているでしょう!?」

「はっはっは。正しく己の力量がわかっているようだな」

「2本でお願いします!」

「よかろう……」


 大きな獣の毛皮が敷かれた、その王の私室が、瞬く間に戦場と化す。

 常在戦場……ルゼリア人ルゼリアンにとっては思い立った時が戦いの時である。

 レオンは、立ち上がったばかりの父王に向けて飛びかかり、連続で拳を放った。

 ルゼリア王は、その場から動くことなく、指先だけでその猛攻をあしらう。


「ほれ、どうした、まだ人差し指だけだぞ?」


 果敢に攻め立てるが、全く相手になっていない。

 だがレオンのその目はまだ諦めてはいなかった。


「まだまだ! 俺は必ず! 半年……いや1年以内に、父上の指3本と戦えるまでになってみせます!」


 ──そして! 皇女レミィエール! お前を迎えに行く!





「……そんなにかかるのかえ?」


 皇女宮の離れにあるブルードの工房にて、ジト目のレミィが不服そうな声をあげる。

 依頼しようとした魔導具マジックアイテムの納期について、満足いかなかったようだ。


「お嬢……こればっかりは、どうにもならん……」


 ブルードは、相変わらずの無愛想な口調で応えを返す。

 作業台の上には、複数枚の何やら図面のようなものが置かれていた。

 意匠を見るに、どうやら侍女メイド服と、騎士の鎧のようだ。


「さっきも言ったが……この性能の防具を作るとなれば、材料の厳選、術式の構築……それに必要な触媒を揃えて、実作業に入るまでにも相当時間が必要だ」


 図面の束を手にしたブルードは、それを扇のように広げレミィに見せながらそう話す。


「むー、1週間でなんとかならんかえ?」

「どう早く見積もっても、普通なら1ヶ月はかかる」


 なんとか食い下がるが、取り付く島もない。

 前回のジリオンとの戦いから、レミィは周囲を巻き込む攻撃の危険性を知った。

 どれだけ自分が平気でも、大事な臣下に危険が及ぶようでは安心できない。

 故に、対策として同行者の防具は充実させておきたい。

 これは、レミィとしては優先度の高いポイントだったのだが……。


 ──どちらにしても今回は間に合いそうにないのう……。


 ワルトヘイムの視察から、まだ日も経っていない今、この時。

 なぜ、そこまで急いでいるのかというと……そこには明確な理由があった。


『ぜひとも皇女殿下に、愛娘ターニャの生誕祭へ、ご参加いただきたい』


 アルバーナ国王から直々のご指名……。

 つい先日、第二王女ターニャの生誕祭へ、出席を乞う招待状が届いた。

 ちょうど次の新月までに、呪印の謎を解明しておきたいと思っていたところ。

 急ぎアルバーナへ向かうための口実としては最高のタイミングだ。

 そのターニャ王女の生誕祭は10日後。

 だが、アルバーナの王都ならば転移門ゲートを使用して2日もあれば到着できる。

 諸々の準備や手配を考えても、そこまで慌てるような日程ではなかった。

 そう、この生誕祭への招待自体は直接的な理由ではない。

 レミィが急ぐ、その本当の理由……。



 ■34、新月の子……その呪印の謎を解くために、君は……

 A:身分を隠し、予定より早めにアルバーナへと向かった。   →16へ行け

 B:帝国の使節団として、予定どおりにアルバーナへ向かった。 →47へ行け



 それは、予定を早めてアルバーナへと向かうことを示唆する、予言書の記述だった。

 もちろん、もう一方には予定どおりに向かうという選択肢も用意されている。

 だが、その前段の記述に、レミィは引っ掛かっていた。


 ──身分を隠すか否か……。


 この内容で、今までに選択を迫られたことはない。

 自分が行くか、誰かに任せるか……その二択から始まるのがいつものパターンだ。

 だが今回は、最初からレミィが行くこと自体は決定している。

 アルバーナは従属国の中でも最も歴史が古く、血統や格式を重視する傾向にある。

 故に、貴族主義の思想が広く根付いており、選民意識も強い。

 そんなアルバーナに身分を隠していくかどうかというのは、重要な選択となる。

 指を挟んで確認した、ひとつ先の記述では、これといった差を感じなかった。

 となれば、さらにその先を予想したうえで、どちらか選ぶしかないだろう。


 ──貴族や王族の視点からでは、見えない何かがある……のかえ?


 これまでの傾向から見れば、行った先に堕徒ダートが待ち受けている可能性は高い。

 防具の納期次第では、通常日程も視野には入れていたのだが……。


 ──どうせ間に合わんのであれば、やはり早めに行ってみるかのう。


 そう考えたレミィは、身分を隠し、予定より早く向かう選択肢を選んだ。


「なら仕方ないのじゃ……ブルード、とりあえず工房に残って、進められるところから着手しておいてもらえるかえ?」

「それは引き受けた」

「それとフェリシア、アルバーナへの出発準備はどれくらいかかるのじゃ?」


 気持ちを切り替えたレミィは、フェリシアに日程を確認する。


「はい♪ 明日にでも出発できるよう、既に準備は整っています」


 そこに返ってきた応えは、レミィの予想を超える、万全の体制の報告だった。

 予言書には、どの程度早めに出発すれば良いのかまで具体的には記されていない。

 であれば、それが明日の出発でも問題はないだろう。


「いつもながら手際が良いのう……。では明日、早速出発することにするのじゃ」

「はい、お任せください♪ ラーズ様にも、お声かけしておきますね」


 まるで夕食に何を食べるかを決める程度の軽さと速度感で、遠征の日程が定められる。


「あの小僧には、声をかけてやらんでいいのか? 確か……名前はポトフだったか……」


 その二人のやりとりを聞いていたブルードが、そこに口を挟んだ。


「いや、そんな美味しそうな名前の臣下は知らんのじゃ……」

「エトス様のことでしょうか?」

「ああ……そんな名前だったか」


 謎の新人が生まれる前に、フェリシアが、しっかりとフォローを入れる。

 ブルードは恍けた様子でレミィの反応を横目に見ていた。


「ぬー、皇女騎士団からは、毎回一人派遣ということになっておるからのう……彼奴が来るとは限らんのじゃ」

「ふん……そうか」


 レミィは、特に誰が来るのかは意識していないようなそぶりを見せる。

 その応えを受けたブルードは、髭の下に隠れた口角を上げた。


 ──その割には、この鎧……あの小僧の体型を想定しているように見えるがな……。

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