第38話:仲間と竜の皇女

 その後、大工房に戻ったレミィたちには、いろいろと事後処理が待っていた。

 五大人ごたいじんにも詳細な話をする必要があるだろう。

 難しい話はあまりレミィの望むところではないのだが……今回は代役がいない。


 ──むー……フェリシアに代わってもらうわけにもいかんのじゃ……。


 面倒くさいと言う気持ちを内心に秘め。

 でも、ちょっとだけ顔に出したりして……。

 レミィは、オーフェンを含む五大人ごたいじん全員を召集し事の顛末を告げた。

 ブルードからの話を聞いた上で、今回の件を要約すると……。


 邪教徒の連中は、ここワルトヘイムの魔導具マジックアイテムを悪用……。

 厳密には、それをベースとして、改悪……粗悪品を複製し活用していた。


 首謀者はジリオン……元工房の技師であり、ブルードの友である。

 ジリオンは廃坑となった鉱山の施設を利用して、粗悪品の複製研究を続けていた。

 これは、あの後周辺を調査したエトスからの報告で発覚した事実だ。


 研究場の場所を隠すため、その守護者として、雪男イエティ酋長チーフを精神操作。

 ジリオン以外、侵入者は無差別に襲うように命令していた。

 結果、周辺の魔獣や他の雪男イエティたちは山を離れ、街道に出没していたようだ。


「つまり元工房の……いや邪教徒の者が廃坑付近で悪質な魔導具マジックアイテムを作成していたと……」

「そのせいで、魔獣どもが街道にまで降りてきていたわけですな?」

「魔獣出没の原因となっていた、その雪男イエティ酋長チーフとやらは、もう討伐されたということですか?」

「何れにせよ、そのブルードという男にも責任を追求せねば……」


 皆が口々に質問を織り交ぜながら意見をぶつけてくる。

 オーフェンが、一旦皆の意見を取りまとめようとするが、その後の話は平行線だった。

 ブルードを有罪とするか、それとも無罪とするか……。

 騙されていたのだから仕方がない。

 だが、大工房の技師が独自で仕事を請けるという行為は、あまり推奨されていない。

 また、魔導具マジックアイテムはワルトヘイムにおける重要な財源であり、国の象徴でもある。

 その中枢、大工房に携わる者が邪教徒と関わっていたとあっては、沽券に関わるのだ。

 五大人ごたいじんの立場から考えれば、ここでブルードに恩赦をかけるのは難しいだろう。


「まぁ、言ってることは分からんでもないがのう……」


 と、レミィが独り呟いた瞬間、予言書が光を放つ。

 難しい話に飽きてきたところだったレミィは、嬉々としてそれを確認する。



 ■53、五大人ごたいじんとの議会で君は……

 A:この後の処理を議会に一任した。 →24へ行け

 B:その技師を帝国で受け入れることを決めた。 →33へ行け



 ──ふむ……やはりそれよのう。


 考えるまでもない。

 レミィは予言書を閉じると、発言のために挙手をする。

 一応、五大人ごたいじんを立てるためにも、議会の流れに沿った方が良いだろう。


わらわも、発言して良いかのう?」

「これはこれは、皇女殿下……どうぞどうぞ、遠慮なくご意見を……」


 何を告げられるのかと、やや警戒されている感はあるが、レミィは発言を認められた。

 もちろん、認められなくとも言いたいことは言うのだが……。


「ブルードの件については、わらわの方で預からせてもらっても構わんかえ?」

「は? と、申しますと?」

「邪教徒の件で、彼奴はいろいろと相手とコンタクトを取っておったようじゃからのう。いろいろと話を聞かせてもらいたいのじゃ」


 もちろん、これは表向きの話だ。

 ブルードは邪教徒と直接繋がっていたわけではない、ということはもう分かっている。

 レミィの目当ては、ブルードの技師としての腕だった。

 あの枷への対処はもちろん、その他にも有益な魔導具マジックアイテムの作成を依頼したい。

 何より……。


 ──あの変形した鎧はカッコよかったのじゃ!


 レミィは、あのブルードの鎧が気に入ったようだ。


「そうすれば、少なくとも“今より以降”、大工房に属する技師で、邪教徒と繋がりのある者は居ないと……わらわからも証言することができるのじゃ」

「はぁ……それは願ってもないことですが……」


 レミィに何の利益があるのかわかっていない五大人ごたいじんは、呆気に取られた様子だ。

 ここぞとばかりに、レミィは話をまとめてしまう。


「では、ブルードは今日よりわらわの臣下として招き入れることにするのじゃ。異論はないのう?」

「は、はい。工房五大人ごたいじん、本件に異論ありません」

「同じく」

「右に同じ」

「異議なし」

「問題ありません」


 その勢いにおされた五大人ごたいじんは、満場一致でブルードの移籍を了承する。

 この瞬間、ブルードはレミィ直属の技師となった。


 ──これで、いろいろと面白い魔導具おもちゃを作ってもらえるのじゃ!


 レミィは、満足げに……悪戯な笑みを浮かべた。





「ほれ、頼まれていた盾だ」

「おお! ありがとうございます、ブルードさん!」


 皇女宮の庭、お茶を楽しむレミィの傍で新品同然の盾を受け取ったエトスがはしゃぐ。

 どうやらブルードに、その修理を依頼していたようだ。


「誰かさんが雪山の滑走なんかに使ってくれちゃったもんだから……ヴォッコヴォコになっちゃったんでねぇ……」

「へぇ、そいつぁ災難だったなぁ」

「あ、ん、た、の、こ、と、だ、よ」


 ラーズとエトスが、いつもの平和なやりとりを続ける。

 ワルトヘイムの一件から、数日が経過していた。

 ブルードは、皇族御用達の技師として召し抱えられることになった。

 先の戦いで受けた傷も、随分良くなったようだ。


「帝都の……皇女宮の工房はどうじゃ? 満足できる設備だったかえ?」

「ふん、悪くはない……」


 無愛想なところは変わらない。

 だが……。


「とりあえず、お嬢に頼まれた件は済ませておいた」


 レミィのことを“お嬢”と呼び、やるべきことはきっちりとやってくれる。

 ブルードなりに、レミィへの義理は感じているようだ。

 大工房を追い出され、技師としての仕事ができなくなるところを救われた。

 その後、帝都で待っていたのは、大工房に勝るとも劣らぬ最上級の設備だ。

 おまけに、魔導具マジックアイテムの作成に関しては、全権限を一任されている。

 技師として、これ以上の環境は無いだろう。


「それは助かったのじゃ。あとは可能であれば……わらわの軍服をどうにかしてもらえんかのう?」

「裁縫は知らん。侍女メイドに言え」

「もう少しー破れにくくならんかのーう? あー、こんな時、優秀な技師がいてくれたらのーう?」

「……ああ、わかった、今度持って来い」

「にひひ♪」


 わざとらしく、レミィがウザ絡みしてくる。

 ブルードは、分厚い眉毛から片目だけを見開いて、呆れたように応える。

 だが、その髭に隠れた口元には、笑みを浮かべていた。


「皆さんも、お茶にしませんか? レミィ様が、今日は特別なお菓子を皆様の分出してもいいと仰ってくださったので♪」


 その光景をずっと笑顔で眺めていたフェリシアから、お茶の誘いがかかる。


「お! いいじゃあねぇですか」

「あ、自分もいただきます!」

「甘い物はいらん……」


 すっかりレミィの傍にいることが当たり前になったメンバーが、一同に返事をした。


 ──大所帯になってきたのう……。


 その光景を見て、レミィは少し感慨に耽る。

 数ヶ月前までは、こんな景色を目にするとは思ってもいなかった。

 敬い奉られることはあっても、同じ目線で話してくれる“仲間”に囲まれるなど……。

 聖竜の皇女みことして生を授かった自分には、ありえないことだと思っていた。


 ──それも、この予言書のおかげかのう?


 楽しそうに談笑する臣下たちを横目に、サイドテーブルに置かれた予言書を見つめる。

 と、そこで予言書は待っていたかのように光を放つ。


 ──……そんな気はしておったのじゃ。


 レミィは慌てることなく、茶器を横に置いて予言書を手にした。

 パラパラと自動的に所定のページが開かれる。

 そこに選択肢はなく、次のページに進むだけで、まとめのような記述があった。


 ──ひと段落した後は……だいたい、このパターンなのじゃ。



堕徒ダートの精鋭、“緑の使徒”を退けた君は、ワルトヘイムで暗躍していた邪教徒の策略を阻止することに成功した。“新月の子”そして“新月の獣”を操る闇の戒めは、その力を失うだろう。君は次なる謎、呪印の秘密を解き明かすために、次の階梯へと進むことを決めた。“希望の恩寵”を求め、目指すは西の地アルバーナ、白亜の巨塔。新たな出会いが、君の力になる』



 ──呪印の秘密……やはりアルバーナの王都に行くしかないのかえ……。


 レミィは少し浮かない表情を見せる。

 イチルたちの首枷については真っ先に解錠作業を済ませていた。

 今は、一時的にブルードの作った精神を安定させる魔導具マジックアイテムで経過を見ている。

 だが、呪印に関してはまだ何もわかっておらず、根本的な解決には至っていない。

 魔術と神術を組み合わせた呪いは、帝都の魔導省でも解析ができなかった。

 その複雑な術式を解明するには、より専門的な魔法の知識が必要になる。

 となると、心当たりは魔導王国アルバーナの王都にある“白の塔”の賢者たちしかない。

 だがアルバーナ……特に王都には、選民意識の強い貴族主義の者が多く、差別が酷い。

 故に、あまりレミィはそこに良い印象を持っていなかった。


 ──とはいえ、背に腹は変えられんのじゃ……予言書にも書かれてしまってはのう。


 予言書をパタンと閉じながら、レミィは大きなため息をつく。


「お? 次ゃどこ行くんです?」

「自分は、どこでもお供しますよ!」

「レミィ様と一緒であれば、どこへでも♪」

「ワシは、できることしかしないがな」


 と、その様子を見逃さなかった、一同から心強い言葉が返ってきた。


 ──……此奴らと一緒ならば……大丈夫かもしれんのう。


 気持ちを入れ替えたレミィは、皆の前で腰に手を当て仁王立ちする。


「うむ! 次は西方アルバーナの視察に向かうのじゃ。皆、しっかりと準備をしておくのじゃ!」


 と、西を指差し、頼れる“仲間”たちに発破をかけた。

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