第33話:強襲と雪山の守護者
「ほれほれほれほれっ! どうした兄弟! ケジメをつけるんじゃなかったのか?」
禍々しい緑の液体に
直接的な打撃こそ鎧で防ぐことができていたが、問題はそこではなかった。
錫杖の攻撃を防ぎ、受け止めた箇所が煙をあげ異臭を放っている。
「ほほう、ガラクタ鎧は訂正しよう。さすが兄弟の作品。この
その能力を誇示するためか、ジリオンは横にあったテーブルを錫杖で何度も打つ。
木製の天板はもちろん、金属製の足や近くの床までが溶けて、穴が空いていた。
衝撃の瞬間に、表面を流れる液体が噴出しているようにも見える。
「この匂い……酸か……」
「イヒッ……ご明察。通常の金属なら数滴で穴があくほどの強酸よ」
その言葉が、誇張されたものでないことは、周辺の惨状が物語っていた。
ブルードの鎧が、
「金属への愛が足りんな……同じドワーフとは思えん」
この独特の理念はドワーフ全体のものか、あるいはブルード固有のものか……。
そんな金属への想いを口にしながら、ブルードは一気に踏み込むと戦槌を振り翳す。
両手で強く握りしめ、相手を叩き潰すように振り下ろした。
「バカか! 金属に愛なんぞあるか!」
ジリオンは後ろに飛び退いて、その攻撃を身軽に躱わす。
ドワーフは生まれながらの戦士である。
例え農夫になるとしても、技師になるとしても、幼い頃から武器と鎧の扱いを学ぶ。
勘違いした人間の傭兵が、酒場のドワーフ店主に返り討ちにあうなどよくある話だ。
この二人の本業は戦士ではない。
だが、その戦いぶりは、歴戦の戦士たちに勝るとも劣らぬものだった。
「おっと、そんな大振りで当たると思ったか? 兄弟!」
「……当てるつもりなんぞ、最初から無い」
「イヒッ!?」
そう言って、ブルードはインパクトの直前で握りについたトリガーを引く。
と、地面を強打するブルードの戦槌から、強烈な衝撃波が放たれる。
耳をつんざくような轟音と共に、ジリオンは壁もろとも外に吹き飛ばされた。
雪山に、ボロ雑巾のように横たわるジリオンを、ブルードは壊れた壁越しに見下す。
そして、戦槌を肩に担ぎ、ゆっくりと歩み寄って行った。
「イギギ! ブルード……オマエ……」
「もう兄弟呼びはやめたのか。さぁ、ワシの作ったアレを返せ」
これと言った鎧も纏わずに、あの衝撃をモロに受ければタダでは済まない。
殺さない程度に出力は調整したが、普通は立つこともできないだろう。
ブルードはそう考えていた。
そう、普通は……立つこともできないのだろう。
「イヒ……イヒャヒャヒャ! もーいいや、オマエには死んでもらうか……」
「むっ!?」
制圧したと思い込み、油断していたブルードに向けて、ジリオンは冷たく言い放つ。
その言葉を耳にしたブルードは、慌てて飛び退こうとしたが、少し出遅れた。
尻餅をついたまま、錫杖を天に掲げたジリオンは、そのまま石突で地面を打つ。
「──
そして、技の名を高らかに叫んだ。
錫杖を打ちつけた点を中心に緑色の液体が渦を巻くように、周囲に広がっていく。
それは石造りの建物すら溶かし、周囲の物全てを侵食するほどの強烈な酸。
「オマエほどの腕を持った技師を殺すのは惜しい……オレの部下にでもしてやろうと思っていたんだが……いや残念だ。残念だよ兄弟!」
飛散した酸の範囲内は、抉り取られたかのようにドーナツ状に山肌が露出していた。
その不自然な円の中央で、ジリオンは狂気の声を上げる。
残念とは口にしながらも、その顔は酷く歪み、笑っていた。
いつの間にか吹雪も収まり、雪と入り混じっていた酸の翠煙が晴れていく……。
そこには、肩で息をするブルードの姿があった。
「おお、しぶといな。あの酸撃を浴びてまだ生きているとは」
「おかげで鎧が綺麗になった……」
鎧に施した魔法効果のおかげで、ブルードはなんとか即死を免れていた。
一応、四肢が無事であることは確認できた。
咄嗟に頭部を庇ったため、頭髪はもちろん、大事な髭も溶けてはいない。
だが、大部分の皮膚は
全身は強烈な痛みに襲われ、最早立っているのが精一杯といった状態だった
「まだ減らず口をたたく余裕があったか……でもな、兄弟、ここでお別れだ」
じりじりと、もう動くことができないブルードの元へとジリオンが歩み寄る。
──ここまでか……。
「死ねぐぇあ!」
右手の錫杖をブルードの首に突き立てんとしたその時、ジリオンの体を衝撃が襲う。
まるで、帝国騎士の持つ大盾に全体重をかけて打ち付けてきたかのような衝撃。
ジリオンは、再びボロ雑巾のようにその場から吹き飛ばされた。
「今、なんか跳ねたのではないかえ?」
「なんかありましたかい?」
死を覚悟したブルードの目の前に、突然、大盾に乗った、あの物好き連中が現れた。
「お前らは……」
「あーもう! 無茶苦茶だよ……って、うわ! 殿下、そこにブルードさん! めっちゃ怪我してますよ!」
「ぬ? はやぁ……これは重症じゃのう。フェリシア、すぐに手当を頼むのじゃ」
雪山を駆けた大盾から降りると、一行はすぐに周囲の状況を確認する。
エトスの声を聞いてその惨状を見たレミィは、すぐさまフェリシアに指示を出した。
「……お前ら、どうしてここに?」
「レミィ様から、貴方を追いかけるようにと指示がありましたので」
呆然とするブルードの質問に、フェリシアはそのままの答えを返す。
いまいち理解も納得もできない……。
だが直面していた死から逃れることができたのは確かだ。
「すまんな。助かった……」
「一体なにがあったのじゃ? どうしてそんなに……」
「危ねぇ!」
レミィが問いかけようとしたその時、背後のボロ雑巾から何かが撃ち出される。
いち早く察知したラーズは、素手でその何かを掴み取った。
ジュッという嫌な音と共に、掴んだ手から煙が上がる……酸の塗布された矢弾だ。
「イギギ……なんだオマエらは? 兄弟の知り合いか?」
吹き飛ばされたジリオンは周囲をジロリと睨みつけながら立ち上がる。
先ほどの大盾チャージアタックのダメージも然程残っていないようだ。
「はや? ブルード、彼奴は貴様の兄弟かえ?」
「いや、そいつはただの同族……違うな、邪竜に魂を売り渡したドワーフの面汚しだ」
「黙れぇ! ニルカーラ様は邪竜などではなぁい!」
激昂したジリオンが、左手に握りしめた弩で再び矢弾を放つ。
だが、この攻撃もラーズに手刀で払い落とされる。
達人級の闘士の前では、この程度の飛び道具は意味をなさないらしい。
「めんどくせぇなこいつ……」
「イギーッ! それはこっちのセリ……フ……?」
苛立ちを露わにするジリオンだったが、レミィの姿を目にした途端、言葉に詰まる。
「小娘……オマエは!? イヒッ……オレはツイてるな……」
ジリオンは、突然不気味な笑い声と共に、表情を歪める。
「ぬ?
「まさか、こんなところで偽竜の娘に出会えるとは! 兄弟もろとも我が
「グォォォラァァァア!」
そのジリオンの声に応えるように、山頂から雄叫びのような咆哮がこだまする。
と、突然、レミィたちの頭上に巨大な影が現れた。
「上見ろ、あぶねぇぞ」
「へ!? 上……ってうわぁぁぁ!」
ラーズはフェリシアとブルードを抱き抱え、その場から飛び退いた。
レミィも余裕を持ってその場を離れたが、エトスはギリギリ踏み潰される寸前だった。
「でけぇなおい……
現れたのは、雪山の
だが、明らかに先日街道で見かけたものよりも二回りほど大きい。
そして、何よりも目を引くのは、その首に装着された銀色に光り輝く枷。
「はや? あの枷は……」
「あれは……ワシの作った
その枷を目にしたブルードは、顎で指し示すようにして、そう呟いた。
「エトス! フェリシアとブルードを連れて、安全な場所に待避するのじゃ! ラーズは……」
レミィが急ぎ戦線を組み立てようとしたその時、ポーチから光が溢れた。
──ぎにゃぁ! タイミングが最悪なのじゃ!
「コイツは凶暴性だけが増大した失敗作だが、オマエらの相手にはちょうどいい! 行け! 殺せヴックベルフェン!」
「ダァァァッバァァァア!」
「どうすんだい、姫さん?」
「しばし待つのじゃ!」
大振りな
■38、現れた巨大な怪物の相手を、君は……
A:専属騎士に任せた。 →53へ行け
B:自ら引き受けた。 →61へ行け
……これと言って差のない内容だった。
この選択肢が出てきたということは、どうにか38を選ぶことができていたのだろう。
ここまで来なければ“動向を監視した”ことにならなかったのは気にもなったが……。
それはさておき、目の前の問題……この
──正直、最初はどっちでも良いかと思ったのじゃが……。
目の前のドワーフは、レミィを指して“偽竜の娘”と称し、襲いかかってきた……。
そこに引っ掛かりを覚えたレミィは、早々に決断する。
「ラーズ! その無駄に大きい
「あいよ! んじゃ、オメェさんにゃ俺の遊びに付き合ってもらうぜ」
返事をするが早いか、ラーズは自分の倍以上はある
と、着地ざまにそのまま体当たりで突き飛ばすと、対象をレミィから引き離した。
その様子を見届けたレミィは、外套を翻し、ジリオンへと向き直る。
「さて、こっちも……お仕置きを始めるかのう?」
そして、目の前で息巻く相手に向かって、挑発するように小さく手招きした。
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