第32話:追跡と雪山の滑降
レミィたちは大工房へと向かい、ブルード捜索のために情報を集める。
技師たちに、行き先の心当たりを聞き込んでみたが、これといった情報はなかった。
人付き合いの悪いブルードの動向を知る者は少なく、手がかりすら見つからない。
だが、数少ないその交友関係を洗ったところ、一人の人物が上がってきた。
東方エル・アスールとの国境にある山で酒場兼宿をやっている、ジリオンという男。
その男は、元この工房の技師で、ブルードと同じくドワーフだという。
数年前に工房を去ったが、今でも付き合いがあるらしい。
それだけで向かった先と判断するには情報が少なすぎるが、他に候補もない。
一行は、情報どおり北門から出て、その宿があるという山を目指すことにした。
「さすがに、足跡は残っておらんかのう……」
粉雪舞う、あいにくの天候で時間も経過しており、追跡は困難かと思われた。
と、そこでフェリシアが予想外の言葉を口にする。
「いえ、ブルード様……のものかと思われる足跡なら、ここにありますよ」
「はやっ!? この雪の中で見つけたのかえ?」
ここは北門を出てしばらく進んだ先、最早どこが道なのかもわからない雪原である。
フェリシアは、数時間前にここを通ったであろう何者かの足跡を見つけ出した。
「え? これ、上に雪積もってるのに……マジですか?」
「……いや、言われてから見てみりゃあ、わからなくもねぇんですが……フェリシアさん、よくこんなもの見つけましたね……」
エトスはもちろん、流石のラーズも驚きを露わにする。
工房で話を聞いた限り、他に北門付近を行き来した者がいるという話はなかった。
この足跡がブルードのものである可能性は高い。
「ふむ……フェリシア、でかしたのじゃ!」
「いえ、私もたまにはお役に立たなければと思いまして……」
レミィの称賛に、フェリシアは両手の指を合わせ、はにかんだ笑顔で応える。
ただ、その足跡が向かう先には、近隣の村もなければ、
──どうして、ここで選択肢が出てこんのじゃ……。
独り愚痴を脳内で昇華しつつ、レミィはフェリシアを信じて進む決断を下す。
「フェリシア、引き続き追跡をお願いできるかのう?」
「はい! お任せください♪」
笑顔で応えるフェリシアは、その後も難なく、次々と足跡を見つけていく。
ラーズとエトスは、唖然としたまま、後ろを付いていくしかなかった。
「オメェさん、また影が薄くなっちまったな……」
「ほっといてくださいよ!」
「ワシなら……騙せるだと?」
「そうよぉ。
ジリオンは、歪んだ笑みのままブルードを見据える。
「ハッ……まんまと利用されたわけか。ワシもヤキが回ったな」
「イイモン作ってくれたおかげで、こっちは仕事しやすかったよ! まぁ、術式図はなかったから? そこそこ面倒な解析をしなきゃならなかったがな」
あくまで淡々と語るブルードに対し、ジリオンは吐き捨てる様に言葉をぶつける。
「で? オマエは何しに来たんだ? 複製品もって、文句言いに来ただけってこともないだろ?」
二人は、一定の間合いを保ったままで話を続けた。
壊れた椅子やテーブルを避け、互いに円を描く様にジリジリと距離を測る。
「そうだな……ワシはケジメをつけに来た」
「イヒッ! ケジメか……くだらない技師の“矜持”なんぞにこだわる、オマエらしいな」
「悪事の片棒を担がされるのもごめんだが……あんな“粗悪品”で名前を汚されるのは、もっと我慢ならんからな」
「“粗悪品”だぁ?」
その言葉を耳にした途端、ジリオンの表情がますます歪む。
「ああそうだ。基本も何もできていない。
「だ、黙れぇ!!!」
酷評を並べ立て挑発するブルードに対し、ジリオンが吠える。
と、バーカウンターに立てかけていた錫杖を手に、ブルードに襲い掛かってきた。
ブルードは横っ飛びから転がるようにして、その攻撃を避ける。
「オレの作品は超一流だ! オマエらに……それが理解できないだけだ!」
「道具の価値を決めるのは作った奴じゃない。そいつは使った奴が決めるモンだ」
「そんなこと言ってるからよ、兄弟! オマエはいつまでも三流なんだよ!」
ジリオンが突き出した錫杖を、ブルードは手にした戦槌で弾き返す。
「そのカッコ……最初からヤる気で来てたのか?」
「邪教徒なんぞの話を聞いていたからな……まさかお前自身とこうなるとは思っていなかったが」
そのまま、上着を脱ぎ捨てたブルードは
一方のジリオンは、普段着にも見える程度の軽い革鎧しか身につけていない。
「イヒャヒャヒャ! そんなガラクタ鎧で、俺の賜った
そして、酷く歪んだ笑みと共に、その怪しく濡れた錫杖を突き立てた。
「これは、
足跡を追うフェリシアの案内でたどり着いた先には、石造りの門があった。
何も無い雪原にポツンと突然現れた、アーチ型の門だけの建造物。
申し訳程度に敷き詰められた円形の石垣で、少しだけ高い位置に設置されている。
「そのようです。ここに共通語で起動用の呪文も記されてますね」
横の碑を調べてくれたエトスが言うには、行き先が固定された簡易型のものらしい。
おそらくは、鉱山に通う鉱夫たちのために設置されたものだろう。
旅の神殿にあるものと比べると、随分と小さい。
少なくとも、あの新生皇女専用馬車では、この門をくぐることはできなかっただろう。
「なるほど、これでブルードの向かった先に飛べるかもしれんのじゃ」
「はい、その可能性は高いかと」
レミィの表情が明るくなるのにつられ、エトスも笑顔で応える。
「足跡も、この門の中に続いていますね」
フェリシアもそこに情報を重ねた。
そうと決まれば話は早い。
レミィたちは、そのまま
が……意気揚々と通り抜けたその先……。
「ってぇ、こいつぁちょっと……」
「……少し冷えるかもしれんのう……」
そこは、辺り一面が真っ白な雪山だった。
積雪量こそまだ少ないが、気温は極めて低く、吹雪で視界も悪い。
「こ、これはははは……あ、あ、足跡どころかか……歩るるくことも厳しそうですね」
ガチガチと歯を鳴らしながら、エトスは全力で弱音を吐く。
寒さをものともしない3人とは違い、普通の人間であるエトスには死活問題だった。
広大な領土を有する帝国では、騎士たちも何処に配属されるかはわからない。
寒冷地への配属の可能性も鑑み、皆一様に雪中行軍の訓練は受けている。
だが、その厳しかった訓練すらマシに思えるほど、この場の天候は荒れていた。
「一応、ここを通った形跡があります」
そんな中でも、フェリシアは僅かな手がかりからブルードの痕跡を見つけ出した。
足跡ではなく、手を掛けたであろう木の幹についた傷を見て、向かった先を推理する。
「ホ
「ぬ?
エトスの聞き取りにくい称賛に対して、レミィが疑問を返す。
「いや、や、詳しいわけじゃないんですが。ああの時も
おそらく、ヴァイスレインの教会での出来事を指しているのだろう。
子供たちが囚われていた教会の裏……あの地下の構造を瞬時に把握した時のことを。
「ここから、あの麓の方に
「うむ、助かったのじゃ。あとは……」
と、レミィが次の指示を出さんとした瞬間、麓の方で大きな音が鳴り響く。
ズドンッと山全体を震わせる、何かが爆発したかのような轟音。
もっと積雪量が多い北の山であれば、雪崩が起きていたかもしれない……。
「はや!? 今の音はなんなのじゃ?」
「姫さん! あれだ!」
目を丸くするレミィに対し、ラーズはすぐさまその原因と思しきものの方角を指す。
その声に促され、改めてそちらに目をやると、異常な光景が目に飛び込んできた。
「あれは……なんなのじゃ?」
吹雪の中で目を凝らし、そこで捉えた麓の様子。
周囲に漂う雪煙の一部が、不自然な緑色に染まっている。
「まぁ、何かぁわかりませんが、放っておいていいってぇモンじゃあ、ねぇような気はしますね……」
奇しくも、その方角はフェリシアが指し示した、ブルードの向かった先である。
──これは、ろくでもない予感しかせんのじゃ……。
「悩んどる暇はないのう……急ぎ、あの場所に向かうのじゃ!」
レミィの指示を受け、皆が麓に向かおうとしたその時、ラーズが勢いよく声を上げる。
「急ぐってぇんなら……いい手がありますぜ」
「はや? いい手とな?」
「ええ、最速であそこまでお連れしてみせますよ」
不敵な笑みを浮かべるラーズを目にして、レミィは不安よりも先に興味が湧いた。
この男は、決して期待を裏切らない、そして決してレミィを飽きさせない。
「ふむ、ではラーズに任せるのじゃ!」
「オーケィ! ってぇことでエトス、オメェさんの背中にある、その大盾貸してくれるかい?」
「え? 盾を?」
悪い笑顔で自分を見つめるラーズを前に、エトスは不安しか出てこなかった。
この男は、絶対にまともじゃない、だから絶対に普通の手段を選ばない。
だが、決して誰かの……殿下の期待を裏切る男ではない……。
「まぁ、殿下が任せるって仰るんなら……」
そう言ってベルトを外し、大盾をラーズに預ける。
何をどうするつもりかと見ていると、ラーズはその盾の表を下にして地面に置いた。
そして、あろうことか、持ち手の部分に足をかけるようにして、その上に乗る。
「ちょちょちょちょい! あんた、何やってんだ!? 俺の盾!」
エトスの抗議を無視して、ラーズはレミィとフェリシアに手招きをする。
「姫さんは重てぇから、左足に捕まっててください。フェリシアさん……ちょいと失礼しますよ」
そのまま一礼をして、お姫様抱っこするようにフェリシアを抱き抱える。
ラーズの体格でそうすれば、フェリシアも子供同然のサイズだ。
「わっ、高いですね♪」
「ぬー……
不満を露わに、レミィは頬を膨らませる。
「ラーズ卿! いい加減に……」
「エトス! オメェさんは、自分でしっかり捕まってろよ?」
「えっ!?」
「いくぜぇ!」
言うが早いか、そのままラーズは盾で雪山の斜面を滑降し始めた。
「ちょ! 待って……う、嘘だろぉぉぉぉお!」
ギリギリでしがみついたエトスは、その速度と風圧に悲鳴をあげた。
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