第31話:魔導具と技師の矜持

 それは古い友からの依頼だった。


 ──村の子供が……正体不明の奇病で暴れ出した……なんとか制御できないか?


 相談してくるからには、魔法や薬ではどうにもならないのだろう。

 聞けば、その奇病にかかった子供たちを帝国は隔離だけして捨て置いているらしい。

 友はその子供たちを憐んで、なんとかしてやりたいと頼ってきたという流れだ。

 ちょうど大工房の仕事も減ってきていた今なら都合もつく。

 魔導具マジックアイテムの何たるかもわからぬ輩に、文句ばかり言われる仕事よりは断然いい。

 あまり深く考えず、その子供の症状と求める機能だけを聞いて、その話を請けた。


 ──簡単に外されては困る……解除機構は複雑に頼めるか?


 確かに、装着者本人が簡単に外せる様なものでは意味がない。

 物理的な機構の鍵を持たない、特殊な魔導具マジックアイテムにする必要があった。


 ──いずれ複数個必要になる……自分にも複製できるよう術式図が欲しい。


 さすがに、それは断った。

 だが、どういった術式で作成しているかの基礎だけは口頭で伝えてやった。

 元工房仲間のよしみだ。

 鍛冶道具しか握ったことのなかった友は、今では神職のように人の手を握っている。

 自分の魔導具マジックアイテムも人助けに使われるというのであれば、これほど嬉しいことはない。

 そう信じて、最高の逸品を渡したつもりだった。

 少なくとも、この劣化複製品を目にするまで……ブルードは、そう思っていた。





「名は体を表す……技名ってぇのは何でもいいってぇわけじゃあねぇんです」

「ぐるぐるなのじゃ……」

「そもそも何回も回ってねぇんですよ、強いて言やぁ“ぐるぐる”じゃあなくて“ぐる”です」

「なら、ぐるきっく……」

「いや、そいつも無しです、姫さん……その名で、あの技のイメージができますかい?」


 レミィは、技の命名に難航していた。

 今まで、その潜在能力ポテンシャルの高さのみで生き抜いてきたレミィには、理解が難しい。


「ラーズの、あのシャシャーはなんという名だったかのう?」

「シャシャーって……擬音だけですかい……。斬る時ゃ『──閃刃せんじん──』、刺すなら『──閃錐せんすい──』、打つなら『──閃槌せんつい──』です。“閃”ってぇのが速さを、その後ろが攻撃手段のイメージに繋がってんですよ」

「はやぁ……皆、そんな使い分けしとるのかえ?」

「自分は、武器種を限定してねぇんで、こういう名になったんです。名の付け方ってぇのは、その流派ごと……いや、単にその師の教え次第で変わってきますね」


 実験場でお茶をしながら、レミィはラーズの講義を受ける。


「名があることは、そんなに大事なことなのかえ?」


 そもそも、レミィはその根本的な部分に疑問を持っていた。

 名があるということで、何が変わるというのか……。


「そうですねぇ……たとえばフェリシアさん、このお茶ぁ、なんてぇ茶葉ですか?」

「え!? それは……えーと、以前手に入れた『ルゼリアハート』という茶葉です」


 思わぬところで話を振られたフェリシアは少し慌てた様子で答えた。


「なるほど……じゃぁ、姫さん。次回フェリシアさんに『お茶淹れてもらえますか?』ってぇ言った時と、『ルゼリアハート淹れてもらえますか?』ってぇ言った時、どっちの方が“このお茶”を飲める確率が高いと思います?」

「それは、ちゃんと茶葉の名前を言った方が確実なのじゃ」


 当たり前だと言わんばかりにレミィはそう答える。

 それに何も応えず、ただ顔を見つめながら、ラーズはレミィの反応を待った。


「はや……それは、技も……そういうことかえ……」

「ええ、せっかく鍛錬を積んで磨いた技も、大事な局面で“その技”が出せねぇってんじゃあ意味がねぇんですよ。だから、イメージを固めるために名が必要なんです」


 レミィの言葉に、ラーズは満足げな笑みを浮かべて補足する。


「まぁ、騎士団なんかで最初に教え込まれる基礎的な戦技みてぇに、体系的に後世に伝えるため、名がついてるってぇのも中にゃありますが」

「ふむ……いつでも、自分の思い描いている技が出せる様に……ということかのう」

「そうです。そのためにゃあ、技の実態と一致した名でねぇとイメージが湧いてこねぇんですよ」


 ひととおりの説明を受けて、ようやく名の意味と重要性がレミィにも掴めてきた。

 あとは、あの蹴り技にどういうイメージが適しているのか……。


「ぬー……あとでエトスにも意見を聞いてみるかのう」

「いいんじゃあねぇですか? あいつもそれなりに技ぁ知ってるはずです」

「あれは戦技……でしょうか『盾打たてうち』は、拝見したことがあります」


 ヴェイスレインの地下で、エトスの戦いを見ていたフェリシアも横から応える。


「うむ……たしかに、それは名を聞いただけでイメージしやすいのじゃ」


 その命名のわかりやすさに、レミィは感心する。

 と、その時、入口付近が何やら騒がしくなった。

 どうやら、エトスが戻ってきた様だ。


「はぁ、はぁ……た、大変です、殿下!」


 相当急いで戻ってきたのか。エトスは息を切らせながらレミィに話しかける。


「どうしたのじゃ? ちょうど貴様の話をしておったところなのじゃ」


 いつもなら、ここでどんな話をしていたのか気になって聞き返していただろう。

 だが、今はそれどころではなかった。


「あの人……ブルードさん、さっきどこかに出て行ったそうです! これ……これだけ置いて……」

「はやぁっ!? もう行方不明なのかえ?」


 予言書には、翌日会いにいくと行方不明になる……となっていた。

 レミィは、今日のうちに動向を監視するという選択肢を選んだはずなのだが……。


「もう? いや、行方不明かどうかは……ただ、この書類が殿下宛に置いてありました」


 そう言われ、レミィは差し出された封書を受け取る。

 中身を改めると、そこには枷の解除方法が記された書類が入っていた。


「解析した……というには早すぎるのう……絶対、此奴何か隠しとるのじゃ」


 レミィは、その封書を丁寧にしまうと、改めて予言書に目をやった。



 ■30、技師の様子に違和感を抱いた君は……

 A:その動向を監視した。 →38へ行け

 B:翌日、早めに会いに行くことにした。 →84へ行け



 選択肢が消えていない。

 つまり、まだ38を選んだことになっていないということだ。


 ──この状態からでも、明日までに見つけられない場合は84になるのかえ?


 そうなると、ブルードは行方不明になることが確定する。

 ようやく現れた、邪教徒関連の情報源をみすみす失うことになってしまう。


「これはマズいのじゃ! エトスよ、ブルードはどこから出て行ったのじゃ!?」

「はい、北門の方から出て行ったという話です。追う前に殿下にご報告をと……」


 慌てて確認するレミィに、エトスはしっかりと答えを用意していた。


「でかしたのじゃ! 皆、支度をせよ、ブルードを追うのじゃ!」





 大工房の北、見渡す限り雪景色の道なき道をブルードは歩き続ける。

 目指すは、東方エル・アスールとの国境にある山の麓。

 以前は採掘場として賑わっていたその山で、ブルードの友は宿屋を経営していた。

 鉱石の掘れなくなった今となっては、誰も訪れるはずのない辺鄙な場所。

 今更、誰のためにやっているのかとよく揶揄っていたものだ。

 まだ陽が落ちていないにもかかわらず周囲は薄暗く、吹雪いている。

 だが、最寄りの転移門ゲートまで来てしまえば、あとは大した距離ではない。

 ブルードは、くだんの枷を入れた鞄を見つめ直し、先を急いだ。

 目印もない雪の中を淡々と歩いていくと、やがてオレンジ色の明かりが見えてきた。

 小さいながらもしっかりとした、石造りの建物。


「……やってるか?」


 カランカランと、扉についていたベルの音が鳴る。

 その重い扉を半開きにした状態で、ブルードは中に向かって声をかけた。


「おお、兄弟! どうした? こんなところまで」

「お前の店が、こんなところにあるからだろう……」


 ブルードに兄弟と返してきた店主らしき男もドワーフだ。

 こんな辺鄙な場所にまで、吹雪の中歩いてきた同族に向かって驚きの声をあげる。

 ドワーフは同族を皆家族であるとみなす傾向が強い。

 兄弟……とは呼んではいるが、この二人も実の兄弟ではないのだろう。

 髪も髭も灰色のブルードに対し、その男は頭髪がなく、真っ白な髭を蓄えている。

 肌の色も、ブルードよりやや色が濃く、岩のような質感にも見えた。


「いや、それはそうだが……なんの連絡も無しに来るのは珍しいだろう」


 誰一人、客の姿が見えない宿の一階。

 酒場も兼ねたその一角で、ブルードは何も言わずに席についた。


「……最近はどうだ?」

「掘られ尽くしたこの山に坑夫が来ると思うか? ご覧の通り閑古鳥。生きていくのが精一杯よ」


 無愛想なブルードの質問に答えながら、男は手際よく酒の準備をする。


「そうか。例の人助けとやらはどうなった?」


 差し出された木製のジョッキを受け取りながら、ブルードは続けて問いかける。


「人助け……ああ! 以前頼んだ、あの枷の件か?」


 そのまま自分用のジョッキも用意して、男はブルードの向かい側に座った。

 宿の中には、小さな蝋燭一つしか光源がない。

 互いにドワーフ同士、明かりがなくとも困ることはないが、雰囲気は暗い。


「おかげで、子供らを非道な帝国の連中から救うことができた。『ここの子供たちは暴れ出したりしない!』ってな」


 愛想よく振る舞う男に向かって、ブルードはジョッキを空けながら続けた。


「複製……出来が悪いんじゃないか?」

「複製? なんの話だ?」


 その雰囲気に気圧され、少し小さな声で……男は聞き返す。

 ブルードは言葉を返す代わりに、袋から壊れた枷を取り出し、卓の上に放り投げた。


「これ……は……」

「お前に言われて、ワシが作ったモンの複製だ。見ればわかるだろう」

「あ……ああ……いや、これは……支払いもできんのに、追加発注するわけにもいかないからな……自分でできる限りやってみたんだが……流石に兄弟の腕には及ばないか……」

「複製の話は先に聞いてた。それ自体をどうこういうつもりはない」


 明らかな動揺を見せた男に対し、ブルードは目も合わせずに問い詰める。


「お前の腕でも、充分複製できるように伝えたはずだ……どうしてこうなる?」

「そりゃ……兄弟の腕には……」

「違う!」


 手にしたジョッキを投げ捨て、ブルードは同族の胸ぐらを掴みながら激昂する。


「ワシは、装着者が平静を保てるよう、神術の式を組み込んだ! 我らが父、偉大なる鍛治の神、ガラディン様の聖印を刻んでな!」

「ブ、ブルード、落ち着け……」


 鬼の形相で睨みつけるブルードは、相手を掴んだまま、なおも怒りをぶつける。


「だがなんだ!? この複製品は! 忌々しい邪竜の印が彫り込まれているばかりか、装着者に苦痛を与えるような余計な効果まで付与しおって!」


 その丸太のような腕で、男の首元を締めるように吊るし上げ、殴り飛ばす。

 男は、椅子とテーブルを巻き込みながら、背中から倒れ込んだ。


「説明してもらうぞ……ジリオン……」


 倒れた相手を、そのまま見下ろすように腕を組み、ブルードは仁王立ちする。

 ジリオンと呼ばれたそのドワーフは、俯いたままの状態で嗚咽を漏らしていた。


「許してくれよぉ……きょ、兄弟なら……オマエなら……い、イ」


 壁に縋るようにして、ゆっくりと立ち上がりながら顔を上げる。

 と、次の瞬間、狂気の笑みを浮かべながら、大声で叫んだ。


「イヒャ……イヒャヒャッ! オマエなら、簡単に騙せると思ったんだよぉ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る