第30話:違和感と技の名前

 翌日の朝。

 宿でリフレッシュしたレミィたちは、枷の情報を求めて大工房へと向かう。

 昨夜の模擬戦を経て、いろいろと考えることもあったが、まずは枷が最優先だ。

 一行は、解析を依頼したオーフェンと技師たちの元へと急いだ。


「おはよう諸君。朝早くからご苦労なのじゃ」

「ああ……皇女殿下、おはようございます……」


 挨拶を返すオーフェンは妙にテンションが低い。

 見れば、周囲にいる技師たちも、目の下にクマを作りながら唸っている。


「はやぁ? 何かあったのかえ?」

「それが……その……あの枷についてなのですが……」


 やや狼狽うろたえた様子で、オーフェンはことの次第をレミィに伝える。

 枷の材質から使用されている魔法、効果の詳細に至るまで解析結果は完璧だった。

 ただ一点……解除方法が全くわからない。


「あれだけ……大見得切っておきながら……なんともお恥ずかしい」


 恐縮するオーフェンの小さな体は、さらに小さく見えた。


 ──ふむ……さすがに一筋縄ではいかんということかのう……。


 改めて、ここからどう動くかを思案しようとしたその時、予言書が光を放つ。


「うむ、これはなかなか良いタイミングなのじゃ」


 そう呟きながら、レミィはポーチから取り出した予言書を開く。



 ■4、枷の情報を集めた君は……

 A:一旦情報を帝都に持ち帰った。      →36へ行け

 B:あの曰く付きの技師を紹介してもらった。 →91へ行け



 ──曰く付き……というと、昨日のドワーフのことかのう。


 その内容をひととおり見たレミィは、オーフェンに確認をとる。


「枷について調べてくれたのは、ここの技師全員かえ?」

「いえ、まだ魔法効果付与の工程までできない見習いは外しましたので……」

「あの、曰く付きの彼奴はらんかったのかえ?」

「ブルードですか……そういえば、居なかったような……」


 やはり怪しい……昨日の様子を見ても、どうも何かを知っていそうな感じがする。

 何れにせよ、あの男には会っておいた方が良いだろうとレミィは考えた。


「ふむ、オーフェン殿、一度そのブルードという男を紹介してもらえんかのう? 腕は悪くないと聞いておったのじゃ」

「えっ!? はい……まぁ、皇女殿下がそう仰られるのであれば……」


 かなり驚いた様子ではあったが、オーフェンはレミィの願いを聞き入れる。

 その曰く付きの技師、ブルードの居る場所まで案内してもらうことになった。





 大工房の中は、機能性が重視されており、どこも同じ様な作りになっていた。

 壁や床はどこも似たような色形をしていて、まったく見分けがつかない。

 おまけに、ブルードの工房区域は大工房の中でもかなり奥まった深いところにある。

 案内をしてもらわなければ絶対に迷っていただろう。


「あれを、少し下ったところです」


 周辺を流れる熱された鉄の色で、オレンジ色に照らされた工房の一角。

 その隅に、片手に酒瓶を持ったまま座っているブルードの姿があった。


「ブルード。皇女殿下直々のご指名だ。お前の技師としての力を借りたい」

「……皇女殿下?」


 ブルードは面倒くさそうに、眉間に皺を寄せながら応えた。

 濃い眉毛に隠れていた目を、片方だけ大きく見開いて一瞥する。

 その赤ら顔は、熱された鉄の照り返しではなく酒のせいだろう。

 鼻から下の大部分が立派な灰色の髭で隠れており、表情が読み取りにくい。


「ワシの力? ハッ……物好きな娘っ子だな」

「ブルード! 皇女殿下に対して不敬な!」


 そのやる気のなさそうな態度をオーフェンが咎める。

 酒臭いブルードの返事を聞いたところで、レミィはポーチの光に気がついた。


 ──今回は選択が多いのじゃ……。



 ■91、曰く付きの技師に会った君は……

 A:五大人ごたいじんから紹介を受けていない。 →27へ行け

 B:五大人ごたいじんから紹介を受けている。 →104へ行け



 思わず声をあげそうになったが、今回は耐えた。

 そこに記されていたのは選択肢というより、むしろ確認に近いもの……。

 選ぶ余地などない。

 興味本位でレミィは27を開こうとしたが、そもそも該当するページが出てこない。


 ──うむ……見る権利すら無さそうなのじゃ。


「姫さん、なに遊んでんです?」


 何度も予言書のページ間を行ったり来たりする、その様子をラーズにツッコまれる。


「いや、遊んでるわけではないのじゃ」


 精一杯の抗議をするが、まぁまぁ遊んでる様にしか見えない。

 慌てるレミィを他所に、予言書は次の選択肢へとそのまま誘う。



 ■104、曰く付きの技師に対して、君は……

 A:全て事情を話し、協力を求めた。 →30へ行け

 B:事情は話さず、協力を求めた。 →68へ行け



 ──これは……どこまで此奴を巻き込んで良いものか……悩むのじゃ……。


 レミィが予言書と格闘している間も、オーフェンは説得を続ける。

 どう見ても、ブルードは乗り気ではないようだ。

 皇女権限……などと、権力を傘に無理強いするのはレミィも望むところではない。


 ──事情を話せば、少しはやる気になってくれるかのう?


 情報として伝えていたのは、枷が少年たちの首につけられていたこと。

 そして解除方法がわからない……ということだけだった。

 その枷が装着者を支配するためのものであった、ということも昨日わかった。

 だが、その枷の所有者が邪教徒であったことは伝えていない。

 もちろん、黒いモヤが出て装着者を苦しめていたことも……。


「ワシは納得できる仕事以外は請けんと決めている……他をあたれ」

「……何の罪もない子供たちが、苦しんでおったとしても……かえ?」


 選択肢を決める前に、レミィはその言葉を口に出していた。


「なに?」

「この枷は、装着者を外部から操るための物だということは判明したのじゃ……つまり、子供たちを無理やり支配するために用いられておったということになるのう」

「子供を支配? 貧民街スラムの悪ガキどもが暴れん様に管理するためなら、珍しくもない。辻褄もあっとるだろ」


 ブルードは、それがどうしたと言わんばかりに言葉を返す。


「問題は、それを邪教徒の連中が、捕らえた子供に装着させておったことなのじゃ」


 だが、レミィはそこに対して、やや食い気味に言葉を被せた。

 さすがに邪教徒という言葉には、ブルードも反応を見せる。


「邪教徒? 聞き捨てならんな……そいつがこれを使っていただと? そんなはずがあるか!」


 酒を飲む手を止め、レミィの方に向き直る。

 オーフェンには申し訳ないが、レミィはブルードを主とした目線で話を続けた。


「間違いないのじゃ。装着者を支配するばかりか、わざわざ苦しめるような魔導具マジックアイテム……他に誰が使うというのじゃ!?」

「……装着者を、苦しめる!? ……そんな馬鹿な……」


 レミィの言葉に反応して、ブルードは驚いた表情を見せる。

 その様子は、明らかに今までのものとは違っていた。


「ぬ? 何か心当たりがあるのかえ?」


 一瞬、考える様な素振りを見せたブルードに対し、レミィが問いかけた。

 だが、ブルードはそれには答えず、一人思い詰めるようにして一点を凝視する。

 その目線の先には、壊れた枷があった……。


「……わかった。とりあえず、明日にはそいつの解除方法を教えてやる」


 沈黙を経て、ブルードは依頼を請けるという旨だけをレミィに返す。

 そして、捲し立てるように話を終わらせた。


「さぁ、仕事の邪魔だ。気が散る、明日また来い」





「違和感なのじゃ」

「なにが違和感だってぇんです?」


 実験場で、ラーズの持つ分厚い革のミットを蹴りながらレミィが呟く。


「さっきのブルードなのじゃ。何故、突然仕事を引き受けたのじゃ?」

「そいつぁ、子供たちの話を聞いて……まぁ、思うところがあったんじゃあねぇですか?」


 ラーズの言うことも一理ある。

 確かに、その点は技師の“矜持”としては充分な理由になるだろう。

 だが、レミィが納得できない点は別にあった。


「邪教徒がこれを持っておったという話を出した時、彼奴は『そんなはずがあるか』と言いよったの……じゃ!」


 情報の整理をしながら、レミィはミットを思いっきり強く蹴った。


「確かに……そいつぁ、妙な言い回しでさぁね」


 ラーズはミットを構えたまま、レミィの猛攻を受け止める。


「あたかも、本来の持ち主を知っているかの様な口ぶりなのじゃ」


 軽い蹴りを何度も牽制で放ちながら、レミィは話を続けた。


「極め付けは最後の一言……『解除方法を“教えてやる”』なのじゃ……まるで……」

「解除方法自体、最初から知ってる……みてぇな?」


 レミィの、円弧を描く蹴り技がラーズの持つミットを粉砕する。


「……で? 技名のイメージは決まったんですかい?」

「……さっぱりなのじゃ」


 話の内容とは全く関連のない挙動を続けていた二人が、一旦動きを止める。

 その様子を見ていたエトスは呆然としていた。


「ラーズ卿はさておき……殿下も割と戦闘狂バトルジャンキーですよね……」

「皆さん、少しお休みしませんか?」


 フェリシアが、なにやら飲み物を用意し始めた。

 殺伐とした実験場が、突然お茶会ムードに包まれていく。


「うむ、いただくとするかのう」


 フェリシアに汗を拭いてもらいながら、ひと息入れる。

 伸びをしながら、ふと目を向けるとテーブルに置いていたポーチから光が漏れていた。


「おっと……ここは早めに見ておくのじゃ……」


 テーブルの近くまで駆け寄って、足の届かない高椅子によじ登り、予言書を確認する。

 小動物の様なレミィの動きに、ついついフェリシアもエトスも笑顔になる。



 ■30、技師の様子に違和感を抱いた君は……

 A:その動向を監視した。        →38へ行け

 B:翌日、早めに会いに行くことにした。 →84へ行け



 ──うむ、今回はかなり妥当な選択肢なのじゃ。


 今から確認に向かうか、それともこのまま明日まで待つか……その二択。

 気持ちの上では、今すぐにでも誰かを監視に向かわせたいところだった。

 だが、念のために、指を挟んでそれぞれの先を確認しておく。

 その先の先が、どうなるか……そこまではわからないが……。

 84に書かれていた内容は、ブルードが行方不明になるというものだった。


 ──これは……予想どおりといったところかのう……。


 眉を顰めつつ、指を挟んだところまで一旦戻ると、続けて38も確認する。

 すると今度は、ブルードが大怪我を負うといった内容が記されていた。

 悩まず38を選ぶつもりだったレミィは、なんとも微妙な選択を迫られることになる。


 ──大怪我とな? これはこれで不安なのじゃ……


 一方は行方不明、一方は大怪我……。

 何れも先行きは不透明で、どちらかが安泰という選択肢ではない。


 ──ぐぬぬ……怪我は……なんとか治療できるかもしれん……のじゃ!


 レミィは苦渋の決断をする。


「エトスよ……」

「はい! なんでしょう!」


 最近あまり見せ場がないと悩んでいたエトスは、ここぞとばかりに力強い返事をする。


「今すぐ、さっきのブルードの様子を見てきてくれんかえ?」

「ブルードさん……あのドワーフの技師の方ですよね。お任せください!」


 どうしてそんなことを……という疑問はあったが、エトスはそれを口にしない。

 命じられたことをただ誠実に、確実にこなす。

 それがレミィに選ばれた、帝国騎士たる自分の勤めであると考えていた。

 まぁ、レミィが直接選んだわけではないが……。


「なにか異変があれば、すぐに伝えるのじゃ」

「承知しました! 必ず殿下のご期待にお応えします! では!」


 エトスは自分を鼓舞するかの様に肩を回し、周囲にやる気をアピールする。

 そして、元気な返事と共に、ブルードの元へと駆けて行った。


「あんなに肩をぐるぐると回されて……エトス様、ご機嫌ですね♪」

「姫さんに頼られんのが嬉しいんでしょうよ」

「……はやっ!……」


 皆でエトスを見送ったあと、レミィは何かを思いついたかのように手を打った。


「レミィ様? どうされました?」

「ふっふ〜ん♪」


 フェリシアの問いかけに自信満々の笑みだけで応える。

 そして、ドヤ顔で人差し指を立て、ラーズの方を見ながら呟く。


「技の名! 『ぐるぐるきっく』!」

「そいつぁ論外です……」

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