第29話:戦闘狂と騎士の意識
「寒い! 寒い! さ・む・い・!」
入れ替わりで、御者席に着いたラーズは、防寒具もなしに平然としている。
「あれ、あああれ……あ、あの人、人間ですか?」
「あれが
身体能力……というよりは生物としての決定的な差を感じたエトスは愕然とする。
「いや、私も初めて拝見しましたが……なんとも優れた肉体ですな……」
オーフェンも、その
「彼奴は、その
「あれ、あれを……き、基準にされたら、たまりませんよ……」
フェリシアに介抱してもらいながら、エトスは情けない声を上げた。
と、皆が落ち着くのを待って、改めてレミィが枷の話に入ろうとした、その時。
またも、ポーチから光が漏れる。
──妙にサイクルが早いのじゃ。
エトスに注目が集まっているその隙に、レミィはサッと予言書を見開く。
■21、専属騎士からの誘いを受け、現状を確認した君は……
A:そろそろ、枷の話を切り出した。 →4へ行け
B:とりあえず
「は……や?」
思わず変な声をあげそうになるのを我慢……できていない。
──専属騎士からの誘いを受け……とは、どういう意味なのじゃ。
書かれたままの意味だとは思うが、イマイチ意図は見えてこない。
だが、何れにせよ今大事なのは選択肢である。
──まぁ、ここで枷の話を聞かないという選択肢はないのじゃ。
「ところで、オーフェン殿。先ほど話の出た枷の件なんじゃがのう……」
指を挟んで先の確認をすることもなく、レミィはその話を切り出した。
技師大国ワルトヘイム。
帝国の北側に位置する従属国で、雪に閉ざされた寒冷地だ。
この国では、古くから
使用者は、魔法を使わずとも同等の効果を得ることができるという優れ物だ。
その用途は多岐に渡り、表向き日常生活とは銘打っているが、無論それだけではない。
発現する効果や能力
創造する
そう、このワルトヘイムは、“魔法の武器・防具”を作成することができる国なのだ。
故に、ここの工房は様々な諸外国から、常に注視されていた。
仮に戦争ともなれば、立地的にも軍事的価値からも、ここが一番に狙われるだろう。
それほど、
そして、それを扱う技師たちには、当然ながらその仕事に対する“矜持”がある。
「なんと!? 外せない首枷ですと!?」
「うむ。鍵らしきものも見つからんでのう……その外し方がわからんのじゃ」
レミィのその話を聞いたオーフェンは、顔を真っ赤にして立ち上がり激昂する。
立ち上がったところで、あまり身長に差を感じないが、その怒りは伝わってきた。
その実、まだ“外すことのできない首枷”としか伝えてはいないのだが……。
「そんな悪質な
「大工房とな?」
「はい、我らがワルトヘイムの優秀な技師が集う、文字どおりもっとも大きな工房でしてな。このまま首都ウェルクスタッドの方に向かっていただければ見えてきます」
こうしてレミィたちは、猛るオーフェンに促され、大工房へと向かうことになった。
「これがその枷なのじゃ」
レミィの指示で、エトスはバックパックから壊れた枷を取り出し工房の台の上に置く。
オーフェン始め、複数の技師たちがモノクルを手に枷を検分し始める。
興味津々に、次々と技師たちが集まってきた。
──蟻に砂糖なのじゃ……。
あーでもない、こーでもないと言い合う中、いくつかわかったことが出てくる。
まずは、この
次に、魔力が伝わりやすく丈夫で上質な素材が使用されていること。
そして、これは拙い技術力で大量生産された粗悪品であるということだ。
この、短時間でそこまでわかるとは、なんとも優れた技師たちである。
「見事じゃのう……。さすが、ワルトヘイムの技師は一流なのじゃ」
「へっへぇ……皇女様に直接そう言われんのは……なんかくすぐってぇな」
「でも、あたしらの腕を認めてくれるってのは嬉しいねぇ!」
「ふんっ! 当然だ」
レミィの称賛にノームの技師たちはご満悦。
無愛想なドワーフの技師たちも、言葉とは裏腹に満足げな表情を見せている。
だが、そこに一人、明らかに浮かない顔で枷を凝視している男がいた。
「……オーフェン殿。あのドワーフは何者なのじゃ?」
レミィは、そっとオーフェンに耳打ちする。
どうでもいいことだが、身長が近いので耳の高さがちょうどいい。
「ああ、あの者はブルードといいまして、腕は悪くないんですが……ちょっと曰く付きでしてな」
「曰く付きとな?」
「ええ……凝りすぎと言いますか……いろいろと複雑な構造に走るやつでして、クレームが多いのです。最近では受注も減って、酒に入り浸ってましてな……」
「なるほどのう……」
しばらく枷を見つめていたブルードは、レミィの視線に気づくと足早に去っていった。
その、何か思い詰めた様な表情に、レミィは少し違和感を抱く。
「まぁ何れにしましても、明日には、あの枷の外し方……解除方法もわかるかと思いますので。皇女殿下はどうぞ、ごゆっくりなさっててください。あぁ、もちろんこのまま工房の方を視察いただいても問題ありません」
オーフェンは自信満々の笑みで、工房の全体を指し示す様に両手を広げた。
ここの技師たちの優秀さを、もっと広く帝国全土に広めたいという想いが垣間見える。
「うむ、ではいろいろと見せてもらうのじゃ」
レミィはその要望に応えるべく、しっかりと視察を続けた。
その日の夜、レミィはラーズに呼ばれ、工房の裏手にある実験場に来ていた。
ここは、試作品の実験や試運転をする施設らしい。
観客席の無い闘技場のような造りで、武器や防具の強度実験などもやっているようだ。
「お! おいでなすったな、姫さん」
先に実験場にいたラーズがレミィを出迎える。
「うむ。こんなところ、よく知っておったのう」
「まぁ見習い時代にゃ各地で訓練してましたんでね。ここはそん時に使わせてもらったんで、覚えてたんですよ」
「なるほど……そういうことかえ」
「で……後ろのお二人は?」
ラーズは、わざとらしくレミィの後ろに立っているエトスとフェリシアに声をかけた。
「ラ、ラーズ卿が殿下を夜に誘うとか言うから! へ、変なことをしないか見張りに来たんですよ!」
「一応、自分は専属騎士ってぇことになってんですが……ねぇ?」
「あんたモテそうだからっ! なんか殿下といい感じだからさぁ!」
半泣きで謎の抗議をするエトスに、最初は揶揄っていたラーズも若干引いた。
これ以上あまり弄ると拗らせそうなので、矛先をフェリシアに変える。
「んで、フェリシアさんは……やっぱり専属
「いえ! 一人で居るとなにか危なそうなので! 一番安全そうなこっちに来ました!」
フェリシアは、力強く“自分の安全のために来た”と宣言する。
ヴァイスレインで出会ってから以降、一切のブレがない。
「まぁ、そう言うことなら構やしませんが、お二人とも怪我だけはしねぇように気ぃつけてくださいよ?」
「ぬ? ラーズ……ここでいったい何をしようというのじゃ?」
まだ状況の飲み込めていないレミィが、ラーズに問いただした。
「いえ、昼間の姫さんの戦いっぷりを見て……ちょいと、遊んでみたくなりましてね?」
「え? ラーズ卿? それはどういう……」
少し、いつもと雰囲気が違うことを察したエトスが、怯える様に聞き返す。
「どうもこうも……そのままですよ。姫さん、自分の遊びにちょいと付き合ってくださいよ」
言うが早いか、ラーズは神速の踏み込みから、レミィに拳を突き出してきた。
それは、明らかに当てる気で打ち込んできている様に見えた。
レミィはギリギリの所でそれを躱し、バク転で距離を取る。
地面を揺らしながら、その超重量で魅せる軽い身のこなし。
だが、勢いをつけて着地した場所は、その小さな足の形に凹んでいる。
「あんた! イカれてんのか!? 専属騎士がなにやってんだよ!」
「この
突然の出来事にパニックになるエトスを叱咤激励する。
レミィ自身は、ラーズの意図が理解できたのか、戦闘体制に入った様だ。
「いい反応ですねぇ。じゃぁ、こっちもアゲていきますよぉ?」
不敵な笑みを浮かべたまま、ラーズは大地を削り、瞬く間に詰め寄ってくる。
互いに繰り出す牽制の速度は、最早常人の域を遥かに超えていた。
──
「はやっ!? 素手でシャシャーをやってきおったのじゃ!?」
クラスニーのそれとは、比べ物にならないほどの速さで貫手が繰り出される。
流石のレミィも、ほとんど捌き切ることができない。
実際、外皮のおかげで大したダメージは受けていなかった。
だが、もしこれが武器を持って繰り出されていたなら……。
「生来の防御力は申し分ねぇんですが……相手がそこそこの武器や技を持ち出してきた時にゃ厳しいでしょうねぇ」
ラーズは、レミィの心を読んだかの様な指摘をぶつける。
「なら、こっちから打って出るのじゃ!」
防戦一方では事態が変わらぬと見たレミィは、反撃に転じる。
小さい体を活かして懐に入り込むと、思い切り脇腹に回し蹴りを叩き込む。
その体のサイズからは想像もできないほどの重い一撃がラーズにヒットした。
「おお! いい蹴りですねぇ。こいつぁ確かに
だが、その一撃を受けてもラーズは余裕の表情で実況を続けている。
本来なら、ここから怯んだ相手にたたみかけるところなのだが、全く動じていない。
「だめだ、あれは人間じゃない……」
あのレミィが苦戦している姿を見てエトスは呆然とする。
「では、これならどうなのじゃ!」
ここでレミィは、トドメとしてよく使っていた、円弧を描く蹴りを繰り出そうとした。
ラーズの攻撃を弾くと同時に、そのまま振り上げた踵で頭部を蹴り抜く……。
他の相手であれば、手加減しなければ確実に死んでしまうだろう。
だが、相手はあのラーズである。
傭兵王国の屈強なる
おそらく、帝国内でも一、二を争う最強の闘士だ。
手加減などしている場合ではない。
バチンッと、肉を強打した激しい打撃音が実験場内に鳴り響く。
「……これですよ……こいつぁ惜しい」
レミィの円弧を描く蹴り足は、ヒットする直前にラーズの手で防がれていた。
ちょうど振り上げた足が、垂直の位置で静止するように……。
「はやぁ……これも止められるのかえ?」
「悪くねぇんですが……まだまだってぇとこですね」
蹴りの勢いごと止められたレミィは、そのまま地面に着地する。
と、そこで両者から溢れていた、燃え盛る様な闘志は薄れていく。
「しょんぼりなのじゃ」
「まぁ、これで確信しました……姫さんは、ちゃんと鍛錬すりゃあ、まだまだ強くなれますよ」
二人は、つい今し方まで戦っていたとは思えない様な穏やかさで話し始めた。
ここはこの方が良かった、あれはもっとこう……と、宛ら格闘マニアの如く……。
「なぁに和んでんですか、突然! そもそもラーズ卿! 殿下は別に戦わなくてもいいでしょう? そのためにラーズ卿が……」
「俺がいねぇ時に、あの
そこに興奮気味に割って入ったエトスに対して、ラーズは真面目な顔で応える。
「いや……それは……」
「寝室や風呂場にまで押しかけろってぇのか? そうはいかねぇだろ」
ラーズの正論に、エトスは、ぐうの音も出ない。
「せっかく、
ラーズの言葉を受け、レミィは少し考えてからこう応えた。
「別に、風呂は一緒に入ればいいだけなのじゃ」
何かを想像してしまったエトスの意識は、ここで失われた。
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