第27話:強運と皇女の実力
「で、その一名の枠に入ったのが貴様ということかえ?」
「はい。自分でも、この強運にびっくりしてます……」
ワルトヘイムに向かうことを決め、準備を整えたその当日。
レミィたち3人の前に立っていたのは、いつもの若手騎士だった。
ファンクラブ……もとい皇女騎士団総勢320名から厳選なる抽選で選ばれた一人。
間違いなく強運の持ち主だ。
「ヴァイスレインの一件から、貴様とは縁があるのう」
「そうですね。殿下のお役に立てるよう、誠心誠意尽くす所存です!」
レミィに声をかけられ、ハキハキと応える若手騎士。
だが、フェリシアは少し……違和感を抱いていた。
「あの……騎士様……」
「オメェさん、名前は?」
「それです!」
ラーズの言葉で、違和感の正体に気づいたフェリシアが思わず大声で同意する。
滅多に聞かない、フェリシアの大きな声にレミィも驚いた。
「え? 自分の名前、覚えてもらってないんですか? ひどいなぁ……自分はエトスです、エトス・アーダル、18歳。帝都生まれの帝都育ちです!」
やや落胆しつつも気を取り直し、若手騎士は改めて姿勢を正し、名を名乗る。
「ふむ、エトスか。よろしく頼むのじゃ」
そもそも、一度も聞いたことがなかった気もするが、レミィはそれを口にしない。
ただ、年齢を告げたところで、なんとなく次の展開が読める気はしていた。
「へぇ、じゃぁオメェさん、俺と同い年ってぇことかい」
「え? いや、あんた……じゃないラーズ卿と? ご冗談を……」
「かてぇ言い方しなさんなってぇ、ラーズでいい。むしろこっちじゃオメェさんの方が
ラーズは、レミィの専属騎士となったことで爵位を得ていた。
騎士爵ではあるが、その中でも最上位にあり、騎士団長クラスよりも一つ上になる。
故に、エトスからは明らかに上官にあたる。
「いや、そうはいきません……ってか、本当に同い年なんですか!? どう見ても20代中盤じゃないですか」
絵面を見る限り、後から来た年上の後輩にイジられる若手の先輩という構図。
体躯の違いもあるだろうが、どう見ても同い年には見えなかった。
「ともあれ、ワルトヘイムへの視察は、この4人だけで動くことになるからのう。皆、よろしく頼むのじゃ」
「はい♪」
「あいよ」
「承知しました!」
レミィの号令に、じゃれあっていた騎士たちも姿勢を正して応える。
目指すは北の地ワルトヘイム……
「レミィ様、少し雪景色になってきましたよ」
窓の外を眺めていたフェリシアが、少し嬉しそうな声でレミィに声をかける。
帝都を出発してから数日が経過した。
ワルトヘイムまでの旅路も、基本的にはルゼリアに向かった時と大差はない。
国境を越えるまで馬車で移動し、ワルトヘイム側の神殿を訪れ、
あとは、そのまま最寄りの
強いて言えば、今回は北の大地……雪の降る寒冷地での活動となること……。
そこは普通、それなりの装備をしていかなければならないだろう。
「二人とも、寒さは大丈夫なのかえ?」
ラーズが乗ることも考慮された新しい馬車の中で、レミィは専属の二人に問いかけた。
「
「私も……
いつもどおりの軽装鎧に、いつもどおりの
寒冷地への対策をとっているように見えない二人からの答えは、あっさりしたものだ。
「なんとも、頼もしい返事なのじゃ」
「そういう姫さんはどうなんです?」
同じく、いつもと変わり映えしない軍服姿のレミィに対し、ラーズも問い返す。
「ふむ……正直、暑い寒いで苦痛を感じたことはないのじゃ」
竜という存在は、この世界において最も完成された生き物の一種といえる。
凡ゆる能力が秀でていることはもちろん、環境への適応力も極めて高い。
結果的に“それなりの装備”は、エトス以外誰も必要としていなかった。
そんなことは露知らず、エトスは防寒具をばっちり着込んで御者席に搭乗する。
「へっくしょっ! あ〜冷えるな……。でもまぁ、ラーズ卿はさておき……殿下とフェリシアさんには、寒い思いさせられないからな……如何なる時も、か弱い
自らを鼓舞しつつ、何度もくしゃみをしながら、エトスは御者の役目を果たしていた。
新たに用立てられた皇女専用の馬車は、6頭立ての豪華仕様だった。
これは6頭立てでなければ引けない重量であるというだけで、他に意味はない。
だが
周囲に対して“私はお金を持っています”と宣伝しながら走っているようなものだ。
となると本来であれば“そういう輩”が目をつけてくることになるのだが……。
「しかし、刺激のない平穏な旅路じゃのう」
「いや、この馬車を襲撃しようって馬鹿ぁいねぇと思いますよ?」
レミィの呟きに、ラーズは間髪を入れずツッコむ。
全方位にミスリル銀をあしらい、多少の飛び道具や魔法ではびくともしない重装甲。
加えて、6頭立ての馬も皆
さながら戦場を駆け抜ける重戦車のような姿をした、この新生皇女専用馬車。
確かに、これに襲撃を仕掛けてくるような輩は、相当の馬鹿か手練のどちらかだろう。
「むー、おかしいのう。確か馬車が襲撃されるといった記述があったような……」
「記述……ですか?」
予言書で目にした言葉をつい口にしてしまったレミィに対し、フェリシアが問い返す。
「はやっ? やっ、なんでもないのじゃ!」
と、慌ててレミィが誤魔化そうとしたその時、御者席から窓を叩く音がした。
「殿下! 少し先の方で、所属不明の馬車が何者かから襲撃を受けています!」
「ったく、どこにでも湧いてきやがんな、その手の連中はよぉ……」
エトスの報告を聞いたラーズは吐き捨てるように言うと、すぐさま臨戦体制を取る。
今にも馬車から飛び出していきそうな勢いだ。
その勢いにレミィも続く。
だが、立ち上がろうとしたところを見計らったかのように、予言書が光を放った。
──ぬ、微妙なタイミングなのじゃ……間に合うかのう?
先のコデックスと話してから、レミィは、より慎重な選択を心がけていた。
比較検討を大前提に、確認した予言書に書かれていたのは……。
■96、道中、襲撃を受けている馬車を発見した君は……
A:自ら戦場に躍り出た。 →50へ行け
B:頼れる臣下たちに一任した。 →73へ行け
──うむ。どっちでもいいとしか言えんのじゃ。
相手が
だが、それ以外の者であれば、ラーズとエトスの二人に任せても問題はないだろう。
「姫さん、命じてくれりゃ、すぐにでもカタぁつけてくんぜ?」
「いや、すこし待つのじゃ」
レミィは指を挟み、急いで一つ先の内容を確認する。
50……の先は、これといって危険もなさそうな感じだ。
「殿下! このまま進めば、すぐ接触しますよ! どうするんですか!?」
「急かすでない! とりあえず、止まらず進むのじゃ!」
ややテンパった様子のエトスに、レミィは強めの口調で返事を返しつつページを捲る。
73の先に記されていた内容も50とそう大差ないものだった。
今の段階では、レミィにとって本当にどっちでもいい状態でしかない。
「姫さん!?」
「殿下!」
珍しく判断に困った様子のレミィに対し、エトスとラーズは同時に声をあげる。
「ぐぬぬ……ラーズ!
「いや、姫さんも出るのかよ!」
「なんで殿下が行くんですか!?」
想像していた指示とは違ったのか、二人は驚いたような表情で聞き返した。
レミィが選んだのは50……自ら戦場に躍り出るという選択。
とはいえ一人で方を付けるには、状況もよくわかっていない。
ラーズが一緒にいた方が、短時間で片付けられるだろうという算段だ。
「エトス! そのまま突っ切るのじゃ!」
「もうめちゃくちゃだぁ!」
辺り一面が雪に染まる中、辛うじて道だと思しきところを駆け抜ける白銀の戦車。
襲われる馬車の元に辿り着くと同時に、ラーズとレミィは
颯爽と襲撃者たちの前に現れた、銀髪の巨漢と白金髪の少女。
「へぇ、なるほど……こいつぁなかなか、珍しいお客さんだ」
そう言ってラーズは目の前の、長く白い体毛に覆われた巨大な生物を見据える。
相手は、そのラーズよりもひと回りほど大きな体をしていた。
猿のような容貌に長い前腕、そして発達した筋肉、その特徴が示すのは……。
「これは
本来は山岳部に生息する魔獣であり、このような街道で出会う相手ではない。
「彼奴は御者席から何を見ておったのじゃ……
対象が邪教徒ではないと知ったレミィは、自分が出るまでもなかったと悔やむ。
その実、
「あ、あんた方は!?」
「通りすがりの旅人ってぇやつよ」
悲壮感溢れるその声に、ラーズはいつもの調子で応えた。
「た、頼む! 助けてくれ、我らはワルトヘイムの……」
「『助けてくれ』? おい、そいつぁちょっと違うんじゃあねぇかい?」
不敵な笑みを浮かべながら、ラーズは兵士の方に向き直った。
「う、後ろ! あぶなっ……!」
その声よりも早く、ラーズは後ろを向いたまま
と、そのまま裏拳を顔に入れ、さらに強烈なアッパーで顎を砕いた。
一瞬で、その白い毛に覆われた巨体が雪原に崩れ落ちる。
「そこは『助けてくれ』じゃねぇよ。『助かった』が正解だぜ」
余裕の表情のまま、ラーズは言葉を続ける。
何が起きたのか、理解の追いつかない兵士たちは、そこに返事もできなかった。
「ぬー、ますます
相変わらずの秒殺劇に、レミィは出てきたことをさらに後悔しはじめる。
「さて、姫さん!」
「はや?」
その戦いの真っ只中で、ラーズはレミィに対して突然声をかける。
「あのルゼリア王が言うだけの、すげぇとこ……自分にも見せてくださいよ」
そう言いながら、ラーズはもう一体居た
あれだけの巨体が、あんな簡単に宙を舞うものかと、兵士たちは唖然とする。
「ぬ? ふふ〜ん♪ そこまで言うならしょうがないのじゃ」
すっかり機嫌を良くしたレミィは、残る一体の
何か武術の構え……というよりは、ただ腰に手を当て、ドヤ顔で立っているだけだ。
そして、そのまま自分の3倍くらいある相手をあごで指すように挑発した。
「ラーズにいいところを見せねばならんでのう。ほれ、かかってくるのじゃ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます