第26話:呪印と新月の子供たち

「殿下こちらです」


 はやる気持ちを抑え、若手騎士に連れられて来たのは孤児院ではなく魔導省だった。

 帝都の中心部にある三導省の一つ、魔導省は魔法に関することを統括する機関だ。

 その研究室らしき一室に通されたレミィは、そこで悲惨な光景を目の当たりにする。

 体中に惨たらしい傷を負った孤児院の職員と子供たち……。

 そして、拘束されるイチル少年。


「何があったのか、順を追って説明するのじゃ」

「はい。ある夜、あそこに居る少年が突然凶暴化して暴れ出し、他の子供たちに危害を加えるような動きをみせまして……」


 文官らしき者は、拘束されたイチルの方を指してそう告げた。


「最初は、子供同士の喧嘩かと職員も静観していたのですが、どうも様子がおかしいと止めに入ったところ、想像以上の力で跳ね飛ばされ、その職員も怪我を負いました」


 軽い報告でぼかされているが、職員の状態を見る限り相当の抵抗があったのだろう。

 刻まれた傷跡が、その激しさを物語っていた。


「非常事態と判断した他の職員が、急ぎ魔導省に連絡。子供たちを傷つけぬよう、複数名の魔導士による拘束魔法をもって無力化し、こちらへ搬送しました」


 すらすらと明快な説明で、文官はレミィに事の次第を伝える。


「ふむ、的確な判断じゃのう。よくやってくれたのじゃ」


 子供たちを守ることを最優先で対処してくれた文官たちに、レミィは感謝を告げる。

 だが、よく見るとイチル以外の子にも拘束具がつけられていることに気が付いた。


「ぬ? これは……他の子供たちも、暴れ出したのかえ?」


 拘束具を指差し、レミィは改めて文官に問いかける。


「いえ、それが……一瞬、文字どおり目の色が変わって、襲いかかってくる素振りは見せたのですが……」


 文官は、なにか奥歯に物が挟まったような物言いで口籠もる。

 その表情から察するに、何か非常に言いづらい内容のようだ。


「そこから、何があったのじゃ?」

「はい……。その首にある枷……でしょうか? そこから黒いモヤのようなものが現れると、そこからおとなしく……いや、苦しみ出したのです」


 言い澱む文官を促したレミィは、その応えに少し驚いた。

 首につけられた枷に何某かの魔法的効果があることは想像がついていたが……。


「はやぁ? あの首につけられた枷は、凶暴化を抑える物だということかえ?」

「それはまだなんとも……。現時点では判断が難しく、念の為に拘束具を付けさせていただきました」

「あの……命に別状は?」


 いてもたってもいられなかったのか、フェリシアがそこに割って入った。


「その点はご心配なく。先ほどもお伝えしましたとおり、魔法で拘束しただけで傷はつけていません。そのあとは容態も落ち着いてきたので、もう拘束具は必要ないかとは思うのですが……」


 文官の説明にフェリシアは胸を撫で下ろす。

 今にもイチルの元へ駆け出していきそうな勢いだったが、そこは我慢したようだ。


「それで……姫殿下にご覧いただきたいものがございまして」

「ふむ、なにかのう?」

「……まずはこちらです」


 改めて文官に促され、目を向けた先には首の枷が外された状態で置かれていた。


「これは、外せたのかえ?」

「いいえ、こちらはあの少年と揉み合っていた別の子供の枷なのですが……」


 そう言って文官が指差した先を見ると、どうやら一部が破損しているようだ。


「何か大きな負荷がかかったのでしょうか。ここと、ここが壊れていたので、外せた……というより外れたのです」


 レミィは、壊れた枷を手に取って、まじまじと見つめる。

 思ったより軽く丈夫で……内側には何やらルーン文字らしきものが彫り込まれている。


「ふむ、これを調べれば、何かわかるかもしれんのう」

「はい。ただ、できる限りの手は尽くしたのですが……特異な技術で作成された物のようで……詳細までは調べられておらず……」


 文官は申し訳なさそうにレミィの顔色を窺う。

 これはお叱りを受けても止むなしとでも思ったのだろうか。


「これが魔導具マジックアイテムとなれば、作成した者にしかわからぬこともあるからのう。致し方あるまい。ここまでの解析、ご苦労だったのじゃ」


 だがレミィからの言葉は、報告をしてくれた文官への労いだった。

 そもそも独自性の高い魔導具マジックアイテムは、そうそう誰にでも仕組みがわかるものでもない。


「寛大な姫殿下に感謝いたします。あと、もう一つ……」


 その反応に安堵した文官は、もう一つ別の話を切り出した。

 壊れた枷の横に、何やら紋様が描かれた羊皮紙をそっと置く。


「これは何かのう?」

「枷が外れた子供の、首の後ろに刻まれていた何かの呪印です。おそらく、これは秘術と神術を組み合わせた呪いの類でしょう。精神に直接作用するような効果があることは確認しました」


 今度は自信ありといった表情で、文官は詳細を報告する。

 魔法そのものの知識については、流石に帝国最高峰の魔導省といったところだろう。


「こんなものが刻まれておったのかえ?」

「はい。ここからは、どういう条件で発現し、他にどういった効果を及ぼすのか、神導省とも協力し引き続き……」

「いや、条件は大方目星がついておるのじゃ……」


 続けて課題と今後の方針を伝えようとしたところでレミィから制止される。


「はぁ……と申されますと?」


 事態が飲み込めていない文官は、レミィに問い返す。

 レミィは研究室に貼り出された月読みの星図を指さしながら、呟いた。


「次にくる月の無い夜……此奴らは“新月の子供たち”なのじゃ」





 皇女殿下が、またもや視察に出るという噂が宮中に伝わる。

 当然、騎士たちはいつものように召集され、部隊が結成されるものと思っていた。

 だが今回はその公募自体が実施されなかった。


「なぜだ!?」

「我々の癒しがっ!」


 何げにレミィとの旅路を生き甲斐にしていた騎士たちからは、悲痛な声が聞こえる。

 元より護衛ではなく、日々の生活を補佐する意味で騎士たちはレミィに同行していた。

 だがそこに関しては、フェリシアさえ居れば、全て一人で事足りてしまう。

 ではそのフェリシアの護衛を……となっても、ラーズがいればそれで充分だろう。

 最高の専属侍女メイドと最強の専属騎士……。

 この二人が揃った時点で、部隊を編成する必要性はなくなってしまったのだ。


「妙に、騎士団宿舎の方が騒がしいのう……何かあったのかえ?」

「さぁ、何があったのでしょう?」


 レミィは自分の執務室で、次のワルトヘイム視察に向けた準備を進めていた。

 同行の決まっていたフェリシアも共に支度をする。


「あー……姫さん、戻りましたよっと」


 そこへ、別件でレミィの傍を離れていたラーズが戻ってくる。


「おお、ラーズ戻ったかえ。ご苦労だったのじゃ」

「おかえりなさいませ、ラーズ様」


 従属国とはいえ、ラーズは外部から帝国の騎士として雇用された者。

 そういった外部の者を皇女宮で雇い入れる際には、非常に手続きが多くなる。

 フェリシアの時もそうだったが、少なくとも一週間は儀式の予定でいっぱいだった。

 百戦錬磨のラーズも、さすがにこれには辟易としていた。


「お疲れのご様子ですね」

「ええ……100人の軍勢相手にしてる方がよっぽど楽ですよ」


 疲弊したラーズをフェリシアが労う。


「まぁ、今日はいい気晴らしもできたんで、少しゃあマシですがね」


 と、そのまま執務室のソファに全身を預けるようにもたれ掛かり伸びをした。

 明らかにその体躯を支えられていないソファは、ラーズが動くたびに悲鳴をあげる。


「気晴らしとな?」


 あの面倒な手続きのどこに気晴らしがあったのかと、レミィは興味本位で聞き返す。


「いえ、“先輩方”に『姫殿下の専属足りえるかどうか! 我々が見定めてやる!』ってぇ言われましてね? そのまま稽古をつけていただいたってぇ話ですよ」


 ラーズは肩をすくめながらレミィにそう伝えた。


「はやぁ……ちゃんと手加減はしてやったのかえ?」

 ただでさえ屈強なルゼリア人ルゼリアンの、ましてや煉闘士ヴァンデールであるラーズに挑んだのだ。


 相手が無事で済んだとは思えない。


「そりゃもちろん。でもまぁ、さすがは帝国騎士団ってぇやつですよ。何回倒されても、誰一人諦めませんでしたからねぇ」


 誰一人というからには、相当数の騎士がのされたのだろう。

 とはいえ、歴戦の猛者であるラーズに、ここまで言わせたのなら栄誉あることだ。


「そういやぁ『姫殿下との旅を、貴殿だけに独占はさせん!』ってぇずっと言ってましたよ」


 もっとも……動機に、やや問題があるようには感じられるが……。


「……何を言っておるのじゃ、其奴らは……」


 やや呆れたように、レミィはジト目で遠くを見つめた。


「皆さんレミィ様と一緒に旅をしたいのですよ」

「確かに、ありゃあ騎士団全体の士気にも関わってくるレベルでしょうね」

「そういうものなのかえ?」


 フェリシアとラーズの意見を受けて、レミィは少し悩む。

 次にあの堕徒ダートクラスの者が現れた時、誰かを守りながら戦うだけの余裕はあるか?

 その自問自答に対するレミィの答えは、正直“自信がない”だった。

 見た目と性格に難あれど、堕徒ダートの強さは本物だ。

 最初こそ、相手が油断していたのでレミィにも勝つことができたが、次はわからない。

 故に、できる限り最小限、手の届く範囲で人員の数を収めたいとレミィは考えていた。

 とはいえ、騎士団の士気を下げるというのも、望むところではない。


 ──どうしてこういうところで、予言書は選択肢を出してこんかのう……


 誰にも相談できない愚痴を一人で昇華しつつ、レミィは一つの決断をする。


「うむ、一名だけ騎士団からも連れて行くことにするのじゃ」





 その日の夜、レミィはベッドに沈み込んだまま、予言書を手に選択肢を確認していた。



 ■45、邪教徒の枷から新月の子らを解き放つため、君は……

 A:魔導省に調査を命じた。 →76へ行け

 B:自らワルトヘイムの工房へと向かった。 →96へ行け



 いままでの流れから察するに、ここで自分が動かないという選択肢はない。

 だから96を選ぶつもり……なのだが、先日のコデックスの言葉が頭に引っかかる。


 ──“一つ先”までは見ることができても、“その先”まではわからないのですから。


「こういう時は、指を挟んで先を確認しておいた方がよいのかもしれんのう……」


 戦闘中や、なにかしらの行動をしている最中に予言書を見る余裕はない。

 仮に見ることができたとしても、比較検討している暇はないだろう。

 そう考えたレミィは指を挟みながら、あえて選ぶつもりのない76を覗いてみる。

 と、そこには調査を担当した魔導省の文官が殺害されるという内容が記されていた。

 さらに少年たちも、そのまま行方不明になるという結末だ。


「ぬー、内容が過激なのじゃ……」


 元より選ぶつもりはなかったが、さすがにこの選択肢はないとレミィは判断した。

 96では、旅の途中に起きるちょっとしたトラブル程度しか記されていない。


「さすがに、この差は激しすぎるのじゃ……」


 レミィは予定どおり、96の方へ進むことを決意する。

 誰かが殺害されると知って、その未来を選ぶことはできない……。

 例え、その先の先が間違いだったとしても。


「あとは……同行する騎士さえ決まれば、すぐにでも北へ出発するのじゃ」


 そう呟いたレミィは、そのまま眠りの世界へと誘われていった。

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