第24話:傭兵王国と未来の展望

「ラーズ・クリード、汝を100代目煉闘士ヴァンデールとして認め、その称号を授ける……これからも、その“強さ”を示し、“誇り”を忘れることなく、闘士として鍛錬を続け、励むが良い」

「……謹んでお受けいたします……」


 予想外の出来事はあったが、闘神祭は滞りなく閉会式を迎える。

 変則試合や、堕徒ダートの襲撃を経て、最終的に勝ち残っていたラーズが優勝者となった。

 本来は、このあと先代との最終戦があったのだが、ルゼリア王はそれを不要とする。

 その決定に反対する者はらず、他ならぬ御三家の大臣までもが賛同した。

 天覧席から舞台に降りてきたレミィたちも、そこに立ち会う。


「よく、あの連中が認めよったのう……」

「ははは、まぁ命を救ってもらった相手を、無碍にもできんだろう」


 レミィの問いに、ルゼリア王は笑いながら答えた。

 先代が相手をしたところで勝敗は見えていたというのも理由にあるが、口にはしない。

 ルゼリアにとって、煉闘士ヴァンデールは英雄でなければならないのだ。


「で、だ……100代目……一応は、神聖帝国グリスガルドの皇女殿下専属騎士という肩書きもついてくることになるのだが……」

「そもそも帝国の闘士として名乗りをあげたんです。そいつも、喜んで受けさせてもらいますよ」


 こんな面倒そうな役回りを引き受けてくれるだろうかと、レミィは少し心配していた。

 いくら皇帝陛下の勅命とは言え、無理強いはしたくない。

 だが、意外にもあっさりとラーズはそれを受け入れ、専属騎士となることを了承する。

 その返事には、レミィも少し距離が近づいたと大喜びだった。


「あんな連中に狙われてるってぇんなら、自分も引き受ける甲斐があるってぇモンですよ」


 その実、ただの戦闘狂バトルジャンキーだっただけなのだが……。


「ぐぬぬ……おカタい奴かと思えば……いろいろと掴みどころのない奴なのじゃ」

「そいつを姫さんに言われるたぁ、思いませんでしたよ」

「!?」


 何気に声をかけてきたラーズの言葉を耳にして、レミィはすぐに機嫌を直した。


「にひひ……“姫さん”なのじゃ」

「……ん?」


 いつの間にか他人行儀な“姫殿下”という呼び方から、“姫さん”に変わっている。

 それだけで、レミィにとっては嬉しい出来事だった。





「よかったのか? あのラーズを煉闘士ヴァンデールにしてしまって……」

「……あんな化け物が先代となっては……もう後進は、出て来んかもしれんぞ……」


 華々しい舞台の裏で、御三家の大臣たちは俯き加減に話をしていた。

 ラーズの煉闘士ヴァンデール襲名を推したのは、あの時命を救ってもらった大臣だった。


「もともと……ルゼリア人ルゼリアンは生まれながらにして強靭な肉体を持つ、優れた兵だ。わぁざわざ、厳しい訓練や条件をつけて追い込まんでも、基礎的な技術さえ身につければ、充分な戦力になると……我々は思っておった」


 その大臣は、二人に目を合わせないまま、言葉を返す。


「だぁが、実際はどうだ? 突然現れた、たった一人の襲撃者……“強者”相手に、手も脚も出ない。傭兵王国が聞いて呆れるわ!」


 自分自身に対して腹を立てるかのように、地面を踏み締めながら強く言い放つ。


「我々が間違っておったのか……」

「……士気を上げるためにと兵の扱いを軽んじ、名ばかりの煉闘士ヴァンデールを育成してしまった。その結果、我が国ルゼリアの財産である兵の質が……落ちた……か」

「著しく国益を損ねていたのは、我々ではないか……」


 御三家の大臣たちは、皆下を向いたまま、悔悟の念を口にした。


「……王に……もう一度、相談しよう……」

「ああ……亡くなったあの子らためにも……この国は強く在らねばならんのだ……」





 翌日、レミィは専属騎士となったラーズを伴って帝都へと戻ることになる。

 皇帝陛下の代理として闘神祭を天覧し、当代煉闘士ヴァンデールの襲名式にも参列した。

 これで、この旅の目的は全て果たせたはずだ。

 出立前にレミィは、ルゼリア王に対し“新月の夜”には気をつけるよう伝えておいた。

 例の首に枷がついた魔獣の件に関して、情報を共有しておく必要がある。

 先の、孤児たちの件を鑑みるに、何処かで獣を使った実験をしている可能性もあった。

 邪教徒の潜伏先を調査することも含め、警戒体制を怠らぬよう注意を重ねる。


「承知しましたレミィ嬢、魔獣の件は、何か分かりましたら必ずお知らせします」

「うむ。頼んだのじゃ」


 レミィの言葉に、ルゼリア王は外交用の口調で丁寧に応える。

 プライベート時とのギャップが激しい。


「それはそうと……闘神祭も終わったというのに、闘技場の方が賑やかなのじゃ」

「ははは、それはもう……あんな戦いを見せられたら、ルゼリア人ルゼリアンの血が黙っていられなかったのでしょう」


 そう言って、ルゼリア王は豪快に笑う。

 ラーズの襲名後、次代の闘士たちは皆奮起したそうだ。

 かつて傭兵王国と呼ばれ、大陸屈指の軍事力を誇るとされていたこの“強国”ルゼリア。

 その“強国”の闘士たちが、たった一人の襲撃者に蹂躙されたという事実。

 名誉挽回のためには、ここから真に強き闘士を育成していかねばならない。

 若干18歳にして煉闘士ヴァンデールとなったラーズは、そんな闘士たちの憧れとなったのだ。

 ただ、ラーズが自分より年下だと知って、御三家後見の闘士は落胆していたようだ。

 自分が19歳で最年少煉闘士ヴァンデールになるつもりだったらしい。

 まぁ、そもそも、勝てなかったし、なれなかったのだが……。

 何れにせよ、今回の堕徒ダートの襲撃はルゼリアの在り方を変えるきっかけとなった。

 大臣たちも方針を変え、王と共に再び“強国”復活のために尽くすと言っている。

 このルゼリアが再び“強国”となるまで、そう時間は必要ないだろう。





 帝都へ戻る馬車の中、来る時は外に居たラーズも、レミィたちと車内に同乗していた。

 立場が“皇女専属騎士”となった以上、その傍を離れるわけにはいかない。

 決して小さな馬車ではないのだが、その巨体が乗り込めばたいして余裕はなかった。

 その姿勢に関わらず、ラーズがそこにいるだけで片側半分は埋まってしまう。


「そんなに、小さくはないはずなんじゃが、狭いのう……」

「私は、そんなに狭く感じませんが……」

「姫さんのサイズに合わせてあったからじぁあねぇですか?」


 フェリシアがフォローするも、当のラーズは軽い言葉でレミィを揶揄う。

 まるで、長い期間旅を続けてきた仲間のように、馴染んだ会話が3人の間で続いた。

 途中、ラーズと出会った道中の神殿にも、寄ることは忘れなかった。

 そこを任せていた騎士たちや警備隊副官に事情を話し、今後の指示を伝える。

 副官には、皇女権限で国境警備隊隊長兼神殿警護団団長という役職が与えられた。


「隊長……どういうことですか……いや、俺はもう胃がもたないです……」

「いやぁ……まぁ、なりゆきってぇやつよ。後は頼んだぜ?」

「まぁ、隊長の夢が叶ったって話ですから……はい……ここのことは俺に任せてください!」


 ずっと自分をサポートし続けてくれた副官に、あとを任せて託す。

 と、ラーズは他のメンバーにも惜しまれながら、警備隊の隊舎から去った。


「もういいのかえ?」

「今生の別れってぇわけでもねぇんです。こういうのはあっさりしてた方がいいんですよ」


 名残惜しむような素振りも見せず、ラーズは、ただ深々と隊舎に頭を下げる。

 軽い言葉と飄々とした態度に上書きされてはいるが……。


「いろいろと、おカタい奴なのじゃ」

「なにか、言いましたかい?」


 レミィの呟きを聞き逃さなかったラーズは、そのまま聞き返した。


「ラーズ様は真面目な騎士様だと、仰っておられました」

「そうは言っておらんのじゃ」


 再び、いつもの会話の流れになったその時、予言書が光を放つ。


 ──ぬー……二人が近いのじゃが……


 馬車の中、明らかに注目を浴びるこの状態ではあるが、レミィは予言書を確認する。

 前回最後に選択したのは44……なし崩し的にルゼリア王に止められて選んだものだ。

 そこには選択肢がなく、次のページに進む指示がある、というタイプだった。


 ──これは前にも経験済みなのじゃ。


 進んだ先には、以前と同様に長文が記されていた。

 今回のルゼリアでの出来事を振り返るような内容、そして、少し未来の出来事……。



堕徒ダートの精鋭、“黄の使徒”を退けた君は、ルゼリアに蔓延る邪教徒の勢いを鎮めることに成功した。だが“新月の子”そして“新月の獣”への警戒を忘れてはならない。“愛の恩寵”と“信仰の恩寵”を伴って、君は未知なる謎を解き明かすために、次の階梯へと進むことを決めた。目指すは北の地ワルトヘイム、黒曜の工房。新たな発見が、君を導いてくれる』



 ──うむ、また新しい単語が出てきとるのじゃ……。


「なにか、気になることでも書いてあるんですかい?」


 突然本を開いて、難しい顔をしているレミィに、ラーズは何気なく問いかけた。


「いや……ぬー、まぁ気になることではあるのじゃ」


 どう説明したものかと、曖昧な返事で言葉を濁す。

 いっそ、この二人には予言書のことを伝えてしまっても良いような気がしていた。

 だが、続いたラーズの言葉に、レミィはその考えを改めることになる。


「まぁ、ちらっと見た限り、共通語しか知らねぇ自分にゃ読めそうにねぇんですが……」

「はやっ!? この字が読めんとな?」

「ええ、そいつぁ何語ですかい?」


 ラーズの表情を見る限り揶揄っているような様子はない。

 レミィには、一般的な共通語で記載されているように見えているのだが……。


「フェリシア! これが読めるかえ?」

「えーっと……上にある数字? ですか? それはなんとなく読めるのですが……」


 フェリシアにも確認するが、数字以外は全く読めないという。

 どうやら、この予言書はレミィにしか認識できない文字で記されているようだ。

 横から読まれる心配はないということではあるが、それは同時に……。


 ──だれにも伝えてはならないという警告……とも考えられるのじゃ……。


 その考えに至ったレミィは、内容には深く触れず、この場は一旦予言書を閉じた。


「ふむ、まぁわらわも少しずつしか読めんでのう……思い出した時に読み返すようにしておるのじゃ……たまに突然読んでおっても気にせんでほしいのじゃ」

「ええ、わかりましたよ」

「はい。わかっています」


 素直な二人に助けられ、この場は予言書から話題を逸らすことができた。

 何れにせよ、記されていた内容は、相も変わらず難解な言葉ばかりだった。


 ──“黄の使徒”は、あの刺青男。“新月の子”と“新月の獣”は、首枷の話かのう……。


 レミィは、わかる部分だけでも頭の中で整理しようと試みる。

 できる限り、全体を把握しておきたいところだが、謎が謎を呼んでいく。

 未だ“恩寵”という物は、どこから授かったのか見当もつかない。


 ──ぬー、世界を滅亡から救うための……先が全く見えんのじゃ!


 思わず口にしそうになった言葉を、レミィはなんとか飲み込むことができた。

 そして、大きなため息に全てを込めて吐き出した。

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