第23話:激闘と傭兵王国の誇り

「ルゼリア王……この状況で、なにをニヤニヤしておるのかえ?」

「ははは……いやな、あんなのが相手なら、ラーズも本気で戦ってくれるのではないかと思ってな……楽しみで」


 場内の観客たちが、舞台の上にいる異形を目にして騒ぐ中、ルゼリア王は平常運転だ。

 だが、その観客たちの中にも落ち着いた様子で状況を見届けんとする者が数名いた。

 皆、一様に褐色の肌に優れた体躯の者……ルゼリア人ルゼリアンである。


「……今まで、本気ではなかったというの……かえ?」

「いや、どうだろうな? ただ、ラーズの奴、まだレミィちゃんとの約束は果たしていないだろう?」

「はや? 約束とな?」


 ──じゃあ姫さん、次はアレたぁ別の技も見せてやんよ。


 レミィは、闘神祭に送り出す前に、ラーズと交わした会話を思い出した。


「おお、そうなのじゃ! 別の技なのじゃ!」

「それだ。少なくとも、それくらいは“魅せて”くれるだろう。なぁ……戦友?」





 舞台に立つのは、異形と化した刺青男……そしてラーズの二人だけだ。

 中央で向き合い、互いにその間合いをはかる。


「ひとつ聞かせてちょうだイ? さっきのお二人さんは、どうして助けなかったのかしラ?」

「あいつらぁ闘士だ……他人に助けられるなんざぁ、その“誇り”が許しゃしねぇだろ」

「アラ冷たイ。そんなちっぽけな“誇り”なんかのために、仲間を見捨てるなんテ。そもそもアンタたちは……」

「ベラベラとうるせぇよ! 喋りに来てんのかぁテメェはよぉ?」


 言葉を遮られた異形は、そのつり上がった目を丸くして絶句する。

 そして、そのラーズをも少し上回る巨躯を震わせながら、不機嫌そうに応えてきた。


「あっそウ……いいワ、始めましょウ! アタシは“黄の使徒”ジョルティ。真なる竜神ニルカーラ様に仕える最も美麗なる堕徒ダート!」

「ルゼリア……いや、グリスガルドの闘士ラーズ・クリード。二つ名もねぇただの闘士だ!」


 両者共に、場内に響き渡るほどの大声で名乗りをあげる。

 ここで妙に紳⼠的な振る舞いを⾒せるのは、強者とはそういうものなのだろうか。

 お互いに出方を探りながら、先に動いたのは刺青男ジョルティだった。

 大槌を手に、ラーズの目前まで素早く詰め寄ると、そのまま剛腕で一気に振り抜いた。

 対するラーズは、まだ自分の武器を抜いていない。

 半身に構えたまま、弧を描くように左右へステップして、その大槌を躱す。

 本来、一撃必殺を信条とする大槌で、ここまで早く連続で攻撃する者はいないだろう。

 その強靭な体幹と剛腕を持つジョルティ……異形だからこそ成し得る荒業だった。


「アラ、まだ武器を抜かないのかしラ? 逃げてばかりじゃ……!?」


 軽口で挑発しようとしたジョルティの肩口を、不意に何かが通り抜ける。

 見れば、いつの間にかラーズはその手に槍を握っていた。

 ジョルティの攻撃を避けつつ、倒された闘士の槍を足で掬い上げていたようだ。


「この状況で、武器を拾うなんテ。アンタ……拾った武器しか使えないのかしラ?」


 余裕の表情で強気に言葉を返すジョルティだったが、内心はかなり焦りがあった。

 寸でのところで躱せたものの、あと僅かでも気づくのが遅れていたら顔面に直撃だ。

 しかも、表情ひとつ変えず、何の前触れも無しに繰り出してきた。


「……その腰に下げてる、妙な形の剣も飾りなのかしラァァァ!?」


 尚も余裕を演出しようと軽口を叩くが、まともに話すいとまもない。

 大槌を振り下ろした僅かな隙に、ラーズが握る借り物の槍が一閃する。


 ──閃錐せんすい──


 その槍が、どれだけ相手を滅多刺しにしたのか、周囲にはほぼ見えていなかった。

 ジョルティの左脇腹から肩口にかけて、外皮がボロボロに崩れていく。

 何度も貫かれ、まるで何かに侵食されたかのように穴だらけだ。


「へぇ……かてぇな」


 ラーズの技、そしてジョルティの外皮の硬さに耐えられなかった槍の穂先が砕ける。

 攻撃がおさまったことを察したジョルティは、一旦間合いを取りなおした。


「ニ、ニルカーラ様から授かった、この美しい鎧皮がいひを……そんな安物の槍で削るなんテ……」


 相当の硬度を自負していた、自分の外皮があっけなく砕かれたことに動揺する。

 だが、その一瞬目を逸らした僅かな隙にも、銀髪褐色の獣は追撃を加えた。


「次ぎゃ……!?」


 取りなおしたはずの間合いは詰められ、ジョルティは大槌を振ることもできない。

 追い払おうと柄を短く握りなおしたところで、顎に高速の肘打ちが入った。

 ジョルティの意識が一瞬飛びかける。


「……はっ!? ……なによ今の……アンタ、ちょっとおかしいんじゃなイ!?」


 全くの死角から打ち込まれた肘を、ジョルティは認識できていなかった。

 その足は、若干ふらついているようにも見える。


「テメェらみてぇな異形でも、一応、朦朧はすんだなぁ」

「バ……バァ……バァカにしテー!」


 その咆哮にも似た声に合わせ、胸元にあった不気味な紋様が強く黄色く輝き始める。

 目に優しくない、ドギツい色だ。


「半殺しで済ませてあげようと思っていたけど、もういいワ、闘技場ごと……粉砕してやるぞコノ、クソガキャ!」

「そいつがオメェさんの本性かい……余裕カマしてるよりゃあ、そっちのがまだマシだぜぇ」


 目視できるほどの禍々しいオーラを放ちながら、ジョルティが大槌を構えた。

 大部分が黒い鱗に覆われ、触手のようなものが柄に巻き付いた、異様な形の大槌。

 一撃で馬をも粉砕できそうなその大槌を、全身を捻って不自然に振りかぶる。

 と、そのまま捩れを解放するかのように、渾身の力で真横に振り抜いた。


「──發崩・尾震はっぽう・びじん──」


 ズンッと、空気を震わす鈍い音が、観客席にいる皆の腹部にまで響いてくる。

 どうみても、簡単に避けられそうな……軌道を予測できる攻撃だった。

 だが、その攻撃は今まで一発も攻撃を受けたことのないラーズに、直撃していた。





「直撃もらっとるのじゃ!」

「ラーズ様!?」

「おお、いい一撃をもらったな。こいつは流石に効いただろう」


 天覧席で見ていたレミィは、思いもよらない結末に慌てふためいた。

 フェリシアも信じられないといった表情で舞台を見つめている。

 だが、ルゼリア王だけは、相変わらず余裕の笑みを浮かべている。


「『効いただろう』ではないのじゃ! あれは大丈夫なのかえ?」


 大槌の強烈な一撃……固有の名を付けられた大技だ。

 直撃を受けたラーズは、元いた場所から吹き飛ばされ、闘技場の壁面に激突する。

 レミィは予言書の選択を思い出し、自らが舞台へいくべきかと思い直した。

 だが、テラスに手をかけ、飛び出そうとしたところでルゼリア王から制止される。


「お待ちくださいレミィ嬢……ルゼリアの“誇り”を見くびらないでいただきたい」


 王の目は、明らかにここからが見せ場だと言わんばかりの自信に満ちていた。


「あいつは、観客を守るために、わざと当たってやっただけです」





「はイ、これでおしまイ! まったく、手こずらせてくれるわルゼリア人ルゼリアンの連中は……丈夫だからこまっちゃウ」


 大槌を肩に担ぎ直し、ジョルティはラーズが飛んでいった方向を見つめていた。

 振り抜く風圧だけで砕かれた舞台の破片が周囲に散乱し、砂埃が舞い上がる。

 吹き飛ばされた距離と、ぶつかった壁面の窪みが、衝撃の大きさを物語っていた。

 どれだけの力で振り抜けば、あのラーズの巨体がそこまで飛ばされるのだろうか。


「さて……予定とはちょっと違っちゃウけど、次は面倒なあのルゼリア王かしラ? いや、もウいっそ皇女ちゃんをここでっちゃった方が……」


 ラーズを打ち倒したと確信したジョルティは、次の一手を画策する。

 そして自分たちの“目的”を果たすための最善の手段を見据え、天覧席へと目をやった。

 だが、そこにいるルゼリア王とも、皇女レミィとも目が合わない。

 二人が何を見ているのかと、その視線の先を追う。

 と、振り返った瞬間、ジョルティは、自分にはあるはずのない恐怖ものを感じた。

 手を伸ばせば掴めるような至近距離に、その銀髪褐色の獣は立っていた。


「ひイ!?」


 ジョルティは、慌てて大槌を握っていない左手で振り払うようにして離れる。

 全く気配はなかった。

 そもそも、この一瞬の間にどうやってこの距離を詰めてきたのか。


「よそ見するたぁ余裕じゃあねぇか……もう少し付き合ってくれよ」


 先の必殺の一撃は、間違いなく直撃したはずだ。

 美しい銀色の髪に滲む、鮮やかな赤い血がそれを証明していた。

 だが、その直撃を喰らってなお、不敵な笑みを浮かべながら、この男は立っている。


「し、しつこい男は嫌われるって、知らないのかしラ!」


 再び、ジョルティは、その体を不自然に捻って大きく振りかぶる構えを見せる。

 もう一度、あの技を放つつもりだ。


「確かに……。じゃあ後腐れのねぇようによぉ……きっちり、お別れしとかねぇとな」


 そう言って、ラーズは全身脱力したかのような、直立姿勢で相手を見据える。

 左手が剣の鞘に触れるか触れないか、その刹那、両者が同時に技を放った。


「──發崩・尾震はっぽう・びじん!──」

「──閃煌せんこう──」


 観客の誰もが、互いに交差し敗者が吹き飛ぶなり倒れるなりの演出を想像していた。

 しかし残念ながら、その期待には応えられなかった。

 技の名を高らかに叫んだジョルティは構えたまま、ピクリとも動かない。

 周囲に聞こえない程度で技名を呟いたラーズも、僅かに姿勢を低く構えた程度だ。

 観客の目には、両者共に、まったく動いたようには見えなかった。

 皆が固唾を飲んで見守る中、不自然に捻れていたジョルティの全身がほどけていく。

 その体には、十字を描くように強烈な衝撃を受けた跡が刻まれていた。

 全身を覆っていた外皮は、陶器のようにバラバラと音を立てて砕け落ちる。

 

「まったく……容赦ない……わね……憎たらしイ……」

わりぃな……地味な終わり方させちまってぇ」


 巨大な大槌と共に、地面を揺らし、ジョルティは膝から崩れ落ちた。




「……あのシャシャーよりも、速かったのじゃ……」

「……ああ、ワシにもハッキリとは見えなかった……」


 レミィとルゼリア王は、唖然とした表情で舞台のラーズを見つめていた。

 おそらく、この場内で先ほどの攻撃が見えていたのは、この二人だけだろう。

 観客の誰もが、目の前で起きた出来事に追いついていない。

 だが、敵対的な存在であったジョルティは、たった今目の前で無力化された。


「しょ……勝者ァ! ラーズ! ラーズ・クリードォ!」


 そこはプロ根性だろうか、進行役の男が舞台袖から顔を出し、勝敗の結果を告げる。

 闘神祭に現れた異形の襲撃者は、帝国の闘士ラーズによって討ち倒されたのだ。

 場内は再び割れんばかりの歓声に包まれる。

 だが、その功労者であるラーズは観客の方には目もくれず、ただ一点を見つめていた。

 前に突っ伏したまま、ジョルティの体が色を失っていく。

 クラスニーの時と同様、全ての光を喰らう黒へと吸い込まれるように……。

 やがて、完全に黒に侵食されたその体は、影の中に溶け込むように吸い込まれていった

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