第21話:猛者たちと一匹の獣

 拡声魔導具を介したレミィの声は、当然、舞台の上にいる者たちの元にも届いていた。

 今、そこには、トーナメント準決勝にまで至った4人の闘士が立っている。

 そしてさらに、天覧席から飛び降りたラーズが、そこに加わった。

 4年前の闘神祭を知る者……ラーズのことを知る者は観客席にも多数いたようだ。

 その飛び入り参加に、場内は大きく湧き上がった。


「ちょちょちょちょい! なりません、なりません、なぁりません!」


 その様子を見た御三家の大臣たちが、慌てて舞台に上がってきた。


「この男、ラーズは闘士の資格も剥奪された……いわば部外者!」

「……誇り高きこの闘神祭へ参加するに……相応しい者ではありませんな……」


 また、レミィの機嫌が悪くなりそうな言葉を羅列する御三家の面々。

 舞台の拡声魔導具で、場内の観客にラーズの不当性を訴えようと必死である。


「ほう……つまり貴様ら3人はわらわの後見する闘士を侮辱したということでよいのかえ?」


 そこにレミィは、天覧席から直接突き刺すように威圧する。


「ひぇ!? こ、皇女殿下、いやいやいや、そぉんなつもりは!」

「ラーズはたった今からグリスガルド帝国の闘士、後見はわらわなのじゃ。異論があるなら申してみよ。聞くだけは聞いてやるのじゃ」


 竜の威光を使用せずとも、場内の誰もが、その圧倒的な威圧感に支配される。

 大臣たちは、なんとかラーズの参戦を阻止したい。

 だが、宗主国たる帝国の皇女に後見を受けた闘士を無碍にはできない。

 どうしたものかと頭を抱えていたところに、さらに思わぬ伏兵が現れる。


「問題ないよ。今更、闘士が一人増えたところで、僕の勝利は揺るがない」


 御三家の後見する闘士が、ラーズの参戦を容認するような口ぶりで話し始めた。


「バァカ! お前は、ラーズのことを知らんから、そんなことが言えるのだっ!」


 なんとしても、それは認めたくない。

 4年前の出来事を知る大臣たちは、慌てて闘士の軽口を制止しようとする。

 だが、その闘士は心配ないとばかりに目で合図をすると、そのまま話を続けた。


「まぁ、ただ……僕たちがここまで死闘を繰り広げてきた中、一人だけ無傷で途中参戦っていうのも、フェアじゃないよね?」

「おお……おおお! そうよそうよ! そのとぉりよ!」


 それは名案と言わんばかりに、大袈裟に頷く御三家の面々。

 なんのリスクもなしに、途中参戦は認められないというのは、もっともな話だ。

 なにかと難癖をつけて、参加させないようにしようという話だろう。

 ラーズにも、それは想像がついていた。


「で? どうしろってぇんだ?」

「簡単だよ。僕たちが戦ってきたのと同じように、予選から一人ずつ倒して……」

「めんどくせぇよ。全員いっぺんにかかってくりゃあいいじゃあねぇか」


 御三家後見の闘士が、したり顔で語るところを遮って、ラーズはそう言ってのけた。

 舞台の上にいる者たちは皆、唖然とする。


「え? 君は何を言ってるか、わかってるのかい? ここに集まった闘士たちは皆……」

「大陸中の猛者だって言いてぇんだろ? そいつぁ知ってるよ」

「なら、それが如何に無謀なことかはわかるだろう?」


 必死に説得を試みる御三家後見の闘士。

 最早どういう立場で話しているのか、わからなくなってきた。

 周囲が騒ぐ中、ラーズは頭ひとつ小さい相手の方を見ながら、改めて問いかけた。


「テメェらは、戦場で必ず一対一の戦いしかねぇとでも思ってんのかい?」


 それを聞いた闘士の顔からは、血の気が引いていくように見えた。





 舞台の上の様子を、レミィは天覧席から眺めていた。


「こっちに声が聞こえんようになったのう」


 拡声魔導具を介さずに話しているため、場内には詳細が伝わっていない。

 観客たちも固唾を飲んで見守る中、議論はしばらく続いた。


「思ったより、時間がかかっとるのじゃ」

「そりゃ、レミィちゃんがあんな無茶するから……」


 ルゼリア王は呆れ顔でそう呟く。

 やがて、御三家の大臣たちが舞台を降りながら、進行役に何かを言付けていった。


「ふむ、何か決まったようじゃのう」

「ワシもなにか、言い訳を考えておかねばならんな……」


 レミィは姿勢を正し、改めて舞台の方に向き直ると、その決定に耳を傾ける。

 やけ酒ではないが、隣のルゼリア王は、従者に新しいワインを一本開けさせていた。


「たぁいへん長らくお待たせいたしましたァ! これより特別試合ィ。グリスガルド闘士ラーズ・クリード対ィ……ここまでに敗退した全闘士12人の変則試合を行いますゥ!」

「はやぁっ!?」

「ぶふっ!」


 開けたばかりのワインは、霧となって天覧席のテラスに散布された。





「さぁすがに、あのラーズも闘士12人を同時に相手にしては勝ち目もなかろう」

「相手は皆、大陸中の猛者……精鋭揃いだからな」

「……試合中に……事故で無き者にでもなってくれれば……」


 大臣たちは闘士の提案、そしてラーズが自ら言い出した条件に乗った。

 参加させないのが一番なのだが、レミィの手前そうもいかない。

 であれば、参加させた上で脱落させるのが最善の手だろうと思い至った次第だ。


「……あの四番など……相手するのにウチのも苦労しておった……」

「八番の大女なんぞ、我々が手を貸してやらねば……あわやこっちが負けておったかもしれんしな」

「ひゃひゃひゃ、あとはあいつらに任せておけば、だぁい丈夫だろう」


 4年前の戦いで、ラーズは王以外の全ての煉闘士ヴァンデールを撃破し、捩じ伏せた。

 あの時は一対一だった……だが今回は違う。

 あんなレベルの猛者共が12人も居れば、流石に大丈夫だろうと高を括っていた。

 だが、この考えが如何に浅はかだったか、大臣たちは改めて思い知ることになる。





 場内は今、最高潮の盛り上がりを見せていた。

 1対12という、過去に例を見ない形式での模擬戦試合に、観客は大興奮だ。

 しかも、その12人は先ほどまで死闘を繰り広げていた闘士たちである。

 ラーズを打ち倒した場合、その最大の貢献者には敗者復活の権利が与えられるという。

 否が応にも、気合が入ろうと言うものだ。


「同時に12人相手とか……俺らを舐めてんのかあいつ」

「ラーズ? 4年前に追放されたやつじゃないの?」

「面白い! ボッコボコにしてしてやるぜ!」


 思い思いの言葉を口にしながら、12人の闘士たちは舞台へと舞い戻ってきた。

 先の試合で受けた傷は、特例として癒しの魔法で完治しているようだ。

 ラーズは舞台の上で一人、ただ静かに待つ。

 気がつけば中央のラーズを複数の闘士が囲む、異様な光景となっていた。

「それではァ! 特別試合ィ! 1対12の変則模擬戦ン……開始ィ!」


 ──ウオォォォ!──

 ──いけぇ!──

 ──敗者復活だ! がんばれ!──


 試合開始の合図と共に、観客席から割れんばかりの歓声が場内に響き渡る。

 ほとんどの観客は、“誰がラーズを倒すのか”という視点で試合を見ていた。

 だが、ラーズのことをよく知る者たちは、全く違う視点から捉えていた。


「さて、5つ数えるまでに、どれだけ立っていられるかな?」


 ルゼリア王は、答えの分かりきったことを、自分に向けて問うかのように呟く。


「いや相手は12人るのじゃ。いくらラーズでも、そんな5つ数えるくらいで戦況は……」


 目を逸らすことなく、ルゼリア王は舞台の方を指差し、レミィの視線を促す。


「ひとーつ……」


 12人の闘士は、互いに競い合う者同士であって、共に戦う仲間ではない。

 そこに連携を取ると言う意識はなく、各々が我先にとラーズの元へ飛び込んでいく。

 これでは一対一が複数回続くのと、そう大差ない状況だ。

 程なくして、数名が不用意にその間合いに踏み込んでしまった。

 と、刹那、闘士たちはラーズの見えない“何か”に打たれ、次々と膝から崩れ落ちる。

 早すぎて何が起こったのかを実況することもできない。

 気がつけば、最初に飛び込んで行った6人は呻き声と共に倒れ伏していた。

 その圧倒的な力は、単純に強い、早い、といったそんな次元の話ではなかった。


「はやぁ……あっという間に6人……ぬ? 今、王子もやられたのかえ?」

「ふたーつ……未熟よな……」


 急所への正確な一撃……先の6人は、もう立ち上がってくることはなさそうだ。

 その出来事を見た残りの6人は、目の前の強者を打ち倒すために協力体制をとる。

 流石に闘神祭に挑むだけのことはある猛者たちだ、判断が早い。

 目で合図を交わし、長物を持った闘士と投げナイフの闘士が距離をとって牽制する。

 そこに大剣を構えた大柄の闘士が接近、横から斧を持った女性闘士が後詰に入った。

 付け焼き刃の連携ではあるが、相手がラーズでなければ、これで決まっていただろう。

 相手がラーズでなければ……。

 長物の穂先を、肘と膝で挟んでへし折るとその穂先で飛んできたナイフを弾き返す。

 そのナイフは大剣使いと斧使いの顔めがけて飛んでいった。

 二人がたまらず防御しようとしたその刹那、ラーズはすぐ傍にまで移動してきた。

 この距離では間合いが近すぎて振り抜けない。

 二人の間に立ったラーズは、相手が躊躇った瞬間を見逃さず、大剣使いの顔を掴む。

 そのまま頭蓋を砕くと、円を描くように振り回し、斧使いに向けて叩きつけた。


「おお! わらわもよくやるやつなのじゃ!」

「みーっつ……」


 残り4人、長物使いは武器を失い、ナイフ使いは自信を失っている。

 ここまでくると、さすがに闘士たちも警戒し、無闇に攻めることはなくなった

 だが、今更その対応に切り替えたところで、もう遅かった。

 武器を破壊された長物使いが、後に下がろうとしたところをラーズは追いかける。

 この銀髪褐色の獣は、穂先のない棒であしらえるような相手ではなかった。

 いつの間にか奪い取っていた、斧使いの武器で、そのまま長物使いを打ち据える。

 と、次の瞬間、その強靭な脚力で、ラーズはナイフ使いの横にまで跳躍していた。

 突然真横に現れた巨体に驚いたナイフ使いは、慌てて予備の武器を抜いた。

 焦って突き出した練度の低い攻撃は、カウンターの恰好の餌食だった。

 そのまま伸ばした腕を取られると、脇腹に強烈な肘鉄を入れられる。


「ぬ? このまま自分の武器を抜かずに終わらせる気かえ?」

「よーっつ……」


 残された二人は、意を決して、自分の持つ技をラーズに向けて放たんと構えた。


 ──剣雅けんが──


 二刀流の闘士の技は、その二刀で斬りつけながら、舞うように高速移動する技だった。


 ──影瞬えいしゅん──


 そして曲刀の闘士の技は、相手の影まで瞬間的に移動し、そこから斬り上げる技だ。

 横からと下から、どちらも固有の名をもった技がラーズに襲いかかる。

 二人の闘士は、勝利……とまではいかずとも、まずは機先を制したと確信していた。

 その二つの技を目の前にして、ラーズはため息をつく。

 影から飛び出してきた曲刀を引き付けて躱すと、ラーズは片手で相手に掴み掛かる。

 と、首を掴んだまま二刀の技を防ぐように、曲刀の闘士自体を盾として利用した。

 動きを止められた二刀流の闘士は、距離をとって建て直そうとしたが間に合わない。

 いつの間にか奪った曲刀で、ラーズに肩口を打ち据えられ、その場に崩れ落ちた。


「終わらせよったのじゃ……」

「いつつー……っと5つ数えるまで持たなかったな」

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