第20話:皇女と帝国の闘士
「続いてェ! いよいよこのお方の出番ン! 御三家が後見するゥ、本日のだぁい注目闘士ィ!」
癖の強い進行役の声が、再び場内に響き渡る。
それに合わせて、観客たちの声援も大きくなっていった。
今までにないほど、これ見よがしにアピールされる、その闘士の実績。
その声を聞いたラーズの表情は、どこか不機嫌にも見えた。
「此奴だけ扱いが違う気がするのう。御三家が後見とは、どういう意味なのじゃ?」
「そのままですよ。次に出てくる奴ぁ、御三家のお気に入り闘士ってぇことです」
「ぬ? お気に入りとな?」
「自分自身で“強さ”を持たねぇ貴族の連中は、代理の闘士を金で雇うようになったんですよ。もちろん、その代理の闘士が強けりゃあ、その分その雇い主の貴族も評価されるってぇ寸法です」
不思議そうな表情のレミィに、ラーズは丁寧に説明を続けた。
もっとも、その制度自体に対する不満は隠す気もないようだ。
貴族も、その代理の闘士も、馬鹿にしたような物言いで吐き捨てる。
「ふむ……まぁ、皆がその“強さ”を持っておるわけではないからのう……致し方ないところもあるかと思うのじゃ」
レミィは自分なりに思ったことを、そのままラーズに伝える。
その意見を、ラーズも真っ向から否定するようなことはしなかった。
だが、舞台の方には興味を失ったかのように、その大きな体を反らして伸びをする。
と、おもむろに前へ足を投げ出し、寝転がるような姿勢で頭の後ろに腕を組んだ。
「まぁ、見てりゃあわかりますよ。御三家の後見する闘士ってぇのが、どういうモンなのか……」
最初は、そのラーズの言葉の意味がレミィにはわからなかった。
だが、実際にその戦いを見て、否が応にも理解することになる。
決して弱いとは言わない。
むしろ、そこらの在野に居る者よりは遥かに優秀な闘士だろう。
だが……フェアではない。
本人の戦い方が汚いという意味ではなく、勝敗の判定が偏っているのだ。
御三家の後見する闘士が不利な状況になると、突然外から待ったがかかる。
かと思えば、同じ状況下でも反対の立場になると止められない。
明らかな贔屓……不正とも言える判定だ。
「これは……なんとも……露骨なのじゃ」
「すげぇでしょう? 御三家の後見を受けりゃあ評価が約束され、その闘士を代理に雇う御三家も地位が約束される。お互いにWin-Winの関係ってぇやつですよ。ねぇ?」
ラーズは肩をすくめながら、舞台の闘士を憐れむような目で見る。
王は腕組みのまま眉間に皺を寄せ、難しい表情をしていた。
「今の方、先ほどの女性よりもお強いとは思えないのですが?」
「はははっ! フェリシアさんも意外と言いますねぇ」
あまりに無垢で率直なフェリシアの意見に、ラーズは笑い声を上げる。
「ルゼリア王よ……どうして、あんな不正をみすみす見逃してやっておるのかえ?」
「それは……」
「まぁ姫殿下! そこは王にも事情ってぇモンがあるんですよ……」
レミィは、湧き上がってきた疑問を王に投げかける。
だが、その返事を聞く前にラーズは答えを遮ってしまった。
「しかしのう……
レミィの正直な感想に、ルゼリア王も苦笑いするしかなかった。
と、その時、ポーチの預言書から光が放たれる。
──ぬ? ここでくるのかえ。
もはや周囲の目など気にも留めず、レミィは預言書を確認した。
■80、闘神祭での戦いを目にした君は……
A:自分の信じる闘士を推した。 →13へ行け
B:その結果を受け入れた。 →71へ行け
言うに及ばず、受け入れられるような結果には、なりそうもない。
ここ最近は、レミィも悩む必要のない選択肢が続いていた。
──ふむ……自分の信じる闘士……となると……。
心当たりといえば、もちろんラーズだった。
あの神殿での戦いぶりを見たレミィは、この男の底は計り知れないと感じていた。
「ん? なにかありましたかい?」
「いや……しかし、さっきからずっと見ておるが、どの闘士もおとなしいのう……」
不意にラーズと目があったレミィは、誤魔化し半分でここまでの感想を口にする。
「へぇ……姫殿下は、どの辺でおとなしいってぇ思ったんですかい?」
ラーズは興味深いと言わんばかりに、そこに食いついた。
少なくとも、この大観衆が熱狂する程の激しい戦いが、繰り広げられていた。
おとなしい……という感想には違和感があるのだろう。
だが、そこに返されたレミィの答えは、ラーズに衝撃を与えた。
「ラーズが見せてくれた、あの時の何回もシャシャーっと斬るような、あんな大技は誰も使えんのかえ?」
「姫さん!? まさかオメェ、アレが見えてたってぇのかい!?」
「はや?」
思わず言葉遣いが素に戻るほど、ラーズは驚きを露わにした。
──
神殿でラーズが使った、あの技の名である。
ルゼリアの闘士のみならず、戦う者は皆、各々が独自の技を持っている。
ある者は師から伝えられ、ある者は自ら編み出した、戦いの技。
そして、その技には各々固有の名がつけられていた。
“万象、その
“道具に然り、精霊に然り、従魔に然り、魔法に然り……そして、戦技も然り。”
技においては、鍛錬を重ね、研鑽し、極限まで練度を高めて、初めて名を授かる。
名を授かった技は、無名のそれとは比べようもない強さと正確さ、そして速さを誇る。
そう、名のある技とは、誰にでも見極められるものではないのだ……。
「何回斬ったかまでは、良くわからんかったがのう。少なくとも5回以上、わざわざ致命傷にならぬように四肢の腱を狙っておったのは見えたのじゃ」
「……嘘……だろぉ?」
「ぬー、嘘ではないのじゃ」
ラーズは呆然としていた。
少なくとも、この技を身に付けて以降、王以外に見極められたことなどなかった。
高速で抜刀し、高速で斬りつけ、高速で納刀する。
ただそれだけの技ではある。
だが、やれと言われてできる者が何人いるだろうか?
閃光の如く、見切れぬ刃……故に『──
斬られた者すら気づかぬその技を、レミィには、たった一度で見極められたのだ。
だが、そのラーズの表情からは、負の感情は全く感じられなかった。
悔しさを滲ませるどころか、楽しみが増えたとばかりに不敵な笑みを浮かべる。
「マジかよ……じゃあ姫さん、次はアレたぁ別の技も見せてやんよ」
「本当かえ!? それは楽しみなのじゃ!」
まるで友達同士で交わす会話のように、楽しそうに盛り上がる二人。
レミィはここぞとばかりに、悪戯な笑みを浮かべつつ、ルゼリア王の方を振り返る。
「ルゼリア王よ。今からラーズにも闘神祭に出てもらうのじゃ」
「え!? いや……レミィちゃ……オホン! レミィ嬢、ラーズは闘士の資格を剥奪されておりましてな……」
「うむ、ルゼリアの闘士である必要はないのじゃ。
「えええ……いやいやいやレミィちゃん、そんな無茶な……大臣にもいろいろと……」
「大臣も人参も知ったことではないのじゃ!
突然、レミィは
相手もそれなりの地位を持った者である以上、遠慮はしない。
そのやりとりに、同席する誰もが唖然としたまま置いていかれる。
ラーズに至っては、自分が今どういう立場にあるのか、整理できていなかった。
困惑するルゼリア王を捩じ伏せ、レミィは備え付けの拡声魔導具を手にする。
そして天覧席から、その声を場内に響かせた。
「ラーズ・クリードよ! 神聖帝国グリスガルドが皇女、レミィエール・フィーダ・アズ・グリスガルドが命じる! 闘神祭で勝利し、
「ええ……仰せのままに!」
状況を理解したラーズは、今までで一番悪そうな笑みを浮かべてレミィに一礼する。
そして、5階ほどの高さがある天覧席のテラスから、舞台へと飛び降りた。
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