第19話:闘神祭と晴れの舞台

 闘神祭当日。

 レミィは、闘技場全体を一望できる、天覧席に居た。


「あのレミィ様……私もここに居て良いのでしょうか?」


 本来、貴族以外の者が入ることの叶わぬこの場所に、フェリシアも同席する。


「フェリシアはわらわの専属侍女メイド……同席するのは当然なのじゃ!」


 レミィは、そう言ってフェリシアをすぐ近くの席に座らせる。

 有角種ホーンドが専属侍女メイドというだけでも珍しい。

 差別主義者には、明らかに奇異の目で見られるところだ。

 その上、天覧席にまで同席させているというのだから、周囲が驚くのも無理はない。


「二人は仲が良いな。姉妹のようだぞ」

「ふふ〜ん♪」


 ルゼリア王は、その二人の様子を見て頬を緩ませた。

 和やかな空気が流れる中、そこに一人冷めた表情で闘技場を見つめる男。

 レミィに呼び出され、客人として天覧席に招かれたラーズの姿があった。

 その様子を、レミィは横目に見る。


 ──ラーズ・クリードは規律を乱す存在である。


 過去の闘神祭にて、その圧倒的な力でラーズは、自分の“強さ”を証明した。

 にも関わらず煉闘士ヴァンデールとして認められることはなかった。

 そればかりか、国益を著しく損ねた者として、ラーズは闘士の資格を剥奪される。

 危険因子と看做された上に王都からも追放され、国境の警備隊に左遷されたのだ。

 その心情的には、耐え難いものがあっただろう。


「……」

「……」

「ぬ? なんなのじゃなんなのじゃ! 二人とも、空気が重いのう」


 先日の一件から、ルゼリア王とラーズは互いに言葉を交わしていない。

 同じ天覧席に居ながら、目を合わせようともしていなかった。

 王という立場には、僅かな自由のために多くの責任が伴う。

 その足枷は、私情を挟むことも許さない。


 ──親友の息子を、何もフォローしてやることができなかった……。


 ルゼリア王は、そこに強い自責の念を抱いているとレミィに打ち明けていた。


 ──いい大人が、なんとも手のかかる話なのじゃ……。


 レミィは内心呆れつつも、この場の雰囲気を変えようとラーズに声をかける。


「ふむ……ラーズよ、わらわは、闘神祭が初めてなのじゃ。いろいろと見るべきところを教えてくれるかのう?」

「自分がですか? まぁ……見るべきところってぇ言われましても……」

「ほれ、こっちに来るのじゃ」


 半ば強引に、レミィはラーズを近くの席へと引き摺ってくる。

 ラーズも、それに逆らうような真似はせず、おとなしく従った。

 もっとも、逆らおうとも引き摺られてはいただろうが……。

 レミィ、フェリシア、ラーズが並んで最前列に座る。

 3人が前を向いたそのタイミングで、派手な装いの男が舞台の中央に現れた。


「ぬ? 進行役っぽい奴が出てきおったのじゃ。そろそろ始まるかのう」





 円形の舞台を中心に、観客席がすり鉢状に周囲を囲む闘技場。

 3万人以上の観客が収容されるこの施設を、熱狂の渦が包み込む。

 強者の証、煉闘士ヴァンデールの称号を勝ち取るため、大陸各地から集う猛者たち。

 拡声魔導具を介した、ルゼリア王の激励を受け、その士気はますます高揚していた。

 さらに今回は、帝国の皇女であるレミィが天覧するという話も周知されていた。

 その噂に名高い“白金プラチナの妖精姫”の姿を一目見ようと、皆が展覧席に注目する。

 だが、そんな視線を、レミィは軽く去なして距離を取る。


 ──今日の主役はわらわではないのじゃ……。


 挨拶もそこそこに、レミィはすぐさま観客席の死角へと下がっていった。


「皇女殿下からご挨拶賜りましたァ、あぁりがとうございましたァ! さてお次はァ? いよいよだぁい一回戦ン!」


 癖の強い進行役の言葉と共に、第一回戦の対戦者が、舞台へと姿を見せた。

 東西の門からゆっくりと歩み寄る、二人の闘士。

 いよいよ、闘神祭本戦の幕が切って落とされた。

 始めこそ、ラーズは言葉少なにレミィの問いかけに答えるだけだった。


「あんなに斬られて、大丈夫なのかえ?」

「刃引きされちゃあいますし、死人が出るようなこたぁありませんよ。まぁ、せいぜい全治2週間程度の大怪我ってぇとこです」


 だが、二回戦、三回戦と進んで行くうちに、徐々に口数も増えてくる。

 根っからの闘士……戦いが、戦うこと自体がラーズは好きなのだろう。


「あの闘士はどうなのじゃ?」

「ありゃあ、なかなかスジがいいんじゃあねぇですかね。ちゃんと訓練すりゃあ、いい闘士になりますよ」

「ラーズ様、あの方は女性なのに、あんなにお強いのですね!」

ルゼリア人ルゼリアンにゃ、男も女もありゃあしませんよ。つえぇかよえぇか。それだけです」


 その激しくも美しい戦い様に、いつの間にかフェリシアも魅入っていた。

 すっかりそこに馴染むラーズの姿を、ルゼリア王は少し羨ましげに眺める。

 だが、しばらくして意を決したか、とうとう王の方から声をかけてきた。


「次の闘士だが……ちょっと、お前からの意見も聞かせて欲しいところでな……」

「……次のってぇ言うと……」


 少し控えめな言い回しではあったが、ラーズもそれに応える。

 王も含め4人が目を向けた先、舞台に上がってきたのは褐色肌の少年だった。


「ぬ? ルゼリア人ルゼリアンの……少年かえ?」

「今までの方に比べると、随分とお若い感じですね……」


 14〜15歳の少年といったところだろうか。

 同年代の一般的な人間に比べれば、確かに鍛えられた肉体ではある。

 だが、どうしても先ほどまでの闘士たちに比べると、背格好は少し見劣りしてしまう。


「ありゃあ……王の、お弟子さんかなんかですかい?」

「いや……その……ワシの息子でな……」

「はやぁっ!」

「えっ!?」

「マジですか……」


 しれっと、そう告げたルゼリア王の言葉に、3人は驚きを隠せない。

 このタイミングで、よく紹介できたものだ。


「お前が14歳の時の……あの話をしてやったら、自分も出ると言い出して聞かんでな……」

「いやぁまぁ……そりゃあ、王子が出ることに何も異論はありゃあしませんが……」


 ラーズも言葉が出てこない。

 舞台の真ん中へと歩みを進め、対戦相手と対峙するルゼリアの王子。

 その最中さなか、王子はおもむろに天覧席の方へと目を向けレミィを指差した。


「皇女レミィエール! 俺がオマエを護ってやる! よぉく見てろ!」


 そして、告白とも取れるような恥ずかしい言葉を口にする。

 だが、拡声魔導具を介していないため、レミィには全く届いていない。


「彼奴は何と言っておるのじゃ?」

「聞こえませんね……」


 そんな残念な口上を経て、進行役の合図と共に戦いの火蓋が切られる。

 その結果は。

 王子の……圧倒的な……敗北だった。


「……」

「……なんとか言ってやってくれんか……」


 言葉もないとは、まさにこのことか。

 ラーズはもちろん、レミィもフェリシアも、どう言えば良いのかわからない。


「まぁ、今からでも……ちゃんとした師の元で修行すりゃあ、いいセンいくたぁ思うんですが……」

「……やはり未熟よな……」


 ラーズから出た、精一杯のフォロー。

 父として贔屓目に見てやりたい気持ちはある。

 だが、そこは父であると同時に王であり煉闘士ヴァンデールである。

 正当な評価をしなければならないという気持ちの方が勝っていたようだ。

 なんとも無鉄砲な王子である。

 だが、ラーズとルゼリア王が話すきっかけにはなってくれた。

 その点だけは、内心レミィも感謝していた。

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