第18話:強さと誇りの体現者

 “邪教徒が関わっている”

 突然レミィから飛び出した発言に、ルゼリア王は目を見開いた。


「邪教徒? そいつはまた穏やかな話ではないな」


 発言自体を疑っているわけではないだろう。


 だが、その根拠がどこにあるのか、ルゼリア王は図りかねていた。


「ルゼリア王、どうしてその魔獣共が操られていたと思ったのかえ?」


 それを察してか、レミィは根拠を示すための状況確認を続ける。

 フェリシアは隣で急ぎ書記の用意を始めた。


「ああ、そいつを確信したのは、どの獣にも首に枷が付いておったからよ」

「そこなのじゃ!」

「ん? どこだ?」


 レミィは人差し指を立て、食い気味でポイントを指摘した。

 その勢いに、ルゼリア王は少しズレた応えを返してしまう。


「ひと月ほど前、西方アルバーナの辺境で、ちょっとした騒ぎがあってのう」


 次の反応を待たず、レミィは邪教徒騒動の詳細を話し始めた。

 ことがことだけに、横で話を聞いていたラーズも目の色を変える。


「なんと……孤児にそのような真似を……」

「まともな連中じゃあねぇってぇのは、自分にもわかりましたよ」


 ルゼリア王とラーズは、なんともいたたまれないといった表情を見せている。

 当事者でもあったフェリシアもまた、浮かない顔だ。


「まぁ、わらわが怪我をする程度には、手強い相手なのじゃ」

「なにっ!? そいつら、レミィちゃんに怪我させよったのか!?」

「うむ。チクっと穴が空くくらいのう」


 チクッというレベルではなかったが、軽傷といえば軽傷だった。

 その報告を聞いたルゼリア王は、明らかに動揺を見せる。


「そりゃあ、そんな大袈裟に驚くような話なんですかい?」


 ラーズには、過度に孫の心配をする祖父の姿にしか見えていない。

 まだ、レミィがどういった存在なのか、ラーズには伝わっていないのだ。

 当然こんな少女が、徒手空拳で戦う姿など想像すらしていない。


「なんだ? お前、まだレミィちゃんのすごいとこ見てないのか?」

「は? いやぁ、ただモンじゃあねぇってぇことは、わかっちゃいますが……その辺はまた……」


 ルゼリア王は、推しについて語り出しそうな勢いで、ラーズを問い詰める。

 これは話が長くなりそうだと察したラーズは、適当に流すことにした。


 ──まぁ、さっきの威圧感といい、間違いなく強ぇってぇこたぁわかんだが。


 改めてレミィの方を見るが、どうみてもただの少女だ。

 その不思議な存在を目に映したまま、ラーズは肩をすくめる。


「いや……だがまぁこれで皇帝陛下が、あんな注文をつけてきた理由にも合点がいった」

「ぬ? 注文とな?」


 髭を触りながら、ルゼリア王は何かに納得したように語り出す。

 話の見えないレミィは、それをそのまま問い返した。


「なんだ、レミィちゃん、父……皇帝陛下からは、なにも話を聞いておらんのか?」

「はやぁ? なんの話かのう?」


 全く心当たりがない。

 皇帝陛下の名代として、闘神祭を天覧すること。

 それ以外には、特に何も言われていなかった。


「この、闘神祭の勝者……記念すべき100代目の煉闘士ヴァンデールを、レミィちゃんの専属騎士として、任命したいと皇帝陛下からの勅命よ」

「はやぁっ!? それは初耳なのじゃ!」


 この時、レミィはすっかり忘れていた。

 今回のルゼリア遠征にあたって、一番最初に自分が選んでいた選択肢を。





 煉闘士ヴァンデールとは、ルゼリアの英雄の称号である。

 数ある闘士たちの中で、選ばれし者だけが名乗ることを許される栄誉。

 ルゼリアの絶対的判断基準である“強さ”の象徴であり“誇り”だ。

 その選出方法は単純にして明快。

 年に一度開催される闘神祭にて、最後まで勝ち残ること。

 そして先代の煉闘士ヴァンデールに挑み、勝つこと。

 それだけである。

 ただでさえ、大陸中の猛者が集う闘神祭において、最後に勝ち残るのが一人。

 その一人が、さらに先代を打ち倒さなければならないのだ。

 それは極めて難しい所業だと言える。

 故に、ルゼリアの長い歴史において、名乗ることを許された者は100人に満たない。

 少なくとも、レミィはそう聞かされていた。


「そもそも今回の闘神祭で、都合よく相応しい者が現れるのかえ? その称号を得るのは相当難しいと聞いておるのじゃ……」

「ははは……いや、それがなレミィちゃん……」

「ここ数年の闘神祭じゃあ、だいたい毎回選出されてますよ」


 ラーズは、その会話に重ねるようにして呟く。

 どこか諦めたような物言いだ。


「そこそこの戦績で、そこそこの技量がありゃあ、お貴族様に評価してもらえて、晴れてその栄誉を授かるってぇ寸法です。今となっちゃあ、大して価値のある称号じゃありませんよ」

「ラーズ! お前それは……!」

「少なくともルゼリア王! 貴方よりあと、その称号を得た者に“強さ”と“誇り”があったとは、自分にゃ思えねぇんですよ……」


 ラーズは王に対し臆することもなく、少し強い口調でそう告げる。

 ここにきてずっとラーズからは、ルゼリア王に対する敬意が常に感じられていた。

 だが、この話に限っては思うところがあるようだ。


「……」

「っと、言葉が過ぎましたかね。さて、自分は警備隊の不始末を報告してきますんで……また……」


 何も反論しないルゼリア王に対し、ラーズはこれ以上追求しなかった。

 そのまま一礼すると、部屋を出て行こうとする。


「ラーズよ! 帰りも案内を依頼するからのう!」


 その去り際に、レミィは帰りの約束を取り付けようと声をかけた。

 後ろ向きのまま手を振るラーズから、返事はなかった。





 ルゼリアは常夏の楽園とも言われ、温度は高いが湿度は低い。

 年間を通して過ごしやすい気候で、移住先としては人気がある。

 帝国の従属国となって、ルゼリア人ルゼリアン以外の人種も多く移り住むようになった。

 その結果、“強さ”だけでは計ることのできない、新たな文化が芽吹いてきた。

 明らかに生活は豊かになり、戦うこと以外に喜びを感じる者も増えてきた。

 得たものは多かった。

 だが、失われたものも少なからずあった。

 その一つが、闘士たちへの敬意だろう。

 はるか昔、ルゼリアは奴隷兵士を輩出するだけの、蛮族の集落だった。

 偉大なる初代の国王は、そこから周辺国を力で圧倒し、国を興した。

 剣が折れ、鎧が砕かれ、その身一つとなっても戦い抜き、栄光を勝ち取ったのだ。

 そう、ルゼリアにとって闘士とは、自由と栄光のために戦い続けた者。

 今も昔も、この国の礎といっても過言ではない、それこそ“誇り”だった。


「ラーズは……本来の“誇り”を、再び取り戻したいと思っておるのよ……」

「ぐぬ……いまいち話が見えんのじゃ」


 ラーズが出て行った扉の方を見つめながら、ルゼリア王はしみじみと語る。

 自分の預かり知らぬところで、話が進んでいると感じたレミィは頬を膨らませる。


「あいつの父とワシは、闘士として共に切磋琢磨してきた仲でな……まぁ向こうは、もう死んでしまったが」

「はやぁ……それはつらいのう……」

「父が目指した……そして自分も目指していた煉闘士ヴァンデールの称号が、今のように簡単に得られるようになったことに憤りを感じておるのだろう」


 そう語るルゼリア王の表情は、どこか寂しそうだった。

 だが、レミィはその話の流れに、ひとつ疑問を抱いていた。


「それなのじゃ。どうして、そんな簡単に得られるようになったのじゃ?」

「ああ、13年前の戦争でな……多くの闘士が命を落とした。そこから、煉闘士ヴァンデールと名乗れる者が、国内ではワシだけになってしまってな……」

「13年前……わらわが生まれる1年前というと南方への出兵……南海戦役のことかのう」


 それについては、レミィも母親から聞かされたことがあった。

 過酷な戦場であったこと、多くの犠牲者があったこと。


「レミィちゃん、よく勉強しとるな。まぁそこで国の象徴たる、その称号を持った者を、なんとしても育成していかねばならんと……大臣どもが画策してな」

「それで、その基準を下げたというのかえ? 国の象徴の質を下げてどうするのじゃ! それでは本末転倒なのじゃ」


 あまりの愚策に、ハッキリとダメ出しをする。

 なんともバツの悪そうな表情で、ルゼリア王は頭を掻きながら目線を逸らした。


「同じことをあいつ……ラーズにも言われたな……」

「ふむ……確かにラーズなら言いそうなのじゃ。おカタいからのう」

「4年前、ラーズは14歳という若さで並いる強豪を打ち倒し、最終戦まで残りおった……そして、そのまま先代、先先代、先先先代と……ワシ以外、ほぼ全ての“称号持ち”を半殺しにしよったのよ……」

「はやぁっ!? それは本当かえ?」


 流石にレミィも驚きを露わにする。


「ああ、89代目から95代目までの全員を……たった一人で……」

「いや、そこではないのじゃ! 4年前に14歳? ラーズは、あの見た目で18歳なのかえ?」


 12歳にして、その見た目のレミィが言うのか……。

 と、ルゼリア王も、フェリシアも、グッと堪えた。

  

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