第17話:闘士と御三家の大臣

「ラーズ! なぁぜ、お前がここにいる!」

「お前は、北の国境に左遷……警備隊長として配属されているはずだぞ!」

「……王の命もなしに、持ち場を離れるとは……重罪ですな……」


 回廊で出会った、如何にも貴族といった風体の三人組。

 一人は痩せこけており、残り二人はお腹の出た樽のような体型をしている。

 その頼りなく、だらしない体つきはとてもルゼリア人ルゼリアンとは思えない。

 肌の色も褐色ではないところを見るに、別の地方の出身者だろう。


「お久しぶりでございます。皆様、ご健勝のようで何よりですよ」


 ラーズは、明らかに相手を小馬鹿にした、慇懃無礼な物言いで応える。

 同じ丁寧な言葉でも、レミィに対して話すような、親しみを込めた口調ではなかった。


「そぉもそも、お前が王城に立ち入ることを、我々御三家は許可しておらん!」

「首を切られんうちに、立ち去れ!」


 自らを御三家と称した三人組は、そんなラーズに対して退去を命じた。

 レミィにとってラーズは恩人であり、今は大事な客人である。

 その恩人に対して、なにやら無礼な物言いがされている。

 実に面白くない。

 と、レミィは少し不機嫌になった。

 レミィが不機嫌になるとどうなるか……。


「いやぁ、そういうわけにもいかねぇんですよ、今は姫殿下の……っ!?」


 言いかけたラーズは、突然背後に感じた殺意にも似た何かを察し、会話を切る。

 ここまで、飄々とした表情を崩さなかったラーズが、戦士の顔に戻っていた。

 刹那、三人組の背筋に冷たいものが走る。

 突如襲いかかる、抗いようのない絶対的な恐怖。

 震えは止まらず、今明らかに、死に直面していると肌でそう感じていた。

 そう、レミィが不機嫌になるとどうなるか。

 その答えは……“竜の威光が見境なしに放出される“だ。


「ぬ? どうしたのじゃ? ラーズ、此奴らは何者なのじゃ?」


 しかも本人に自覚はない。

 皇族たるもの、如何に不愉快であっても余裕を失ってはならない。

 レミィは、そう母に教え込まれていた。

 その不機嫌さはおくびにもださず、人形のような笑顔でそこに立つ。

 だが、竜の威光……畏怖すべき存在としての威圧感は、ダダ漏れである。


「あー……姫殿下、なんか怒っちゃあいませんか……?」

「そーんなことはなーいのじゃー。別に、ラーズに無礼な物言いをしたからとて、わらわが怒ることでもないからのーう」


 全部口に出しているので、実にわかりやすい。

 だがラーズとしては、三人組に、無礼な物言いをしたことを謝れとも言えない。

 その間にも、三人組の一人は口から泡を吹き始めた。


「あぁー……困ったなこりゃあ……どうすんだ?」


 実際、ラーズはよく耐えていた。

 同行していた他の騎士たちは、既に回廊の手前、遥か彼方まで後退している。

 この竜の威光の影響下で普通に活動できる者など、そうそういるものではない

 それこそ、死をも恐れぬ勇将か、狂信者くらいのものだろう。


「レミィ嬢……怒りを、鎮めていただけませんかな?」


 そこに、謁見の間の方向から、一人の壮年男性が現れ、声をかけてきた。

 褐色の肌に銀の髪、そして細身ではあるがしっかりと鍛え上げられた肉体。

 威厳に満ちたその佇まいもさることながら、先ず、その筋肉が目に飛び込んでくる。

 間違いなく、ルゼリア人ルゼリアンだ。


「ぬ? おお、ルゼリア王かえ?」

「はっはっは。竜の威光が、謁見の間まで届いておりましたぞ。衛兵が皆、固まってしまいましたな」


 そう言って、豪快に笑うルゼリア王と呼ばれた男。

 そこで話が逸れ、レミィの機嫌もなおったのか、見境なしの竜の威光も収まった。

 三人組のうち、二人はもう意識を失っているようだが……。

 ようやくラーズも緊張を解いて、一息つくことができる。


「お二人は、知り合いだったんですかい?」

「ああ、社交界で何度かな。お前も……久しいな、ラーズ」

「はっ……お久しぶりです、88代目煉闘士ヴァンデール、ルゼリア王」


 懐かしそうな目でラーズを見つめ、ルゼリア王は言葉をかける。

 ラーズもまた、それに最大限の敬意を表して応えた。


「さてレミィ嬢、こんな場所で話すのもなんです、ワシの部屋へ行きませんかな」

「うむ、それが良いのじゃ」





 従属国とは言え、一国の王の私室である。

 滅多に立ち入ることができる場所ではない。

 さすがに入室を許されたのは、レミィと専属の侍女メイドフェリシア。

 そして、なぜかラーズの三名だけだった。


「御三家もここまでは来れんだろう……あ、レミィちゃん、適当に座っておくれ」

「うむ。フェリシアもこっちにくるのじゃ」

「レミィ様、さすがに、私は場違いではありませんか?」


 私室に入ったルゼリア王は、さらに砕けた言葉遣いでレミィに接する。

 突然、孫を甘やかす祖父の姿を見せられたようで、ラーズは唖然とした。


「マジかよ……」


 先ほどの威厳に満ちた佇まいは、すっかり形をひそめている。

 レミィはルゼリア王の向かい側で、用意されたお茶を楽しんでいた。


「いや、よく遊びにきてくれたな、レミィちゃん」

「今回は父上の名代なのじゃ。遊びではないのじゃ」


 ソファに沈みながら、公務であると主張する。

 フェリシアとラーズは、まだ横に控えたままだ。


「そうかそうか、まぁ公務の話はあとにして……何か、急ぎ伝えねばならんことがあると聞いておったが……」

「そうなのじゃ! フェリシア、あの報告書を頼むのじゃ」

「はい、承知しました」


 フェリシアは、神殿での出来事をまとめた資料をレミィに手渡す。

 受け取ったレミィは、そのままテーブルの上にそっと置いた。


「ほう……」


 ルゼリア王は、それを手には取らず、テーブルの上に広げたまま前屈みに見ていた。

 両肘をついて、顔の前で手を組み、真剣な目で資料に目を通す。


「なるほど、これはまたわかりやすい……で、その際にこいつがレミィちゃんの役に立ったと……」


 ルゼリア王は腕組みしつつ、ニヤニヤとラーズの方に目線をやる。


「そうなのじゃ! ラーズは恩人なのじゃ。それをさっきの三馬鹿共は無碍に扱いおって……のう?」

「はははっ、こいつは……あの大臣らに目の敵にされておるからな」


 スプーン片手に抗議するレミィに対し、笑いながら言葉を返す。


「笑い事ではないのじゃ! なぜラーズが目の敵にされておるのかえ?」

「それは、こいつが……」

「そいつぁ、自分が大臣のお気に入り闘士を、片っ端からのしちまったからですよ」


 ルゼリア王が言いかけたところに、ラーズは言葉を被せてきた。

 腕組みをしたまま、誰とも目も合わせずに……。

 その言葉をルゼリア王は否定こそしなかったが、何か思うところはあるようだ。

 僅かな沈黙が訪れる中、レミィはその表情を見逃さなかった。


「いやしかし、面倒なことが国境付近でも起きておったとはな」


 そこから重い空気を跳ね除けて、口火を切ったのはルゼリア王だった。

 しかも、その口ぶりが妙に引っかかる。


「国境付近で“も”とな?」

「ああ、こっちは野盗ではなく野獣だがな。大量の野獣……いや、あれはもう魔獣というべきか……何者かに操られていたような様子ではあったが……」

「はやぁ……操られていたとな? それは……」


 レミィが、何かを問いかけようとしたその時、予言書が久しぶりに光を放った。


「うむ! 少し待つのじゃ……」


 ルゼリア王の眼前で、レミィは予言書を開き、中身を確認する。



 ■72、ルゼリア王の言葉を聞いた君は……

 A:特に伝えることはないと考えた。 →49へ行け

 B:邪教徒の話を伝えておいた。   →80へ行け



「どうした急に?」


 唐突な行動を不思議に思ったルゼリア王は、少し心配そうにレミィを気遣った。

 そのレミィは、珍しく神妙な面持ちで予言書を一読する。

 と、何かに納得したかのような表情で何度も頷く。

 改めてフェリシア、ラーズ、そしてルゼリア王の顔を見て、レミィはこう呟いた。


「それは、邪教徒が関わっておるかもしれんのじゃ」

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