第16話:邪教徒と死の恐怖

 神殿の警備と周辺の調査を騎士たちに任せ、レミィたちはルゼリアの首都へと急いだ。

 転移門ゲートを狙って襲撃を企てた者がいる。

 野盗が白状したことが全て真実であれば、これは一大事だ。

 転移門ゲートは交易のためのみならず軍事的にも大きな役割を果たしている。

 帝国全体としてはもちろんだが、まずは当事国であるルゼリアに報告する必要がある。

 各地の転移門ゲートにもその手が及ぶ可能性がある……。

 一刻も早く、その企てを阻止しなければならない。

 如何にも歴史の重要な分岐点ターニングポイントらしき出来事ではないか。

 だが、予言書からは、一向に光が放たれるような様子はなかった。


 ──これは……然程、重要ではないということなのかえ?


 馬車の中で、レミィは改めて予言書を確認する。

 そこに記された前段を読む限り、首都メルセネルまでは何も起きそうにない。


「ところで……レミィ様は、いつも、その本を持ち歩いておられますよね」

「ぬ? これのことかえ?」


 不意にフェリシアに声をかけられ、レミィは手にした予言書を指さして応える。


「はい。レミィ様にお仕えするようになってから、まだひと月ほどですが……その本がレミィ様にとって、とても大切なものであることはわかります」

「うむ……まぁ、ある意味自分にとっての道標のようなものでのう……」


 嘘はついていない。

 最初の頃は、その存在を隠すように、人目につかぬところで確認していた。

 だが最近は誰かがいても、気にすることなく予言書を手にしている。

 でなければ、中身を確認するタイミングが遅れてしまう……というのが大きい。


「私にも、大切な本があるのでわかります。子供の頃にもらった絵本なのですが……」


 フェリシアは目を輝かせながら本について語る。

 想像以上に、本についての造詣は深いようだ。


「自分も、ひとつ聞いていいですか?」


 馬の数を調整した結果、新人騎士……いやもう新人ではなく若い騎士と言うべきか。

 その若い騎士が、今回は馬車に同乗していた。

 ラーズでは大きすぎて、車内が狭くなるのでこういう配置となったようだ。


「ぬ? 何か聞きたいことがあるのかえ?」


 レミィは予言書をポーチにしまいながら、若い騎士の言葉を待った。


「邪教徒の時もそうですが、昨夜は、どうして竜の威光を使わなかったんです?」

「はや?」


 思ってもいなかった質問に間の抜けた返事を返す。


「いや、だって、アレならわざわざ痛い思いをしてまで戦わなくても、相手を無力化できるじゃないですか?」

「ふむ……なるほどのう」


 そう言われれば、若い騎士の疑問も、もっともなのかもしれない。

 そもそも、竜の威光と称したあの力が、どういうものなのかも伝えていなかったのだ。


「竜の威光などと偉そうな名で呼んでおるが、あれはただの威圧なのじゃ」

「威圧……ですか?」

「うむ。相手を畏怖させる……要するに圧倒的な力で威圧して、相手に恐怖を与え、戦意を喪失させるのじゃ」


 レミィは両手を竜の爪のように構えて、可愛らしい威圧のポーズを見せた。

 思わずフェリシアからは笑みが溢れる。

 意図した反応ではなかったが、レミィはそのまま説明を続けた。


「つまり、死に対する恐怖がない狂信者共には通用せんのじゃ。彼奴らは、貴様が捕縛したあと、何の躊躇もなく自害しておらんかったかえ?」

「それは……確かに……」


 それもあって、結局、邪教徒からの情報は何も得ることができていない。

 色を失い、影に消えたクラスニーも言うに及ばずだ。


「それが、邪教徒相手に竜の威光を使わんかった理由なのじゃ」

「じゃぁ、あの野盗の時はなんでですか? アイツら、めちゃめちゃ死の恐怖感じそうでしたよ? あそこで使っていれば、殿下はあんな危険な目にあわずに済んだんじゃ……」


 まだ納得できないとばかりに捲し立てる若い騎士。

 心から、レミィのことを心配して言っているのだろう。

 レミィ自身もそれには気がついていた。


「まぁ、あの時は敵味方合わせて、人数が多かったからのう……帝国の騎士は対象から外せても、神殿の衛兵や一般人までは判別できんのじゃ」

「あ……」


 何かに気がついた若い騎士は言葉に詰まる。


「野盗も衛兵も一般人も、皆、畏怖させてしもうては収拾がつかんからのう」

「なるほど……殿下は、ちゃんと考えて行動されてるんですね……。って……判別できるなら……あの少年の時は、なんで自分らも畏怖させられてたんですか!?」

「あの時も言ったであろう? 忘れとったのじゃ」


 レミィは悪びれもせず、ケラケラと笑う。

 つられてフェリシアも笑顔を見せる。

 若い騎士は、呆れた様子で肩をすくめるが、満更でもないといった表情だ。


「ともあれ、その忠義には大いに感謝しておるのじゃ。次は、わらわが何もせんで済むよう、頼んだのじゃ」


 若い騎士の思いを汲み取り、レミィが感謝の言葉を述べる。

 少し顔を赤らめながら、若い騎士は力強く応えた。


「お任せください! 自分が、必ず守ります!」

「私は、守られます!」


 そこにフェリシアも、力強く宣言を重ねた。





 転移門ゲートを使えば、首都メルセネルまでは半日とかからない。

 昼過ぎに出発したレミィたち一行は、もう目前にまで到着していた。


「あの、でっけぇ門を越えりゃあ、もうメルセネルですよ」


 ラーズの声を聞いて、レミィたちも窓の外を見る。

 そこには、山の上部を切り拓いて築かれた巨大な城があった。

 そしてその眼下。

 自然の地形を活かして作られた、複雑な形の城壁が街全体を覆う、城郭都市。

 この大陸でも有数の防御力を誇る、難攻不落の要塞。

 ルゼリア王の居城サン・リヴァール城と、首都メルセネルの姿だ。


「おお……なんなのじゃ? あの大きな建物は……」


 北側の門を越えて、すぐに目に飛び込んできたのは円形の建築物だった。

 中央の大通りを進んで真正面にある、巨大な施設。

 それは、ルゼリアの歴史を語る上で欠かすことのできない場所。


「ありゃあ、ルゼリアの“誇り”が競われる場所、闘技場ですよ」


 ラーズは少し懐かしそうに……そして、どこか寂しそうにそれを眺めながら呟いた。

 ルゼリア人ルゼリアンにとって、最も重視されるのは“強さ”である。

 老若男女問わず、その絶対的な基準として、まずは“強さ”が求められる。

 地位も名誉もなにもかもが、それを基準に定められているのだ。

 つまり王は、現状この国において最強の者であるということになる。

 元々の身体能力も相まって、このルゼリアには歴戦の勇士が多数在籍する。

 そんな猛者たちの集う強国が、どうして従属国として帝国に従っているのか。

 その歴史を知らない者は、不思議に思うかもしれない。

 だが現状、帝国とルゼリアは互いに良い関係を築くことができているようだ。


「さて、ここからは、ゆっくり歩いて向かうかのう」


 レミィは重装甲の馬車から降り、歩いて城へと向かうことにする。

 馬車の中では気づかなかったが、思った以上に気温が高い。

 先日のヴァイスレインが涼しかったのもあり、寒暖の差を激しく感じる。


「ふむ、そこそこ気温が高いのう。皆は平気かえ?」


 レミィ自身は、あまり寒暖差を気にしている様子はない。

 だが、重装備の騎士たちは、やや暑苦しそうにしている。


「馬車の中、結構快適でしたからね……」


 若い騎士も、表に出た途端に汗が滲んでいる。


「まぁ、倒れちまわねぇうちに、王城に挨拶といきましょうか?」


 ラーズに案内され、一行は比較的日陰の経路を通りながら、王城へと向かった。





「ようこそ、お越しくださいました、皇女殿下!」

「うむ。ご苦労なのじゃ」


 しっかりと帝国の徽章が記された旗を掲げつつ、正門をくぐる。

 門兵から歓迎の言葉を受け、レミィもそれに応えた。

 あとは案内役に従い、王のところまで連れて行ってもらうだけ……。

 なのだが、どうも周囲の様子がおかしい。

 王城内に入ってから、レミィは拭いきれない違和感を抱いていた。

 まるで、何かから目を逸らすような素振りを見せる衛兵たち……。

 最初はレミィも、有角種ホーンドであるフェリシアのことを避けているのかと思っていた。

 だが、どうもそうではなさそうだ。

 余所余所しい空気の中、もう少しで謁見の間に辿り着くかという直前の、大きな回廊。

 そこに、豪華なローブを身に纏った三人組の男が立っていた。


「げぇっ!?」

「お、お前は!?」

「ラーズ・クリード……」


 その顔を見るなり、汚い物でも見たかのように吐き捨てる三人組の男たち。


「こいつぁ偶然ですね。大臣の御三方……」


 そこに対してラーズは、不敵な笑みを浮かべつつ、丁寧に挨拶を返す。

 そのやり取りを見てレミィは、この違和感の正体が朧げに見えた気がした。

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