第15話:増援と金貨のベッド

 翌朝、騎士たちは神殿前の広場に再び召集された。


「おはよう! しっかり眠れたか? 新人!」

「いや……まぁ、それなりに眠れましたが……」


 無駄に爽やかな挨拶に対して、煮え切らない返事で応える。

 例の新人騎士は、また少し認識のズレを感じているようだった。


「何か気になることでも?」

「いや、あの……」


 聞くべきか、聞かざるべきか、新人騎士は判断に迷っていた。

 だが、これからも、レミィに仕えるつもりであれば、知っておくべきだろうか。

 と、悩みに悩んだ挙句、とうとう気になっていたことを口にした。


「あの、殿下の寝ていた場所……アレ、なんですか?」

「え? ああ、金貨のこと?」


 何を当たり前のことを聞いているのか、といった反応が返ってくる。

 そんな気はしていた……想定内と言ったところだろうか。


「ええ、金貨ですよね。なんで毛布じゃなくて、金貨の上で寝てたんです?」

「いやまぁ……竜って……寝る時、金貨の上だよね?」


 真っ当な疑問に対して、竜と言えばアレ……といったノリで返される。


「殿下の姿形は人間ですよね……あの柔らかそうな肌で、あんな硬い物の上で寝て、痛くないんですかね?」

「神殿から、かなりの謝礼をいただいただろう? それもあってか、今回は殿下からのご要望だったからなぁ」


 もはや、何について会話していたのか、見失いそうになっていた。

 そこに、当事者たるレミィの声が聞こえてくる。


「ほわぁ、うむ……よく寝たのじゃ。おはよう諸君。皆しっかり眠れたかえ?」

「おはようございます殿下」

「お……おはようございます……殿下は、よく眠れましたか?」

「うむ! 朝までぐっすりで体調万全なのじゃ! 好みとしては……真ん中の方にもう少し白金貨があると最高だったのじゃ」


 新人騎士の問いかけに、レミィは屈託のない笑みで答える。

 想像すらしていなかったその回答に、新人騎士は精一杯の愛想笑いで返した。


「あ……そこなんですね、気になるところは……」





「おはようございますよっと」


 警備隊の宿舎に戻っていたラーズが、レミィたちに合流する。

 レミィから直々に告げられた昨夜の依頼を請け、同行することを了承したようだ。

 皆がそれなりに大柄な騎士たちの中にいても、ラーズの巨躯は一際目立つ。

 騎士たちはその存在感に少し気圧されているようにも見えた。


「おお! ラーズ! よく来てくれたのじゃ」


 そんなラーズの元へ、レミィがご機嫌でやってきた。

 その手には、何やら一枚の紙を持っている。


「昨夜はどうも、姫殿下、お招きいただきありがとうございました」

「その、取って引っ付けたような敬語は必要ないのう。話しやすい言葉で良いのじゃ」

「いやぁ、そういうわけにもいきませんよ。自分にも立場ってぇモンがありますから」


 レミィの提案は、さらりと流された。

 フェリシアのように、簡単には距離感を詰められそうにない。


「ぐぬ……おカタい奴なのじゃ」

「そりゃあそうと、その紙はなんです?」

「ぬ? あ、これかえ? これは、昨夜の内にフェリシアがまとめてくれた資料なのじゃ」


 不服そうに、頬を膨らませていたレミィだったが、すぐに話を逸らされた。

 それに気づいた様子もなく、レミィは手にした紙を広げ、ラーズに見せる。

 さながら、子供が描いた絵を父親に自慢しているかのような構図。

 ラーズは完全にしゃがみ込んでいるが、それでもまだ身長差がある。


「フェリシア……さんってぇのは……?」

「うむ。わらわの専属侍女メイドなのじゃ。字も美しいのう」


 そこには、レミィと会話したであろう内容が、うまくまとめられていた。


 要約すると……。

 盗賊の目的は、転移門ゲートを使用できないようにすること。

 これは、野盗が“そう依頼された”と自白したらしい。

 だが、野盗に依頼した者の正体や、その理由は不明である。


 対処として……。

 念のために神殿には追加の衛兵を配備したい。

 そこは帝都に援軍を要請する。

 また、可能であれば、買収に関わっていない国境警備隊の者も動員する。


 更には……。

 この神殿を使用できなかった場合に通ることになる街道付近を調査する必要がある。

 どこかに別動隊が潜んでいるかもしれない。

 という、一連の流れが丁寧に記載されている。


「へぇ、てぇしたモンだ。皇女の専属侍女メイドさんともなりゃあ、こういう文官の仕事までこなせるってぇことですかい」

「うむ……驚きなのじゃ」

「なんで姫さ……姫殿下が驚いてんです?」


 改めて驚いているレミィに対し、ラーズがツッコむ。


「帝都の貴族令嬢なら、そりゃあ文官の真似事ぐらいは学んでてもおかしかぁねぇでしょうよ?」

「ふむ……貴族令嬢ならばのう……」

「含みのある言い方ですねぇ?」

「そうなのじゃ、フェリシアは……」


 レミィは、フェリシアとの馴れ初めがどういうものであったかをラーズに伝えた。

 どこでどんな形で出会い、どうして専属侍女メイドとして雇うことにしたのか。

 その度胸と根性、非常に高い家事全般技術スキル、そして……鋼の意志力も含めて。


「……ってぇことは、貴族令嬢どころか素性もわからねぇお嬢さんってぇことですかい」

「一応、孤児だったとは聞いておるがのう。ラーズも昨夜、会っておるのじゃ」

「昨夜……ってぇと、姫殿下以外に女性と言やぁ、あの有角種ホーンドのお嬢さんですかい!?」


 皇女の専属侍女メイドが貴族令嬢でなかったことには驚いた。

 相手の素性も知らずに雇っているという事実にも驚いた。

 だがなにより、有角種ホーンドであるということにラーズは一番驚いた。


「自分はまた、てっきり……」

「奴隷か何かかと勘違いしたかえ?」

「にしちゃぁ、いい服を着てるたぁ思いましたが……」


 帝都同様に、ルゼリアもまた比較的、種族間の差別は少ない。

 だが、それでもやはり有角種ホーンドに対しては、僅かに偏見があるらしい。


「……やはり有角種ホーンドはルゼリアでも……」

「まぁ、自分は一切そういうの気にしませんがね」


 何かを察したラーズは、そこでレミィが言いかけた言葉を遮る。

 その一言で、レミィは何か胸の支えが取れたように、スッキリとした気分になった。


「うむ! では、そろそろ、これからの予定を皆と打ち合わせするかのう」





 朝の打ち合わせは、情報の共有を中心に終わらせた。

 昼過ぎにもなると、帝都から援軍が到着する。

 緊急事態につき、皇女権限で国境を越えた転移門ゲートの使用を許可したのだ。

 レミィたちが数日かけてきた行程を、半日もかけずに移動してきたことになる。

 合わせて、国境警備隊のメンバーにも召集をかける。

 最終的には、総勢60名以上という中隊規模の人数が揃った。

 そして、その指揮官には国境警備隊の副官が任命されることになっていた。

 ラーズ直属の部下で、買収騒動にも関わっていない。

 その上で、周辺事情に詳しいだろうというのが理由だ。

 ただ、当の副官は、厳つい帝国騎士団の面々を前に及び腰だった。


「隊長……俺は、なんでそんな大役任されることになってんですか?」

「いやぁ……まぁ、なりゆきってぇやつよ」

「勘弁してくださいよ……相手は泣く子も黙る帝国騎士団の方々ですよ?」


 涙目で訴える副官。

 同じルゼリア人でも、豪快なイメージのラーズとは対照的な雰囲気だ。


「諸君! 遠路はるばる、ルゼリアの地にまでよく来てくれたのじゃ!」

「おぉー!」


 そこで整列する騎士たちに向けて、レミィから激励の言葉が発せられた。

 無駄に士気の高い騎士たちが、その声に応える。

 だが、最前列付近の騎士たち以外にはレミィの姿は全く見えていない。

 もちろん、レミィの方からも、全体を見渡すことはできていない。

 ピョンピョンと飛び跳ねてみるが、それでも見えず……地面に傷跡を残すばかり。

 見かねた騎士が、丈夫な荷車を足場にと引っ張ってきた。

 持ち上げてもらうにも重さがアレなので、レミィは自らそこによじ登る。

 その様子を見て和む騎士たち。


「諸君! 遠路はるばる、ルゼリアの地にまでよく来てくれたのじゃ!」

「おおぉー!!!」


 気を取り直し、レミィは最初からやり直す。

 二度目にして、騎士たちの士気はさらに増した気がする。


「しかし! わらわは馬車でここまで来たのに、貴様らは転移門ゲートを使ってきたのじゃ! 長旅に疲れたという文句が出ても、わらわは受け付けんからのう」


 冗談も織り交ぜつつ、騎士たちに今回の作戦内容について詳細を伝えた。

 レミィ自身は、報告も兼ねてルゼリアの首都へと向かわねばならない。

 そのため、指揮権は国境警備隊の副官に委ねるということも忘れず強調する。


「なんか凄いですね……あの幼さで、ここまでしっかり考えて行動できるなんて」

「まぁ、教育の賜物ってぇやつじゃあねぇの? 帝国の皇女様ともなりゃあ……」


 副官の感想に、ラーズは肩をすくめて応える。

 その戯けた態度を崩さないラーズに、副官は真面目な表情で続けて問いかける。


「で、隊長……首都に向かうんですね?」


 ラーズは、不敵な笑みを浮かべて、こう答えた。


「まぁ、帝国の皇女殿下から直々のご依頼とありゃあ……向こうさんも無碍にゃできねぇだろうよ」

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