第14話:護衛と皇女の荷重

「悪い冗談だよ……! あの嬢ちゃん、皇女だったっての!?」

「兄貴ぃ……ヤバくないぃ?」

「マジかよ……俺ぁ、不敬罪とかならねぇよな……」


 縛られたまま、跪いたままの姿勢で、方々から声があがる。


「いやいや、今はそれどころではないのじゃ。皆、おもてを上げるのじゃ」


 あまり、権力を振りかざすようなつもりはなかったのだが、間が悪かった。

 周囲の思わぬ反応に、レミィは慌ててその場をおさめようとする。

 と、そこに騎士たちから、欲しかった情報の報告が次々とあがってきた。


「礼拝者、神殿関係者ともに負傷者は数名りますが、命に別状のある者はりません」

「火の手も収まりました!」

転移門ゲートにも支障ありません」


 どうやら、大事には至らなかったようだ。

 いいタイミングで空気を変えてくれたことにホッと胸を撫で下ろす。

 だが、レミィには、あと一つ欲しい情報があった。


「うむ、皆、ご苦労だったのじゃ。あと、そこのルゼリアの戦士よ」

「ん? あぁ、自分ですか? どうされました?」


 レミィは先ほどの銀髪の男に声をかける。


「貴様の働きで、わらわは怪我ひとつなく無事にこの危機を乗り越えることができたでのう。感謝するのじゃ」

「まぁ、いろいろと思うところはありますが、無事で何よりです、姫殿下」


 いや何もされなくても怪我ひとつなかっただろうと、騎士たちは内心思っていた。

 だが、それは口に出さない。


「貴様、名はなんと言うのじゃ?」

「自分は、ルゼリア国境警備隊所属、警備隊長ラーズ・クリードです」


 レミィに問われ、銀髪の男は少し向き直ると、礼儀正しくそう名乗った。


「相分かったのじゃ。では、改めてラーズ。貴様に、ちと話があるのじゃ」

「自分に? 姫さ……姫殿下から、話ですかい?」

「うむ。雑務が片付いたら声をかけに行くでのう。それまで待っておいてくれるかえ?」

「ええ……承知しました」


 怪訝そうな顔のラーズを尻目に、レミィは満足げな表情でその場を去った。





 ひと段落したレミィは、馬車で待機するフェリシアたちを迎えに行った。

 合流してすぐ、何事もなかったかのように神殿へと向かう準備が進められる。

 先の出来事は、ここから望遠鏡で見ていたようで、大体の状況は伝わっていた。

 幾度となく、“首ナイフ状態”になったレミィの姿も見ていたわけだ。

 だがフェリシアと、その護衛の騎士は指示どおり一歩もここから動かなかった。

 実際、騎士の方はレミィの危機を確認した際、流石に慌てていたらしい。

 それを宥めて、ここに留まるよう説いたのはフェリシアだった。

 鋼の意志力とでも言おうか、終始一貫している。


「特に変わったことはなかったかえ?」

「はい! お申し付けどおり、ずっと馬車の中で待機していましたので!」


 問われたフェリシアは、ドヤ顔で何もしなかったことをレミィに報告する。


「あの新人騎士……いや、もう新人ではないかのう……彼奴は、今回もしっかりとフェリシアの護衛を果たしたということかえ」


 数日前の邪教徒騒動。

 そこでフェリシアに同行していた新人騎士は、今回も護衛役として編成されていた。


「いや、護衛とか何もしてませんって。ていうか、ここから一歩も動いてないんですから!」


 その騎士は、不服そうな顔で何もしなかったことをレミィに報告する。

 同じ報告内容で、ここまでテンションが変わるものなのか。


「ぬ? 何事も無ければ、それで良いのじゃ」

「それを言うなら殿下は何事かありそうでしたよね!? あのまま連れ去られていたら、どうなったことか……」

「ぐぬ……なんでわらわは怒られとるのじゃ?」


 騎士の剣幕にたじろぐ。

 何をそこまで怒っているのか、レミィには理解できていなかった。


「まぁ、今回は相手が腕を痛めてたので連れ去ることはできませんでしたが……」

「ぬ? 万全の状態でも、わらわを持ち上げることはできんと思うのじゃ」


 お互いに、相手の言っていることがわからないと言った表情で目を合わせる。


「ちょっと失礼しますよ、ほらこんな簡単に……いっ!」


 騎士は、それならばとレミィを片手で抱え、持ち上げようとする。

 水がいっぱい入った桶を担ぐ程度の力で、スッと持ち上がるだろう。

 そう思い込んで、腰だけの力で持ち上げようとしたのがよくなかった。


「……持ち上がらんのじゃ」

「痛ったたた……腰が……」


 レミィは腕組みしたまま、当然と言わんばかりに騎士の方をジト目で見る。

 驚くほど重い。

 いや、本当に何でできているのかと思うほど、見た目に反した重さだった。


「そりゃ無茶だぜ、お前……殿下は馬より少し重いんだぞ?」

「あれだけの力を出せる筋肉が、この小さいサイズに圧縮されてるんだ……そりゃもう、重くて当然だろ?」

「……まぁ、いまさらじゃが、貴様ら本当にデリカシーがないのう……」


 言いたい放題の騎士たちに、レミィは呆れたように応える。


「痛たたたた。いやでも、流石にあんな風に囚われたら、いくら殿下が重い……いや、強いとしても、焦るでしょう!?」


 痛む腰をさすりながら、騎士は精一杯の反論をぶつける。

 言っていることは間違っていない。

 少なくとも、他の王侯貴族を護衛する騎士の精神としては正しい。


「ふむ……あまり心配されたことがないからのう。そういうものなのかえ?」


 不思議そうな表情で、小首を傾げながらレミィが言葉を返す。

 いちいち可愛い動きが判断を鈍らせるが、今回は騎士も引かなかった。


「いや、どう考えても騎士の戦い方としておかしいんですよ!? 護衛対象を放置するなんて!」





「いやぁ、どう考えても騎士の戦い方としておかしいでしょう? 護衛対象を放置するなんてぇのは……」

「ぐぬぬ……今日はよく怒られるのじゃ……」

「いやぁ、怒ってるわけじゃあねぇんですが……」


 レミィは、神殿に併設された宿の貴賓席でラーズと会食していた。

 もちろん一対一ではない。

 周囲には、護衛の騎士たちも同席している。

 すでにフェリシアたちも無事に神殿に到着し、負傷者の応急処置も完了した。

 瓦礫の撤去や、倒壊した家屋の処理も含め、周辺も落ち着き始めている。

 陽も沈み、すっかり夜にはなってしまったが、大体の雑務は片付いた。

 ならばと約束していたラーズの元を訪れ、お礼と称して会食に招いた次第だ。

 そこで、野盗との戦いぶりについて話をしていたところ、先の台詞である。

 同じような台詞を、他の誰かからも聞いた気がした。


「あの状況で、手を止めねぇんですからね。帝国騎士の方々もウチと同じように、買収されてんのかってぇ思いましたよ」


 その言葉には、流石に周囲の騎士たちも一瞬動きを止めてラーズに目を向けた。

 目線には気づいているのだろうが、ラーズは悪びれた様子もなくエール酒を煽る。


「買収? ウチと同じ……とな?」


 騎士たちを目線で制しつつ、レミィは気になるワードに焦点を当てた。

 卓にある大きな肉を豪快に噛みちぎりながら、ラーズは再び話しはじめる。


「身内の恥ってぇことにゃなるんですが。ウチのバカどもが、どこぞのモンに買収されてたみてぇでしてね。で、ここの警備を手薄にするよう取り計らってたみてぇなんですよ」

「はやぁっ!? 国境警備隊の隊員が、かえ?」

「ええ、相当な額を手にしたみてぇでしたよ。あんまり浮かれてやがったんで、いろいろと問い詰めてみりゃ、ここの話を吐いたってぇ次第で……」


 傍にあったワインをそのまま一本空けながら、ラーズは続けた。


「で、どんな奴の仕業かと思って見に来てみりゃあ、さっきの連中ってぇわけですよ」

「ふむ……あんな野盗連中が……そんな、相当の額を支払えるとも思えんのじゃ」

「ええ、自分もそう思いますよ」


 レミィは食事の手を止めて思案する。

 一方のラーズは卓の真ん中にあった魚を丸ごと平らげた。


「ふむ……資金があるなら、物盗りだけのために、わざわざリスクを冒してまで神殿を襲撃するとも思えんしのう……となると……」

「目的は別ってぇ考えるのが自然でしょう」


 レミィも同じ意見だった。

 だが、その目的がどこにあるのかは、まだわからない。

 騎士隊長にも相談して、いろいろな可能性を考えておかねばならない。

 いろいろと事後処理を考えれば、出発は明日の昼過ぎになりそうだ。

 改めてレミィは、騎士たちに周辺の情報を集めるよう指示を出した。

 その間にも、フェリシアが次々と運んでくる食事をラーズは片っ端から平らげていく。


「……少食と聞いておったが、そこそこ食べよるのう」

「まぁ、ルゼリア人ルゼリアンにとっちゃあ、体が一番の資本ですんで。食える時にゃ食いますよ。食った分、力になりますからね」


 肉を骨ごと齧りながら、ラーズは鋼のような上腕の筋肉を見せつけた。

 その芸術品のような筋肉に、レミィは感動すら覚える。

 と、その時、またもや腰のポーチから光が漏れたことに気がついた。


 ──ぬ? これはすぐに見た方が良さそうなのじゃ。


 唐突に予言書を取り出し、レミィは中身を確認する。

 騎士たちはもちろん、ラーズもまた不思議そうな目で、その行動を見ていた。



 ■35、ぶっきらぼうだが腕は確かなルゼリア人の男に、君は……

 A:特に興味を惹かれなかった。      →57へ行け

 B:首都メルセネルまでの案内を依頼した。 →72へ行け



 軽く流すように読んだレミィは、特に悩むこともなくパタンと予言書を閉じた。


「うむ、それは名案なのじゃ……」


 一人満足げに頷きながら、独り言を口にする。

 そして、二本目のワインを空けたラーズに、手を差し伸べながら、こう告げた。


「では、その力をわらわに貸してくれんかのう?」

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