第13話:淑女(れでぃ)と銀髪の獣
「嬢ちゃん、大丈夫かい?」
頭目との睨み合いが続く中、銀髪の男は突然レミィに声をかけた。
「ぬ? うむ、貴様のおかげで怪我ひとつなかったのじゃ」
「そうかい。そいつぁよかった」
レミィも機嫌良く、それに応える。
おそらく放っておかれても怪我ひとつなかっただろう。
だが、それは口に出さないようにした。
「強がり令嬢様の次は、
無視されたように感じた頭目が、軽口を叩きながら煽りだした。
だが、銀髪の男とレミィは、そのまま頭目そっちのけで会話を続ける。
「褐色の肌に銀髪……そしてその恵まれた体躯。貴様はルゼリア人かえ?」
「おうよ。
分類的には、エルフでもドワーフでも
その他、多数ある様々な亜種族のどれにも該当しない、ただの人間。
の、はずなのだが、その特異な性質から別の種族扱いを受けている。
特徴としては、褐色の肌に金または銀の髪、男女問わずに恵まれた体躯。
そして、優れた身体能力と動体視力を持っていることが挙げられる。
こと戦闘に関しては、生まれながらにして比類なき才能を持っていると言えるだろう。
ルゼリアが傭兵王国と言われる所以であり、大陸最大の軍事力を誇る根拠でもある。
「無視してんじゃないっての! バンダナ! こっちくるんだよ!」
「えぇ? こいつらはもういいかぁ?」
実際に無視されていた頭目は、苛立ちを露わにバンダナの男に命令する。
安直すぎる気もするが、バンダナの男は“バンダナ”と呼ばれているようだ。
そのバンダナは、騎士たちに背を向けて、頭目のところへと駆け出した。
騎士たちは深追いせず、周辺の安全確保へと散開する。
追撃がないと気づいたバンダナは、そのままレミィたちの前へと飛び込んできた。
「兄貴ぃ、オレちゃんと働いたから、飯抜きはないよなぁ」
「まだ終わってないんだよ! ほら、こいつをギッタギタにやっちまいな、そうすりゃ飯なんざいくらでも用意してやるっての!」
すぐさま頭目は、銀髪の男を仕留めるよう命じた。
そこに立つ自分と遜色ない背丈の男を前に、バンダナはニヤリと笑みを浮かべる。
「なぁんだ、こんな細っこいの倒すだけで、いっぱい食べれんだぁ」
背の高さこそ近しいが、バンダナと銀髪の男の体格には大きな違いがあった。
脂肪も含め、横にも大きく肥大したバンダナの体。
対する銀髪の男は引き締まった体で、体積的にはバンダナの半分にも満たない。
「オマエ大きいのに小せぇなぁ。ちゃんと飯食ってんのかぁ?」
「俺ぁ、割と少食でね……そこまで飯にゃ執着してねぇんだよ……」
その会話を聞きながら、レミィはじっくりと銀髪の男を観察する。
クラスニーといい、バンダナといい、最近のレミィは大男に出会う機会が多い。
だが、同じ大男でも、この銀髪の男は明らかに質の違う体の作りをしていた。
──彫刻みたいな筋肉なのじゃ……あれで戦闘に耐えられるのかえ?
レミィは銀髪の男の体を改めて、まじまじと見つめる。
総じて、体が大きく
とはいえ、決して
鍛えられた筋肉は、
巨躯=鈍重という考え方は、危険な思い込みだ。
そこに適度な脂肪があれば、防御力を持たせることもできる。
十分な筋肉があれば、多少の脂肪はマイナスには働かないのだ。
そう言う意味では、このバンダナの体は防御面でも優れていると言える。
──まぁ噂の
レミィが、そう考えたところで、バンダナの方から動きがあった。
「オレは、いっぱい飯食うんだぁ!」
力任せに、牛一頭ほどの大きさはありそうな巨大な棍棒を振り下ろす。
相当の重さがあるはずだが、それを感じさせないほど動作もはやい。
一方、銀髪の男は、腰の剣すら抜いていない。
何もできずに、一方的に殴られるだけだ。
少なくとも、そこに居たほとんどの者には、そう見えていただろう。
──今、何回斬ったのじゃ!?
何かを仕掛けた銀髪の男、そして、それを認識することができたレミィ。
その他には誰一人として、この一瞬に何が起きたのか理解できていなかった。
ただそこには、綺麗に斬り刻まれた棍棒の残骸。
そして、白目を剥きながら崩れ落ちるバンダナの姿があった。
「
「う……うそだぁ……」
斬られた本人すら何をされたのか、気づくことはできなかった。
為す術もない。
いや、もはやそう言う次元でもなく、バンダナは銀髪の男に完封された。
「やべぇ……バンダナがやられちまったぞオィ……」
野盗たちの士気が、目に見えて下がっていく。
騎士たちは、この機を逃さず攻勢に出た。
──うむ、そろそろ落ち着きそうなのじゃ。
レミィは、周囲に脅威となるものがいないことを確認すると、予言書を取り出した。
先ほど、ポーチから光が漏れていたことは間違いない。
新たな選択肢を確認すべく、開いたページに記されていたのは……。
■85、神殿を襲う野盗を相手に、君は……
A:あまり目立たないように、適当にあしらった。 →35へ行け
B:本気を出して、一気に壊滅させた。 →57へ行け
「ぬ? これはもう手遅れかのう?」
すでに決着したような現状で、この選択肢から選べと言われても難しい。
やはり、気づいた時にはできるだけ急いで見たほうがよいのだろうか?
そんなことを思案しながら、レミィは、とりあえず指を挟んで先を見ようとする。
「はぁい♪ 油断大敵だよ。嬢ちゃん……まだ決着はついてないっての」
そこに、頭目が再びレミィの背後から絡みついてきた。
バンダナと銀髪の男が戦っている
「俺様は器用だから、どっちでも剣が使えるんだよ。こんな右手でも、こうして嬢ちゃん一人抱えるくらいどうってことないって……の……ないっての!」
聞いてない自慢話を語りながら、レミィを小傍に抱えようとする。
だが、持ち上がらない。
「嬢ちゃんをっ! 人質にっ! 逃げ果せりゃっ! 何度でもって……」
まるで、そこに備え付けられた柱のように、ピクリとも動かない。
「ちょちょちょ、どうなってんだよ! なんでこの嬢ちゃんこんな重いんだっての!」
「貴様、“れでぃ”に対して失礼にも程があるのじゃ」
この一連の流れから選択肢を決めたレミィは、自ら手出しをしないことにした。
適当に、思ってもいない言葉でお茶を濁す。
「その“れでぃ”が、こんな重さなのはおかしいっての!」
「ふむ……それなりに食事には気を使っておるつもりなんじゃがのう」
「食事どうこうのレベルじゃないんだよ! だいたい……あ……」
頭目はすっかり、レミィのペースに乗せられてしまう。
大騒ぎしているうちに周囲を、騎士、衛兵、そして銀髪の男に囲まれていた。
「……えーっと……これはもう……決着がついたって……の……」
間の抜けた声でそう呟くと、頭目は、そのまま短剣を捨て両手を上げる。
騎士に捕えられ、そのまま他の野盗と一緒に縛り上げられた。
「貴様ら、命拾いしたのう。帝国の皇女に傷一つでもつけてみよ……死ぬまで拷問……いや、死んでも拷問を繰り返し受けておったかもしれんのじゃ」
「え?」
「えぇ!?」
「ちょっと待て、嬢ちゃん……いやぁ、姫さんは、帝国の皇女……で、あらせられる?」
レミィの何気ない冗談の一言に、皆がざわつく。
野盗連中はもちろん、衛兵、そしてなにより銀髪の男も驚きを隠せない。
「うむ。
皇族であることを示す徽章が記された外套、そして噂に違わぬ容貌。
その名乗りを耳にした周囲の者は、皆一様に跪いた。
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