第12話:神殿と野盗の襲撃

 陽が傾き始めた頃、レミィは馬車の速度が緩やかになってゆくのを感じていた。

 やがて、静かに停車すると、並走していた騎士たちが慌ただしく動き始める。

 そして、一人の騎士が客車キャリッジの扉をノックした。


「殿下! 少々、ご報告させていただきたいことが!」

「経由予定の神殿が、何者かに襲撃でもされておるのかえ?」

「え!? いや……その、仰るとおりで……」


 ついさっき読んだところなので、もちろん知っていた。

 その神殿の安全性をフェリシアに語っていた矢先の出来事だ。

 なんとも、居た堪れない。


「このまま皆も武装して、急ぎ神殿に向かうのじゃ」

「は! 承知しました」


 先の選択肢は、指を挟むまでもなく、即時対応の85を選んだ。

 警備隊の到着を待っていては、どんな被害が出るか……わかったものではない。

 再び動き出した馬車は、そのまま経由する予定だった神殿へと向かう。


「さて……フェリシアは、この馬車から出んようにのう」

「はい、一歩も出ません」


 なんの迷いも躊躇いもなく、真っ直ぐな目でフェリシアは指示を受け入れる。

 新人騎士から報告があったとおりの反応。

 レミィや騎士たちにとって、この割り切りはある意味とてもありがたいものだった。

 非戦闘員が何かの役に立とうとして、命令に背いて行動してしまうことは少なくない。

 結果、何もできず、逆に足を引っ張ってしまうという場合がほとんどだ。

 戦場はそんなに甘いものではない。

 なんの経験もない者が、突然英雄ヒーローになることなど極めて稀なのだ。


 ──聞き分けが良くて助かるのじゃ。


「この馬車は、それなりの強度で作られておるからのう。そうそう破壊されることもないはずなのじゃ」

「やはり、レミィ様専用の馬車ともなると、すごいですね」

「うむ。まぁそうでなければ、わらわの重さに耐えられんでのう」

「え? 重さ……?」


 レミィの言っている意味が今ひとつ理解できなかったフェリシアは小首を傾げた。

 フェリシア自身も小柄な方だが、レミィはそれよりもまた二回りほど小さい。

 どう見ても、重さを気にするようなサイズではない。

 と、そうこうしているうちに、馬車の速度が再び緩やかになってきた。


「殿下! 近くまで到着しました」

「では、行くかのう」


 停車するが早いか、レミィは馬車の外へと飛び出し、神殿へと向かう。

 装備を整えた騎士たちも、そこに続いた。

 待機を指示されたフェリシアは、手を振りつつ、それを見送る。

 ふと、飛び出た時にレミィが着地した地面を見て、フェリシアは自分の目を疑った。

 まるで何かで抉られたかのように、異常に凹む地面……。


「そこの……地面ってそんなに柔らかいのですか?」


 気になったフェリシアは、護衛役として残ってくれた騎士に問いかけてみた。


「いや、結構しっかりしてるよ?」


 不思議そうな顔でフェリシアを見ながら、騎士は地面を踏み締めて確認する。

 全身鎧フルプレート装備の騎士が踏み締めても浅い足跡しかつかない。


「じゃぁ、それは……なんでしょうか?」

「あー……なんだろうな」


 目の前に残されたレミィの着地跡を前に、二人は顔を見合わせた。





「よし! お前ら、そっちの馬車からいただきだよ!」

「へぇい!」


 神殿の傍にある小高い丘に陣取って、全体を見渡すように立つ、無精髭の男。

 この男が、おそらく野盗連中の頭目だろう。

 その命令に従い、手下たちは手際よく周辺から積荷を奪っていく。

 燃え盛る一帯を見渡しながら、頭目らしき男は不敵な笑みを浮かべる。

 一方で、その足元には頭にバンダナを巻いた巨漢が縋り付いていた。


「兄貴ぃ……ほんとに神殿なんか襲っちまって大丈夫かぁ?」

「るっさいね! 離れろっての、お前も働くんだよ!」

「でもぉ、神殿を警備してる連中は手強いって……」

「だから、もうそいつらは買収してあんだよ! 周りをよく見ろっての!」


 その巨体に似合わず気が弱いのか、足元から離れようとしない。

 それどころか、頭目の足を文字どおり引っ張っているようにも見える。


「くそ! 警備隊はなにやってんだ?」

「礼拝者の方々を安全なところへ!」


 想像もしていなかった野盗の襲撃に利用者は、皆、狼狽える。

 神殿の者たちも、なんとか対応はしているが、被害は広がるばかりだ。


「ほら、はやく行くんだよ! そのデカい体は飾りかっての!」

「うあぁ……」


 頭目に蹴っ飛ばされ、転がり落ちたバンダナの男は渋々襲撃に参戦する。

 当人のやる気はさておき、そこに立っているだけで十分な威圧感があった。

 神殿の衛兵だけでは、太刀打ちできそうにもない。


「さっさとそいつら仕留めちまえっての。でなきゃ飯抜きだよ」

「うえぇ!? 飯抜きは勘弁だぁ!」


 その頭目の言葉を聞いて、バンダナの男は突然奮起しはじめた。

 右手に握りしめた大きな棍棒を振り回し、周囲の全てを叩き壊す。

 衛兵たちも、為す術もなく弾き飛ばされてしまった。


「今日の飯ぃ!」


 欲望に素直な掛け声と共に、衛兵へと襲いかかるバンダナの男。


「野盗ども! そこまでだ!」


 そこに、ようやく騎士たちが駆けつけた。


「あれは! 警備隊が……じゃない!? 帝国の騎士様だ!」

「神のご加護です……応援が来てくれました! さぁ、押し返しましょう!」


 その勇ましい姿を目にした神官たちの士気が上がる。

 衛兵たちもなんとか持ち堪えているようだ。


「んだっての……なんで、ここで帝国騎士なんか来ちゃうんだよ?」


 予想外の来客に、頭目は少し屈んで身を隠す。

 そして冷静に周囲を見ながら、状況を整理しはじめた。


 ──人数は、ひぃ、ふう、みぃ……5人、ありゃどれも手練れだね。他には……


 ふと、騎士たちの現れた方角、その後方に人影を見つけた。

 装飾の施された儀礼用であろう、純白の軍服を纏う小さな影。

 その長く美しい白金の髪が、揺れる炎に照らし出され赤く染まっていた。

 この場に不相応な雰囲気を漂わせる、謎の少女……。


 ──帝国の貴族令嬢様ってとこか……最高級の上玉だよ。こいつはツイてるっての!


 惹きつけられるような、その姿に“アタリ”だと判断した頭目は、少女を標的に定めた。

 姿勢を低くしたまま身を隠し、背後からゆっくりと近づいていく。

 それが、最大の“ハズレ”だとは知る由もない。


「よし、もらったっての! おとなしくすんだよ?」

「ぬ?」


 そのまま少女の背後から絡みつき、首元に短剣を突きつける。

 少女……レミィはそれに驚いた様子もなく、特別、何も反応を示さなかった。


「恐ろしくて声もでないってか? 言う通りにしてれば命くらいは助かるかもだよ?」


 驚くほど定番の言葉を並べ立てる。

 レミィは呆れて言葉も出ず、ため息をついた。


「お貴族様も、民衆からの点数稼ぎご苦労さんだね。ノブレス・オブ・リージュってか? 余計な見栄張ろうとしなきゃ、こんな目に遭わずに済んだんだよ」


 実にベラベラとよく喋る。

 ふと、そこでレミィは腰のポーチから光が漏れていたことに気がついた。

 今は、そのタイミングでもないが、落ち着いたら読もうと心に留めおく。


「はいはい、帝国騎士の皆さん注目だよ! この嬢ちゃんに傷つけられたくなかったら、おとなしく武装解除しろっての!」


 大声で叫んだ頭目の言葉に、騎士たちだけではなく、野盗連中も動きを止める。

 皆の注目を集めた先にあったのは、恐怖に凍りついた表情……なのだろうか?

 眉ひとつ動かさず、ジト目のまま、頭目に捕えられた貴族の令嬢らしき少女。

 一見、野盗側の優勢に見えるこの構図。

 だが、先に冷静さを取り戻したのは、騎士たちだった。


「へへ、これで形勢逆転だな、おい。とりあえずその高そうな剣を……ぐわぁああ!」


 騎士たちは何の躊躇いもなく、無言のまま剣を振り下ろす。

 一瞬動きを止めていた野盗連中は、ここで一気に数を減らされていく。


「オィオィオィオィ、おとなしくするんだよ! こいつが目に入らないっての!?」


 もちろん目には入っている。

 全く心配していないので、放っているだけなのだ。


「こいつら、クレイジーだよ!」


 おそらく護衛すべき対象であろう人質を見捨て、黙々と野盗を狩る騎士たち。

 その盲目的な行動に、一瞬呆然とする。

 だが、そこから一転、頭目は殺意に満ちた目をレミィへと向けた。


「舐めんなっての! 俺様は、女子供だろうと容赦しないんだよ!」


 自らを鼓舞するかのように大声をあげると、そのままレミィの首を掻き切ろうとした。

 と、その時、短剣を握る頭目の手を、何者かが背後から鷲掴みにする。


「痛でででで!」

「こんな嬢ちゃん相手に、なぁにイキがってやがんだテメェ」


 いつの間にか頭目の背後に、大男が立っていた。

 服の上からでもわかるほどに鍛え上げられたその筋肉。

 褐色肌の端正な顔立ちに後ろで無造作に束ねられた長い銀髪が印象的な、その男。

 突き刺すような鋭い眼光はまさに歴戦の猛者といった雰囲気を醸し出している。


「ったく……身内の恥ぃ聞かされてイライラしてるとこに、こんなクズ野郎の登場かよ……」

「痛でぇ! 痛でぇええ! 離せっての!」


 なんとかもがきながら、頭目は男の腕を振り払った。

 いや、振り払ったと言うより、離してもらったのほうが正解だろう。

 掴まれていたその腕は、手の形に合わせたように凹み、鬱血している。


「こいつ……何者なにもんだっての! まず、お前から……」

「まぁ、何者なにモンだってぇいいじゃあねぇか……ちょいと、俺の怒りに付き合えよ!」


 動かなくなった右腕をさすりながら虚勢を張る頭目。

 だが、その言葉を遮りつつ、銀髪の男は啖呵を切った。

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