第2章

第11話:天覧試合と傭兵の国

 数名の騎士たちに護衛され、街道を進む豪華な馬車。

 客車キャリッジの側面には、神聖帝国グリスガルドの皇族の徽章が記されている。

 今、レミィとフェリシアは、帝都の南へと向かっていた。

 目的地は、従属国の一つ、ルゼリアの首都メルセネル。

 古くは、傭兵王国とも呼ばれていたルゼリアは、大陸屈指の軍事力を誇る大国だ。

 帝国の軍事力は、ほぼこの国に依存していると言っても過言ではない。


「レミィ様、此度の外遊は、視察ではないのですか?」

「うむ。今回は招待されたのじゃ」

「招待、ですか?」

「うむ。国営の闘技場で大規模なイベントがあるのじゃ。今年は、皇帝陛下の代理として、わらわが出席することになったのじゃ」


 レミィとフェリシアは、馬車の中で向かい合わせに座って話していた。

 帝都を出てから数日が経過しているが、二人に疲れがあるようには見られない。

 前回の旅とは違い、今回は専属侍女メイドたるフェリシアが同伴している。

 着替えに化粧直しに御髪直しと、フェリシアは、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。

 おまけに、料理の腕は超一流……。

 レミィはもちろん同行する騎士たちも、この上ない快適な旅を満喫していた。


「では、今回はゆっくりと観光も楽しめそうですね」

「ぬー、だと良いのう」


 その実、レミィにはもう一つ目的があった。

 もちろんそれは、予言書に記されていたのだが……。



 ■67、さらなる脅威と対峙しなければならない君は……

 A:騎士たちを再訓練した。                →14へ行け

 B:英傑を臣下として招き入れるため、ルゼリアに向かった。 →59へ行け



 明確に場所を指定された形だ。

 もう一つの選択肢は見慣れた番号だったので、もう指も挟まずに先へと進む。

 いつものように、まだ選択肢は記されていなかった。

 ただ、気になることは記載されている。

 その場所で、レミィの価値観を変えるほどの人物との出会いがあるらしい。


 ──いや、世界の運命を変えてもらわんと困るのじゃ……


 ともあれレミィは当初、予言書の指示に従い、ルゼリアへと向かう口実を考えていた。

 そこに父である皇帝陛下から呼び出され、このイベントのことを知らされる。

 代理として出席し、天覧することも含めての話だった。

 渡りに船とはこのことだ。

 二つ返事で引き受けたレミィは、すぐ支度に取り掛かった。

 今回も、護衛する騎士の分隊は、あっという間に編成される。

 レミィの専属というわけではないのだが、そこには見知った顔も何名か居た。

 そして周知を受けてから僅か1日で準備を整え、ルゼリアに向けて出発する。

 今のところ、これといった刺激の……いや、変化のない平穏な旅路だった。


「そういえば、前回のお怪我をご覧になって……陛下は、たいへん動揺しておられましたが……よく今回の外遊に許可が出ましたね」

「むしろ、父上からの勅命なのじゃ」


 レミィが僅かとはいえ、怪我を負ったという知らせは皆を驚かせた。

 帝国に長く在籍する騎士隊長も、新人騎士からその報告を受けた際には卒倒した。

 もちろん、レミィを溺愛する皇帝陛下に至っては言うに及ばず。

 同行した騎士たちも、極刑は免れないと覚悟していたが、そこにお咎めはなかった。

 そもそもレミィの外皮……竜の鱗を貫いた相手だ。

 騎士たちが束になってかかったところで、死体の数が増えただけだろう。

 心配すべきは怪我そのものではない。

 その竜の鱗を貫くだけの力を持った者が、邪教徒の中に居たという事実。

 そして、そんな力を持った者がまだ何人もいるかもしれないということだ。


「なるほど、そうだったのですね。でも、レミィ様……」

「ぬ? どうしたのじゃ?」

「もう少し、陛下には、甘えてさしあげてもよかったのでは……?」


 フェリシアが、すこしばかり遠慮がちに意見する。

 実際、レミィの怪我を目にした父、皇帝陛下は珍しく取り乱していた。

 今まで、そんなことはありえないと思い込んでいた出来事が起きてしまったのだ。

 傷だらけのレミィに駆け寄り、抱き締める様は、皇帝である前に父親の姿だった。

 だが、レミィからは想像以上に塩対応で返される。

 まだ12歳、甘えたいという気持ちがあってもおかしい年齢ではない。

 だが、竜の血の影響か、精神年齢は実年齢とはかけ離れたものになっているようだ。

 何れにせよ、皇帝陛下はダダ凹みで公務へと戻って行った。


「うむ。まぁあれは悪かったと思っておるのじゃ……」





「殿下、ルゼリア領に入りました」

「ふむ、だんだん暖かくなってきたのう」


 並走する騎士に声をかけられ、外の景色に目を向けた。

 周囲に南国特有の植物が、ちらほらと見え隠れし始める。

 レミィたち一行は、西方アルバーナとの国境を越え、南方ルゼリアへと入国した。

 検問も、徽章があればほぼ素通りできるので楽なものだ。

 天候にも恵まれ、順調な旅を続けることができている。

 だが、首都メルセネルまでは、ここからまだまだ先が長い。


「まだ、こんなに離れているのですね」


 レミィは地図を広げ、フェリシアと共に行程を確認する。

 このまま馬車で行けば、あと1ヶ月ほどかかる距離だ。


「まぁこの先は神殿を経由して転移門ゲートを使用するからのう。たいして時間もかからんのじゃ」

転移門ゲート……ですか?」

「うむ。もう国境は越えたでのう。使用の制限はないのじゃ」


 転移門ゲートとは、転移魔法を応用した魔導具マジックアイテムの一種である。

 その規模から言えば、魔導装置マジックデバイスと言った方が適切だろうか。

 魔法で、離れた二つの空間を繋ぎ、双方向に移動できるようにするというものだ。

 広大な領土の中を移動するにあたり、徒歩や馬の足だけでは限界がある。

 そこで帝国では、旅の権能を持つ神の神殿に、その転移門ゲートの設置を推奨した。

 旅の神を祀る神殿は、地域を問わず、凡ゆる場所に大小の寺院が点在している。

 おかげで従属国では、そこから様々な恩恵を受けることができた。

 こうして帝国内には、物資の輸送や伝達に関わる、大規模な交通網が築かれた。

 ただ、その使用には少し制限もあるようで……。


「国境を跨いでの転移は、余程の緊急時以外は認められておらんのじゃ。いきなり隣国に暗殺者を送りつけることもできてしまうからのう」


 レミィは、制限の意味がいまいちわかっていなかったフェリシアに対して補足する。


「なるほど……私には転移門ゲートそのものが遠い存在でしたので……」

「まぁそれなりのお布施も支払……納めねばならんでのう……」


 確かに便利な施設なのだが、なかなか気軽に利用できるような代物ではない。

 神に対するお気持ち……お布施は大事だ。

 たとえ、皇族であってもタダで使用するというわけにはいかないのだ。


「お布施ですか……」

「うむ。それなりのお布施……じゃ」


 そう言ってレミィは親指と人差し指を擦り合わせ、お金がかかるというサインを示す。

 だが、その費用をかけてでも、神殿を経由して旅をすることには利点があった。

 そもそも、その旅の神殿自体が宿を兼ねていたり、軽食を提供していたりもする。

 となれば、周囲には自ずと大小問わず、店も集まってくる。

 気がつけば、そこは小さな宿場町のようになっていたりするのだ。

 その地の名産品を楽しんだり、不足した物を買い足したり、他にも色々と……。

 長旅の疲れを癒すうえで、至れり尽くせりの環境と言える。

 そして、何より重視されるのが旅の安全性だろう。

 街道をひたすら馬車で長旅していれば、当然出会う可能性も高くなる。

 そう、野獣、魔獣……そして野盗に……だ。

 その旅の時間が大幅に短縮され、夜間は神殿を中心とした共同体に保護されるのだ。

 野獣や魔獣はもちろん、野盗にも、そうそう襲われるようなことはないだろう。

 故に、多くの商人や貴族は、中継地点として、この神殿をよく活用している。


「レミィ様にお仕えしていなければ、利用できる機会はなかったかもしれませんね」

「かもしれんのう」

「どんなところか、楽しみです♪」

「ふむ、まぁ有り体に言ってしまえば、旅の途中に寄る安全区域セーフエリア娯楽施設レジャースポットなのじゃ」


 初めての知識と体験に心躍るフェリシアは、喜びを全身で表現していた。

 だが、レミィは身も蓋も無い言い方で、その神殿を揶揄する。

 そんなやり取りが続いたところで、レミィの腰のポーチから光が漏れ出した。


「レミィ様!? その光……」

「ぐぬ……まぁ気にするでない。ちょっと、調べてみるのじゃ」

 慌てて誤魔化しながら、予言書を引っ張り出し、続きを確認する。



 ■59、神殿が何者かに襲撃されているのを見た君は……

 A:様子を見つつ、警備隊の到着を待った。 →8へ行け

 B:急いで現場に向かった。        →85へ行け



 その記述を目にしたレミィは、フェリシアに向かって、少し申し訳なさそうに呟いた。


「ぬー……安全区域セーフエリアという話は、なかったことにして欲しいのじゃ」

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