第10話:予言と未来の選択

 元凶さえ潰してしまえば、あとの処理は簡単なもの……のはずだ。

 レミィたち一行は、ヴァイスレイン領主の元を訪れ、詳細を報告する。

 そこで子供たちの一時保護はもちろん、東の村の調査にも協力してもらうことにした。

 レミィが身分を明かした時、子供たちは一瞬固まっていた。

 イチル少年に至っては不敬罪を恐れ、逃亡を図ったくらいだ。

 もっともフェリシアは、途中からなんとなく気づいていたようだったが……。

 まぁ、あれだけ同伴している騎士が“殿下”と連呼していれば、さもありなん。

 だが、少年たちと歳が離れていないことが幸いしたのだろう。

 レミィが然程気にしていないとわかると、皆すぐに元の調子に戻っていた。

 その方が、お互いに接しやすいようだ。


「またな、レミィ!」

「せ・め・て、様をつけろよ!」


 新人騎士は、流石に体裁を気にしている様子だったが……。


「良い良い。うむ、孤児院の件は、何か考えておくのじゃ」

「うん!」

「ありがとレミちゃんー、またねー」


 ──レミちゃん……母上以外に初めて言われたのじゃ……。


 手を振る子供たちのもとを離れ、レミィは改めて領主の館へと向かった。





 領主の執務室には、重苦しい空気が流れていた。


「まさか……神職を装って領内に忍び込むとは……」

「うむ。まぁある意味、本当に神に仕える身ではあったのじゃ」


 項垂れたまま首を振る領主に対して、レミィはフォローを入れる。

 そう、その信仰の対象が邪竜神であるというだけで、相手は間違いなく神職だった。

 クラスニーは、村はずれの教会に赴任した一般的な教会の信徒として振る舞っていた。

 年寄りが多い東の村では、そこに依存する傾向も出ていたのだろう。

 だが幸いにして、まだ邪教徒の教えには染まっていなかった。

 今からでも充分建て直せるだろう。

 レミィは中央から資金と物資、そして不足する人員の派遣を領主に約束する。


「なんと……ありがとうございます、レミィエール皇女殿下……」

「うむ、あとの采配は領主殿に任せるのじゃ」


 ここが辺境の地であり、中央の目が届かぬ場所であることは領主も自覚している。

 故に、常日頃から周辺からの侵攻に対して警戒は怠らぬように目を光らせていた。

 だが、流石に教会の人間に扮して侵入してくるような者にまでは手が回らなかった。


「この度は、皇女殿下直々にお越しいただき、その上で、このようなお手数をおかけしてしまいまして……誠に申し訳ございません」

「ふむ、そもそも領主殿に落ち度はないのじゃ。未然に防ぐこともできたでのう。良しとするのじゃ」


 如何に辺境であっても、しっかりとした環境づくりは必要だ。

 この帝国の領内には、中央の目の届かぬところがまだまだたくさんあるだろう。

 どこかでまた、誰かが同じような目に遭うかもしれないのだ。


「さて、あの子供たちの扱いについては、どうなっておるかのう」

「その件につきましては、私の方からご報告させていただきます」


 難しい話になった時のために、同行してもらっていた騎士隊長が口を開く。

 少しだけ魔法の心得がある隊長には、あることについて調べてもらっていた。

 それは、あの地下で目にしたもの……。


「子供たちの首にかけられていた枷ですが、物理的な外し方は確認できませんでした」

「はやぁっ!? 鍵穴もなかったのかえ?」

「はい。魔法的なもので施錠されているらしく、それ以上は……」

「なるほどのう……それは無理やり引きちぎるのも危険なのじゃ」


 さらに重い空気になってきた。

 床やソファが軋むのを気にしたレミィは、そこに沈み込むように浅く腰掛ける。

 両脇で二人の男が難しい顔をしている最中、ふと予言書の光に気がついた。

 領主と騎士隊長は互いに意見を交換し合い、議論に集中しているようだ。

 レミィはそっと、ポーチから予言書を手に取り、新たな選択肢を確認する。



 ■87、首魁を討伐し、領主の元を訪れた君は……

 A:子供たちを領主に任せて、帝都に戻った。 →32へ行け

 B:帝都に孤児院を作るべく、子供たちを引き受けた。 →66へ行け



 ──ふむ、その手があったのう。


「うむ! では、子供たちは帝国で一旦預かることにするのじゃ」

 まだ議論に集中していた二人の間から、レミィが声をあげた。

「それは……」

「殿下、よろしいのですか?」


 予言書に記されていた選択肢ではある。

 だが、レミィ自身その方が良いと納得した上での意見だった。

 そもそも、中には奉公のために家から出されたことになっている者も居たはずだ。

 彼らに関しては、そのまま家に戻ることもばつが悪いだろう。


「帝都に、孤児院を設立するのじゃ。他の辺境にいる孤児たちも引き受けられるよう、少し大きめが好ましいのう」

「なるほど……帝都であれば、魔導省で枷のことも、もっと詳しく調べられるかもしれません」

「あとは、奉公に出たことになっている子供たちについても、帝都の各ギルドに預けるかのう。一人前になるまで育ててもらうのじゃ」

「その稼ぎを、親元に仕送りしてもおかしくはありませんね」

「それは……領主の私としても願ってもない妙案!」


 一人前になった暁には、村に戻ってくる可能性もあるかもしれない。

 そうでなくとも、仕送りだけでも村は潤い、豊かな暮らしができるようになる。

 豊かになれば、如何に辺境であっても人が集まる。

 そうして人が集まってきた場所は、もう辺境ではない。


「うむ! 決まりなのじゃ。では領主殿は、子供たちのために馬車をいくつか用立ててほしいのじゃ」

「承知いたしました! 皇女殿下……何から何まで、ありがとうございます」

「ぬ? いや……まぁたまたま視察にきた領地でタイミングがよかっただけなのじゃ」


 予言書に、異変が起きていると言われて来た……とも言えず。

 レミィはあくまで偶然を装い、この場を収めた。

 何はともあれ、このヴァイスレインでの出来事はうまく着地点が見つかったようだ。


 ──これ以上の異変は無いはず……なのじゃ。





 数日後、帝都の皇女宮にて。


「レミィ様、如何でしょうか?」

「うむ、シスター服よりもよく似合っておるのじゃ」


 庭で、侍女メイド服の姿を披露しているのはフェリシアだった。

 レミィが気を使うような身分でもなく、妙な派閥にも関係がない。

 掃除、洗濯、化粧に着替え、料理から治療に至るまで、全てひととおり習熟している。

 その上で、多少の出来事には動じない胆力も持ち合わせ、根性もある。

 レミィの専属侍女メイドとして、これ以上の人材はなかった。


「シスターふうです」

「そうなのじゃ、ふうだったのじゃ」


 他愛もない会話に、二人は笑顔を見せる。

 フェリシアには、新たに帝都に設立される、孤児院で働いてもらうという話もあった。

 だが、今回の邪教徒騒動は、孤児たちの心に大きな傷を残したようだ。

 結果、孤児たちのフェリシアに対する依存度が増すことは目に見えていた。

 それはあまり、好ましいことではない。

 いつかは離れなければならない日が来るのだ。

 ならばと、フェリシアは違う形でイチルたちを支援する道を選んでくれた。

 侍女メイドとして稼いだ分は、生活費を除いて全額孤児院に仕送りするつもりらしい。


「紅茶は淹れられるかえ?」

「はい! お任せください」


 フェリシアは、貴族でもなければ、特別な地位の者でも、その嫡子でもない。

 出自もハッキリとはわからない、おまけに有角種ホーンドである。

 そのような輩を宮中に入れるなど、もってのほかだと反対する意見も多かった。

 ましてや、皇女の専属侍女メイドとして選ばれたとなれば尚更だ。

 侍女メイドとしての最高峰とも言える地位にぽっと出の平民が収まったのだ。

 そのことを面白くないと思う貴族の子女は多数でてくるだろう。

 もちろん、レミィもそれは予想していた。

 だが、そんな反対派の意見も、実際にフェリシアを見た者からは出てこなくなった。

 最初は、有角種ホーンドであることを負い目に思っていたのだろう。

 フェリシアは無口で、あまり周囲と話している様子はなかった。

 だが、ここでは話しても良いのだと分かってからは早かった。

 人当たりの良いフェリシアは皆に可愛がられ、あっという間に宮中の人気者となる。

 対立していた貴族の子女たちとも、すぐに打ち解けてしまった。

 帝都では、種族間の差別がそれほど激しくなかったことも幸いしたのかもしれない。


「どうぞ、レミィ様」


 どこで学んだのか、所作も含め完璧な流れで紅茶が出てくる。


「うむ、ではいただくかのう」


 流石に初めての場所で、初めての茶葉で、初めて淹れる紅茶だ。

 味の方にはそれほど期待していなかった。

 だが、一口つけたレミィは、大きく裏切られた気分になった。


「如何ですか?」

「うむ……これは、同じ茶葉なのかえ? 超美味しいのじゃ……」

「それはよかったです♪」


 思いもよらぬ誤算だった。

 最高の専属侍女メイドを雇うことができたと、レミィはご満悦の様子。

 ズタズタにされた軍服も新調した。

 孤児院の件も元老院に話をつけ、着々と進んでいる。

 ずっと保留になっていた専属侍女メイドもフェリシアに決まった。

 そう、大方のことは順調に事が運んでいる。

 だが、どうしても心に引っかかるものが残っていた。

 レミィは、テーブルの上に置いていた予言書を手にする。

 前回最後の選択から、はや数日。

 予言書に新たな選択肢は、未だに提示されていなかった。


 ──選択を間違えた……というわけでもなさそうなのじゃ……。


 最初に提示されたヴァイスレインの異変は、おそらく解決することができたはず。

 だが、それだけで全ての脅威が去ったとは、レミィには到底思えなかった。

 あの新人騎士とフェリシアが捕縛してくれた2名の邪教徒も自害しており情報がない。

 司祭服の男は言うに及ばず。

 もう一人……と思しき者は村のはずれで遺体として発見された。

 この帝国内に、今、邪教徒がどれほど潜伏しているのかが気がかりだ。

 そもそも堕徒ダートとは一体何者なのか。

 あの子供たちの首にかけられていた枷も気になる。

 イチル少年の凶暴化に関係があるのだろうか?

 あれこれと、考えだせばキリがない。

 コデックスが告げた“世界は厄災に見舞われ10年後には滅亡する”という言葉。

 その要因となりそうな出来事は、数多く存在しているのだ。


「まだページも、充分余ってそうなのじゃ」


 そう言いながら、レミィは最後の選択で飛んだ66のページを開いた。

 やはり選択肢は記されていない。

 だが、改めて文字を辿ると、そこに見落としている文章があることに気がついた。

 いつものように見開きの右上には数字があり、簡単な状況説明が続く。

 そこから、今までとは違った書式だったので気がつかなかった。

 ここには元々選択肢がなく、必ず次のページへ行くように記されていたのだ。


「このパターンは初めてなのじゃ」


 慌ててページを捲り、先へ進む。

 そこには、珍しく長文が記されていた。

 全体的には、先のヴァイスレインでの出来事を振り返るような内容だ。

 だが、その一部には、少し先の出来事……。

 そして、今まで目にしたことのない単語が綴られていた。


堕徒ダートの精鋭、“赤の使徒”を退けた君は、辺境の地ヴァイスレインの平和を守り抜いた。さらには孤児たちを引き受け、帝都に新たな風を吹かせることにも成功する。“愛の恩寵”を授かった君は、さらなる脅威と対峙するために、次の階梯へと進むことを決めた。“信仰の恩寵”を求め、目指すは南の地ルゼリア、紅蓮の闘技場。新たな出会いが、君を待っている』


「赤の使徒? 退けたというからには……これはクラスニーのことかのう? 彼奴のどこに赤要素があったのか、いまいちよく覚えておらんのじゃ」


 予言書を手にしたまま、レミィは首を傾げた。

 頭の中を、疑問符が飛び交う。


「で、愛の恩寵? 信仰の恩寵? わらわが何か授かったというのかえ?」


 少なくとも、何かを貰った記憶はなかった。

 謎は深まるばかりだが、今のところ予言書はここで締めくくられている。

 このあとは、選択肢がでてくるのを待つしかなさそうだ。


「ぬー……世界の滅亡とやらから逃れるまで、道は長そうなのじゃ」


 まだまだ先の見えない予言書をそっと閉じながら、レミィはそう呟いた。

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