第16節:ご領主様の屋敷

 

 村を出てから数時間――。


 私たちはやっとご領主様の屋敷に辿り着いた。


 敷地は高い塀に囲まれ、中には洋風の広い庭。そこを抜けた先にお城のような建物があり、執事さんの案内で私たちは全員が広間に通されている。


 さすがにリヤカーは建物のドアの前に停めたままだけど。




「――待たせたな」


 広間で待つこと数分、私たちの前に威厳に満ちたお爺さんが現れた。


 年齢は七十歳くらい。白い口ひげとアゴひげを長く伸ばし、一見するとサンタクロースのようにも見える。もし赤い服を着ていてトナカイが横にいたら、ほとんどの人が見間違えると思う。


 おそらくこのお爺さんがご領主様なのだろう。よく見ると彼は優しい瞳で子どもたちを眺めている。雰囲気もどことなく温かい。



 私、会うなり色々と文句を言ってやろうかと思っていたけど、それは少し様子を見てからの方が良さそうだ。


「ご領主様っ! 税を納めに来ました」


 ハキハキしながら笑顔でコナが言うと、ご領主様は静かに頷いて視線を私に向けてくる。


「そちらのお嬢さんが手助けをしたようだな?」


「はい、その通りです。私は久下軽羽と申します。でも私は子どもたちにちょっと力を貸しただけです。みんなで力を合わせたから作物を収穫できたのです」


「ふふっ、それは分かっている。今回の作物は税として無効だなどと野暮なことは言わぬ」


「それじゃ、これでこの子たちは自由に暮らせますよね?」


「もちろんだ。ただし、この地ではなく別の場所に移り住むことになるが」


「えっ?」


「安心せい。この地のような苦しみはない。それは約束しよう」


「そうですか、それなら良かった」


 ご領主様の言葉を聞き、私はホッと胸を撫で下ろした。


 だってコナたちが自由の身になったとしても、暮らしていくのが困難な土地へ連れていかれてしまうのならあまり意味がないから。


 きっとご領主様は私の不安を察してくれて、その点をきちんと明言してくれたんだろうな。



 もっとも、せっかく住みやすい環境を整えたのに、別の場所へ移り住むことになるのは少し残念なのは確かだ。でもみんなが苦しい想いをしないのなら私はそれでも構わない。


 それにこの地にはモンスターがいて、ずっと安全だとは言えないしね。


「お姉ちゃん、ありがとう。お姉ちゃんは僕たちの本当のお姉ちゃんだと思って過ごしていきますっ! これからもずっと……」


「コナ……」


 コナは涙を浮かべるほど感激しながら微笑んでいた。


 ノボルやラナ、それにほかの子どもたちも全員が満面の笑みを浮かべて私の周りに集まってくる。みんな本当に心の奥底から幸せを感じているみたいだ。




 なんだか嬉しすぎて、私まで泣いてしまいそう。


 でもみんなの前で涙を流すのは照れくさいから、それは我慢しておくことにする。


「……お姉ちゃん。僕たちとはここでお別れです。このご恩は永遠に忘れません」


「えっ?」


 私の心臓は大きく跳ねて止まりそうになった。まるで手で強く握られたような衝撃。温かくて穏やかだった心が不安と焦燥に包まれていくのを強く感じる。


 だって今、コナは『お別れ』って言ったような……。




 うん、聞き間違いじゃないと思う。でもそれってどういうことなの?


 私が戸惑っているとご領主様が口を開く。


「久下軽羽よ、この子たちは巣立つのだ。一緒に行くことは出来ぬ。それが定められし運命」


「……なんですか、それ?」


 呆然としつつもどこか納得がいかない想いが頭の中を支配していて、ついご領主様へ当たるような強い口調で問い返してしまった。


 我ながら大人げないというか、みっともないと思う。でも色々な気持ちが抑えきれなくて、つい出てしまったんだ。



(つづく……)

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る