第14節:消えかかる命の灯火

 

 こうして収穫を終えた私たちは、作物をリヤカー一杯に積み込んだ。あとはこれをご領主様へ納めるだけだ。


 私は先頭でリヤカーを引き、みんなは周りで押したり引っ張ったりしてくれている。コナは私の横で道案内の担当。今やすっかり私の秘書さんみたいになっている。




 思えばコナと出会うことからこの村での全てが始まったんだよね。なんだか感慨深い。


 今のところ、村から郊外へと延びる真っ直ぐな砂利道の前方にはまだ建物らしきものは見えない。


「みんな、迷子にならないようにね! 隣にいる子の顔を見て、気にしてあげててねっ」


「お姉ちゃんの方が心配だよーっ!」


「そうだよーっ! ここではボクたちの方が慣れてるもーんっ!」


「あははははっ!」


 まるでみんなで遠足に行くみたいな雰囲気。なんて幸せな瞬間なんだろう。ずっとこの時間が続けばいいのに。



 でも『月に叢雲、花に風』とはよく言ったものだ。そういう時に限って邪魔が入る。


 というのも、道のはるか前方で待ち構えている影に私は気付く。


「モンスターっ!?」


 コナもモンスターの姿に気が付いた。その声を皮切りに途端にみんなの足は止まって、和やかな空気が瞬時に凍る。


「みんなには指一本触れさせないんだからっ! みんなはここにいなさいっ!」


 私は背負っていた杖を手に取り、モンスターに向かって駆けていく。


 もう子どもたちの笑顔を奪わせはしない。なんとしてでもご領主様の屋敷に辿り着いて、みんなを自由にしてあげるんだっ!




 私はモンスターとある程度の距離まで近付いたあと、その間合いを維持したまま対峙する。


 相手は村を襲ってきた個体と同じかどうかは分からないけど、種族が一緒なら攻め方は同じっ!


「吹雪よ、出ろっ!」


 私のその声に応じて杖から吹雪が巻き起こり、モンスターを凍りつかせていった。




 ――と思ったのも束の間、この前は効果絶大だった吹雪攻撃が今回はほとんど効いていない。


 氷の粒が消え失せたあともモンスターは平然としている。


 表情を見る限り『何かしたのか?』とでも言いたげな感じ。ニヤニヤと嘲笑っているかのような雰囲気で、余裕すら漂っている。


「くっ……」


 私は唇を軽く噛んだ。


 でもこんなことくらいで諦めたりしない。吹雪がダメならほかの属性の魔法で攻撃すればいい。





 だけど次第に私は焦りに満ちていくこととなった。なぜなら、ほかの属性の魔法もほとんど効かなかったから。


 炎、風、大地、水、光、闇――どれを試してみてもダメ。


 あと残っているのは雷くらい。これでダメなら肉体を強化する魔法を使って、物理攻撃を仕掛けるしかない。でもそれはリスクが高いから、なるべくなら遠慮したいんだよね……。



 ――お願い、雷の魔法よ、効いてっ!


「雷よ、出ろっ!」


 天空から突き落とされる電撃の槍! モンスターはその直撃を受け、初めて明らかな苦痛を示した。ただ、ほかの魔法より効いているというだけで決定打には遠く及ばない。


 むしろただ怒りを増幅させただけかも……。


「ギャオオオォーッ!」


 空気を激しく震わせる咆哮ほうこう――。


 私は思わず身を縮め、手で耳を塞いでそれに耐えようとした。でもその一瞬に生まれた隙をついてモンスターは間合いを詰め、突進した勢いそのままに体当たりをしてくる。


 ――もはや避けられないっ!!



「がふっ……ぁ……」



 私は勢いのまま突き飛ばされた。辛うじて受け身はとったけど、全身が痛くて意識を保つのがやっとだ。今回は攻撃の力をうまく受け流せなかったみたい。


 それにどこかの骨がやられたかも。だって折れる音が聞こえたから……。




 否応なく呼吸が乱れる。視界も霞む。油汗はダラダラ。痛みであまり頭が回らない。


「お姉ちゃん!」


「来ちゃダメっ!」


 こちらへ駆け寄ろうとするコナを私は激しい口調で制する。




 う……く……。


 叫んだ途端、激痛が全身を駆け抜けた。私は奥歯を強く噛みしめてそれに耐え、杖に寄りかかりながらなんとか立ち上がってモンスターを睨み付ける。


 もうそんなに長くは戦えそうにないな……。


「でもっ! 私は……こんなことで……負けるわけにはいかないのっ! ――雷よ、出ろっ!」


 私は力を振り絞り、再び雷の魔法でモンスターに攻撃した。でもモンスターはそれを避けることなくダメージ覚悟で突進してくるッ!



 ――そ、そんなっ!?



 目の前にモンスターの太い腕ときらめくツメが、なぜかスローモーションのようにゆっくりと近付いてくるように見える。実際には目にも留まらぬ速さのはずなのに。



 まるで時間の流れが変化したかのような感覚――



 直後、私は刃物以上の切れ味を持った、モンスターの鋭い爪の一撃を胸や腹に食らってしまった。


 脱力感と浮遊感が広がっていく。傷口は痛いはずなのに、不思議とそれはほとんど感じない。むしろ気持ちよさすら覚える。なんでそんな感覚になっているのか私には分からない。


 そして自分の血液が外へ流れ出ていくのがハッキリと分かる。



 温かくて……でも徐々に全身が寒くなってきて……。


 私……このまま死んじゃうんだろうな……。



(つづく……)

 

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