第9節:忍び寄る影

 

 珠の力の効果や範囲を把握するためにも、私はあらためて願いを念じてみることにした。意を決して珠を掲げ、想いを込める。


「ご領主様に納める作物、出ろっ!」



 …………。



 ……………………。



 響き渡った私の声は虚しく風の中へ消えていった。当然、待てど暮らせどその場には何の変化も起きない。


 恐る恐る視線だけをコナの方へチラリと向けてみると、ポーズを取ったまま固まっている私のことを彼はキョトンとしながら見ている。


 なんだかちょっと恥ずかしくて、自分の顔が熱く真っ赤になっていくのが分かる。




 やっぱりそう都合良くはいかないか……。



 でも電気柵は出て、作物が出ないのはなぜなんだろう? 出せるものと出せないものには何か条件みたいなものがあるのは確かだと思うけど。


 まず、どちらも『物質』であることには違いないよね。だとすると、食べ物かどうかってことかな? 一応、別の言い方で試してみよう。


 私は気を取り直し、再び珠に想いを込める。


「フランスパンよ、出ろっ!」


 直後、目の前には白い煙とともに焼きたてのフランスパンがひとつ現れた。ほのかにバターのいい匂いも漂ってくる。


 そのあまりにも美味しそうな香りに刺激され、思わず私の口の中からヨダレが溢れ出してきそうになる。




 ――それにしても作物はダメで、パンならいいのかぁ。


 つまり食べ物かどうかは出せる条件と関係がないみたい。とすると、両者の違いってなんだろ……?




 作物はご領主様へ納めるためのもの。パンは自分たちが食べるためのもの。大きな違いはそこだよね。


 そうだ、コナたちは畑を耕してご領主様へ納める作物を作っている。それが『仕事』だと言っていた。つまりズルはダメってことなのかも。



 それなら別のやり方を試してみよう。うまくいけばあまり手間をかけずにコナたちを救えるかもしれないし。


「お姉ちゃん……」


「ん?」


 私が考え込んでいると、コナがソワソワしながら私の服を指で摘んで引っ張ってきた。


 彼の視線の先にあるのは、私の出したパン。唾を飲み込みながらジッと凝視している。そうか、コナはパンが食べたいんだ。


「コナ、パンを食べてもいいよ」


「いいんですかっ!?」


「うんっ! ただし、ゆっくり食べなさい。喉につかえちゃうからね?」


「ありがとうございますっ! パンを食べられるなんていつ以来だろう……」


 コナはパンを手に取ると、それを夢中になってほおばった。フランスパンだから柔らかい食パンと比べて咀嚼そしゃくするのに苦労しているみたいだけど。


 でも幼いころはよく噛んで食べた方がアゴの強化や脳の成長を促すって聞くし、コナにはちょうど良いかも。


「さて……と……」


 私は息をついて気を取り直すと、思いついた方法を実行してみることにした。


 今度はうまくいくかな? ううん、うまくいってほしい! コナたちのためにも!!



「シャベルと花のタネ、出ろ!」


 私が珠に念を込めると、シャベルと花のタネが出た。やっぱりモノを出すだけなら、そんなに厳しい条件はないみたい。


 でもここまでは想定の範囲内。次がちょっとした実験だ。


 私はシャベルを手に取り、足下の土を掘り返して花のタネを植える。植えるといっても土はカラカラだから、掘った穴にタネを入れてその上から優しく土を被せて軽く押し込んだだけだけど。


 そのあと、私は再び珠に念を込める。


「タネよ、育てっ! そして花よ、咲け!」


 次の瞬間、珠から緑色の柔らかな光が発せられた。


 その光はタネの周りに雨のように降り注ぎ、土の中から芽がぴょこんと顔を出す。そして動物のようにモゾモゾと動きながら、茎や葉などが伸びていく。


 まるで定点カメラで何十日も撮影した映像を早送りして見ているみたいな感じ。それがリアルタイムで起きている。そして程なくきれいな花が咲く。これはひまわりだ。


 その奇跡のような光景に、コナはパンを頬張るのも忘れてボーッと見とれている。


「うん、これならなんとかなりそう!」


 私の思いつきは大成功!


 この結果を見た私は、そんなに時間も手間もかけずにコナたちを救えると確信した。だって作物のタネや苗を植えさえすれば、こうして一瞬で生長させることが出来るんだから。


 これでご領主様へ納める作物を用意できる。あとはみんなで畑を耕して――





「お姉ちゃーん!」


「うわぁああああぁーんっ!」


「いやぁああああぁーっ!」


 ようやく希望の光が見えた矢先だった。


 畑にいたはずの子どもたちが泣きじゃくりながら、こちらに向かって必死に駆けてくる。しかもその怯え方は普通じゃないっ!


「どうしたのっ? お姉ちゃんが付いてるから安心して。何があったのか話して」


「……ひっく……え、えっとねっ……モンスターが……ぐすっ……畑を襲ってきたの……」


 女の子のひとりが目を指で擦りながら畑の方を指差した。かなり怯えているのか、未だに全身が激しく震えている。


 私は女の子の頭を優しく撫でてあげた。ほかの子たちも順番に同じようにしていく。それでようやく彼女たちはわずかに落ち着きを取り戻す。


「そんな……まだ畑には作物なんてないのに……っ。こんな時期に襲ってくるなんて今までになかったです……」


 コナは真っ青な顔をして立ち尽くしていた。しかも眉を曇らせていて、今にもほかの子たちにつられて泣き出しちゃいそうだ。



 ……そうだよね、しっかりしているといっても幼い子には変わりないもん。



 でもこの場は彼になんとかがんばってもらわないと、私だけじゃ手が足りない。


 私はしゃがみ込み、コナを背中側から優しく抱きしめる。小さくてマシマロみたいな感触と温かさが伝わってくる。


「コナ……私がモンスターを倒してみせる。だからコナはみんなを建物の中に避難させて。お願いね」


「お姉……ちゃん……」


 私はコナから静かに離れると、意を決して家へ向かって走っていった。そしてそこに置いてある杖を手に取り、畑へ急ぐ。


 ――みんな無事でいてっ!



(つづく……)

 

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