第7節:子どもとご領主様の関係

 

 朝になって目が覚めた私は、昨日と同じようにみんなに水を飲ませてあげた。


 それが終わってひと息ついていると、子どもたちは家から農具を持ってきて畑を耕し始める。大きな子はクワを、小さな子はシャベルで。なんだか砂場で遊んでいるようにも見えてちょっと心がほっこりする。



 どうやら私がこの村に来て最初に見た畑は手が回らず放置してあるらしく、それで荒れたままになっているようだ。土を休ませる意味合いもあるのかもしれない。


 だから今は村の南側――つまり私の目の前にある畑でみんなは作業をしている。その甲斐もあって、こちらは少し土の状態が良いように思える。


 もっとも、その差はどんぐりの背比べといった感じで、土地がやせていることには変わりないけど。


「……あれ?」


 その時、私は子どもたちを見ていて違和感を覚えた。そしてその原因にすぐ気が付く。



 ――それは子どもにしては整然としすぎているということ。



 うちの保育所で預かっていた子たちは、何かをしていてもすぐに集中力が途切れて、次々と色々なことをやり始めていた。遊んでいたオモチャだって放りっぱなし。


 ううん、子どもならむしろそういう行動を取る方が多いと思う。幼い子ならなおさらだ。それなのにどうしてみんなここまで熱心にひたむきに作業が続けられるのだろう?


 単純に『良い子だから』ということだけでは片付けられないような感じがする。あくまでも私の勘だけど。


 気になった私は傍にいるコナへそれとなく訊いてみることにする。


「コナ、みんな熱心に畑を耕してるね」


「はい。痩せた土地ですが、少しなら作物が育ちますので。僕もそろそろみんなに加わって作業を始めようと思います」


「昨日はやってなかったよね?」


「いえ、やっていましたよ。お姉ちゃんが来たのは、作業時間が終わったあとだったんです」


「そうだったんだ。偉いなぁ、みんなお行儀よくやってるし。遊んだりお昼寝をしたりはしないの?」


「……僕たちは毎日、畑を耕さなければならないんです。それが僕たちの仕事ですから。休むわけにはいきません」


 やけに大人びていて、決意に満ちたコナの声。ただ、どことなく寂しげな空気も漂っているのはなぜだろう? なによりコナは瞳を潤ませつつも、それがこぼれ落ちるのを必死に我慢しているようにも思える。



 何がこの子たちをそうさせているのだろう。私は見ていて胸が張り裂けそうな気分になる。


 するとそんな私の様子に気付いてコナは小さく息を呑み、無理矢理に笑みを浮かべながら私に心配をかけまいと元気な振りをする。



 ――やっぱりいい子だ、コナは。


 ただ、私はこういう笑顔があまり好きじゃない。そんなの子どもらしくないもん。もっと無邪気に感情のまま弾けさせた笑顔を私は見たい。



 みんなの本当の仕事は農作業じゃなくて、色々な体験をして感情を豊かに表現すること。



 思うままに喜んで、怒って、泣いて、笑って。そんな子どもたちの姿を私は見守り、さとし、導き、背中を押してあげる。


 逆にみんなから私はキラキラと輝く素敵な『心』をもらい、たくさんのことを学ばせてもらう。そうやってお互いに成長していくんだ!


「コナ、無理をしなくて良いんだからね? もちろんみんなも」


「分かってます。でもこれだけは言わせてください。僕もみんなも今は心の底からやる気が湧いてきているんです。きっとお姉ちゃんの存在が未来への希望へ繋がっているのだと思います。もう喉の渇きに苦しむことがないし、心にも安らぎをもたらしてくれるから」


「えっ、そ、そうっ? ちょっと照れくさいけど、そうだと嬉しいな。じゃ、次の収穫の時には豊作になって、お腹いっぱいに作物を食べられると良いね」


「あ……それは無理なんです。チラッと話したかもしれませんが、井戸の水と同様に食べ物も口にしようとすると消えてしまいますので」


 それを聞いて私はハッとした。そういえば昨日、コナはそんな話をしていたような気がする。


 考えてみれば私もみんなも昨日から水は飲んでいるけど、何も食べていない。でも不思議と空腹感はほとんどない。だから今の今まですっかり忘れていたのかもなぁ。


「じゃ、コナたちは何を食べているの?」


「収穫した作物をご領主様に納めると、僕たちでも食べられるものを定期的に分けてもらえるのです。わずか……ほんのわずかな量ですが……」


「ご領主様? へぇ、そういう人がいるなんて初耳。つまりその人は私みたいな力を持ってるってこと?」


「詳しくは知りませんが、きっとそうなのでしょう」


「ふーん、そうなんだ……」


 ご領主様というのはどんな人なんだろう? 全く想像もつかないけど、私は近いうちにその人と会わなければいけないような気がする。それが宿命……みたいな?


 ただ、とりあえず今はそのことを心の中に留め置いて、私もみんなと一緒に畑を耕そう。


「よしっ! 私も畑へ行くかっ!」


 気合いを入れ直し、私は畑へ向かって歩いて行こうとした。でもその時、コナはすかさず私のスカートの隅を握って引き留めようとする。


 その表情は真剣そのもので、何か大切なことを話そうとしているかのような感じ。その一方で瞳もウロウロと落ち着きなく動いていて、迷いもあるのかもしれない。だからなかなか言葉を発さない。




 こういう時はその子の決意が固まるまで焦らずに待ってあげる方がいい。催促したら頭が混乱しちゃうから。


 だから私は優しい笑みを浮かべ、コナの言葉を待つ。


「……実は僕たち、ご領主様から重い税を課されているのです。それを全て納めるまで自由にしてもらえなくて。考えてはいけないことなのかもしれませんが――ここから抜け出したい! その一心でみんな必死に作物を育てているんです」


「なるほどね、そういうことだったんだ」


 コナの話を聞いて私は少しだけ納得した。


 だってそれならみんながあれだけ一生懸命に畑を耕そうとしているのも分かるから。こんな酷い土地、誰だって一刻も早く離れたいもんね。


 それにしても、まさか子どもたちが税を課されているとはね……。



(つづく……)

 

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