第6節:コナの涙

 

 それからしばらくしてコナは子どもたちを連れて戻ってくる。男の子はコナを含めて14人、女の子は7人の計21人だ。年齢は4歳くらいから8歳くらいまで。一番多いのは6歳くらいの子かな。


 こうしてあらためて見てみると、コナはその中で最年長のような感じだ。


 ちなみにみんなの髪や肌の色、人種、体格などはバラバラで、きっと性格も様々なのだろう。もちろん、みんな可愛いという点だけは共通しているけど。これなら顔と名前を覚えるのもそんなに時間はかからなそう。


 そんな感じで私が心の中で浮かれていると、コナが前に出て話しかけてくる。


「お姉ちゃん、どうかみんなにも水を」


「ん、分かった。――みんな~っ、お水を飲ませてあげるから列を作って並ぼうっ! 割り込みをする悪い子にはあげないからねっ? ケンカせずに順番にねっ!」


「はーいっ!」


「うんっ!」


「分かったぁ!」


 子どもたちは無垢な笑顔で素直に返事をすると、静かに井戸の前に列を作った。中には譲り合って並ぶ子たちもいて、本当に感心する。これなら面倒を見る側としては手が掛からなくて助かる。


 個人的には、もう少しわがままを言ってくれてもいいなとも思うけど。


「はぁあぁっ、可愛いし良い子たちばかり。もう最高……」


 私は幸せすぎて卒倒しそうになるのを堪えつつ、子どもたちに水を飲ませていく。


 さすがにこの大人数が相手だと大変かもなぁって最初は思ってたんだけど、コナが水汲みなどを手伝ってくれたおかげで結果的にはそんなに負担にはならなかった。


 しかもどうやら飲ませてあげなくても、私が手で触れた水なら彼らも飲むことが出来る性質になると途中で判明したので、そのあとは作業の効率がアップ。


 だって釣瓶で汲んだ水に私が触れた時点でそれはみんなが飲めるようになるわけで、あとはコップですくって配布することが出来るから。最初からそれが分かっていればもっと良かったんだけどね。


 子どもたちは一様に笑顔の花が咲き、夢中になって水を飲んでいる。コナもそうだったけど、みんなよっぽど喉が渇いていたんだろうな。特に私の目の前にいる黒髪短髪で6歳くらいの男の子なんて、どんぶりで水をガブ飲みしているもん。


「んぐんぐっ! ぷはぁっ! おいしいっ! お姉ちゃん、もっと!」


「はいはい、ちゃんとあげるから落ち着いて飲みなさい。それと程々にね。みんなも美味しいからって飲み過ぎちゃダメだよ? ポンポン壊しちゃうからね?」


 その私の問いかけに、子どもたちは声を揃えて『はーい!』と返事をする。




 こうして私はコナと一緒に、みんなが満足するまで水を飲ませ続けた。するとあっという間に時間は過ぎていき、日が暮れたのだった。もしかしたらずっと昼のままかとも思ったんだけど、このちょっと変わった世界にも夜はきちんと存在するらしい。


 そしてこの夜、私はコナが暮らしているという家に泊まらせてもらうことにする。村に何軒か建っているオンボロな家のひとつだ。


 ちなみにそこではコナのほかに何人かの子どもが一緒に生活しているみたいだったけど、やっぱり大人の姿はどこにも見当たらない。つまりこの村には子どもたちしか住んでいないということになる。


 もちろん、みんなに水を飲ませてあげていた時からなんとなくそんな気はしていた。だってほかに人の気配はしなかったし、いたとしたら私たちのところへ顔を出してもいいはずだから。


 私としては子どもたちしかいなくて嬉しいシチュエーションだけど、やっぱりちょっと引っかかる。この世界は私の暮らしていた世界とはことわりが違うのだと理解しているとしても。


「すーすー……」


「むにゃむにゃ……」


「ぐがーぐがー!」


 夜も深まり、子どもたちのほとんどが心地良さそうな眠りについている。今や起きているのは、手分けして彼らを寝かしつけた私とコナのふたりだけ。


 さすがに疲れたし眠気もそろそろ限界なので、私たちも横になることにする。家の中にはベッドや敷き布団なんてないから、床へそのままという形になるけれど。ちょっと体が痛くなるけど仕方がない。


 ちなみに亜熱帯くらいに空気が暖かいので、毛布や掛け布団がなくても寝冷えの心配はないと思う。


 私は仰向けに大の字に寝転がり、天井をなんとなくボーッと見つめる。


「――ねぇ、コナ。ちょっと訊いていい? なんでこの村はこんなヒドイ状況になってるの? どうして子どもしかいないの? コナやみんなのお父さんとお母さんは?」


 私は体勢をそのままに、隣で横になっているコナへ問いかけた。でもいつまで経っても言葉は返ってこない。


 だからもう寝ちゃったのかなと思って首だけを動かして、視線をコナの方へ向けてみたんだけど、彼の目はまだ開いている。そしてその表情はどんよりと曇っている。


「そっか……。言いたくないなら無理に言わなくていいよ。何か理由があるんだよね?」


「……はい、ごめんなさい」


「謝ることはないよ。誰にだって話したくないことはあるし」


「ごめんなさい……」


 コナは沈んだ声で再び謝った。何も悪くないんだから謝る必要なんてないのに。


 でもこんなに幼いうちから他人を気遣えるなんて、やっぱりこの子は素直で真面目で賢い。それに村にいる子の中で最年長みたいな感じだから、今までずっと年下の子の面倒を見てきたのかもしれない。それで自然と周りを気遣う心が身についたのかも。


 それならがんばってきた分、私がたっぷり甘えさせてあげないとな。もちろん、コナだけ過剰に優しくしすぎるとほかの子が嫉妬しちゃうから、加減を気をつけないといけないけど。


 ――と、そんなことを思っていると、不意にコナがハッとしてこちらへ顔を向ける。


「あの、お姉ちゃん。明日も水を飲ませてもらえますか?」


「もちろん。だから安心して眠りなさい」


「はいっ」


「うん、いい子ね。おいで、コナ」


 私はコナを手で引き寄せ、体を包み込むようにして優しく抱きしめた。


 温かくて柔らかくてどこか儚げな小さな体。いくらしっかりした性格でも、やっぱりコナは子どもだ。守ってあげたい。


「すーすー……」


 今日は私の手伝いで疲れたのかな、それとも安心したのかな? すぐにコナは静かな寝息を立て始めた。すごく幸せそうな寝顔をしている。


 なんでこんなにいい子が、つらい目に遭わなければならないんだろう。


「……う……ゴメンなさい……お母さん……」


「っ!?」


 コナのかすかに漏らした寝言を聞き、私は思わず息を呑んだ。しかも見てみると、彼の瞳には涙の粒が浮かんでいる。



 ゴメンなさい、お母さんって……。



 彼はどんな夢を見ているのだろう? 夢の中くらいは穏やかであってほしいけど。それとも過去に何かがあったのかな?



(つづく……)

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る